ピロウズ、トライセラ・和田、髭がラ
ジオと音楽への愛を盤石リレー 『貴
ちゃんナイト vol.10~35th Anniver
sary Edition~』

y's presents『貴ちゃんナイト vol.10~35th Anniversary Edition~』
ラジオパーソナリティ・中村貴子(僭越ながら、以下“貴ちゃん”と書かせてください)が主催するイベント『貴ちゃんナイト vol.10』が、3月2日、渋谷 duo MUSIC EXCHANGEで行われた。有志のリスナーたちによるDJイベントだった初回から数え、節目の10回目となった今回は、サブタイトルの“~35th Anniversary Edition~”が示す通り、彼女のラジオパーソナリティデビュー35周年を祝う場でもある。出演者は当然、彼女が担当した歴代のラジオ番組で出会った面々であり、客席には全国から集まった多くのリスナーたち。終始アットホームで、素晴らしい音楽と、ステージの上と下から可視化するくらい放たれる音楽愛でいっぱいの夜となった。
筆者がこのイベントをレポートするのは昨年に引き続き2度目。開場中や転換の間流れるSEが出演者のセレクトによるもの(今年はthe pillows山中さわお)だったり、出演者が発表になる前からチケットが売れるという貴ちゃんのセレクトに対する信頼の大きさ、「なんだか演歌っぽいですね」など笑いを誘いつつの前説からライブが始まるスタイルなどなど、イベントの根幹を成す部分は前回と全く変わらない。違っていたことといえば、会場のキャパシティと出演陣の顔ぶれくらいだ。昨年はなぜかホリエアツシの物販コーナーで売り子をやっていた山中さわおも、今回は満を持して大トリとして舞台に立つ。そんな出演者の選定に関しても、あくまで彼女がいちリスナーとして好きな、ライブを観たいアーティストにこだわったブッキングは、過去開催から一貫している。トレンドや最先端を紹介することもラジオの役割の一つだが、この『貴ちゃんナイト』に限って言えば、ある意味個人的趣味に思い切り振り切ったイベントといっていい。
髭 撮影=釘野孝宏
髭 撮影=釘野孝宏
「音楽を大好きだと思える1日にしましょう、よろしくお願いします!」という貴ちゃんの開会宣言を経て、流れ出したSEをノイズギターでぶった切ったのはトップバッターの髭だ。カオティックな音響が渦巻く中、須藤寿(Vo/Gt)が佐藤"コテイスイ"康一(Per/Dr)に背負われて登場、「S.O.D.A.」からの「ハリキリ坊やのブリティッシュ・ジョーク」でライブをスタートさせた。各パートがやっていること自体はいたってシンプルにもかかわらず、その音色や組み合わせの妙、ダンサブルにもサイケにもパンクにもその色を変えていくアンサンブル。おまけに反復を多用してくるリズムやリフの中毒性が異様に高く、ツインドラムにより際立つビートがそれに拍車をかける。「じゃ、とりあえず黒にそめまーす」と「黒にそめろ」を投下する頃には、フロア中からガンガン拳が上がり、みな思い思いに体を揺らしている。
髭 撮影=釘野孝宏
髭 撮影=釘野孝宏
髭 撮影=釘野孝宏
尺の短い曲が多いこともあって、次から次へと我流のロックンロールで畳み掛けていく髭。全体的にはエッジの立った音が目立つバンドだが、その中にあってどこか優しい手触りの音で軽快さの中に懐の深さも感じさせてくれた「もっとすげーすげー」や、宮川トモユキのベースが楽曲に起承転結をつけていく「ボニー&クライド」、斉藤祐樹のスライドギターも印象的なミドルテンポでじっくりと聴かせる新曲「謝謝」(タイトルは仮)など、決してフィジカル一辺倒にはならず、サウンドメイクへのこだわりや、今年で15周年を迎えるバンドの成熟ぶりも随所に感じさせてくれた。
「今年はたくさん楽しいイベントを考えていて、その場所でまたみんなと会えるのを楽しみにしています」と再会を誓ったあと、満を持して「テキーラ!テキーラ!」を演奏してフィニッシュ。決して髭ファンばかりというわけではなかったはずのフロアの耳目を、その音とユルいMCでガッチリと惹きつけ、最後までガッツリ躍らせまくったのだった。
髭 撮影=釘野孝宏
