ココロオークション インタビュー 
変わっているのに、変わっていない―
―原点に立ち返って完成した革新のフ
ルアルバム

音楽とは何なのか――そんなミュージシャンとしての原点に立ち返ったココロオークションが、自由なアイディアと音楽的実験を詰め込んだ、革新のフルアルバム『Musical』を完成させた。今作では“正統派ギターロックバンド”という、これまでのココロオークションのパブリックイメージを打ち破り、ダンスミュージックや海外の最先端のサウンドからの影響を受けたミドルテンポを中心とした楽曲が耳をひく。と同時に、豊かに開花したジャンルレスな楽曲にあって、ココロオークションの絶対的な武器として強く浮かび上がるのはボーカル粟子が紡ぐメロディと抒情的な歌詞の存在感だった。明らかに変わっているのに、全く変わっていない。大きく矛盾する幸福な到達点へと辿り着き、音楽家として新たなスタートラインに立ったメンバー全員に、『Musical』が誕生した意味を語ってもらった。
――メジャー1stアルバム『Musical』ですけど、“脱・正当派ギターロックバンド”というか。かなり挑戦的な作品になったんじゃないですか。
粟子真行(Vo/Gt):脱しましたかね(笑)。
――ええ、いままでココロオークションを聴いてた人は驚く作品だと思います。
大野裕司(Ba):僕たちとしては音楽性を急に変えたつもりはないんです。メジャーデビューしてから3枚のミニアルバムを作るなかで、ずっとやりたいことではあったんですけど、やり切れてなかったのが正直なところで。今回やっと伝わるレベルまで表現できた感じですね。それは技術的な部分も大きいんですけど、僕ら自身がココロオークションというパブリックイメージに引っ張られてしまってたところもあったんです。
――ココロオークションのパブリックイメージというと、ギター、ベース、ドラムっていうシンプルなバンド編成のなかで、粟子くんの抒情的な歌メロがのる良さですよね。
粟子:そうですね。声とかメロディを聴かせたいっていうところですよね。いまも僕らの魂はそこにあるんですけど。やっぱりどこかでギターロックのシーンにいるからには、フェス受けみたいなものも必要だなって、良くない意味で引っ張れた部分も多かったんですよ。
――目に見えてライブで盛り上がる曲が必要なんじゃないかって?
粟子:そうです。でも、最近になってライブの盛りあがりだけじゃなくてもいいなって気づいたんです。去年、『夏の夜の夢』っていうアルバムを出したあとに、『夏の終わりを探しに行こう』っていうツアーをやったんですけど、そのときにミドル中心でセットリストを組んだのが自然だったんですよね。あとは9月に出たカンラバ(『KANSAI LOVERS 2017』)では、全部バラードでやったのもすごく良かったんです。そこで、こういうことをやりたくて、バンドを始めたんやろうなとか、ココロオークションである意味を再認識できたんですよ。やっぱり僕たちがやりたいのはポップスなんだって。
――改めて“自分たちのやりたいこと”を見詰めなおすきっかけのひとつには、メジャーでデビューという環境の変化も大きかったんじゃないですか?
粟子:ああ、たしかに。ココロオークションが自分たちだけのものじゃないなっていうのを考えるようになったことで、意識が変わった部分はあるかもしれないですね。
テンメイ(Gt):インディーズの時から僕らはただがむしゃらにバンドをがんばるっていう感じだったんです。でも、メジャーになってから自分たちを客観的に見る機会が増えてきたこともあって、音楽への向き合い方とか姿勢が変わってきて。やっぱりモノづくりの根本は、自分たちが表現したいものを伝えるっていうことだし、そこに辿りつくまでに、足りないものは何なのかとか、何をしたらいいのかを考える時間が増えたんですよね。
ココロオークション
――でも、ココロオークションって、いままでも十分音楽に対しては真摯に向き合ってきたバンドだと思いますよ? それはライブを見てるとすごくわかる。
粟子:真摯に向き合ってきたつもりだったんですけど、“音楽さん”は思ったより偉大な存在だったんです。全然、僕たちがコントロールできるものじゃなかったんですよね。
大野:僕らなりには真摯に音楽と向き合っていたんですよ。向き合ってきたからこそ、一歩その真理に近づきたかったというか。音楽を芸術にするために大事なものが、ようやく見えてきたんです。そのうえで、いままで自分を振り返ると、音楽に対して失礼なことをしたこともあるし、間違ったことをしたこともあったなと思うんです。思い返せば、ですけどね。
――改めて音楽と向き合ったことで見えてきた真理というのは?
