『アニー』劇中 人名&用語辞典<前
編> ~【THE MUSICAL LOVERS】ミュ
ージカル『アニー』【第21回】

【THE MUSICAL LOVERS】
Season 2ミュージカル『アニー』
【連載第21回】『アニー』劇中 人名&用語辞典<前編>
前回はこちら
2018年丸美屋食品ミュージカル『アニー』も、いよいよ来月4月21日より開幕する。
出演者たちによる「歌稽古が始まりました」「ダンスのワークショップが始まりました」が、ツイッターのタイムラインに流れ、観劇への気持ちも高まる今日このごろ。早くもドキドキワクワクして、丸美屋の釜めし、丸美屋のふりかけ、丸美屋の麻婆豆腐を食べまくる毎日!
みんな~! 心の準備はできてる?!
そして、心の準備とともに、ここはひとつ『アニー』に登場するキャラクターや用語を予習・復習しておこう。というのも、「ウォーバックスの電話の相手は誰?」「アニーはウォーバックスに、どこでクリームソーダを食べたらって言われているの?」「執事ドレークは第一幕の最後、何て叫んでいるの?」など、観劇しながら色々な疑問が湧いてくるかもしれないからだ。
今年初めて『アニー』を観る方、そして過去に観たことのある方も、「あれって何だっけ?」「何て言っていたの?」と思ったら、ひとまず当ページをあたっていただければ幸いである。

【あらすじ】
(原作:ハロルド・グレイ『小さな孤児アニー』/ミュージカル版脚本:トーマス・ミーハン)

1933年12月。1929年のウォール街株価暴落に端を発した世界的大恐慌が色濃く残り、家や職を失う人々にあふれていたアメリカ合衆国。そんな中、ニューヨーク市立孤児院にはひとりの前向きな女の子がいた。その子の名はアニー。いつか両親が迎えに来てくれることを夢見る11歳の赤毛の少女だ。「いつまで待っても父さんと母さんは迎えに来ない。だったらこっちから探しに行こう!」

孤児院を脱走し、りんご売りのおじさんや犬のサンディ、さらには「フーバービル」の人たちと出会うアニー。しかし警官に補導され孤児院に連れ戻されてしまう。だが、そこに大富豪ウォーバックスの意を受けた秘書グレースがやって来た。彼女は言った。「クリスマス休暇に孤児を一人、招待したい」

グレースに選ばれたのはアニーだった。ウォーバックス邸で2週間、夢のような日々を過ごす。ウォーバックスはいつしかアニーに惹かれるようになり、彼女を養子にしたいと願う。しかしアニーの望みは「普通の子と同じように両親と暮らしたい。父さんと母さんを見つけ出したい」ということだった。

そこでウォーバックスは5万ドルの賞金を用意し、アニーの両親を公開捜索する。しかし両親になりすまそうとする悪人は、全米にごまんといた。さてどうなる、アニー!?
(補足説明! なぜ1933年が舞台になったのか?は【第4回】参照。ブロードウェイ・ミュージカル『アニー』の誕生について、またトーマス・ミーハンが脚本を書き始めた1972年についても同回にて説明有)
さて、この「『アニー』劇中人名&用語辞典」は、<前編><後編>と二回に分けてお届けしたい。まず<前編>では、『アニー』第一幕を、場面ごとに追ってゆく。第一幕で描かれるのは、1933年12月11日~19日のニューヨークである(第二幕は1933年12月21日~25日のNY)。
<記号説明>
●=物語に出演する人・犬
〇=物語に出演する物
★=物語に名前のみ出てくる人
☆=物語に名前のみ出てくる物

<ニューヨーク市立孤児院>
♪楽曲「Maybe」「It's the Hard Knock Life」「It's the Hard Knock Life(Reprise)」 (作詞:マーティン・チャーニン、作曲:チャールズ・ストラウス)
● アニー Annie
1922年10月28日生まれ。その年の大みそか、孤児院の前にロケット(ペンダント)の片割れと手紙とともに置かれた。いつか両親が迎えに来てくれることを前向きに信じ続ける11歳の赤毛の少女。しかしいつまでも両親が迎えに来ないことにしびれを切らし、脱走を決意するが……?!
