尾崎世界観『苦汁200%』ミーティア的
楽しみ方のすすめ

クリープハイプの尾崎世界観による二冊目のエッセイ本『苦汁200%』が発売された。本作は、『水道橋博士のメルマ旬報』で連載されていた日記に加筆修正し、一冊の本にまとめたもの。昨年発売された『苦汁100%』の続編で、今回も、彼の日常と、その時々で感じた赤裸々な思いがつづられている。

前作の紹介記事はこちら。

『苦汁100%』とは、普段はぎゅっと詰まった腸を一本の管に引き伸ばしたような、尾崎の本当の姿を見通せるような一冊なのである。 (クリープハイプ尾崎世界観のエッセイ本『苦汁100%』は酒の味 より)

……「なのである」じゃねーよ、偉そうに。

と、いまとなっては書いた本人も思ってしまうけど、人気ミュージシャンであり作家でもある尾崎世界観が、普段何を考え、何を感じているのか、彼の頭のなかを覗き見しているような感覚になれるのがこの本。

歌詞や小説は、多くの制限のなかで言葉を選び、磨き、圧縮しなければならない。しかし日記の場合、歌詞や小説に比べればそうした制限からある程度は自由になれる。だから、より素に近い尾崎世界観を知ることができる。そういう意味で、音楽とも小説とも違った面白さがある本なわけだが、本の内容に入る前に、もしかしたら尾崎世界観を知らない読者もいるかもしれないので、まずは簡単に彼についてのまとめを。

尾崎世界観ってだれ?

尾崎世界観(おざき・せかいかん)は、ロックバンド・クリープハイプのボーカル&ギター。本名は尾崎祐介(おざき・ゆうすけ)。「世界観」という名前は、「世界観がいいね」という曖昧な評価に対する疑問に由来している。

2012年、アルバム『死ぬまで一生愛されてると思ってたよ』でメジャーデビュー。以後、『おやすみ泣き声、さよなら歌姫』『寝癖』『エロ/二十九、三十』『百八円の恋』『イト』など11枚のシングルと(限定シングルや作品集などは除く)、『一つになれないなら、せめて二つだけでいよう』『世界観』など4枚のアルバムをリリース。『Mステ』(ミュージックステーション)や『HEY! HEY! HEY! NEO!』の出演、日本武道館での二日連続単独公演を成功させるなど、名実ともに2010年代の邦楽ロックシーンを代表するプレーヤーのひとり。
(クリープハイプ『百八円の恋』MV)
(クリープハイプ『イト』MV)

2016年には『祐介』で小説家としてもデビュー。『アメトーーク!』にて、芥川賞作家である又吉直樹の推薦により読書芸人大賞2016に選出されるなど、大きな話題を呼んだ。
ミーティアではこれまでも、尾崎世界観のミュージシャンとしての側面と作家としての側面の両方に注目してきた。作家面においては、『苦汁100%』の紹介のほか、連載以外の小説作品はすべてレビューしている。
また、東京・吉祥寺にて行われた展覧会『世界館 MADE BY DIS クリープハイプの脳内博覧会』のレポートをしたことも。
そして、作品集『もうすぐ着くから待っててね』リリース時にはインタビューも行った。

『苦汁200%』のミーティア的な楽しみ方

このように、ミーティアには尾崎世界観に関する記事が蓄積されつつある。せっかくだから、記事と『苦汁200%』の内容とを照らし合わせて読んでみたら、よりいっそう『苦汁200%』を楽しめるのではないか?と思った次第であります。 

たとえば、3月16日の日記。

ライブは本当に楽しかった。理屈も超えて、結果として歌えた。この日の為に色んなことを我慢してきた。それが全部報われた。やっぱり、音楽をしっかりやれた時の喜びは計り知れない。今日、ライブができて本当に良かった。 体力が追いつかず、途中で倒れそうになりながら、つんのめったまま終わった。こんな日のことはずっと覚えていたい。 (尾崎世界観『苦汁200%』p.30より抜粋)

