ダンサー・北村明子の新作 "vox soi
l” は、リズムの訪れを待つ人びとの
時間を描く

ここ数年、アジアとの国際共同制作プロジェクトを展開している振付家、ダンサーの北村明子。インドネシア、カンボジアと続いて、インドのマニプールのアーティストとの作品づくりをスタートさせた。"vox soil”というタイトルには、土地の声、土地の脈、土地のリズムといったイメージを重ねているとか。そこには「踊りは、民族や国籍、言語の差を越えて、足元に広がる大地を通して繋がる行為」という、放浪のリサーチで見つけた想いが込められている。
マニプールで伝統音楽「Lai Haraoba」に強烈に魅せられた
ーーアジアとの共同制作も3カ国目になります。改めてどんな思いでやられているのか教えてください?
ここ数年、私は東南アジアや南アジアを放浪しては作品として立ち上げていく、ということをやっています。《Cross Transit》というシリーズは、土地ごとの音楽や身体の所作に大切に受け継がれている(トランジット)、「種」を融合(クロス)させ、「未来のアジア」として開花させるという思いがあります。これまでプンチャック・シラットという伝統武術を通してインドネシアと出会い、次のつながりとしてカンボジアとミャンマー、それからインドのマニプールに行って、アーティストのリサーチなどを行ってきました。そして2015年にはカンボジア・プノンペンで「記憶」をテーマとしている写真家キム・ハクさんに出会い、彼をドラマトゥルグに『Cross Transit』をつくりました。彼の写真に写る他者の記憶を、自己の記憶/身体と錯覚させて踊ることで、「個」という枠組みを離れ、無名性へと近づく喜びに触れることができた気がしています。そして今回、プロジェクト3年目にあたり、インド・マニプールの音楽家マヤンランバム・マンガンサナさんをドラマトゥルクに迎えます。
リハーサルより photo: 大洞博靖
ーーマンガンサナさんとはどんな出会いをされたのですか?
マニプールはミャンマーとインドの国境にあります。マニプールの武装勢力とインド軍の抗争が続いていて、常に独立しようとしているエリアです。2014年までは危険だからと外国人は旅行もできなかった。私は2015年にマニプールを訪れたんですけど、当初は現地の情勢が悪化して街には入れてもらえませんでした。インドのコルカタでずっと待機し、なんとか許可が出て足を踏み入れることができたのですが、めちゃくちゃ美しくて長閑な地でした。マニプールの人びとはインドという枠の中で自分たちの文化が語られるのをすごく嫌っているんですよ。それほど自分たちの文化を大事にしていて、素晴らしい踊り、音楽、演劇がありました。その中でも惹かれたのがLai Haraobaという収穫祭のときに奏でられる伝統音楽の数々で、馬のしっぽとココナッツでつくったペナという独特の弦楽器のしっとりとした音色は聴くだけで物悲しくなるんです。そのペナをメインに伝統音楽をやっている方々と出会い、マンガンサナさんと、その娘さんのマンカさんにもお会いしました。マンカさんがもてなしで歌を聴かせてくれたのですが、こぶしを効かせた日本の演歌に似ていて、その圧倒的な力強さに一気に心が持って行かれてしまいました。その歌をどうやって体得したのか聞いたら、師匠について3歳くらいから口頭伝承で学んだそうで、師匠の中にはシャーマンの方もいて、生活を共にした時期もあったそうです。そして彼らの歌は土地の大事な宝物として育てられているということがわかりました。
ーーそこから交流が始まったわけですね。
はい。まず最近の作品で音楽ディレクターを務めてくれている横山裕章さんにもマニプールに2回、10日間ずつくらい滞在してもらいました。彼は一回もホテルに泊まらず、関係者の家を転々として、どんどん深い関係を築いて、いろんなところに連れていってもらったようです。そして今度はマンガンサナさんとカンボジアのダンサーであるチー・ラタナさん、写真家ハクさんを昨年の8月に佐渡の鼓童村に招へいし、彼らの目を通して日本のさまざまな地域を見てもらう機会を設けました。鼓童に関しては今回の作品にも出演してくださる阿部好江さんという歌い手さんと交流があったのですが、合宿をしながらマニプールの太鼓文化と佐渡の太鼓文化のセッションをしたり、リサーチをしたり。踊りに関してはインドネシアやカンボジアのダンサーが入り、日本の神楽や私が興味を持っている足で土地を踏んでいくという行為ーー地鎮だったりとか祈りだったりとか、そういうことを考える時間を設けることができました。
自分たちの足元にある素晴らしいものに気づかされる
リハーサルより photo: 大洞博靖
リハーサルより photo: 大洞博靖
ーー北村さんは、ここ数年、神楽にもものすごく興味を持たれていますよね。
