滝千春 デビュー10周年に奏でるドラ
マチックな物語

“サンデー・ブランチ・クラシック” 2018.2.25 ライブレポート
日曜のひと時、クラシック音楽を聴きながらゆったりと過ごすサンデー・ブランチ・クラシック。2月25日に登場したのはヴァイオリニストの滝千春。そして、学校の同期生で12年振りに再開したというピアニストの沼沢淑音(よしと)が登場。デビュー10周年を迎えた滝と「12年振りの再会」という沼沢が、ともに息の合った演奏を聴かせてくれた。
滝千春(ヴァイオリン)、沼沢淑音(ピアノ)
デビュー10周年。そして誕生日を迎えた&迎える12年振りの再会の演奏
午後1時。時間となり登場した滝は華やかな赤、黒、白のワンピース。1曲目はベートヴェンの『ロマンス第2番』だ。甘くロマンチックなメロディに、音の装飾が細やかで美しい。夢見心地にさせられる。
演奏を終えて滝、沼沢がそれぞれ挨拶をする。
滝によると今年はデビュー10周年。そして滝にとってはこの2月25日が、そして沼沢は翌日26日が誕生日だそう。会場からはお祝いの拍手が起こった。
2人は桐朋学園の同級生で、学校を卒業してから滝はスイスのベルンなどで、沼沢はロシアでそれぞれ音楽を学び、この日は12年振りの再会・共演となったことが語られた。
滝千春
沼沢淑音
物語世界が目に浮かぶプロコフィエフ『ロミオとジュリエット』
「12年を経て音楽家として互いに向き合った」という2人が次に披露してくれたのはプロコフィエフの『ロミオとジュリエット』。もともとオーケストラのバレエ曲をヴァイオリンとピアノのアンサンブルとして編曲されたもので、プロコフィエフに特別な思いを持つ滝と、ロシアで学んだ沼沢らしい選曲だ。
滝千春(ヴァイオリン)、沼沢淑音(ピアノ)
演奏は、まずは1幕の前奏曲から「ジュリエットのテーマ」、そして「騎士たちの踊り」、「バルコニーの情景」へ。
ロマンチックなお馴染の前奏曲から、跳ねるような愛くるしい、まだロミオに出会う前の無邪気なジュリエットの姿が目に浮かんでくる。そして「聴けば“ああ、これか”と思う人も多いはず」と滝が語った「騎士たちの踊り」。「ジュリエット」の軽快な音楽から一転、ピアノの低く重たいリズムとともに、滝のヴァイオリンが「騎士たちの踊り」の主題を奏でる。
さらに物語はロマンチックな「バルコニーの情景」へ。ヴァイオリンとピアノが語り合うような、瑞々しい2人の恋の喜びが伝わってくる。
滝千春