1977年のブロードウェイ初演時はアニー役をアンドレア・マッカードル(Andrea Mcardle)が、1982年映画版ではアイリーン・クイン(Aileen Quinn)が演じたため、アニー(Annie)同様、頭文字Aの女優に運があるという説も出たらしい。
1978年の東宝製作による日本初演のアニー役は愛田まち(現:中間裕子)。1986年の日本テレビ製作版の初演は菅野志桜里(現:山尾志桜里)と猪木寛子のWキャストだった。
なお、ミュージカルの舞台においてアニーは1922年10月28日生まれの11歳という設定だが、脚本を書いたトーマス・ミーハン自身が手掛けたノベライズ本(以下、ミーハン本)では1921年10月28日生まれの12歳となっている。これは、アニーが1933年の1月はじめから1年近くも孤児院を脱走していたから、という理由による(【第13回】参照)。
2018『アニー』アニー役の新井夢乃、宮城弥榮(左から)
● モリー Molly(孤児)
最年少の6歳。ミュージカル『アニー』劇中で第一声を担当。いつもアニーに「両親からの手紙を読んで」とせがむ甘えん坊だが、皆の前でハニガンの真似をするなど大胆不敵な一面も。アニーを母のように慕っている(ミーハン本では、アニーが1年間孤児院を脱走し、その後すぐにウォーバックス邸に行ってしまうため、アニーロスで心を病む描写もある)。また孤児院の院長ハニガンお気に入りのサテンのクッションに……(以下省略)。両親は自殺している。
● ケイト Kate(孤児)
モリーの次に幼い7歳。ネズミの死骸を手づかみにして孤児たちやハニガンに見せるなど、大胆ないたずらっ子。両親と兄2人は火事で死亡。
● テシー Tessie(孤児)
感情派の10歳。「Oh my goodness」が口癖。旧演出では「どうしよう」と訳されていたが、2017年新演出(山田和也演出版)より「もうやだ」の訳に。父と姉は海洋事故死。母は病死。
● ペパー Pepper(孤児)
喧嘩好きでやんちゃな12歳。「パンチを食らわせてやろうか!」と、ボクサーばりのポーズをとるが、意外と口先ばかり?! ウォーバックス邸でクリスマスを過ごすことになったアニーを「うらやましくない」と強がるが、ウォーバックス邸の豪華さにあんぐり。寝相が悪い。両親がギャング抗争に巻き込まれ死亡していることから、喧嘩早さは皆を守ろうとしている裏返しかも……?
● ジュライ July(孤児)
孤児間の調整役としても気をまわす13歳。名前の由来は、7月(July)に孤児院の前に捨てられていたから。本好きで大人しいように見えるが、ペパーを喧嘩でのすなど、意外に強い一面も。両親はマラリアで死亡。妹は栄養失調で死亡。
● ダフィ Duffy(孤児)
生まれが肉屋のためか(?)、孤児のなかで一番大柄の13歳。2017年新演出より「Fully Dressed Without a Smile」の歌い出しソロを担当し、旧演出の「のんびり屋」から「有名になりたい欲」のある子のイメージに。家族は全員強盗に殺された。
2018『アニー』アニー役&孤児役の面々(合格発表時)
● ハニガン Agatha Hannigan
ニューヨーク市立孤児院の院長。アニーたちに掃除をさせ、洋服を縫わせ、どろどろスープを食べさせる。旧演出まで「ミス・ハニガン」とよばれていた通り、独身である。子ども嫌いで、孤児たちを外に散歩に出すのは月に1度のみ。自身はアルコール中毒。1933年12月5日に禁酒法が解かれるまでは密売業者から酒を買っていた。普段から孤児たちに「嘘をついてはいけない」と教えている。
2018『アニー』ハニガン役の辺見えみり
● バンドルズ Bundles
孤児院に出入りする洗濯屋。クリスマスにハニガンから中華レストランに誘われる。アニーの脱走に(間接的に)加担する。
☆​どろどろスープ
マッシュ(mush)という、トウモロコシの粉を水で煮たもの。やりくり上手のハニガンが、それをさらに水で薄めている。旧演出では「おかゆ」と訳されていたが、2017年新演出から「どろどろスープ」の訳になった(【第9回】参照)。
☆ ​クライスラー・ビルディング Chrysler Building
