中村七之助×木ノ下裕一対談「木ノ下
さんは歌舞伎の本質が分かっている人
」コクーン歌舞伎『切られの与三』

2018年5月9日(水)から東京・Bunkamuraシアターコクーンにて、渋谷・コクーン歌舞伎 第十六弾『切られの与三』が上演される。本作は与三郎とお富という美男美女が一目惚れの出会いから別れ、そして再会を繰り返していく歌舞伎の演目『与話情浮名横櫛』をベースに、新たな脚本・演出を施されたもの。上演に先駆けて、与三郎役を演じる中村七之助と、補綴を担当する木ノ下裕一から話を聞いた。

ーー今回のコクーン歌舞伎で『与話情浮名横櫛』をやりたい、と決めた背景から教えてください。
七之助:演出の串田(和美)さんが以前から『与話情浮名横櫛』をやりたいと切望されていたんです。過去のコクーン歌舞伎『四谷怪談』が決まったときの候補作にも上がっていました。僕も歌舞伎役者としてこの演目の大まかな筋は知っていますが、それほど深い思い入れがない作品でもありました。
中村七之助
ーーこの演目を上演するにあたり、木ノ下歌舞伎の木ノ下さんに補綴のお仕事を依頼したのはどういう経緯だったのですか?
七之助:僕の一存です(笑)。『与話情浮名横櫛』という演目は決してドラマティックな話ではないので、それほどおもしろみのある芝居でも筋書でもないと思っていたんです。だから、そのいいところだけ繋ぎ合わせて「さあ、(舞台で)やってください」と言われても無理です、ちゃんとこれを一つの作品にしてくれる人の手を借りないとできません、と言いました(笑)。そこで登場したのが木ノ下さんでした。
以前から木ノ下歌舞伎には興味があり、初めて『勧進帳』を観たときに「あ!これはおもしろい!木ノ下さんは歌舞伎の本質を分かっていらっしゃる方だな」と感じましたね。劇中にラップを入れようと何をしようとも木ノ下歌舞伎は「真」をやっていると感じたんです。
だからこそ、木ノ下さんに台本を書いてもらわないと僕はやりません、と言ったら、あれよあれよという間に話が進み……巻き込まれて可哀そうに(笑)。
木ノ下:(笑)。
木ノ下裕一
ーーオファーを受けた木ノ下さんから見た、この演目の印象は?
木ノ下:この演目って現在は「木更津(見染め)」から「源氏店」の部分の上演がほとんどですが、実はその場面の後もずっと物語が続いています。与三郎という男がいろいろな目に遭いながらも走り続けている作品で、その疾走する感じがおもしろいなと思いました。また、与三郎の周りは年月も時代もどんどん変わっていくんですが、与三郎だけはずっと傷を負ったままそこに取り残されている……その点をおもしろく感じています。
七之助:この演目って結末が全部違うんです。お富が与三郎を殺すパターンあり、処刑されるパターンあり、傷が治ってお家再興するのもあり……いろいろあるので、これは自由な作品なのかなあと。
木ノ下:そうなんですよね。今回のはこれまで上演されたどれでもない結末にしようと思っています。まだ内緒ですけど。でも最初に原作を読んだときに感じた「これはこういうエンディングがいいのでは」という感覚は今のところ変わってないですね。あとは串田さんやいろいろな方のご意見をいただきつつ、整えていこうと思います。
ーー木ノ下さんが執筆時に特に心を配っていることは?
木ノ下:歌舞伎が持つ様式や風情はもちろん大切にしつつも、そういったものをあえてはぎ取ったときに、与三郎は何を考えているのか、実際こういうことが起きたら人間はどうするのか、何を語り出すのか、などを描き込んで、歌舞伎の表で見えていることの「裏」を感じさせるような新しい『切られの与三』にしたいと思っています。
ーー以前木ノ下歌舞伎で上演された『勧進帳』のときは関所を「境界線」と読み解き、現在社会を取り巻くあらゆる境界線に目を向けた物語にされました。今回の『与話情浮名横櫛』の中に現代に繋がるどのようなものが見えていますか?
木ノ下裕一
木ノ下:今思うところでは、たくさんの傷を負った与三郎がいろいろなモノに見えてくるといいですね。「傷」っていろんな意味があると思うんです。ただの物理的な「傷」というだけでなく、例えば「心のトラウマ」や「痕跡」といった意味もあると思うんですよ。
七之助:傷といえば、与三郎がお富に「この傷を見てくれ」という場面で、身体じゅうにたくさんある傷の中から、あえて子どもの頃に桜の木から落ちたときの傷を見せるんです。その場面はおもしろいなと感じましたね。いい(思い出の)傷もあるんだよ、と言いたげなんです。
ーー今回、七之助さんが演じる与三郎という男ですが、どのように役を演じようと思っていますか?
七之助:まだ台本が全部出来上がっていないのですが、諸先輩方からは「もともと与三郎は大店の若旦那。グレている中にも“若旦那”という質が残ってないといけないよ」と言われていますね。
ーー七之助さんは女方を演じる機会が圧倒的に多いですが、今回は立役。正直やりづらいものですか?
中村七之助
七之助:僕は立役ではど素人なので、(お富役の)なんでもできる(中村)梅枝くんを頼りにしています(笑)。この前の台本読みのときなんて、立役としてどう読めばいいか本当にわからなかったんです。ここで声を高くして読めばいいのか、などと手探り状態でした。ストレートプレイのように現代の言葉で書いていればそれなりに読めますが「何が何して何とやら」という歌舞伎独特の言い回しも、女方の音が身体に染みついているので立役としての声音についてはどうしても形から覚えようとしてしまいがちでした。もちろんこれは間違った覚え方で、台詞に心が入っていれば音なんて関係ないですけどね。
ーー本読み稽古の様子から感じたことは?
木ノ下:「そうよなあ」というそれだけの台詞なのに、本読みで七之助さんがその台詞を口にしたとき、たった一言だけでいろんな情景が見えて驚きでした。与三郎の育ちの良さ、アンニュイな、影を感じさせる雰囲気、ちょっと甘えている感じなど、いくつもの情報が押し寄せてきました。だから、全部の台詞に役者さんたちが放つ言葉の情報が入ってきたら、本当に作品が豊かになると思いましたね。感動しました。
現代劇だとここはもっと説明しないと背景や流れが伝わらない、それ故、台詞の量が増えたりするんですが、歌舞伎って役者の力で背景からニュアンスまですべて伝えてしまうので、その結果、台詞の量がもっと少なくても成立するんだ、と分かりました。それを受けて台本の量を減らしたぐらいです(笑)。