大野:音楽にはメロディとリズム、コードっていう三大要素があるじゃないですか。それはやっぱり正しかったと思ったんですよ。ただの“音”が“音楽”になるのに必要なのは、ちゃんとしたメロディとリズム、コードだし、そこが削がれたものには音楽としての魅力を感じない、ただの雑音やなって。逆に言うと、どんなにヘタクソでも、その必要な要素を満たしてるだけで音楽として聴ける。そこの線引きができるようになったんですよね。
――芸術としての音楽を突き詰めていくことが、これからココロオークションがバンドとして追求していくべきことだと思った?
大野:うーん……それが目的と言うより、「音楽としての要素を満たせたら、あとは何でもできるね」っていうことですね。いま言ったことは大前提なんですよ。呼吸するのと同じぐらい。でも、そこを忘れずにやろうとしたときに、必然的に僕らが届けるべきもののかたちも変わっていったんです。
粟子:すごく自由になれたんですよね。
――収録曲で言うと、「砂時計」「少年と夢」と「かいじゅうがあらわれた日」。このあたりはビート感の強いアプローチで、これまでのココロオークションにはない曲ですね。
大野:そうですね。そのあたりの曲に関しては、できる前から押し曲にしたいと思ってたんですよ。次のココロオークションの看板としてぶつけたいと思ってて。
粟子:このなかから「砂時計」をリード曲にしたんですけど、やっぱりこういう曲をリードにするには勇気がいりました。でも、自分でも腑に落ちたというか。これをやるために、いままで経験を積んできたんだっていうぐらい、自分たちが本当にやりたいことができたというか。この曲が完成したことで、僕自身すごくワクワクできたんですよ。
――制作の過程では、大野くんからいままでにない雰囲気のデモトラックがあがってくるわけじゃないですか。そのとき、メンバーはどんなふうに受け止めてたんですか?

井川:ドラムじゃできないことがいっぱい入ってるなあって。
全員:あははは!
大野:たしかに(笑)。
井川:でもまあ、ここ2~3作のミニアルバムでも試行錯誤してたことではあったから、落としどころはわかってたので。ここは生ドラムを叩くんだろうなとか、ここは打ち込みで入れんねやろなっていうのは、比較的掴みやすかったですね。
――テンメイくんは? ギタリストとしてのアプローチも変わると思いますけど。
テンメイ:そうなんですよね。ギターってウワモノじゃないですか。で、今回は音色がいろいろ入ってるなかで、ギターの立ち位置はすごく考えたんですよ。フレーズを聴かせるわけじゃないし、ただ乗せるだけでもない。4人のなかで溶け込むためにどうすればいいかを考えましたね。それも『CINEMA』とか『夏の夜の夢』の頃には辿り着けてなかったけど、今回はかなり正解に近づけたところだと思います。
大野:そのへんも、さっき言ったように“音楽であるには何が必要か”っていうものを踏まえたら、ジャッジが簡単だったんです。前やったら、「ええねんけど、なんか違う曲になってしまう」みたいな迷いがあったんですけど、今回は全くなくて。何かがダメなときは、3つあるうちの何かを忘れちゃってるだけなんですよね。「いまリズムのことを忘れてたから、そこを意識してみよう」っていう感じでやり直すと、あとは音楽になって返ってくる。音楽だったら、あとは何をやっても大丈夫っていう感じでしたね。
――その三大要素のなかで、メロディの部分をソングライターの粟子くんが大きく担ったと思いますけど。そのあたりもいままでと違う部分はありましたか?
