歌舞伎役者・尾上右近が現代劇に初挑
戦 『ウォーター・バイ・ザ・スプー
ンフル』

2018年7月、『ウォーター・バイ・ザ・スプーンフル~スプーン一杯の水、それは一歩を踏み出すための人生のレシピ~』が東京・紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYAにて上演される。コカインとインターネットという二つの媒介を通し、対比させることによって、人と人とが直に触れあう関係や結ばれた絆が、いかに人生にとって大切なものかをくっきりと浮かび上がらせる本作において、主人公エリオットを演じるのは歌舞伎俳優・尾上右近。昨年の『スーパー歌舞伎II ワンピース』において、主人公ルフィ役の市川猿之助が怪我で降板した後、全編の主演を務め注目された右近が、自身初となる翻訳現代劇の舞台に挑戦する。主演である右近の役柄は、幼い頃に実母からネグレクト(育児放棄)を受けて育ったトラウマを持ち、成長してイラク戦争で負った負傷が原因で、モルヒネ中毒になった過去を持つ青年役。尾上右近はこの役にどう向かい合っていこうとしているのか。
歌舞伎も現代劇も、人の心に潜む光と闇は同じ
――まずは、このお仕事のお話をいただいた時の率直なお気持ちからお聞かせください。
いつかは現代劇をやりたい、と願っていました。とはいえこんなにも早くチャレンジすることができるとは思わず……しかも主演としてお仕事をいただけるとは思っていなかったので、もう喜びでいっぱいでした。僕は歌舞伎の世界で経験を積んできましたが、歌舞伎役者としては、自分らしさを追求するというより、その役らしさや演目の香りなどを大切に追い求めてきました。これが現代劇となると、歌舞伎を演じる時以上に「自分自身」が大事なのでは、と考えています。「自分で役を作る」ということが初めての経験となるので、まだ漠然としたイメージですが「自分らしさ」を探す旅になるのかな、と思っています。
――これまでに現代劇を観劇する機会はありましたか?
はい。でも自分が「現代劇に出たい」と意識して観るようになったのは、ごく最近のことなんです。それまでは知っている方が出演されている舞台を観に行っていましたが、最近はおもしろそうだな、と思った作品を自ら観に行く機会が増えてきましたね。直近では(中村)獅童さんが出演されていた『江戸は燃えているか TOUCH AND GO』を拝見しました。楽しかったです。たくさん笑いました!
――現代劇に出演することについて、同じ歌舞伎の世界の先輩方から何かアドバイスなどいただくことはありましたか?
アドバイスではないのですが、(市川)猿之助兄さんが初めて現代劇に出たときのお話を伺いました。「いつもは着物を着ている自分が、スーツを着たときにその場にどう存在すればいいのかが分からなかった……帰ろうかと思った」と、おっしゃっていて。自分もそうなるんだろうかって(笑)。いつもは着物を着て、お化粧をして、鬘を付けて……。あたかも歌舞伎に守られているような環境でやっていました。現代劇に出る方から見たら、それが重い鎧に見えるのかもしれませんけれど。そういったものをすべて取り払って自分だけで舞台に立ったとき、僕ももしかしたら逃げ出したくなるかもしれませんね(笑)。
尾上右近
――本作は、現代劇という点に加えて翻訳劇。日本人として作品世界をどう捉えるかが難しいのではと思うのですが。台本を読んでみてその点はいかがでしたか?
僕の場合は比較する対象が歌舞伎しかないのですが、環境や時代背景が違っても人の心の光と闇は変わらないんだなあ、と感じました。僕が演じるエリオットとは年齢も近いし、彼が経験している悲痛さがあり、それでも生きていこう、前に進もうといることに対してジレンマを感じているんです。僕自身も人生経験がまだ中途半端なので、ここはどうしたらいいのか、などと物事の捉え方を悩ましく思うこともあるんです。僕は悔しがりで、そういう悩みを表に出したら負け、と思っているのでなるべく出さないようにしていますが(笑)、本心のところではエリオットにすごく共感できます。悩みやジレンマを隠し切れないエリオットの不器用さ、自分もそうなりえる可能性がありますしね。産みの親と育ての親の狭間に立たされ、自分が戦争に行って負傷して、モルヒネ中毒になって……。そういった経験を隠したまま孤独に生きている。歳を取り経験を積んでいくことでそういう思いは違った形となっていくんでしょうが、今この瞬間のエリオットの心情に自分の心が共鳴するのがわかりました。
――逆にエリオットに共感しづらい、理解に苦しむという点はありますか?