孤児院の院長ハニガンから「クライスラー・ビルディングのてっぺんみたいに、ピッカピカになるまで」掃除をしろと命じられるアニーたち孤児(「It's the Hard Knock Life」では、モリーがその口真似をするシーンに注目!)。1930年に建立されたアール・デコ建築の優美な銀色のビルで、1931年にエンパイア・ステート・ビルディングが建つまで世界一の高さだった。「てっぺん」はステンレス製で、光が当たるとピッカピカに見えるのが特徴。
<アニーの脱走 レキシントン通り~セント・マークス・プレイス~59番ストリートブリッジ「フーバービル」>
♪「Tomorrow」「Hooverville(We'd Like to Thank You, Herbert Hoover)」
● リンゴ売り the Apple Seller
2017年新演出ではほんの一瞬の登場だったが、『アニー』においてリンゴ売りは時代の象徴。世界大恐慌で職を失った人たちが路上でリンゴ売りになり、ミーハン本では、アニーもリンゴ売りをしていた(【第13回】【第14回】参照)。
● サンディ Sandy
セント・マークス・プレイスで野犬捕獲人に追われているところを、アニーに助けられた野良犬。
サンディ(Sandy)という名前は、「砂っぽい」という意味。旧演出まではアニーが砂浜のポスターを見て名付けていた。2017年新演出からポスターがなくなったので、犬の色で思いついた設定なのだろう。
フーバービル(下記参照)でアニーとはぐれるが、ウォーバックス邸で再会する。劇中に説明はないが、はぐれたサンディを探し出したのは、老舗探偵事務所の「ピンカートン探偵社」という設定である。
日本では1986年から2017年まで、サンディを勤めてきたのはオールド・イングリッシュ・シープドッグだった。しかし、2018年からレトリバーの血を引くミックス犬に変更となる。ちなみに1930年代において、大型の野犬というのは実際にはまず考えられない(飢えた人たちに食べられる、毛皮をはがれる等)。
2018『アニー』に登場する新サンディ
〇フーバービル Hooverville
世界大恐慌のきっかけは、1929年のウォール街株価暴落だが、それはフランクリン・ローズベルト(民主党)の一つ前のアメリカ合衆国大統領(共和党)ハーバート・フーバーの失政によるところが大きいとされる。それがもとで仕事も家も失った人々のバラック集落があちこちに建ち、野党である民主党が非難を込めて「フーバービル(Hooverville:フーバー村)」と呼んだ。
アニーとサンディが行きついたバラックは、59番ストリートブリッジふもとにある「フーバービル」。「フーバーブランケット(毛布の代わりに古新聞を使うこと)」、「フーバーフラッグ(何もないポケットを裏返しにすること)」という言葉も作られ、『アニー』本編の中にも、それを彷彿とさせるセリフがある(【第4回】参照)。
● フーバービルの住人たち Men and Women of Hooverville
59番ストリートブリッジふもとの「フーバービル」には、炊き出しを担当するソフィらが暮らし、リンゴ売り、物乞い、盗みでなんとか生きている。「1929年の株価暴落に(自分の)責任はない」というフーバー前大統領の発言に怒っている。
旧演出まで、アニーはここで「1928年以来の楽観主義」と呼ばれていた。ハーバート・フーバーが大統領に就任したのが1929年と考えると、「なるほど」と納得できる(2017年新演出では「1928年以来の楽観主義」から「希望」に変更された)。
<脱走したアニーが孤児院に返される>
♪「Little girls」「Little Girls(Reprise) 」
〇​ハニガンが部屋で聴くラジオドラマ
ハニガン愛聴の、オルガン演奏のテーマ曲で始まるラジオドラマ。これは1933年10月から放送され、当時流行した「ヘレン・トレント(The Romance of Helen Trent)」というソープオペラ(連続メロドラマ)だ。「35歳を超えた女が恋をあきらめることはない。35歳女と20歳男の恋は成り立つのか?!」という内容が、劇中ひそかに進行しているが、必ず邪魔が入り、その恋の進展はわからずじまいだ。
