47年ぶりの上演! 唐組『吸血姫』に
ついて、演出・久保井研が語る

「“人間の価値は何なのか?”を問いかける、黙示録のような作品です」
演劇ファンの春の風物詩となっている、唐十郎が率いる劇団「唐組」の全国ツアー。唐組創立30周年という節目の年となる2018年も、シンボルの紅テントをひっさげて、大阪、新宿、池袋、長野、静岡の5ヶ所で公演を打つ。今年の演目は、唐が1971年に「状況劇場」で発表した『吸血姫(きゅうけつき)』。過去いくつかの劇団で上演されたことはあるが、唐自身の劇団の公演としては、何と初演以来の再演となる。上演時間2時間にもなる大作で、しかも客演に「最後のアングラ女優」と言われる銀粉蝶を迎えるなど、30周年記念公演第1弾に相応しい公演となりそうだ。近年、唐と共同という形で演出を担当している、劇団員の久保井研に話を聞いた。

『吸血姫』は、唐が1970年に『少女仮面』で「第15回岸田國士戯曲賞」を受賞した、その翌年に書かれた作品。歌手デビューを夢見る看護婦、不思議な血を探して流浪する「引っ越し看護婦」、彼女と共に天職を探す男などの愛と挫折の物語が、江ノ島の病院から関東大震災時の東京、果ては戦時中の満州までと、時空を超えて繰り広げられる。唐の戯曲の中でも、誇大妄想に近いぐらいの大スケールで描かれた冒険譚だ。
『吸血姫』初演(71年)の時の会場周辺の様子。右から2番目に唐十郎がいるのが確認できる。
「話のモチーフになったのは(映画の)『愛染かつら』で、登場人物たちの自分探しの旅の話です。モチーフとして出てくるものは(初演の)時代を表してはいますけど、そこに描かれている論理や思考回路は古びていないと感じます。現在は経済の豊かさが人間の物差しとなり、人は経済体系の中でしか生き方の価値を見いだせない……という世の中になっちゃってますが、実は唐さんは47年前にそれを黙示録のように書いているんです。“金銭が豊かさの物差しなのか? 人間の価値はお金なのか?”という側面を潜り込ませてあり、さらに経済論みたいなものも展開される。その中にはビットコイン騒動など、今の世に起こる現象みたいなことをすでに想定していたような所もあったので、戯曲を読んだ時はちょっとした怖さを感じました。
また唐さんにとっては、『少女仮面』までの半分密室劇のような作風から、登場人物がイデオロギーと戦ったり、現代社会との向き合い方などを考える……という作風に移るきっかけとなった作品だと、僕はとらえています。後の『ベンガルの虎』や『風の又三郎』などの大作をどんどんヒットさせていく、最初のエポックとなったような戯曲ではないかと思っています」
2012年に唐が倒れて以来、過去作品の再演を続けている唐組。最初のうちは、割とウェルメイドで文学的な作品をチョイスしていたが、昨年の『ビンローの封印』から、多少破綻していてもダイナミズムのある作品に挑み始めた。この舞台と、昨年秋に上演した『動物園が消える日』で、特に若手劇団員たちの成長に手応えを感じたことから「化け物のようなドラマツルギー」(久保井)を持つ、この作品の挑戦を決めたという。
久保井研(唐組)
「若い劇団員が少しずつ、物作りの中での自分なりの取り組み方とか、集団での居場所をつかんできてくれました。物語のダイナミックさや登場人物像を、それぞれが魅力的に弾き出せるような芝居をやれる段階に来たので、いよいよ大作に取り組ませてみようと。でも実際にやってみると、本当にとんでもない作品をチョイスしてしまったなあと(笑)。47年前に書かれた言葉を、どう立体化していくかということが、今すごく面白くもあり、大変な所です。2ヶ月ぐらい稽古期間を取っているんですが、まだまだ彼らが言葉に追いついてないなと。