これは、記事でいうとこれ。
珍しく尾崎が体調を崩してライブを延期した直後のライブレポ。
記事内にもある通り、彼がライブを飛ばしたのは人生でこれが初めてだ。日記を読むと、数日前から体調を崩し、それでも多忙なスケジュールをこなして、自分の身体をだましだましやっていたことがわかる。39度の高熱が出たまさにその日もテレビ収録。休んで当然なのに、「本当に申し訳ない。悔しいと思うことすらおこがましい。必ず返します。本当にごめんなさい」とつづる(p.27)。

ファンのあいだでは有名だが、彼は自分の身体のリミットを「鼻血が出るかどうか」で判断しているふしがある。鼻血が出るまで頑張るのか……とこちらも襟を正されるエピソードだけど、正直、鼻血が出る前にちょっと休んでほしい、心配だし(←ただのファンとしての感想)。

あるいは、6月7日の日記。

起きてから憂鬱な気持ちでどんよりしている。強い相手と戦うのが怖いのは、誰だってそうだろう。それでも行かなければならない。 だから会場入り。今日からZepp TokyoでUNISON SQUARE GARDENとの2日間のライブ。リハーサルの間も生きた心地がしない。 (尾崎世界観『苦汁200%』p.105より抜粋)

これは、記事でいうとこれ。
次の日の日記では、さらに正直に心境を吐露している。

会場入り。リハーサルから落ち着かない。ユニゾン兄さんが始まる。セットリストを全部変えて、今日は「シュガーソングとビターステップ」をやると言う。あんなヒット曲、ミサイルみたいなもんだろう。打ち込まないで〜、大事なお客さんに、危ないから。 (中略) いよいよ本番。弱い犬ほどよく吠える。冒頭から煽りに煽って、それに答えてくれるお客さん。ユニゾンのライブで火がついたんだろう。それは、こっちもあっちも一緒だ。負けるわけにはいかないというバンド側と、負けさせるわけにはいかないというお客側。それがぶつかって、凄いうねりになっていた。 (尾崎世界観『苦汁200%』p.106~p.107より抜粋)

これは、記事でいうとこれ。
確かに、最初のMCから煽りまくっている。尾崎のモチベーションが伝染したのか、長谷川カオナシ(Ba.)まで珍しく「ついて来いよ」なんて言ってる。オトコマエっ。両バンドの散らす火花がスパークしまくっていた。

そしてこのあと、KANA-BOON銀杏BOYZと続いた『ストリップ歌小屋 2017』の記事がこちら。
のちに銀杏BOYZがクリープハイプ『二十九、三十』のカバーをリリースするが、それが最初に披露されたのはこの『ストリップ歌小屋 2017 名古屋編』だった。さらに、クリープハイプがカバーした『援助交際』に峯田和伸がフィーチャリングのようなかたちで参加したステージは、いまのところ、この名古屋編のアンコールただ1回のみである。
(クリープハイプ『HE IS MINE』MV)

これでガッチリ空気をつかんだクリープハイプは、『イノチミジカシコイセヨオトメ』や『ラブホテル』など、さっきの「SEXしよう!」の余韻をイかしたセットリストで攻める。そして攻めつつも、こんなふうに甘えてみたりもする。

「夏のせいじゃなくて自分のせいだってちゃんとわかってる。自己責任で生きていくけど、この場だけは、甘えてもいいでしょうか? 思いっきり勘違いさせてください。お願いします」

中盤には『5%』を挟んで時に優しく、その後『鬼』や『社会の窓』で時に激しく。ダイナミックな強弱をつけておいて最後は『イト』『二十九、三十』『オレンジ』の三連コンボでフィニッシュ! みんなでおっきい声を出して、キモチイイ汗を流したのだった。