● 17管区ウォード警部補 Lt. Ward
孤児院を脱走したアニーを捕らえ、ハニガンの元に引き渡す。
● グレース・ファレル Grace Farrell
大富豪オリバー・ウォーバックスの個人秘書。ウォーバックスとクリスマス休暇を過ごす孤児を探しに、ニューヨーク市立孤児院にやって来る。ウォーバックスに恋心を抱いており、メイドや執事、従僕たちには、その気持ちがバレバレである。
2018『アニー』グレース役の白羽ゆり
☆ミシシッピ Mississippi
アニーが「頭のいい子」の証明として「ミシシッピ(Mississippi)」のつづりを、グレースに対してアピールする。なぜ綴りをアピールしているかは【第13回】を参照。
☆ ​バーグドルフ Bergdorf Goodman
グレースがアニーに「バーグドルフでコートを買ってあげましょう」と約束するのは、五番街の高級デパート。正式名称は「バーグドルフ・グッドマン」。2013年に日本でも公開されたドキュメンタリー映画『ニューヨーク・バーグドルフ 魔法のデパート』とは、ここのこと。
<ウォーバックス邸>
♪「I Think I'm Gonna Like It Here」
● オリバー・ウォーバックス Oliver Warbucks
「世界一金持ちの独身男性」と雑誌に書かれているほどの大富豪。ニューヨークの富裕層が集まる5番街987番地に邸宅を構え、執事や秘書、従僕、メイドたちと暮らす。好物はローストビーフとヨークシャープディング。ハニガンやリリーは「百万長者(millionaire)」と言うが、グレースいわく「億万長者(billionaire)」である。
10歳になる前に両親が死んだことで、大金持ちになることを決意。23歳までに100万ドルを貯め、その10年後に1億ドルにした。やがて「ともに歩く人がいないとそれは貧乏と同じだ」と気づき、アニーを養子にしたいと考えるようになる。共和党員であり、はじめは民主党員の大統領ローズベルトと親しくはないが、劇中、徐々に関係が進展してゆく。
2018『アニー』ウォーバックス役の藤本隆宏
● 執事ドレークDrake
ウォーバックス邸のベテラン英国人執事。チーフとして、他の従僕を束ねる。アニーのジョークを真に受けてしまう真面目さもあり、かつ、アニーやウォーバックス、グレースのことが大好きな、チャーミングな顔も持つ。
● 料理長ピュー Mrs. Pugh
ウォーバックス邸の料理長。6週間ぶりに帰宅するウォーバックスのため、好物を用意して帰宅を待つ。グレースの、ウォーバックスへの恋心を見抜き、さりげなく応援する女性。
● グリア Mrs. Greer
女中頭。お風呂係も兼任している。
洋服係のフランス人メイド。
● アネット Annette
寝室係のフランス人メイド。
★ ドン・バッジ選手 John Donald Budge
世界的なテニスプレイヤー。アニーが「テニスのラケット、持ったこともない」と言えば、グレースが彼をコーチにつけようと提案する。1982年の映画版『アニー』でも、日本語字幕には反映されていないが、後ろのほうでグレースが小さな声で「ドン・バッジを」とオーダーしているのが聞こえる。
〇 パリからの絵
ウォーバックスが出張から帰ってきた際に届いた絵。何も説明はないが、レオナルド・ダ・ヴィンチの「モナ・リザ」で、レプリカではなく本物という設定。ウォーバックスが独力でフランスの国家経済を助けたお礼に、ルーブル美術館が、値段がつけられないほどの価値を持つ「モナ・リザ」を手放したという(【第14回】参照)。
<ウォーバックス留守中にかかってきた電話相手>
★ ジョン・D・ロックフェラー John Davison Rockefeller
スタンダード・オイル創業者、ロックフェラー財団を設立した事業家で、1933年時には世界一ともいえる大富豪であった。
★ マハトマ・ガンジー Mohandas Karamchand Gandhi
インド独立の父。
★ ハーポ・マルクス Harpo Marx