僕だったら産みの親にちゃんと向き合うと思います。エリオットのようにギリギリのところで逃げるという選択を僕はしないと思います。今はエリオットについて掴み切れないところ、例えばエリオットの出自であるプエルトリコの土地柄や作品の時代背景などを調べているところです。エリオットを知るための手がかりだけは自ら掴んでおきたいですから。
――今回演出をされるG2さんの作品で何かご覧になっているものは?
G2さんが手掛けた、新作歌舞伎『東雲烏恋真似琴(あけがらすこいのまねごと)』(2011)を拝見しました。ゾッとするお芝居を作る方だなあと当時思っていましたね。(古典)歌舞伎では「演出家」という存在がいないんです。その芝居の主役をなさる方や諸先輩方が演出家のような役割をするのですが、「演目」に対してというより、後輩役者たちに役に対する気持ちの在り方などを教えていくことが多いんです。「演目」全体のバランスを見て、こうしよう、というやり方ではないんです。だからこそ、今回「演出家」のG2さんとたくさん話をして役作りをしていきたいです。
――本作ではインターネットの世界と現実の世界とのコミュニケーションのあり方もテーマの一つだと思います。時にトラブルも起きがちなネットの世界とどう付き合っていらっしゃいますか?
僕も現代人なのでTwitterやブログは使いますし、インターネットで調べものもします。SNSやインターネットの世界は、良い側面を見ると人が素直になれる場所、正直な思いを見せられる場所なんじゃないかなと感じています。僕は常にSNSでの発言が不特定多数の目に触れることを意識していますが、その意識が稀薄な時に、なにげない素直な発言で、傷つく人がいたり、それがトラブルに発展したりするんでしょうね。発信も、受け取り方もそうですが、ネガティブとポジティブ両面の付き合い方が難しいです。
尾上右近
「すべてが自分の真ん中に共存しています」
――先日、お家芸である清元節の名跡「清元栄寿太夫」を襲名され、歌舞伎と二足の草鞋を履くことで話題となりましたが、今回はさらに現代劇という三足目の草鞋に足を通すことになりますね。そういう現状をご自身ではどう捉えていますか?
「いろんなことをやっている自分」ということを意識せず、今、目の前にあるものに力を注ぐことを自分のモットーとしていきたいですね。客観的にはいろいろなことをやっている人、と見られるんだろうな、とは思いますが、僕自身、スイッチが切り替わるような感じではなく、いつもすべてのことが自分の身体の真ん中に共存していてその都度取り組んでいる状態なんです。それらすべてのことを通して、自分が人間として大きくなることを最終的に目指していきたいですね。
尾上右近
――ちなみに、今回の現代劇のように歌舞伎以外にやってみたい役柄やお芝居はありますか?
任侠ものです! あと、不良役とかも! 母方の祖父(鶴田浩二)の血が騒ぐのかもしれませんが(笑)。「人に迷惑をかけないで生きる」ということを常日頃言われて育ってきた自分だからこそ、あえて人に迷惑をかけまくる役をやってみたいんです。その中にある仁義や正義が見えてくるのが任侠の世界なのかなと思うんです。そういった役どころを演じてみて、ふり幅をどんどん増やし、「尾上右近とはどういう人なんだろう?」って思われたい欲求があるんです(笑)。
――最後になりますが、この『ウォーター・バイ・ザ・スプーンフル』に出演し、楽日を迎える頃にはどのような自分になっていたいと思いますか?
そうですね……。まったく知らない世界の中で経験をさせていただくことになるので、何かに守られていない環境の中で、裸の心のままお客様の前に立てる自分になりたいです。いろいろなものにぶつかってはがれた「むきだしの自分」になっていたいです。
尾上右近
取材・文=こむらさき 撮影=荒川潤

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