森下真樹、海老原光指揮・日本フィル
演奏でベートーヴェン『運命』第一楽
章に再チャレンジ「森下が音になり、
海老原が踊る?!」

2017年12月、ベートーヴェンの交響曲第5番『運命』全4楽章を、MIKIKO、森山未來、石川直樹、笠井叡の振付で踊るという暴挙!に出たダンサーの森下真樹。この時に、日本フィルハーモニー交響楽団などで活躍する指揮者、海老原光氏にレクチャーを受けていた。実は、3月にMIKIKO振付の第一楽章を海老原の指揮によりオーケストラの生演奏をバックに踊ることが決まっていた。森下に全楽章を踊った後に感じたことを聞きたい、そしてさらなる無謀についても(本当はほかにも無謀はいっぱい、それはまた次の機会に)。都内で二人をキャッチした。
『運命』で富士山の雲海を見た
森下真樹
ーー森下さんに。『運命』全楽章を踊って何か見えてきたものはありましたか?
森下 いや、まだちょっと言葉にできないんです。せっかく来ていただいたのに。しばらく頂上に行ったきり下山できない時間があって。2カ月経つのかな(取材時)。(石川とは実際に富士山頂上に登った)頂上から笠井さんの振付で雲海より上に浮いて、そこから頂上にようやく戻って。
ーーもしかして3月公演が終わるまで富士山から降りられそうもないと?
森下 いえ一回下山してもう一回登ります。
海老原 3月に踊るのは第一楽章だけじゃないですか。クラシックの演奏家だと『運命』は第一楽章があって、第二楽章があって、第三楽章があって、第四楽章であのクライマックスで弾ける。それこそ雲海の上の「あ、見えてしまった」ところまで行く。僕らも第一楽章だけやることはよくあるんですよ、ジャジャジャジャーンは有名なので。でもその時は、雲の上まで行くための一歩目だとは思わなくて、第一楽章だけでも世界が終わるような感じなんですよ。だから全楽章やる時の第一楽章のテンションと、第一楽章だけやる時のテンションは少し違うんです。第一楽章だけやるときってタタタタンタンタンタンザンザンッハーハーハー(息切れ)……。全楽章やる時はそうではなくて。
森下 それはなぜ違うんですか?
海老原 わかんないです。
一同 笑い
リズムの積み重ねて積み重ねているのがベートーヴェン
海老原光
ーー海老原さん、最初にベートーヴェン全楽章を踊ると聞いた時はどう思われましたか?
海老原 森下さんとは本当もう、何も出てこないくらいそのことは話しました(笑)。『運命』という本来踊りのために書かれてはいない曲から何らかのメッセージを受け取って身体表現にする、僕もものすごく興味を持って拝見しました。指揮者は自分では音を出しません。身体の動きと呼吸で演奏家を導くんです。大きな音楽を奏でたければ身体を小さくはしないし、細かい音を出してほしいのに緩慢な動きはしない。だから音楽の動きと指揮の動きとの関係性は、指揮者はきっと誰でも意識していて、僕自身も問題意識があったんです。それが実際に結びつくとどうなるか、僕がフィジカルだと思ってたものをダンサーの方がそう感じるのか感じないのか、無視するのか拾ってくださるのか、予測不可能なことをやってくださるのか、それがすごく楽しみでした。そして期待以上でした。
ーー森下さん、稽古当初に海老原さんに『運命』をレクチャーいただいたんですよね?
森下 日本フィル制作の川口さんから、すごく面白い指揮者の方だと。ご一緒することが決まっていたので、お話を聞いてみませんかとご提案をいただいたんです。MIKIKOさんは、純粋に音を聴いて、そこに私の人生を乗せて作りたいとおっしゃてくれました。なので、曲の背景などはあえてリサーチしないということに…振付がほぼ形になった段階で、海老原さんからのベートーヴェンについてや『運命』についてのお話を聞くことで最後のスパイスになればいいなと。
海老原 実はちょっと怖かったんですよ。僕らにとっても『運命』は一番オーソドックスな曲で、なんなら隅から隅まで知っているつもりでいる。同時に知っても知っても知り尽くせない何かがあるバイブルみたいなものなんですよ。お話しすることが有用なのか、逆に何かに捉われるんじゃないかという恐怖感があった。何を話したらいいか迷っていて、30分にしておこうと思っていたら2時間半も話してしまいました(笑)。
ーーお話を聞いた後の二人はすごいテンションだったそうですよ。
海老原 それなら良かった。僕も公演を拝見し、お話も聞いて、振付師の方はこんなにもダンサーの方の人生と深くかかわって振り付けをするんだなと感動しました。真樹さんだからこうしよう、真樹さんならどうなるのかを考える。
森下 今回の4人の振付家からは森下真樹の個や人生をイメージした振付をいただきました。
海老原 まさしく『運命』は、そしてベートーヴェンは本当にしがみついていないと振り落とされるような音楽。当時のパンク。その時代は綺麗な旋律と美しいハーモニーと、あと宮廷音楽と結びついたものがいわゆるクラシックでした。だけどそこにフランス革命、市民が主役になる時代が来て、その中で彼自身の情動をどう表そうかと思った時に見い出したのがリズムだった。とてつもないリズムの連続。とにかく積み重ねて積み重ねて…。それを振付家の皆さんはどこかで感じて表現していらした。
自分が音になりたい
森下真樹
ーーそして今度は海老原さんが指揮し、日フィルの方々が演奏する中で森下さんが『運命』第一楽章を踊ります。コンテンポラリーダンスと一緒に作業することはあまりないことだと思いますが?