有名な喜劇俳優兄弟のマルクス・ブラザースの中で、ただひとり声を一切発さないキャラクター。にもかかわらずウォーバックス留守中に電話をかけてきて、グレースから「何もおっしゃっていませんでした」と報告されている。
<ウォーバックスのセリフおよび電話相手>
★ ベーブ・ルース "Babe" Ruth
初対面のアニーに「会いたいか」と尋ねる。野球の神様といわれたヒーロー的なプロ野球選手。
〇 ロキシー・シアター The Roxy Theater
「映画に行ってみたい」とアニーが言ったことで向かうことにした、タイムズスクエア近くの映画館。
〇 サン・モリッツ・ホテルのカフェ The Hotel St. Moritz/Rumpelmayer's
「ロキシー・シアターに行く前に、サン・モリッツ・ホテルのカフェで、アイスクリームソーダを頼むといい」と、ウォーバックスから言われたアニー。ホテル・サン・モリッツ(The Hotel St. Moritz)は1933年当時の名称。ニューヨーク5番街59丁目に位置するラグジュアリーホテル。セントラルパークの景色を望む59丁目側には、ランプルメイヤーズ(Rumpelmayer's)という、コーヒーとアイスクリームが名物の高級カフェがあった。アニーは子どもだったので、コーヒーではなくソーダをサジェスチョンしたのだろう。「N.Y.C.」(後述)の曲には、演出によってはアニーがアイスクリームソーダを飲む場面がある。
ところでこのホテルは1985年以降、あの、誰もが知っている実業家に買われている。2018年現在アメリカ合衆国大統領の、あのドナルド・トランプである。彼によって二度買収されているが(富豪に売って利益を得る不動産財テク)、2018年現在はトランプの手を離れ、「ザ・リッツ・カールトン ニューヨーク・セントラルパーク」という五つ星ホテルとなっている。
〇 セントラル・パーク Central Park
サン・モリッツのカフェ(ランプルメイヤーズ)でアイスクリームソーダを食べたら、「馬車でセントラルパークを回るといい」とアニーに言うウォーバックス。ランプルメイヤーズの脇、そしてウォーバックス邸(【第14回】参照)の目の前がニューヨーカー達の憩いの公園、セントラルパークである。旧演出では、ウォーバックス邸の窓からセントラル・パークが見えていた。
★ バーナード・バルーク Bernard Mannes Baruch
ウォーバックスが出張から帰ってきて早々に電話がかかってくる。ウォーバックスがローズベルト大統領と電話するシーン(「私も(バーナード・)バルークも、炊き出しの列に並んでいるわけじゃない」)にも、その名が出てくる。
バルークは伝説の相場師であり政治家で、ウィルソン→ハーディング→クーリッジ→フーバー→ローズベルト→トルーマンまで歴代6人の大統領のアドバイザーとして暗躍した。そのため“影の大統領”だったという言い方もある。
ちなみに筆者は、ウォーバックスのモデルはバーナード・バルークだと考えている。バルークには、全米一のウラン採掘業者グッゲンハイム財閥の代理人として働くウォール街の投機業者という顔もあり、グレースのセリフ内に「ウォーバックス様とアニーはどこに行くにも一緒。証券取引所にも」というセリフがある。その他の根拠については【第12回】で詳しく述べているので、ぜひご参照いただきたい。
☆​ベントレー Bentley
イギリスの高級車。ミーハン本では、ベントレーではなく「ロールス・ロイスになさいますか、デューセンバーグになさいますか」となっている。これは1931年にロールス・ロイスがベントレーを買収したからだ。ただし現在はロールス・ロイスはBMW傘下、ベントレーはドイツのフォルクスワーゲン・グループ傘下になっているため、別会社である。現代の観客が混乱しないための翻訳だろう。
☆デューセンバーグDuesenberg
アメリカ合衆国の高級車。1937年倒産。サディスティック・ミカ・バンドの代表曲「タイムマシンにお願い」の歌詞「デューセンバーグを夢見る、アハハン」によって、ある特定の世代にはつとに知られる。
<アニー、ウォーバックス、グレースの外出>
♪「N.Y.C.」「N.Y.C.(Reprise)」
〇 N.Y.C.