髭 撮影=釘野孝宏
和田唱 撮影=釘野孝宏
2組目はTRICERATOPSのフロントマン・和田唱のソロだ。ジャケットスタイルで颯爽と登場するや「貴ちゃん、35周年おめでとう!」とアコギを手に取り、「PURE IMAGINATION」をインストゥルメンタルで披露。指弾きの柔らかい響きと随所に交えるハーモニクスがひたすら心地よく、あっという間に場内をオトナな空気に塗り替えてみせた。一転して、弾むリズムと軽い調子の飄々とした歌い回しながら、ところどころに彼のルーツにある渋い要素も顔をのぞかせた「Shout!」では、表情やコーラスの投げかけでも客席を沸かせ、巧みに盛り上げていく。
「髭のみんなとピロウズ兄さんに挟まれて、一人で地味にお送りしようと思います」などと謙遜していたが、とんでもない。歌も演奏もトークスキルも含め、ソロミュージシャン顔負けのクオリティなのだから恐れ入る。
和田唱 撮影=釘野孝宏
和田唱 撮影=釘野孝宏
トライセラとして初めて書いたバラードだ、と曲紹介をしておいて、Mr.Childrenの「Tomorrow never knows」のイントロを弾くというボケ(しかも何回も……)が冴えた「if」はピアノ弾き語りで。愛とリスペクトに満ちた「BACK IN THE U.S.S.R」のカバーはちょっとハスキーでブルージーな歌い回しだ。また、出来たばかりの新曲として「1975」を初披露する一幕もあった。自身の生まれ年を冠したこの曲は、フォーキーなサウンドに乗せ、年齢を重ねた今だからこそ描けるノスタルジーとパーソナルな心象風景が、今とこれからを生きる力へと昇華される一曲で、演奏後には惜しみない拍手が送られていた。アレンジも色々とアイディアを膨らませているらしいので、いつか音源になる日が待ち遠しい。ラストは、中村と初めて出会った頃、つまりトライセラのデビュー期の名曲「Raspberry」。当然のように大合唱が起きるが、それに飽き足らずハモリのパートを歌わせて会場全体でハモるという荒技も飛び出した。
和田唱 撮影=釘野孝宏
和田唱 撮影=釘野孝宏
「貴ちゃんはデビューして最初に出会ったラジオパーソナリティ。そういう人と今もこうして繋がれてるって素敵なこと」
和田はこの日そう語っていたが、そういう愛や友情やリスペクトを、ステージ上のパフォーマンスで完璧に表し切る、見事な独演ぶり。やはりこの人は生粋のショウマンだ。
和田唱 撮影=釘野孝宏
和田唱 撮影=釘野孝宏
そして、the pillowsがトリのステージに立つ。結成28年。キャリアも、中村との付き合いも最長の、もうベテランといって差し支えない存在だが、衝動やエネルギーを体現するという意味で、この日一番ロックを叩きつけたのは間違いなく彼らだ。というか、シーン全体を見渡したとしても、ロックバンドとしての存在感ややっていることの純度において、ピロウズに比肩できるバンドがどれだけいるだろうか、っていう話だが。
the pillows 撮影=釘野孝宏
the pillows 撮影=釘野孝宏
彼らの登場を待ちわびた場内に向け、まずは山中の弾き語りで「アナザーモーニング」の冒頭部を届けた後、無敵のバンドアンサンブルが弾けだす。勢いそのままに「ラジオから抜け出してきた、Blues Drive Monster!」と次曲へ繋げば、勇ましいビートとメロディに導かれて場内はたちまち興奮の坩堝と化した。ちなみに、曲フリのセリフは歌詞からの引用なのだが、それに限らずこの日のセットリストは明らかに、貴ちゃん及びラジオを意識して組まれたもの。「彼女は今日,」は20年ほど前に貴ちゃんが担当していたラジオ番組のEDテーマだった曲だし、「レディオテレグラフィー」は“サテライト”“スピーカー”といったワードを散りばめラジオそのものを歌った、まるでこのイベントのためのような曲だ。
MCでもそれは同様で、真鍋吉明(Gt)から「一番すぐ横で活動を見届けてくれた大切な友達」と貴ちゃんをたたえる発言があったり、最近ハマっているという“あいうえお作文”では
「な」んてったって
「か」んどうするよね
「む」ずかしい話は抜きにして
「ら」ジオで貴ちゃんは音楽を伝えてくれた!