沼沢淑音

2幕は「カップルの踊り」、マキューシオのテーマから戦い、そして「ティボルトの死」へ。
「カップルの踊り」はティボルトとマキューシオの戦いからティボルトが死に、逆上したロミオがティボルトと戦い死に至らしめる悲劇の前哨戦のように陽気で、しかしどこか空騒ぎのような虚ろさも感じさせる。
そしてマキューシオ、ティボルトのそれぞれの死……。ティボルトが死ぬシーンの低いピアノのリズムは、今にも止まりそうな心臓の鼓動のようにも聞こえる。さらにそこに響くヴァイオリンの音はティボルトを目にしたキャピュレット夫人の悲鳴さえもが聞こえてきそうだ。
滝千春
滝千春(ヴァイオリン)、沼沢淑音(ピアノ)
本来バレエ曲としてオーケストラで演奏する曲をヴァイオリンとピアノだけで奏でる、その技巧もかなり難しいのではと思うのだが、それをそう感じさせない2人の熱演に唸る。短いながらもドラマチックで、終幕まですべて聴いてみたいと思わせられる、2人のドラマ性たっぷりの『ロミオとジュリエット』であった。
アンコールは滝のソロ演奏によるチャップリンの映画『モダン・タイムス』より『スマイル』。ほろ苦く、ちょっぴり切ないながらもホッと心が温かくなる思いとともに、演奏会は幕を閉じた。
沼沢淑音(ピアノ)、滝千春(ヴァイオリン)
プロコフィエフの音源を聴きながら検討
公演終了後にミニインタビューを行った。
ーー素敵な演奏をありがとうございました。今日は12年振りの再会ということでしたが、以前は一緒に演奏されたことはあったのでしょうか。
滝:全然ありませんでした。音楽学校で誰がどの楽器をやっているという認識はあったのですが、ただの同級生という感じでしたね。
沼沢:挨拶くらいはしましたけど、一緒に演奏するということはなかったですね。
滝:当時、男子達はよく中庭でサッカーをしていましたけれど、音楽の話とかはあまりしなかったような。だから今回は音楽家同士の再会という感じでした。
滝千春
ーーそうしたなかで今回の『ロミオとジュリエット』はバレエの場面が浮かんでくるような、ドラマチックな演奏でした。もともとオーケストラの曲ですから、ヴァイオリンとピアノで演奏するのは大変だったのではないですか?
滝:オーケストラに負けないように……というか負けるかもしれませんが、でも裏切らないようにしようと思いました。音源を2人で聴いてあれこれと検討しました。
沼沢:プロコフィエフ自身が『ロミオとジュリエット』の指揮をしている音源もあったので、それを聴きながら何をやりたいのかな、と考えました。また、この『ロミオとジュリエット』の物語は周りが反対しなければ、ああいうストーリーは生まれなかったわけですよね。周りが賛成していたら物語にならない。2人は結局犠牲になるわけですが、そういうところで生まれてくる音楽なんですよね。そうした精神性が音楽の中にあるわけで、そういうものを出せればと思いました。
沼沢淑音
ーーお2人が対話をしているようで、ピアノとヴァイオリンならではの音楽だったように感じました。「ジュリエットのテーマ」の跳ねるようなかわいらしさは情景が浮かんでくるようでした。
滝:どうやったらかわいらしく聞こえるか考えました。でも実際にプロコフィエフが振っている「ジュリエットのテーマ」はすごく遅いんです。これじゃあ踊れないんじゃないの?というくらい。だからプロコフィエフが思っているより早く弾いてみようと。
沼沢:プロコフィエフはどこかキュビズム的なところがあるんですよね。そういう彼の音楽を通して出てくるものにはいろんな皮肉も入っているし。
滝:この編曲はすごく気に入っているんです。でもピアノがすごく難しい。だから彼(沼沢)は苦労したんじゃないかな。
沼沢:すごく難しかったです(笑) ハーモニーや、インターバルが長かったり……。

沼沢淑音、滝千春

ーーでもその間……インターバルがすごく生かされていたと思います。
「どんなメロディでも受け入れやすい」プロコフィエフ
ーー滝さんはオール・プロコフィエフのプログラムのリサイタルもされていますが、滝さんにとってプロコフィエフはどのような音楽家なんでしょう。
滝:私としてはすごく浸透しやすい作曲家です。曲にもよりますが、演奏するのにあまり苦労したことがないんです。どんなメロディも受け入れやすい。自分で弾いていてすんなりくるし、自分に合っているのだろうと思います。
以前、ピアニストのマルタ・アルゲリッチさんのインタビューで「プロコフィエフはきっと私のことを好きだったと思うわ」と仰っていたのを読んだのですが、私もそれを見て、アルゲリッチさんと自分を並べるのはおこがましいのですが、私も(プロコフィエフには)嫌われなかっただろうなと思いました。アルゲリッチさんの言うことが理解できたんですよね。ひょっとしたら私も(プロコフィエフに)好かれたかもしれないな、と。
プロコフィエフはちょっと皮肉屋な人ですが、でも真面目で子どもが好きで優しさもありました。私は人間的にも好きなんです。
沼沢:プロコフィエフは、すごくいろいろな面がある人だと思います。『ピアノソナタ1番』は闇の中とか、おとぎ話とか森の中や魔術といった雰囲気があり、どちらかというと暗い。第3楽章は「つかの間の幻影世界」って感じがします。
滝:死を意識しているんですよね。
沼沢:うん。かといって『ピアノソナタ2番』はもともとフルートのために書かれた曲だからか、華やかな黄金色の曲なんですよね。
滝:どれも全部違うから面白いんですよね。プロコフィエフならオール・プロコフィエフのプログラムができるくらい。どれも全然違う味わいだから。
ーーありがとうございました。今日はお誕生日の節目の日に、素敵な演奏をありがとうございました。これからのご活躍を期待しています。
滝千春、沼沢淑音

取材・文=西原朋未 撮影=荒川潤

アーティスト

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