口汚いタクシードライバー、胸やけするホットドッグなど、ニューヨークの名物が歌われる「N.Y.C.」。ニュー・ヨーク・シティの頭文字だ。原詞に出て来る「mayor five foot two(5フィート2インチの市長)」とはラガーディア空港にその名を残す、フィオレオ・ラガーディア Fiorello Henry La Guardia のことだ(日本版訳にはこれまで一度も反映されていない)。
日本版演出では孤児たちやアンサンブル、そしてダンスキッズも登場し、大ナンバーを盛り上げる。
〇 エンパイヤ・ステート(・ビルディング) Empire State Building
1931年建立。クライスラー・ビルディングを抜いて当時世界一の高さになった。建設はアル・スミス(後述)の主唱によるものであった。
〇 タイムズ・スクエア Times Square
マンハッタンの42丁目7番街とブロードウェイが交差する周辺の劇場街。ただし1933年当時は大恐慌の名残から煌びやかさは減少、いかがわしく危険なエリアもあったようだ。
● 未来のスター Star-To-Be
「N.Y.C.」の途中から、カバン1つを持って出てくる女性。1999年製作版ディズニーによるテレビ映画『アニー』(監督:ロブ・マーシャル)では、ブロードウェイ・オリジナル・アニー役のアンドレア・マッカードルが大人になってこの役で登場する。
★ ガーシュイン George Gershwin
★ カウフマン George Simon Kaufman
未来のスターが歌う「ここはガーシュインやカウフマンが愛した街」。
ガーシュインは、ポピュラー音楽・クラシック音楽の両面で活躍した作曲家のジョージ・ガーシュイン。「ラプソディ・イン・ブルー」などで知られる。
カウフマンは、原詞では「Kaufman and Hart」。風刺喜劇を手掛けたジョージ・シモン・カウフマン&モス・ハート(George Simon Kaufman&Moss Hart)のことである。カウフマン単独でも劇作家として活動していた。
☆​ペントハウス penthouse
未来のスターが歌う「あしたはペントハウス」。この場合、ゴージャスなビルの最上階部屋、という意味。
<孤児院への訪問者>
♪「Easy Street」
● ルースター Daniel "Rooster" Hannigan
ハニガンの弟。模範囚で半年早く刑務所から釈放された。ルースターには「おんどり」という意味があるので、おんどりっぽい動きや声を出す。本名はダニエル・フランシス・ハニガン。「大事なのは金だけ」と亡き母に教育された。
1999年製作版ディズニーによるテレビ映画『アニー』(監督:ロブ・マーシャル)では、アラン・カミングが演じた。
2018『アニー』ルースター役の青柳塁斗
● リリー・セントレジス Lily St. Regis
ルースターのガールフレンド。「五つ星の超高級ホテル(セントレジス)と同じ名前」が売りの金髪女性。ハニガンには「ホテル女」「バカホテル」と呼ばれる。
1999年製作版ディズニーによるテレビ映画『アニー』(監督:ロブ・マーシャル)では、クリスティン・チェノウェスが演じた。
2018『アニー』リリー役の山本紗也加
<ウォーバックス邸>
♪「You Won't Be an Orphan for Long」「Maybe(Reprise) 」
★ ローズベルト大統領(第一幕では名前のみ。第二幕に登場) Franklin Delano Roosevelt
フランクリン・ローズベルト。日本版の劇中ではルーズベルトと呼ばれるが、Rooseveltの発音はローズベルト。民主党出身の第32代大統領。
劇中に関連する大統領名を簡単にいえば
★ 第30代大統領(1924年~1929年)カルバン・クーリッジ John Calvin Coolidge, Jr.