海老原 バレエは振付が決まっていて、誰が踊ろうとどこであろうと変わらない。つまり、この音が出たらここに動きが来るみたいな感じで音と動きがすごく密接。でも実際に真樹さんのダンスとMIKIKOさんの振付を観た時にこの人たちはこの音に対してこうじゃなくて、自分たちが持っているストーリーやイメージ、身体の動きの流れがあって、『運命』は奇跡的に一致したくらい感じなんだと。僕ら音楽家は音楽が一番大事です。逆にこっちはこっちで動きに限定されずに、音に集中することで引っ張ることも、着いていくこともできる。そういう拮抗が生まれるんじゃないのかと思いますね。踊りのために演奏するわけでもなく、演奏のために踊りをするわけでもなく、お互いベストを尽くして同じ時の流れを過ごせばいい。どうですか、森下さん?
森下 はい。前から薄々気づいていたんだけど、私は「音になりたい」と踊ってるみたいなんです。わりとそのことが最近わかった。どんな動きを作っても、最後には音で演出されるというか、支配されてしまうもどかしさみたいなものがずっとあって。どう説明したらいいかわからないんですけど、音を越えられないんです。音との距離のとり方はいろいろあると思いますが、仲良くなってばかり。もっと拮抗したい。音になりたい…。だから音楽に支配されずに踊れる「無音」という音楽を選ぶことも多いです。音楽がきこえてくるような身体性を持つダンサーに魅力を感じます。どうしたらそうなれるか考えている自分に気づいたんです。その時に『運命』を踊ることになって。だからこそ逆に音を生み出す海老原さんがすごいと思っています。
海老原 その話を聞いて、僕も音になりたいと思って指揮をしてたんだと思いました。指揮者も何も音がないところから自分が動き出して、それに対して音が生まれてくる。面白いと思ったのは音に反応するのは音より動きの方が後ですよね。音が現在だとすると、音に対して未来を示す僕がいて、音を過去にして動いている真樹さんがいる。過去と現在と未来がほんのわずかなタイムラグがありつつも一気に訪れる、これは面白いぞと思ったんです。
僕やオケも振付に入れてください。
海老原光
ーー海老原さんも背中越しに振るということですよね?
海老原 そうです。
森下 お互い背中越しです。
海老原 先日、舞台を使って、ここにスペースを作って、指揮台があって、オーケストラがいてみたいなことを確認しながらCDで音源を流して僕が振ってみたんですよ。その時に僕は森下さんを一切見なかった。そしたらステージのスタッフとかいろんな方に「あれ、観ないんですか? 動き確認しないんですか?」みたいなことを言われたんですよ。それはさっきお話したように、森下さんやMIKIKOさんのあり方に関係があるんです。音楽は時間芸術と言いますよね。そこに空間が加わるのがダンスだと思うんです。だとするならば、僕が時を進めることに集中すれば、真樹さんがそこに何かを感じるんじゃないか、ある種の自分勝手感と信頼感みたいなものがあるんです。
森下 あの時は私の身体を使って指揮をしていただいたりもしました。
海老原 バレエならオケはピットに置いて、舞台は踊りだけになる。でも今回は舞台の上にオケがいて、その前で踊ってもらうんです。たぶんオーケストラや指揮者の動きが視界に入った上で踊ることになるから、僕や演奏家も舞台の動きの一部になると思ったんです。ならば指揮を振っていることが、舞台の森下さんの動きに影響を与えるのかどうか確認したかったので、こういうふうに指揮するんですと森下さんの手を取って動かしてみた。
ーーなんて贅沢な経験。
森下 本当ですよね。
海老原 いやいや。後で恥かしくなりました。身体を動かすプロに向かって何てことをしたんだと(苦笑)。舞台上は一歩間違えたら演奏家とぶつかりそうな距離感なんです。
森下 いつも以上の緊張感ですね、きっと。
海老原 弦楽器奏者の位置が課題ですね。ヴァイオリンは体を揺らしながら弾きますし、手が意外と客席側に伸びてくる。
森下 そこで椅子を振り回す動きはできませんよね。
海老原 気づいちゃいました?
