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【後編】ジャズピアニストインタビュ
ー。「スガダイローと○○」を徹底解
剖!

ジャズピアニスト・スガダイローさんへのインタビュー前編では、スガダイローさんとピアノとの出会いから、バークリー音楽大学(ボストン)留学時の思い出や、エネルギッシュな演奏について話していただいた。後編では、これまでのさまざまなエピソードなどを踏まえ「スガダイローと○○」という形でスガさんの音楽観をひも解いていきたい。

前編「【前編】ピアノを揺らすほどの情熱的な演奏! ジャズピアニスト・スガダイローインタビュー」
「芸術において共有は…」
−ダイローさんは以前、“芸術において共有は幻想” という考えを書いていらっしゃいました。そのあたりについてお聞きしたいのですが。
「芸術って突き詰めていくと、結局はすごく個人的なものを表現するから。多分それが個性だし、個性っていうのは誰も共有できないもの。だから、『わかるわかる』っていうのは幻想で、その幻想をみんな観にいったりするんだけど、ほんとに共有してるわけじゃないんですよ。そこには壁があって、わかってもらいたいっていう気持ちはあるんだけど、たくさんの人に共有されようと思うとやっぱ嘘をつきだす。嘘つくしか方法がなくなってくるから」
−じゃあ共感や共有を求めるより、個性を表現する……。
「そうですね。たとえばすげー大人気のパンダも、自分たちがかわいいことわかっててこれをすれば…っていうことじゃないじゃないですか。そういうことじゃなくて、自然に行動してることによって個性が出てくる」
−昔からそういった考えを?
「昔からそうですね。自分がすげーいいなと思うのも、演奏者が完璧だったと思うのも、そこにはやっぱり隔たりがあるっていうか、あくまで共有してるつもりに過ぎないと」
−実際に周りの評価はあまり気にならないですか?
「気にはなりますけど、多分どの人も本当にはわかってないし。いいなと思ってくれてる人も、嬉しいですけど、それでも本当には俺のことをわかってないし。逆によく思ってない人も、わかってないだろうから。そのいかに違うかっていう隔たりを、俺は結構重要に思いたい」
写真:長谷川健太郎
スガダイローと「鳴らない音」
−演奏を聴いていて、というか観ていて、いつも鍵盤がたりてないんじゃないかって思うんです。
「鍵盤はたりてますよ(笑)。たりてるけど、はみ出して弾くことはあって」
−あれば音を出したいっていうことではないんですか?
「あれは音が出ないってことを表現したくて。ええと、音がないっていうのは…その “音がないという時点” が静寂なのか静寂じゃないのかよくわからないことで。あれって、鍵盤があったら、バキバキバキバキまだ音が聴こえてるのに、鍵盤がないから音が出ないじゃないですか。でも激しさは伝わる。
映像を見なかったら、急に止まったと感じるかもしれないし、それはどう受けとるかわかんない。そういう視覚的な効果。本来 “聴こえるはずのもの” が聴こえなくなることによって、頭ん中の意識が変わるっていうか」
−ダイローさんの中では聴こえてるんじゃないかって思ったんですよね。だからさっきの共有の話ともつながりますけど、私たちに実際に聴こえている音と演奏しているダイローさんの頭の中にある音楽は違うんじゃないかと。
「そうですね、聴こえてるんですけど、ただ要するに、たとえばピアニッシモの音だと “弱い音” なのか “遠い音” なのかがあると思うんですよね。すごく激しく弾いていても遠ければ音小さいじゃないですか。あれは果たしてピアニッシモなのかフォルテなのかっていう話で、そういう表現にも興味があるかな。すごく強い打撃でも鍵盤から外れたら音が出ないっていう、無音じゃないですか。でもその力は確かにかかってるっていう」
−解釈する人によって全然違う音楽になりますね。
「そうですね。いやまあ視覚、てか音っていうのは動きの結果だから、動きがなければ音って絶対出ない」
−動きがなければ音が出ない。でも動きがあっても音が出るとは限らない…。
「音が出ないという可能性はある。でも動きがないのに音だけ出るっていう、逆は絶対ありえない。だからたまに、弾いてるんだけど鍵盤から浮かすこともあって、それをするともういくら弾いても音が出ない」
−それってどういうことを表現しているんですか? 言葉で説明するのは難しいと思いますが……。
「それはだから、そうですね、たまにちょっと(腕を)下げると音が出る。だけどそれは譜面上では全部休符になっちゃう。たまに音が出るんだけど、実はそこはずっと弾いてるっていう。そういうところにたまにポツって出た音と、全然何も動いてなくてポツって出た音と、それはやっぱり違う表現になるから。でもそれは視覚的にしかわからないし、ただ視覚でそういうことがわかった人は、音楽の聴き方がちょっと変わってくる。そういう音があると思えば」
−おもしろいですね。そうすると音だけでなく視覚も合わせると解釈は無限になりそうです。そういうのはなかなか音源では伝わらないですね。
「音楽は耳だけとは思わないから、いろんな要素があって音楽だし。ライブは別に聴きにいくもんじゃないと思ってる。ライブはやっぱ観にいくもんだから、せっかく人が演奏してんだからどうやって音が出てるのかっていう仕組みも知れるし。音楽を聴いてて頭ん中で音として処理するのと、こんな動きだなっていうのを見て処理する、そんな聞き方。
ただ、美しい動きから美しい音が出るに違いないわけで。“動き”ですね。今は動きの方が出てる音よりも興味があるから」
写真:井上嘉和
スガダイローと「SF」
−ピアノを弾いてないときはどんなことをされているんですか?