政党:共和党
経済:アダム・スミス的自由主義(市場への政府介入なし)
劇中:ウォーバックス(共和党員)の個人的立ち位置はここ。だが、デトロイトやシカゴでたくさんの工場が閉鎖されているのを目の当たりにしたため、バーナード・バルークの友人であるローズベルト大統領による「政府介入」の必要性を考え始める。
★ 第31代大統領(1929年~1933年)ハーバート・フーバー Herbert Clark Hoover
政党:共和党
経済:アダム・スミス的自由主義(市場への政府介入なし)
劇中:「フーバービル」でおなじみのフーバー。フーバービルの人たちに恨まれている。
● 第32代大統領(1933年~1945年)フランクリン・ローズベルト Franklin Delano Roosevelt
政党:民主党
経済:ケインズ的(市場への政府介入あり)ニュー・ディール政策を実行
劇中:アニーに触発されてニュー・ディール政策を思いついたことになっているが、史実では就任当初より施行(【第11回】参照)。
このように党派も経済理論も違うローズベルトとウォーバックスが、お互いに距離を縮めてゆくのを観るのも『アニー』の醍醐味だ(【第9回】参照)。
★ アル・スミス Alfred Emanuel Smith, Jr.
民主党員。元ニューヨーク州知事。ローズベルト大統領をディナーに誘い、OKの返事をもらったウォーバックス(共和党員)が、グレースに「アル・スミスに電話して、民主党員(ローズベルト)が何を食べたいか聞いてくれ!」と叫ぶ。
大統領選挙でフーバーに負けた後は、エンパイア・ステート会社の社長となって、エンパイア・ステート・ビルディングを建立。それは1931年、クライスラー・ビルディングを抜いて当時世界一の高さになった(【第4回】【第5回】参照)。
〇 ティファニー Tiffany
アニーを養子にしたいウォーバックスが、アニーのボロボロのロケット(ペンダント)を見かねて発注した高級宝飾店。ただし、『ティファニーで朝食を』でおなじみ、世界的に有名な本店(ニューヨーク五番街と57丁目の角)は、1940年にできたもの。1933年当時は、五番街と37丁目の角にあった。劇中には、ティファニーブルーの箱に入ったロケットが出てくる。
☆​ヘルズ・キッチン Hell's Kitchen
ウォーバックスの出生地。旧演出では「地獄の台所」と訳されていた。クリントン、またはミッドタウン・ウエストの地域のこと。今でこそレストランも立ち並ぶオシャレな場所だが、1933年当時は「アメリカ大陸でもっとも危険な地域だった」という(【第14回】参照)。
〇 レンブラント Rembrandt Harmenszoon van Rijn
「レンブラントやデューゼンバーグを持っていても、心と心が通わなかったら、貧乏と同じ」とアニーに述べるウォーバックス(デューゼンバーグは前述)。ウォーバックス邸の壁にはダ・ヴィンチの「モナ・リザ」、レンブラントの「自画像」、ミレーの「落穂拾い」が掛かっている。世界の有名美術館から取り寄せたものだ。ミーハン本では、ウィリアム・ターナー、エル・グレコ、トマス・ゲインズバラ、ハンス・メムリンクの絵画も飾られている(【第14回】参照)。
☆ ホワイトハウス(第一幕ではセリフのみ、第二幕で登場) White House
アメリカ合衆国首都であるワシントンD.C.の中心部にあり、アメリカ合衆国大統領が居住し、執務を行う白亜の建物。大統領行政府の中心はホワイトハウス事務局なので、その役割も含めて「ホワイトハウス」と呼ぶケースもある。
「ウォーバックスの養子になるよりも、両親と暮らしたい」というアニーに、グレースとドレークが「ウォーバックス様ならホワイトハウスも国際連盟も意のまま(だから両親を探せる)」と言うが、普通、ひとりの孤児のために国家は動かない。
☆ 国際連盟 League of Nations
1920年に正式発足した国際機関(1946年4月に解散、国際連合に継承)。世界は恐慌の余波が残り、第二次世界大戦も目前なので、もちろんひとりの孤児のために国際連盟は動かない。
☆ FBI