森下 はい(笑)。だから今ある振付をどうアレンジしなければいけないかを確認できた時間でした。せっかくだからどこかで目を合わす瞬間みたいなものがあると面白い思っているんです。MIKIKOさんとの相談ですけど。
海老原 今思いついたんですけど、『運命』の途中でオーボエだけが演奏する時間があるんですよ。クラシック用語ではカデンツァと言うんですけど、そこはお任せで僕は振らない。
森下 それって曲の真ん中ですか? ちょうど良いかもしれない。
海老原 きた! それだ。ぜひ僕を振付に入れてください。
森下 はい! MIKIKOさんには伝えさせていただきます。奇跡的にタイミングがあったら海老原さんにも稽古場にお越しいただけるととすごく膨らみそうな予感がします。
海老原 もちろんです、昼夜問わずお邪魔しますよ。稽古に行かないと!
子どもに大人の本気を見せつける
ーー改めてうかがいますが海老原さんにとって、第一楽章とはどんなものですか?
海老原 なんでしょうね……普通の作曲家は最初に所信表明をするんです。「皆さん、よろしいですか? 私がこれから述べます」と。でもベートーヴェンはいきなりダダダダーンダダダダーンと「我ここにあり」から始まる。本当に自己主張の塊。ルール違反も甚だしい。ありえない。だけど、彼はその他大勢ではなかったからこそ200年も生き抜いてきた。それを現代の我々が解釈して動きをつけているのを彼はどう見るだろう。おそらく彼が感じていたエネルギーを僕らも感じているに違いないと信じて表現しようと思いますね。ベートーヴェンはとにかく激しい。演奏家もそれがわかっているから、いかに力を抜くかを考えるんです。ところが距離を取るわけにいかないエネルギーがまたある。そこに入り込んでいかないと表現できない魅力と魔力と強制力。僕らはそんなことを感じてあの曲に対峙しているんです。
森下 その感じ漠然とですがわかります。距離の取り方で言えば第一楽章は本気でしがみついてついて行かなきゃいけない。
海老原 そういう曲なんですよ。嬉しいです、それをご一緒できて。そして今回は「子どもたちと芸術家が出あう街」という企画。聴いてもよくわからないけど、あの曲とあの動きは記憶に残ると言われるようなことをやりたいですね。子どものための教育プログラムは日本フィルは日本随一ですからね。お子さんたちに、僕らがどれだけ本気で音楽にかかわっているか見せつける機会ですから、熱い感じになるんじゃないかと。それに影響を受けて真樹さんが変わってほしいなと思っています。
森下 もう何色にも染まります。染まりたいです。
海老原 染めたいです。音楽以外のものとかかわった時に初めて音楽が、音楽の意味が見えてくる、音楽の生命力が際立ってくると思うんです。いやあ本当にシビれる、ワクワクしています。
《海老原光》東京藝術大学を卒業、同大学院修了後、ハンガリー国立歌劇場にて研鑽を積む。指揮を小林研一郎、高階正光、コヴァーチ・ヤーノシュ各氏に師事。2004年から2006年まで東京シティ・フィルハ-モニック管弦楽団指揮研究員を務め、飯守泰次郎、矢崎彦太郎両氏の薫陶を受ける。2007年ロブロ・フォン・マタチッチ国際指揮者コンクールで第3位、2009年ニコライ・マルコ国際指揮者コンクールで第6位入賞。2010年アントニオ・ペドロッティ国際指揮者コンクールでは審査員特別賞を受賞。2010年から2015年まで東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団アソシエイト・コンダクターを務めた。これまでに、読売日本交響楽団、日本フィルハーモニー交響楽団、新日本フィルハーモニー交響楽団、東京都交響楽団などを指揮し、客演を重ねる。また、2012、2015年に再びクロアチア放送交響楽団の定期公演(ザグレブ)に出演。
《森下真樹》2003年ソロ活動開始、以降10カ国30都市以上でソロ作品を上演。近年ではダンサーとして笠井叡、黒沢美香、インバル・ピント&アブシャロム・ポラック振付作品に出演。また、劇作家・長塚圭史演出作品の振付やシンガーソングライター・矢野顕子yanokami)ライブにダンサー出演、漫画家・しりあがり寿や作家・大宮エリーなどさまざまな分野のアーティストとコラボ。現代美術家・束芋との協働作品『錆からでた実』を青山円形劇場にて発表し、第8回日本ダンスフォーラム賞を受賞。
取材・文:いまいこういち(森下真樹ウォッチャー)

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