「最近ずっと映画を観ていて、1日1本ぐらい。SF映画ばっかり」
−そういった作品から何かしらの音楽感に繋がることってありますか?
「結構SFのタイム感覚っていうのは興味がありますね。音楽でもたとえば、音の記憶の仕方とかね」
−記憶の仕方ですか??
「たとえば自分の好きな曲をどうやって覚えてるかっていう。1分間の曲を思い出すのに1分間かけないと思い出せないかというとそうじゃない。別に曲っつったら一瞬でその世界が広がるわけ。でも聴くには1分かかるわけで。その違いがおもしろくて」
−そういえば実際に聴いたり演奏しながら次のフレーズを思い出したときに、音が頭の中で混ったりしないのはすごく不思議だなっていうのはいつも思ってます。
「うん、そうそう。ジャマをしないし。そのへんの解明はできないですけど、それはタイムスリップと似た感じがする。あとは漢字。漢字ってやっぱ一瞬でわかるし、ひらがなより早い。ひらがなの方がちょっと時間がかかるから」
−漢字は右脳でも処理してるっていう話もありますもんね。そういう話は私も結構好きです(笑)。
「うん、そうするとやっぱ意味がわかっちゃうから、時間が必要ない。音楽もそういう取り込み方してんじゃないかな。そうじゃなきゃ、もっと時間がかかるはずだから」
−なるほど!
「あの『枯葉』のサビの部分、Bメロだけどさって言ったとき、ちょっと待ってって全部Aメロを歌ってからじゃないと思い出せないかっていうとそうじゃないから、パッと抽出できるし」
−一瞬の中に詰まっているというか。
「そう、パッと一瞬で広げられるものなんですね、音楽って。それが結構、SFのタイムスリップと似てて。ただ結構複雑な、おもしろいおさまり方だなと思う。そういう演奏法ってないのかなとか。もうさ、そしたら一瞬で終わるから(笑)」
−ははは(笑)。
「楽だし(笑)。ガッてやったらそれでもうお客さんに…」
−ガッて入る(笑)。
「入っちゃってもう、『ああ聴いた聴いた』ってことができたらおもしろいなって」
スガダイローの「これからのこと」
−これまで絵やダンスとのコラボレーションなど、ジャズというジャンルを超え、さまざまな活動をされていらっしゃいますが、今後やっていきたいことはありますか?
「BGMを作りたいですね」
−映画とかのですか?
「いや、蕎麦屋の(笑)。蕎麦屋が結構好きでよく行くんだけど」
−そういえば以前行かれたお蕎麦やさんで『ムーン・リバー』がかかっていたとか。
「そう、まずくなるわ、みたいな(笑)」
−そうですよね、『ムーン・リバー』は違いますよね(笑)
「歳とったのかも知れないけど、そういうところが気になるようになってきちゃって。いくら蕎麦打つのがうまくても、そういうところに気が回んねえと」
−それは実現しそうなんですか?
