『ルドン―秘密の花園』展レポート 
植物と装飾をテーマに、“黒”から“
色彩”への変遷を辿る

『ルドン―秘密の花園』が、2018年5月20日(日)まで、三菱一号館美術館で開催中だ。19世紀後半から20世紀初頭にかけてフランスで活躍したオディロン・ルドンは、当時流行した印象派とは異なる幻想的な絵を描き、独自の世界観を追求した。本展では、三菱一号館美術館の所蔵品である《グラン・ブーケ(大きな花束)》を中心に、“植物”と“装飾”をテーマとしたルドン作品、約90点が一堂に会する。一般公開に先駆けて開催されたプレス内覧会より、その見どころを紹介したい。
“黒”の画家の作風に影響を与えた3人
ルドンの版画作品は、世間から“黒”の画家と認知されていたことからもわかる通り、陰鬱な雰囲気が漂っている。その作風を支えるのは、放浪の版画家ロドルフ・ブレスダンから学んだ銅版画の技法だ。また、ルドンは、在野の植物学者アルマン・クラヴォーから文学やインド哲学、植物学などを教わり、目に見えない世界への関心を強めた。しかし、クラヴォーは1890年に自殺。その翌年に制作された版画集『夢想』からは、クラヴォーの死を悼むルドンの思いがひしひしと伝わってくる。
たとえば、ルドンの画文集『夢のなかで』には、生物学的なモティーフに基づいた“孵化”や“発芽”などが描かれている。クラヴォーから受け継いだルドンの知的好奇心は文学や民間伝承、進化論など多岐にわたり、それらが結びついて異形のものたちを生み出したのだ。
ルドンは、ブレスダンに師事する前、歴史的風景画の大家コローから「毎年同じ場所に行って、木を描くといい」と教えを受けたという。この教えが、ルドンの樹木に対する執着につながっていったと考えられる。『夢のなかで』に描かれる樹木と人間の組み合わせが、見る者の理性に揺さぶりをかける。ルドンは、コローが“確かなもの”であるとした樹木との対比を通して、“不確かなもの”である人間の存在に迫りたかったのかもしれない。
“色彩”の中でもモティーフとなり続けた植物
“黒”から“色彩”へと移っていったルドンは、樹木をはじめとする植物をモティーフとし続けた。しかし、“確かなもの”としての樹木ではなく、多様な解釈を許す植物を描いた。たとえば、《ステンドグラス》には、画面いっぱいに色彩が散りばめられているが、それらが植物なのか蝶なのか、別の何かなのかは判然としない。この絵を見る者は、思考を規定する枠組みから解放されて、自由な夢想の世界へと旅立つ感覚を味わえるのではないだろうか。
花と人物の組み合わせを描いた作品の数々では、主題が曖昧である。《神秘》は、植物に囲まれた人物の肖像画のようだ。一方で、花や葉の色と人物の色とが混合しているため、植物と人間との境界を喪失させた“だまし絵”のようにも見える。ルドンが何を描きたかったのかはわからないが、それ故に想像力を刺激されるのだ。こうした植物のモティーフは、《グラン・ブーケ》にも表れている。
ドムシー男爵の城館の食堂を飾った《グラン・ブーケ》
左:《黄色のフリーズ》 左中:《黄色い背景の樹》 右中:《黄色い花咲く枝》 右:《花のフリーズ(赤いひな菊)》 以上すべて、1900-1901年 木炭、油彩、デトランプ/カンヴァス オルセー美術館蔵
美術愛好家のロベール・ド・ドムシー男爵は、城館の食堂装飾をルドンに注文した。これが、ルドンにとって最初の本格的な装飾画である。現存する16点の装飾画において、植物のモティーフは壮大なスケールとなり、空間全体を異世界へと変えようとしているかのような迫力を醸し出している。ドムシー男爵は、ルドンの作り出した宇宙に身を委ね、至福のひとときを過ごしていたのかもしれない。
《グラン・ブーケ(大きな花束)》1901年 パステル/カンヴァス 248.3×162.9cm 三菱一号館美術館蔵
16点の中でも、他とは異なるオーラを放っているのが《グラン・ブーケ》だ。青い花瓶から溢れ出る色彩豊かな花々は、天を目指して伸びてゆくものもあれば、下に垂れるものや散るものもある。生命の躍動から終焉までがひとつの画面に描き込まれた絵は、一目見たら忘れられないインパクトを誇る。一方、ルドンの描く植物に特徴的な境界の曖昧さも健在で、細部に目を凝らすと、《グラン・ブーケ》に心が吸い込まれてゆく錯覚に陥る。いつまで見ていても飽きないのだ。
三菱一号館美術館館長、高橋明也
《グラン・ブーケ》が日本で初公開されたのは、東日本大震災から一年も経たない2012年1月。《グラン・ブーケ》を目の当たりにした人々は、手を合わせたり、頭を垂れたりしていたという。復興への願いが絵の魅力と重なって、人々の胸を打ったのだろう。このように感動をもたらす《グラン・ブーケ》、及びルドン作品群を、“秘密の花園”で堪能してみてはいかがだろうか。

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