なんだか途中から違う種類の文章を書いているような感じになってしまったけど、つまり最高に盛り上がってたってこと。 

遅ればせながらGRASS STAGEに出演した他のアーティストを紹介すると、この日なら、ももいろクローバーZKICK THE CAN CREWPerfumeサカナクションなど。他の日はB’z、back numberマキシマム ザ ホルモンエレファントカシマシ、ゆず、桑田佳祐きゃりーぱみゅぱみゅRADWIMPSなどなど、誰でも知っているアーティストばかり。このステージできっちり昨年のリベンジができたことが、2018年へとつながる良い流れをつくったのかもしれない。

セットリスト(『ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2017』@茨城県ひたちなか市 国営ひたち海浜公園)
1. HE IS MINE
2. 愛の標識
3. イノチミジカシコイセヨオトメ
4. ラブホテル
5. かえるの唄
6. 火まつり
7. 5%
8. 鬼
9. 社会の窓
10. イト
11. 二十九、三十
12. オレンジ


話を『苦汁200%』に戻すと、そんな素晴らしいステージだったので、この日の日記は、帰りに寄ったパーキングエリアのトイレで見たメンバーの性器の描写で終わっている。

彼のチンコも充実した表情をしていた。 (尾崎世界観『苦汁200%』p.180より抜粋)

朝は駐車場に着いただけで体が硬くなっていたのに、夜にはメンバーのチンコにさえ充実した表情を見出す。みなぎる充実感とはっきりした手応え。クリープハイプがひとつ上の階段をあがった一日であった(ホントかなぁ?)。

というわけで、このように本と記事とを読み比べてみると、より立体的に尾崎世界観の人物像が浮かび上がってくる。だからミーティアの記事とセットで読むのがおすすめ!という話。

友だちと会話をし、普遍的な悩みを共有
すること

自由に書きすぎた。真剣に本の紹介に戻ります。

ある芸術作品に触れたとき、「救われた」と思うことが時々ある。しかし、「救われた」と思うためには、その形式の芸術作品にある程度親しんでおく必要がある。文字を読めない人間が小説を楽しめないのと同じように、ほとんど小説を読んだことがなければ、小説によって「救われた」と感じることはまれだろう。だから、小説に興味がない人や読書経験に乏しい人が仮に『祐介』を読んでも、「救われた」と思うことは少ないかもしれない。なぜなら『祐介』は、(もうこんなことをあらためて書くのは恥ずかしいくらい自明のことだが)小説というひとつの完成された芸術作品だからだ。つまり『祐介』を読むためには、小説を読む力がある程度必要とされる。

話がまわりくどくなっている気がするが、何が言いたいかというと、『祐介』にあった読者へのハードルが、『苦汁200%』にはない、ということだ。

『苦汁200%』は小説ではない(一部、小説としても読める描写もあるが、「小説とエッセイの違い」というテーマを持ち出すと話が複雑になるので、今回はやめておく)。普段小説を読み慣れていない人でも気軽に読むことができる作品だ。

じつは「日記」は古くからある伝統的な文学表現のひとつなので、これを「気軽に読める」と言い切ってしまうことにためらいがあるにはあるが、『苦汁200%』の場合、まるで友だちに話すようにすべての文章が書かれているので、尾崎と会話をするようにするすると読めてしまう。

そして、彼がわたしたちと同じように苦悩し、イラつき、落ち込み、音楽をやめようと何度も思い、ギリギリのところで踏みとどまって、なんとかひとつずつ自分の課題をクリアしていく様に、読者は親近感を覚える。人によっては自分を投影し、感動するだろう。そうして「救われた」と感じる。

尾崎世界観の天才とは

クリープハイプの音楽をよく聴いてきた人ならば、尾崎世界観が作詞においても作曲においても、ほとんど天才と言ってもいいほどの作品を量産していることを知っている。しかし、彼が日頃感じている苦悩は、凡人には理解できない天才の苦悩などではない。繰り返しになるが、それは普通の人間と変わらない普遍的な苦悩だ。

