クリープハイプ、3年ぶりの全国ホー
ルツアー閉幕 東京・中野サンプラザ
公演レポート&ツアー振り返り

『今からすごく話をしよう、懐かしい曲も歌うから』

2018.2.9 中野サンプラザホール
クリープハイプが3年ぶりの全国ホールツアー『今からすごく話をしよう、懐かしい曲も歌うから』を開催し、2月25日、北海道・札幌市教育文化会館にてファイナルを迎えた。本ツアーは、1月12日の東京・かつしかシンフォニーヒルズ・モーツァルトホールを皮切りに、全国10都市11会館をまわってきたもの。本記事では2月9日の東京・中野サンプラザホールにて行われた公演をレポートするとともに、ツアー全体を振り返る。

クリープハイプの歴史が凝縮されたオープニング
今回のツアータイトル『今からすごく話をしよう、懐かしい曲も歌うから』は、アルバム『世界観』収録の「バンド」という曲の歌詞をもじったもの。
クリープハイプは、かつて何度もメンバー変更を繰り返した時期があり、尾崎世界観(Vo. & Gt.)のソロユニットとして活動したこともあった。そうした紆余曲折を経て現在のメンバーを正式に迎え入れたのが2009年11月16日。その夜のことを曲にしたのが「バンド」で、この曲の「今から少し話をしよう 言葉はいつも頼りないけど」という歌い出しをもじったものが今回のツアータイトルになっている。「バンド」はクリープハイプ最高傑作との評価も多いが、その歌詞から明らかなように、本人たちにとって特別な曲でもあり、最近のライブではほとんど演奏しておらず、レア曲になりつつあった。それがタイトルに冠せられたツアーならば、ファンとしては当然「もし1曲目が「バンド」だったら……」と期待を膨らませる。
そうした期待に当然のように応えるのが、現在のクリープハイプである。
小川幸慈(Gt.)、小泉拓(Dr.)、長谷川カオナシ(Ba.)が現れ、少し遅れて尾崎世界観が登場。暗闇の中、うっすらとステージに幽かな光があたる。エレキギターを抱えた尾崎が独唱し始めたのは「バンド」。中野サンプラザに尾崎の声だけが響き渡る。その瞬間、時が止まったかのようにホールの空気が変わった。フロアからは息を呑む音が聴こえてきそうなほどの静寂、張り詰めた緊張、静かな感動が伝わってくる。
この時代に「ロックスター」という言葉を使うことにはためらいと恥じらいを感じるが、もしもまだロックスターというものが存在するのだとしたら、それは歌声や楽器の音色ひとつでその場の空気を一変させることができる人間のことだ。もっと言えば、存在だけで空気を一変させる特別な人間のことだ――この日の尾崎世界観のように。
ワンフレーズの独唱ののち、尾崎のエレキギター、続いてメンバーの演奏が重なり、一気にホールが光で満たされる。この短い数秒の間に、ソロユニットとしてのクリープハイプから「バンド」になったクリープハイプまでの歴史が凝縮されているわけだ。最後にふたたび独唱となって「今からすごく話をしよう、懐かしい曲も歌うから」と1曲目を締める頃には、声を抑えながら涙を流すファンが多数見受けられた。