「まあ自分で作ればいい話だから。
蕎麦屋でもジャズがかかってるところが多いんだけど、やっぱり耳がいっちゃうから耳障りなんだよね、俺の中では。たとえばラーメン屋とかなら、ガチャガチャしてる中で食べるもんだと思うから、何がかかっててもいいと思うんだけど。蕎麦は結局、水とそば粉を感じさせる食いもんだから、もうほんと無音でもいいんじゃないかなと思う。だけど無音じゃ嫌なお店もあるだろうし、そんなんだったらまあジャズかけるよりかは、なんかないかなって」
−どんな曲になるんでしょう?
「全然思いつかない(笑)。どうしたら合うかなって」
−やっぱり蕎麦というと日本的なイメージですが…。
「いや、それをするとね、そういう雰囲気に偏っちゃうから。そういうふうにも偏らず…。それが今作りたいもの」
−食べ物にも詳しいんですか?
「うん、俺は一回行った店に行かないようにしてるから」
−そうなんですか! それはお蕎麦やさんに限らず…。
「そう、一年間書き留めてる。だから毎回毎回違う店に行くようにしてる」
−えー、私なんて同じお店ばっかり行ってますけど(笑)。すごくおいしいお店があった場合は?
「それでも、もう行かない(笑)」
−それは新しい味を知りたいってことなんですか?
「そうですね。やっぱ2回食ってる暇はないから」
演奏者と聞き手が必ずしも同じものを感じているとは限らないこと。そして音だけではない視覚的情報から得られるものと、その音楽に無限の解釈があること−−−。
ヒントはいくつか得られたものの、結局のことろ、スガダイローさんの演奏になぜこんなに惹きつけられるのか、その手がかりを知る以上にますますわからないことが増えてしまった気さえする。
インタビューの後、彼のライブが始まった。その演奏を「狂気」と評されることもあるスガダイロー。相変わらず圧巻の演奏で、あまりのエネルギーに鍵盤を叩きつけているようにも見えるけれど、一音一音の深みにやはり目も耳も離せなくなる。むしろ、この「理解できない何か」こそが、スガダイローに惹かれる所以なのかもしれないと思った。
NEWアルバム情報
スガダイロー ソロピアノ作品『季節はただ流れて行く』
スガダイローが「暦」をテーマに毎月1曲ずつ一年を費やし作曲した作品群。これまでの演奏スタイルを一新するような美しい旋律の数々、1987年製造のスタインウェイ・フルコンサート・ピアノを使用し、タッチや音響にもこだわったスガダイローの新境地をご堪能ください。
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スガダイローアルバム発売記念ツアーも好評開催中!
4/15 新宿ピットイン
開場:19:30/開演:20:00
¥3,000+tax(1ドリンク付き)
6/15 五反田文化センター音楽ホール
開場:18:00 /開演 :19:00
前売 ¥4,000/当日 ¥4,500
※こちらは録音時と同環境でのコンサートになります。

スガダイロー(ピアニスト/作曲家)
1974年生まれ。神奈川県鎌倉育ち。洗足学園ジャズコースで山下洋輔に師事、同校卒業後米バークリー音楽大学に留学。向井秀徳中村達也U-zhaan灰野敬二、田中泯、飴屋法水、近藤良平(コンドルズ)、酒井はな、contact Gonzoらジャンルを越えた異色の対決を重ね、日本のジャズに旋風を巻き起こし続ける。
2008年 初リーダーアルバム『スガダイローの肖像』(ゲストボーカル:二階堂和美 3曲参加)を発表。
2011年 『スガダイローの肖像・弐』でポニーキャニオンよりメジャーデビュー。
2012年 志人(降神)との共作アルバム『詩種』を発表。
2013年 星野源『地獄でなぜ悪い』および、後藤まりこ『m@u』に参加。
2015年 サントリーホール主催ツィンマーマン「ある若き詩人のためのレクイエム(日本初演)」にスガダイロー・カルテットを率いて参加。
2015、2016年 KAAT神奈川芸術劇場にて白井晃 演出「舞台 ペール・ギュント」「舞台 マハゴニー市の興亡」の音楽監督を担当。
2016年 夢枕獏(小説家)との共作『蝉丸-陰陽師の音-』発表。
2016年10月~2017年7月 水戸芸術館にて「スガダイローPROJECT(全3回)」を開催。
2017年「スガダイローとJASON MORANと東京と京都」を草月ホール、ロームシアター京都にておこなう。

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