木ノ下さんの腕時計に興味津々の七之助さん
七之助さん、さらに興味津々(笑)

ーー過去のコクーン歌舞伎を振り返っていただきたいのですが、特に印象的な思い出はありますか?
七之助:『三人吉三』ですね。以前歌舞伎でやったとき、菊五郎の叔父様に「待った待った」と登場する場面で「刀の柄は必ず床につけなきゃだめだよ」と教わりました。本当は柄が床から浮かせているほうが見栄えはいいんですけど。その後、コクーン歌舞伎で『三人吉三』をやることになったのですが「大川端庚申塚の場」がどうにもうまく決まらず(尾上)松也と苦労したんです。そこで「今日は稽古を止められてもいいから自由にやろう」と、お互い胸倉を掴んだり髪の毛を引っ張ったりと激しくもみ合いってみたら、うちの兄貴(勘九郎)も勘がいいので「待った待った……」と本気で止めに入って取っ組み合いになりまして。ふと、気が付いたら柄が床についていたんです。ああ、リアルで命の取り合いをしているのを本気で止められたら柄は床につくものなんだ!と分かりました。それを見ていた笹野(高史)さんが「なんか出来た!なんか出来た!」と騒いでいたのも印象的でした(笑)。
(右から)中村七之助、木ノ下裕一
ーー最後になりますが、上演を心待ちにしているお客様へメッセージをお願いします。
七之助:初めてコクーン歌舞伎と木ノ下歌舞伎さんのコラボなので、楽しみにしていてください。楽しいもの、いいものになるよう死に物狂いで頑張りますので。悪いものを作る気はないですが、いいものにならなかったらごめんね……って書いておいてください(笑)。
木ノ下:豊かな演劇の体感になったらいいなと思っています。ストーリーは、与三郎の人生のうち10年くらいのスパンを凝縮したものですが、その中に、江戸から現代にかけての歴史とか、変貌していく時代の姿とかが垣間見られるといいですね。お芝居自体は3時間くらいになると思いますが、日常から離れて与三郎と一緒に疾走していただきたいです。
(右から)中村七之助、木ノ下裕一
取材・文・撮影=こむらさき

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