粟子:出てきたデモが壮大だったので、「負けんようにしなきゃな」っていうのがあって、今回は何回もメロディと歌詞を書き直したんです。最初は(パソコンの)音楽ソフトでメロディを打ち込んで作ってて、それで良いだろうと思っても、実際に歌ってみると「ちゃうな」っていうことがあって。なんか面白くなかったんですよね。
――面白くなかった?
粟子:作りながらメロディを忘れちゃうんです。で、忘れたら、打ち込んだ音を聴いて確認するような作業をやってたんですけど、途中から「あれ? これは何か大事なものを忘れてるな」と思うようになって。
大野:今回、サウンド面では「音を景色にする」っていうテーマがあったので、粟子さんがメロディで広げる作業も大変やったと思うんですよ。それで、ちょっと(粟子さんの)リハビリのためじゃないですけど、自分の原点を見直すきっかけが必要なんじゃないかと思って、身近な景色を映し出すような曲を弾き語りで作ってもらうことにしたんです。
粟子:それが「コインランドリー」っていう曲なんですよね。
――ああ、1曲だけ、ほぼ弾き語りで歌い切るっていうシンプルな曲ですよね。
粟子:そうです。それまではずっとデモ音源にメロディを作ってたので、とにかく曲を「自分で作れる」っていうところが嬉しくて、すごくラクに作れたんです。そうやって何も考えずに1曲作ったことで、僕もニュートラルな状態にリセットされたみたいで。そこからですね。デモがあっても、ギターの弾き語りでメロディを作ればいいんやって気がついたのは。
大野:それが今回はデカかったね。
粟子:もともとココロオークションの曲っていうは、僕がギターの弾き語りで作ってたから、そのかたちに戻したんですよ。そのとき、やっと息ができたっていう感じでしたね。
――話を聞いていると、粟子くんの悩みをパッと見抜いて、修正してあげるっていう大野くんの采配がすごいですね。
粟子:完全にプロデューサーですよね(笑)。
――歌詞のほうはどうですか? アルバム全体から、この場所から踏み出していこうっていうような泥臭い決意だったり、“生きよう”っていう意志が強く伝わってきましたが。
粟子:やっぱり音楽に向き合うことに対して悩んでたのが、そのまま歌詞に出てると思います。ずっと足りてない自分ばっかりが見えてきて、すごくつらかったんですよね。「ココロオークションが音楽をやる意味は何だろう?」とか、いろいろなことを考えていくなかで、やっぱり自分なかでは、“生きること”を歌いたいなっていう気持ちが強くなっていって。
――つらい状況を打破するきっかけの曲はあったんですか?
粟子:歌詞は「今日もわたしは」っていう曲から始まったんです。いっぱいデモがあるなかで、メロディと歌詞も考え始めてたんですけど、結局、「今日もわたしは」ができたことで、スイッチが入ったんですよね。本当に、「このままだと僕は音楽を続けられへん」っていうぐらい悩んでたときに、歌詞の体裁とか何も考えずに、文字を箇条書きにしてできた曲で。それが「生きることは何だろう?」っていうものだったんですよね。
ココロオークション
――「コインランドリー」に話が戻るのですが、この曲は<すぐ落ち込んじゃう君は きっと心が綺麗なの 少し汚れてる方がいいわ>っていうところが、すごくぐっときました。
粟子:これは、ほんまに悩んでたから、結構いろいろな人に電話してたんですよ。そのときに、「なんであかんのかな?」って言ってたら、「自分のことを“あかん”って思えるのが君の良さだよ」って言ってくれて。それがきっかけで書けた曲ですね。
テンメイ:今回の歌詞ができたときに、正直、「あ、(粟子くんが)こんなに苦しんでたんや」って、改めて思ったんですよ。
井川:いままでも粟子くんは、結構歌詞で悩むんですけど……今回はとくに酷かったですね。レコーディングの期間中は東京で一緒の宿にいるんですけど、夜、粟子くんが帰ってきたら、「もう無理~」ってなることが多くて。心配はしてたんですけど。
井川:でも、最終的には彼らしいものに落とし込めたというか。
テンメイ:何よりも歌から生命力が伝わってくるんですよね。