(初演)当時も20~30代前半の方々が演られたはずなんですが、やっぱり当時の方は今よりも大人で、日々いろんなことを考えながら過ごしてらしたんだろうなと。今の若い連中が、それをどう追体験すればいいのか?(戯曲の)言葉の持つ多面性や描かれているテーマみたいなモノを、作っている側の中でどれだけ具体的にイメージできていくか? 何もできずに終わるかもしれないし、さらに自分たちを弾けさせる方向に持っていけるかもしれない。でも戯曲のポテンシャルがすごいのは確実なので、それを肉にしていくことが叶えば、ビックリする芝居ができると思います。演出する僕もそうやって、自分で自分を鼓舞している所がありますし(笑)、お互いにとってチャレンジです」
その若い世代をサポートすべく参加したのが、ベテラン女優の銀粉蝶。彼女はこの初演の舞台を観ており、その時の衝撃がきっかけになって演劇の道に入ったそうだ。
唐組 2017年秋公演『動物園が消える日』より ◎唐組
「銀粉蝶さんは、昔から唐組を応援してくださっていて、よく“いつか一緒に、唐さんの作品をやってみたい”という話はしていたんです。ただテント芝居で、とは考えていなかったんですが“テントに出てみようかしら”というお話をもらって、割とトントンと出演が決まりました。
銀さんには歌手志望の看護婦・かつえをやっていただきます。前半は1時間近く出っぱなしで、いろんな登場人物を相手にしないといけない大変な役なんですが、いろいろアドバイスをくださって、ご一緒してとても楽しいです。本人は“自分の思い通りにはまだまだいってないけど、とっても楽しいし、ワクワクする”ともおっしゃってました。でも僕ら、楽屋が外ですからね(笑)。テント芝居は、本当に一日中外にいるのと一緒なので、それはちょっとケアしないとな、と思っています」
ここ最近は全国的に野外劇・テント劇に取り組む劇団が激減し、テントを張る場所の確保も難しくなっていることを肌で感じているという久保井。その空間を残していくことの大切さと同時に、テント芝居の魅力は世代を超えて伝わるものであることを、年々実感しているという。
久保井研(唐組)
「劇場ではない空間に、虚構の空間を作り上げることの面白さ、ダイナミックさ、はかなさ、いさぎよさ。そういういろんな思いをキャッチしてもらえるように、テント劇場っていうものは存在している。(テントが建てられる)公園がある限り、テントが破れてしまわない限りは続けていきたいです。今回は唐さんの長女(大鶴美仁音)と長男(大鶴佐助)も出ますし、その辺も含めて新しい世代にテント芝居の面白さを、上手くつないでいけたらと思います。
また役者が若くなったのと同じように、観客もものすごく若返っているのを強く感じます。もともと年齢の幅は広い客席でしたけど、最近大学・高校生が中心を占めるようになってきて……“おじいちゃんに勧められて観に来た”という人もいるんですよ(笑)。でもそういう若い子が“テントで芝居を観たら、なぜか懐かしい気がした”なんて言うんです。それが紅テントの持つ不思議な力だし、そういうものに助けられながら、その面白さを若い世代に味わってもらえるように、続けていきたいと思ってます」
30周年というメモリアルイヤーを、単なるお祭ではなく、あえて若い世代にバトンを渡すための“挑戦”の年にする。この心意気がある限り、唐が作り上げたテント芝居の灯が消えることはないだろう。彼らによって約半世紀ぶりによみがえる幻の大作は、そのことを証明してくれるはずだ。またこれを機会に、唐組ではあえて今まで手を付けていなかった、状況劇場時代の名作の再演も検討しているとのこと。まずはすでに決定しているという、秋公演の演目の発表を心待ちにしよう。
唐組第61回公演『吸血姫』宣伝美術 【絵】高畠華宵(「馬賊の唄」より) 【画像提供】弥生美術館
取材・文=吉永美和子

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