このことが意味するのは、尾崎世界観の天才とは、普遍的な苦悩の積み重ねの先にある、ということだ。

ここに、彼の言葉が多くの人の心を揺さぶる秘密があるかもしれない。なぜなら、もっとも多くの人の心を強く揺さぶる天才とは、凡人に理解の及ばない天才ではなく、自分と同じ苦悩を持った、誤解をおそれずに言えば「理解できそうな・できるかもしれない」天才だからだ。

そういう種類の天才を見たとき、人は「自分と同じだ」と思う。たとえば、太宰治の小説が時代を越えて多くの人々に愛される理由のひとつは、彼の小説を読んだ多くの人が「ここには自分のことが書いてある」と感じるからだ。これと同じことを、多くの人が尾崎世界観の言葉に対して感じている。

尾崎世界観の苦悩の積み重ねは、たとえば、「下積みし過ぎて、気がつけば落ちたら死んでしまう程の高さになっていた(p.157)」と表現される。歌詞や小説から想像できるように、彼には、長く暗く、厳しい下積みがあったのだろう。しかしいま、彼は、たとえ死ぬ程の高さの下積みの上から飛び降りそうになったとしても、たぶん死にはしない。なぜなら、飛び降りた彼を受け止める人がたくさんいるからだ。つまり、それはメンバーやスタッフであり、本書を手に取った読者・リスナーであり、この記事を読んだ読者・リスナーのみなさんなのである。

……「なのである」じゃねーよ、偉そうに(2回目)。

と、すこし熱くなって話が脱線してしまいましたが、それくらい、『苦汁200%』は面白い本です。「200%」というタイトルによく表れている通り、前作『苦汁100%』に比べて、苦味は2倍、その苦味からにじみ出るウマ味も2倍。ドラマチックなことは起こらないかもしれないけど、淡々とした日々のなかに、ピリっとした毒と鋭い洞察とユーモア、そしてリアリティが詰め込まれた作品です。

なんで最後のほうだけ敬語になったのかよくわからないけれど、よくわからないことは他にもたくさんあるから、気にしない。(『苦汁200%』p.238を参照)

書籍情報

尾崎世界観『苦汁200%』
作品紹介(文藝春秋ウェブサイトより抜粋)
これ以上書いたって情けなくなるだけだ。
ここまで書いたらもう手遅れだけど。

悔しくて震える。
でもこっちの方が、会いたくて震えるよりも、性に合ってる。
クリープハイプ・尾崎世界観の赤裸々日記、絶筆の第二弾。



9月2日
最悪な結果。すべて投げ出してしまいそうな、 大事MANブラザーズバンドが聞いたら「おい、ふざけるな」と怒り狂いそうな程の状況。
まさに、駄目になりそうな時。

7月11日
作詞をして文章を書いて、夜を過ごした。真夜中3時過ぎ、開け放した窓から、女性の泣き声が聞こえる。こんな時間に男にでも放り出されたんだろうか。まったく酷いことをするもんだ。せめて朝まで待ってやれば良いのに、血も涙も無い野郎だ。と思ったけれど、自分だって変わらないだろう、きっと同じようなことをしてきたんだ。 いつか泣かせたあの人の泣き声も、見知らぬ誰かが聞いたはずだ。本当に悲しそうで、やるせない気持ちが部屋に充満して困った。泣いているあの人に良いことがありますように、とか願う前に、自分が泣かせたあの人の幸せを祈れよ。

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クリープハイプ
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「Music meets City Culture.」を合言葉に、街(シティ)で起こるあんなことやこんなことを切り取るWEBマガジン。シティカルチャーの住人であるミーティア編集部が「そこに音楽があるならば」な目線でオリジナル記事を毎日発信中。さらに「音楽」をテーマに個性豊かな漫画家による作品も連載中。