と、綺麗にキメてくれた。
the pillows 撮影=釘野孝宏
the pillows 撮影=釘野孝宏
後半は、不朽の名曲を立て続けに。歌声、シャウトから滲み出る熱量や気迫も、曲を追うごとに増していく。山中のグルングルンと腕を回しながらのストロークや、機関銃のようにギターのヘッドを客席に向けるポーズ。真鍋が腰を落として身体を折り曲げながらのスムーズなプレイから繰り出すソロ。無骨に重厚に屋台骨を支える佐藤シンイチロウ(Dr)の刻むビート。サウンド面でもキャラクターの面でもすっかり欠かせない存在となっている有江嘉典のベースが生み出すグルーヴ――4つの楽器の放つ音は、磐石にしてスリリング、ヘヴィでメロウだ。「この世の果てまで」、そして「ハイブリッド レインボウ」でライブを終え、彼らがステージを去った後までも、見たか、これがピロウズだ!と無性に誰かに叫びたくなるくらいの高鳴りが止むことはなかった。
有江嘉典 撮影=釘野孝宏
the pillows 撮影=釘野孝宏
アンコールで再び現れたたあとは、髭とピロウズだけだったら庶民感がすごいから、唱くんがいてくれて良かった――などと、ひと通り共演者弄りと自虐で盛り上げていたかと思いきや、
「今日の出演者はキャリアが長い人ばっかりです。キャリアが長いと、理想通りや思い通りにいかないことは必ずあったと思う。でも、それを上回るくらい、嘘みたいな魔法のような、素敵なキラキラしたものを受け取ってきただろうと思って。だから節目節目で人生を振り返る時に、大きい声で “Life is beautiful”って俺は歌いたいんだ」と、オアシスもかくやのロックバラード「Thank you, my twilight」を披露してみせた。突然こういうセリフでハートのど真ん中を撃ち抜いてくるロマンチシズムもまた、ピロウズを構成する要素の欠かせない一つに違いない。
the pillows 撮影=釘野孝宏
ラストの「Ready Steady Go!」で会場一丸となって痛快に駆け抜けた後、記念撮影、そして今年も「これからも、音楽を好きでいましょう!」という貴ちゃんからのメッセージで幕を下ろした『貴ちゃんナイト』。
彼女がラジオを始めて35年の間で、時代の移ろいとともにラジオもロックも、形や存在意義は変わったかもしれない。けれど、そのほとんどの年月ライブハウスに立ち続け、今なおトップランナーでいてくれる存在がいること、そういう先達の背中を追うミュージシャンが現れ、彼らもまた歴史を重ねていること、そしてミュージシャンたちが現場で放つ熱を、盤に込めた情熱を、今もラジオの向こうから届けてくれる声があること。
“サテライトから鼓膜を超えて、時代を貫くメッセージとロックミュージック”は、この先もずっと鳴り止まない。そう信じたくなる、信じられる一夜だった。

取材・文=風間大洋 撮影=釘野孝宏
the pillows 撮影=釘野孝宏

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