FBI(Federal Bureau of Investigation=連邦捜査局)。ただしこの名称は1935年以降のものであり、1933年当時は創設以来の名称BoI(Bureau of Investigation=捜査局)と呼ばれていた。
ウォーバックスは優秀なFBI捜査官50人を、アニーの両親探しのために自費で雇う。
★ フーバー長官 John Edgar Hoover
ジョン・エドガー・フーバー長官。1924年から1972年まで捜査局のトップに君臨した。
ミーハン本では、ウォーバックスはフーバー長官に、アニーの両親を探すために「エリオット・ネスも連れてきてくれ」と所望しているが断られる。フーバーは「捜査局ですら捕まえられなかったギャングのアル・カポネを捕らえた財務省のネスに嫉妬していた」という説がある。それを頭に入れておくと、ウォーバックスが舞台で「うん」「ああ?!」と言っているだけの、フーバー長官との電話シーンに爆笑できるだろう(【第6回】参照)。
☆ ヒップ・ヒップ・フーレイ! Hip hip hooray!
第一幕ラスト曲「You Won't Be An Orphan For Long」内で、執事ドレークが叫ぶセリフ。誰かを応援するとき、鼓舞するとき、また称賛や喝采をおくるために叫ぶ言葉。
「ヒップ(hip)」は、かけ声や呼びかけ、唱和(お尻、という意味ではない!)として使われている。これまでは「エイ・エイ・オー!」と翻訳されていたが、2017年新演出より「ヒップ・ヒップ・フーレイ!」となった。
ドレークの気持ちの高まり、その場の全員の結束・鼓舞、そしてアニーへの応援を込めて「やるぞ~!」「頑張ろう!」「アニー様万歳!」的な意味となる。
続く第二幕の用語は<後編>にて!
(前列左から)新井夢乃、宮城弥榮、(後列左から)山本紗也加、白羽ゆり、藤本隆宏、辺見えみり、青柳塁斗

参考文献:
・トーマス・ミーハン著 三辺律子訳『アニー』(2014年、あすなろ書房)
・Thomas Meehan『Annie -A novel based on the beloved musical!-』(2013年、Puffin Books)
・CD『アニー オリジナル・ブロードウェイ・キャスト』ブックレット内 歌詞(2004年、ソニーミュージック)

文:ヨコウチ会長

<THE MUSICAL LOVERS ミュージカル『アニー』>
[第1回] あすは、アニーになろう
[第2回] アニーにとりつかれた者たちの「Tomorrow」(前編)
[第3回] アニーにとりつかれた者たちの「Tomorrow」(後編)
[第4回] 『アニー』がいた世界~1933年のアメリカ合衆国~ <その1>フーバービル~
[第5回] 『アニー』がいた世界~1933年のアメリカ合衆国~ <その2>閣僚はモブキャラにあらず!
[第6回] アニーの情報戦略
[第7回] 『アニー』に「Tomorrow」はなかった?
[第8回] オープニングナンバーは●●●だった!
[第9回] 祝・復活 フーバービル! 新演出になったミュージカル『アニー』ゲネプロレポート
[第10回]『アニー』がいた世界~1933年のアメリカ合衆国~ <その3>ラヂオの時間
[第11回] 『アニー』がいた世界~1933年のアメリカ合衆国~ <その4>飢えた人々を救え!
[第12回] 『アニー』がいた世界~1933年のアメリカ合衆国~ <その5>ウォーバックスにモデルがいた?
[第13回] ブラックすぎる!? 孤児院の実態
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[第16回]Leapin' Lizards! リメイク映画『ANNIE』のトリビア<後編>
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[第20回]新旧演出版のアニーたちが最後の共演!「丸美屋食品ミュージカル『アニー』クリスマスコンサート2017」レポート
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※上記のうち2017年4月21日以前の掲載内容は新演出版と異なる部分があります。

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