神楽に開眼させてくれたのが長野県です。その地で暮らす方々が働きながら、合間に練習をしている踊りが素晴らしくて、うまい下手ではなくて神がかっているんですよ。こんなに跳ね続けるなんて!と感動もする。さらに剣舞もある。マニプールでも武術のリサーチはしたんですけど、これにかなう日本の動きは神楽じゃないかと思うほど。双方が私の中にパラレルにあって、リサーチを通して、ともすれば外に向かい過ぎていた視線が、自分たちの足元にある様相に向けられ、改めて素晴らしいものにあふれているなと気づかされる。そう思わせてくれるのが、このプロジェクト。そしてもう少し違う混ざりっぷりがあるのではないか、それらを交錯させて土地の声や脈に絞ったダンスをつくりたいなあと思ったんです。
リハーサルより photo: 大洞博靖
ーー土地の声や脈というのは、どういうことですか?
リズムは拍だけではないんです。ダンスをつくるときには体のリズムを大事にするわけですが、カンボジア人ならカンボジア人の、インドネシア人ならインドネシア人の、そして個人それぞれの脈(パルス)のようなものが生活にもあふれている。私は最近、ずっと学びたかった謡、狂言のお稽古をつけていただいているのですが、その中の大きな魅力が、お腹の底と地面とのつながりを感じながら歌ったり踊ったりすること。そこに拍とか脈とかフィットするリズムが、何度も何度も稽古しているとふわっと訪れてくるような気がしています。今回の作品は、ライブ的な仕立てにしながらリズムの訪れを待つようなダンス公演を目指しています。
リハーサルより photo: 大洞博靖
ーーでは新作"vox soil”について、もう少し教えてください。
まず音楽の要素がすごく強く入ってます。そして振付は足で地を踏むという行為から立ち上げているので、祈りとまではいかないですけど、どれだけ所作の存在、面白さを見出していけるか試行錯誤しています。それからリズムといっても動作、空間と言葉のリズムがある。例えば、ものの本によれば、「ここ」と「あそこ」の間にある「そこ」。「そこ」というのはすごく曖昧なもので、私たちは、それがどこなのかを適当にずらしながら捉えていることに気づかされる。確かに「そこ」は具体的にどこなのかわからない。ちょっと近くにもちょっと遠くにも使える。そんな日本的な空間とか言葉のリズムを考えています。ダンサーの身体が演奏し、地を踏むリズム、そこから始まる身体の躍動、鑑賞者の皆さんが呼応する空間のリズムに満ちたシーンを生み出していこうと考えています。リズムの訪れを待つ人びとの時間を見ていただければいいなあと思います。
ーー改めて、アジアのダンスをリサーチする中で、今感じていることを教えてください。
アジア、アジアと言い出して10年、15年たちますけど、そこで何か広くて曖昧すぎる”アジア”の共通プラットフォームがあるとか、こういうことを共通テーマにディスカッションするといった状況はまだできていないんですよね。問題意識も共有することはとても難しい。そもそも音楽、ダンス、演劇が分かれるという発想は西洋のもの。私が訪れた東南アジアや南アジアの芸能では、全部総合的に存在している。そういう背景をもとにアジアの新しい枠組みを考えたときに、やはり視点を変えていかなければいけないはずなんです。欧米のダンスの発展を見ながら、その中でアジアっぽいものは、と考えてしまうあたりから変えていくことが必要です。ただ私の現状を言えば、カンボジア、インドネシア、インドの皆さんとも共通言語は英語になってしまう。まだその力を借りないと十分なコミュニケーションもできない。それがどんなふうに変化していけるのかは大きな課題でもあり、夢想でもありますよね。

《北村明子》振付家・ダンサー・信州大学人文学部芸術コミュニケーション分野准教授。早稲田大学在学中、95年文化庁派遣在外研修員としてベルリンに留学。01年Bates Dance Festival(USA)、03年American Dance Festival(USA)委託作品発表。01年代表作『finks』は多数都市にて上演、モントリオールHOUR紙05年ベストダンス作品賞受賞。05年ベルリン「世界文化の家」委託作品『ghostly round』は世界各国で絶賛を得た。11〜14年に行ったインドネシアとの国際共同制作To Belong projectは、ジャカルタ、東京、神戸、茅野、シンガポールで上演。Dance New Air 2014にて『To Belong/Suwung』(青山円形劇場)を発表、インドネシア公演も成功させた。15年Asian Cultural Council個人フェローシップグランティ。17年1月、New York Japan Society にてソロ作品『TranSenses』を世界初演。4月、Montreal Tangenteにて改訂版を再演。15年より開始したCross Transit projectのカンボジア・プノンペン公演を17年11月に開催した。

取材・文:いまいこういち

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