“ひとり”に向けて歌われる曲
なぜクリープハイプの楽曲を聴いて涙を流すのか? それは、クリープハイプの曲には「これは自分のための歌だ」と感じさせる力があるからだ。では、彼らの曲にはなぜそのような力があるのか。答えはこの日の尾崎の言葉にあった。
「一生懸命、会場全体にではなく“ひとり”に向けて歌うので、“ひとり”で受け止めてください」
クリープハイプの曲は、顔の見えない大衆に向けた曲ではなく、あくまでも“ひとり”、つまり個人に向けて歌われる曲なのだ。受け手はそれらを個人的なメッセージとして受け取る。だから彼らの曲に心が動かされ、かけがえのない自分のための1曲になる。
本ツアーでは、“ひとり”に向けて歌っているという姿勢が、歌詞の言い換えにも顕著に現れていた。「愛の標識」では「死ぬまで一生愛されてると思っててもいいですか?」とファンに語りかけ、「イノチミジカシコイセヨオトメ」では「生まれ変わってもクリープハイプになりたい」という言葉まで飛び出した。楽曲のアレンジや演奏も大胆で、長谷川カオナシがリードボーカルを取る「火まつり」ではベースの強いエフェクトが燃え盛る炎をイメージさせ、「鬼」では照明が目まぐるしく変化し、それに呼応するように小泉のドラムは激しさを増し、小川のギターは刺すように鋭かった。そして小林武史がプロデュースした「陽」は、音源とはまったく別の曲に聴こえるほどバンドサウンドにアレンジされていた。
また、「懐かしい曲も歌うから」という予告通り、「AT アイリッド」「風にふかれて」「転校生」「リグレット」といった懐かしい曲や、爽快なロックナンバーの新曲まで披露。これまでのライブとはひと味もふた味も違うセットリストだ。尾崎本人によると「過去最高に遊んだセットリスト(当日配布されたフライヤーより)」らしいが、遊びを持てるのはファンとの信頼関係があるからだ。
「よく“ひとりじゃない”とか“そばにいるよ”とか言うけど、そういう歌ではなく、“ひとりだな”と思える歌を歌いたいと思っています。一緒にいてくれる曲というよりは“ひとり”でもやっていけると思えるような強い歌を残したい。家に帰ったら、それぞれが“ひとり”になります。そういうときにその“ひとり”をちゃんと感じられる曲を歌いたいです。嘘はつきたくないです」
クリープハイプのこうした姿勢こそが、一時的な盛り上がりだけでなく、継続的な信頼を生むというわけだ。

光のイトが降り注ぐ
ライブ終盤、「明日はどっちだ」から「イト」までのたたみかけるような流れでは、“ひとり”に向けて歌われた曲を一人ひとりが個別に受け取り、その個別の感動が重なって、結果的に、会場全体がひとつになったような一体感が生まれていた。“ひとり”に向けて歌われた曲は、こうして“みんなのうた”になる。
キャノン砲からフロアに向けて銀テープが発射されると、テープは光を乱反射させ、光のイトとなって中野サンプラザに降り注いだ。それはライブ冒頭の静寂や張り詰めた緊張や静かな感動とは対照的な、興奮と優しい喧噪と多幸感とが入り混じった光景だった。
本ツアーのアンコールは全日程で異なる曲が演奏された。この日の1曲目は「大丈夫」。続けて尾崎が「次に会うのは武道館。それまでお互い元気でいられるように、元気のある曲を歌います。日々、いろんな人にいろんな嫌なことを言われると思います。そういうときは『余計なお世話だよバーカ』と言ってください」とフロアを沸かせ、「社会の窓」を演奏。いつにも増して激しい演奏のなか「(社会の窓の中でイク夜は窮屈すぎて)最高です!」の大合唱が起きた。
この日いちばんの眩しい光のなか、この日いちばん長くて大きな拍手に包まれた尾崎は、「もう会えないかもしれないと思って一生懸命歌ってきたけど、この拍手を聞いたら、また会いたいという欲が出てきました。必ずまた会いましょう」と深々頭を下げた。こうして、大盛況のうちに中野公演は終わった。

これから先もずっと「すごく話をしよう」
ふたたびツアータイトルに話を戻したいのだが、「今からすごく話をしよう」の「今から」とは、おそらく、このツアーに限定された言葉ではない。ツアーが終わり、それぞれが日常に戻って“ひとり”になっても、これから先もずっとずっと「すごく話をしよう」、そんな意味が込められているのではないだろうか。
「バンド」には次のような歌詞がある。
「2009年11月16日 アンコールでの長い拍手 思えばあれから今に至るまで ずっと聞こえているような気がする」
「気がする」とは控えめな歌詞にも思えるが、第三者として言わせてもらえば、それは決して気のせいではない。「長い拍手」は10年近く、ライブハウスで、ホールで、フェスで、そして何よりファンの心の中でずっと鳴り続けてきた。それはこの日もそうだったし、これからも続いていくだろう。なぜなら、クリープハイプの音楽は常に“ひとり”に向けて歌われる曲であるし、聴いた者が明日も生きるための糧となる音楽だからだ。
クリープハイプは、これから続く長い道のりを、ファンと話をしながら歩んでいこうとしている。
その道の先に目を向けると、すぐそこに、4年ぶり2度目の日本武道館公演が見えている――彼らが未来を引きずり出す武道館が。

撮影=TAKESHI SHINTO

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