北村想の名作『寿歌』が、宮城聰の新
演出で名古屋を起点に全国を巡る

初演から40年、“作家の身体”をキーワードとして新たに解釈される、宮城演出版『寿歌』
1979年─今からおよそ40年前に劇作家・北村想によって生み出された『寿歌(ほぎうた)』。核戦争後の荒野でリヤカーを引く旅芸人のゲサクとキョウコ、その途上で出会う謎の男ヤスオの3人による掛け合い漫才のような奇妙な旅を描いたこの作品は、今なお毎年のように全国各地で上演が繰り返されている名作だ。
今回それを「愛知県芸術劇場」がプロデュースし、「静岡県舞台芸術センター(SPAC)」との初の共同企画として、SPAC芸術総監督の宮城聰が演出を担当。宮城と共に活動するSPACの俳優陣によって演じられることとなった。3月24日(土)~26日(日)に行われる「愛知県芸術劇場小ホール」での名古屋公演を皮切りに、静岡、熊本、福岡、茨城、愛知(知立、小牧)と、6月末まで全国7カ所での上演が予定されている。
「愛知県芸術劇場」は現在、一昨年から各施設の大規模改修工事を順次行っており、今回の公演は昨秋改修を終えた小ホールのリニューアルに際して、「記念になる事業を」と企画されたものだ。去る1月末に制作記者会見が行われ、北村想と宮城聰が登壇。作品や上演に対する思いを語った。
愛知県芸術劇場・SPAC(静岡県舞台芸術センター)共同企画『寿歌』チラシ表
『寿歌』が書かれた当時、北村想は〈T・P・O師★団〉という劇団を率いており、団員のための練習用台本としてこの作品を執筆。当初は4組のキャストによって演じられていた。
「体調がすぐれず身体が熱っぽかったから、雪が見たかったんですよ。それで最後に雪を降らしたんです。ラストは決まっていたけど途中は決まっていないもんですから、辞書を置いてパッとめくって指を指して「櫛」とあったら櫛を出したんです。そういうね、ものすごくいい加減な書き方をしたんですね」と北村は笑うが、この台本はポールペン原紙に直接書きつけられ、一字一句訂正なし…つまり、下書きなしで完成した驚異の作品でもある。
「どこへ行ってもどこでもないし、あっちはどっちや」とは、劇中でゲサクが語る印象的な言葉だ。全編を通して、こうしたあっけらかんとした明るさで描かれる絶望と圧巻のラストシーンは、いつの時代も私たち観る者の胸を打ち続ける。本作はその後も、1982年に『寿歌II』、1985年に『寿歌西へー寿歌III』、そして2012年に『寿歌IVー火の粉のごとく星に生まれよー』が書かれ、その全作が収められた「寿歌[全四曲]」(2012年 白水社 刊)の巻末で北村は、
「『寿歌』連作は私の自伝みたいなもんだといってイイんだと思っている」と記している。
そんなこの作品と対峙した宮城聰は、
「今の時代はすごくたくさんの困難が立ちはだかっていて、しかもそれがあまりにも複雑な力学で絡んでいて、ひとつの回答がない。そういう中で、“多くの雑音の中から突然聴こえてくる澄んだ音”みたいな言葉を書く人というのが、昔から時々いるわけですよね。そういう〈詩人の言葉〉のようなものが今は必要だと感じています。それはまさに『寿歌』のようなものではないかと。それを読み解くには、書き手の身体みたいなものを自分がなぞるというか同化しないと、何を言っているのかわからない。演出家としてはそこに興味が湧くわけですね。想さんの身体を僕が引き受ける、みたいなことがもしできれば、言葉の意味がわかってくるだろうなと思います」と。
また、今回の演出プランについて聞かれると、
「歳をとればとるほど演出家としては、言葉の論理性というか理屈に捉われるようになってきています。逆に言えば、セリフ或いは台本の論理性をちゃんと発見していくという一種地道な作業をやってきたことの結果なわけですが。でも、同時にそこから離れるのが難しくなってきて、今回の戯曲はそのアプローチでは読み解けないだろうなと思っているんです。言葉がしばらく続いた後に、何か隙間があるんですよね。その隙間を論理で埋めてしまうとつまらなくて、もちろん心理とか感情で埋めてしまってもつまらない。
いわば俳句でいう「切れ字」みたいなもので、そこに空白が生まれている。空白がこの戯曲にはとても大事なものとしてあって、僕が昔持っていたかもしれない“言葉から離陸する力”みたいなものを取り戻さないといけないと思っています。離陸というのは単に言葉の意味から離れるということではなくて、言葉という滑走路があって、その滑走路を走っていくといつの間にか車輪がフッと地面から浮いている、というようなことです。今思えば20代の頃はそのことが出来たような気がするんですが、それをなんとか思い出してこの戯曲に取り組みたいと思っています」と、意気込みを見せた。
これらの言葉を受けて北村は、
「今までいろんな演出家の方々がいろんな演出でこの作品を料理してこられました。宮城さんの話を聞いて、なるほどそういう感触でいくのか。“言葉を身体で読む”、そういう作業をされたのは面白いと思いました。それが舞台にどんな形で表現されるのかというところに興味があります」と語った。
ツアー公演の終盤には、地域の将来を担う子どもたちが良質な舞台芸術に触れる機会を提供する「愛知県芸術劇場」の取り組み、〈劇場と子ども7万人プロジェクト〉も実施。愛知県内の小中学生の1学年=約7万人を公演に無料招待する試みで、知立及び小牧公演に於いて学校招待公演が行われる。
SPACでも同様の取り組みを行っているという宮城は、
「僕自身が子どもだった時のことを考えると、小学5年生ぐらいからは子ども扱いされたくないと思っていたんですよね。子ども向けのものとか見せられるのが嫌でね。“子ども向け”というのを子どもながらにバカにしてました。だから一般と全く同じものを観てもらいたいなと思います」と語り、北村も、
「僕はアンケートというのはまず読まないんですよ。魔が差して一度読んだことがあるんですが、たぶん小学校の4年生ぐらいの女の子が書いたアンケートの答えが、「よくわからなかったけど面白かった」って書いてあったんです。これは最高ですね。小中学生というのは一番良い観客だと思いますよ」と。
長きに渡って多くの観客や創り手を魅了してきたこの作品が、新解釈の宮城演出でどう生まれ変わるのか、これまで『寿歌』を観たことがある演劇ファンにとってはその辺りも楽しみなところだが、子どもたちや未体験の観客と本作との〈新たな出会い〉が各地の劇場でより多く生まれることも願いたい。

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