――うん。“生命力”という言葉が、今回のアルバムにはすごくピッタリだと思います。粟子くんは“生きるって何だろう”ということをテーマにしたのは初めてではないけど、改めて音楽の意味と向き合った今作でも、それを貫いたことも大きいと思うし。
粟子:そこは前作(『夏の夜の夢』)を作ったあたりから揺るがなくなってきたところもあるんですよね。「君が大切にしなきゃいけないいまは、もう始まってるんだよ」っていうのを伝えるために、僕らの音楽があるんじゃないかなと思ってて。だから、人生観が変わるような、聴いた人がもっと“自分が生きているいま”を抱きしめたくなるような、大事に生きたくなるような曲を残せたらいいなと思います。
大野:そうだね。今回のアルバムができたことで、サウンドのほうにも注目してもらえると思うけど、やっぱりいまだに僕らは“歌”のほうが大事やと思ってるんですよね、それを聴かせるために曲を作ってるので。それはココロオークションが、日本のバンドとしてやるべきことやとも思うし。どんなにリズムを重視した曲でも、詞の世界観こそが聴かれるっていうのは、僕らの最終目標だと思います。
――では、最後にアルバムのタイトルトラックでもあり、ラストナンバーにもなっている「musical」の話を聞かせてください。これは素晴らしい大作ですよ。
粟子:8分あります(笑)。
――その長さを全然感じさせないですよね。キックの強い、ゆったりとした曲調のなかで昂揚感を求めていくっていうのは流行りのサウンドでもあるけども。
大野:たしかにサウンド的には流行りを意識したところから始まってるんですけど、とにかく「長い曲を作ろう」っていうのがあったんですよ。音楽であることの必要最小限の条件のなかに、長さとか構成は入ってないんですよ。Aメロ、Bメロ、ブレイクがあって、サビにいく、そのフォーマットは音楽には必要ない。そういう意味で、Aメロとサビの区別もつかないような曲を作ろうと思ったんです。実際、Dメロっぽいフレーズが、最後に大サビっぽいところで出てきたりするし。そこらへんは上手くいったなっていう感じですね。
粟子:たぶんAから数えたらHメロまでいくぐらい、メロディがたくさんある曲です。
大野:いま自分で振り返ってみても、「なんで、こういうことをしたんだろう?」っていう場所が多々あるんですよ。「ここでタム入れるのは天才だ!」とか(笑)。だから、二度とできない、『musical』っていうアルバムが作らせた曲だろうなと思います。
テンメイ:この曲ができたことで、自分たちが“音楽的であること”っていうテーマのもとに取り組んできたことが正しかったんだなと思いましたね。
粟子:ああ、そうだね。
大野:だから、この曲だけ歌詞の温度観も違うんですよ。
粟子:そうかもしれない。この曲の歌詞が1番最後にできたから、それまでにずっと書いてきたことも踏まえたうえで、“生き様を鳴らせ!”っていう言葉が出てきて。たぶん、それがこのアルバムでいちばん言いたいことだったんだなと思いますね。
――今回、「音楽を続けるのは無理かもと思った」っていう話もありましたけど、アルバムを作り終えたあとで、その辛さは解消されたんですか?
粟子:うーん……辛くはなくなりましたけど、まだステージに立つ怖さはありますね。下手なことをできへんなっていうか。いままでも適当に歌ってたわけじゃないですけど、より1個1個を大事にしながら、“音楽さん”に恥ずかしくないようにせなと思ってます。
大野:このアルバムができたことで、音楽の真理に一歩近づいた自信はあるんですけど、そのなかでひとつ証明されたことで言うと、音楽を、音楽として続けるのは、非常に辛いっていうことなんですよね(笑)。だから、これからもそれぞれが努力しないとダメだし、真理がわかったところで、無敵になるわけじゃなくて。真理がわかってからがスタートラインだと思うんです。音楽っていうのはヘラヘラ笑いながら、道楽でできるものじゃない。だからこそのやりがいを感じてるんです。

取材・文=秦理絵 撮影=大橋祐希
ココロオークション

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