オフィスコットーネプロデュース『夜
、ナク、鳥』──瀬戸山美咲、松永玲
子、綿貫凜に聞く

2月17日(土)より、吉祥寺シアターで、オフィスコットーネプロデュースにより、大竹野正典作『夜、ナク、鳥』が上演中だ。昨年11月に、下北沢・シアター711で上演された『取引/THE DEAL』は、男4人による舞台だったが、それとは対照的に、今回の『夜、ナク、鳥』は、実際にあった連続殺人事件をモチーフにし、4人の女性をめぐるドラマである。
2012年以降、大竹野作品を毎年のようにプロデュースしつづけてきた綿貫凛​、今回は演出を手がけ、大竹野作品のなかでは『夜、ナク、鳥』がもっとも好きという瀬戸山美咲、そして、4人の看護師の司令塔ともいうべきヨシダを演じる松永玲子に話を聞いた。
登場人物に投影されている作者自身の姿
──2年前になりますが、瀬戸山さんは、オフィスコットーネに、劇作家・大竹野正典さんを描いた評伝『埒もなく汚れなく』を書き下ろし、演出もされています。
綿貫 2015年に大竹野さんの生きざまを取材して書いてほしいとお願いしました。
瀬戸山 『埒もなく汚れなく』は、評伝というほどの離れかたをしておらず、最近まで生きていらした方の夫婦の話がメインになっています。
もともと自分の劇団でも、そうしたまだあまり多くの人が知らない人を取材して書いてきました。綿貫さんが大竹野さんに傾倒していたのは知っていて、綿貫さんがプロデュースされた大竹野作品は見たことがあったんですが、まだ戯曲は読んでいないとき、「大竹野さんのこと書かない?」と言われて、ついにそこまで行かれたかと思って。
ただ、その生きざまと亡くなったときの状況が、ある種ドラマチックに見えて、ご遺族や劇団員の人たちに本当の話を聞いてみたいと思いました。取材をして、劇作家として大竹野さんに共感する部分と、妻の小寿枝(こずえ)さんに共感する部分の両方がある状態で、『埒もなく汚れなく』を書かせていただき、大竹野さんの戯曲を読んでいくなかで、『夜、ナク、鳥』は女の人がメインで、大竹野さんのなかでは珍しい作品であるということと、とにかく会話が面白いと思った。日常会話だけど切れがいい。単純に自分はこんな会話を書けないな、うらやましいなと思ったんです。
だから、演出だけやるなら、自分が書けない台本をやりたいので、自分と内容的に共鳴する部分があった『夜、ナク、鳥』を、わたしの解釈も含めて上演したいなと思いました。
──文体以外にも、上演したいと思った理由はありますか。
瀬戸山 自分も最初、劇団を作ったころは、実際の事件の話を書くことが多かった。ただ、ちょっと違うなと思って、いまはそこから離れていっています。
──大竹野さんの場合は、別役実さんの影響が強いと思うんですけど、でも、『夜、ナク、鳥』になると、もうその影響からは離れてきている。
瀬戸山 そうですね。
──別役さんは犯罪があった背景そのものを、ずっと掘り下げていくのに対して、大竹野さんは、周りにいる友達とか、子供とかを行動の理由にされるところがある。大竹野さんの戯曲は、常に家族を意識してお書きになる感じが強くしていて、そこが別役さんとは決定的に違うところだと思いました。
瀬戸山 そうですね。それは大竹野さんご自身のことを取材したときに、本人と家族の関係が戯曲にすごく反映されている方だと思いました。
──きっと子供好きで……。
瀬戸山 子供好きだけど、同時に、家から逃げたいとも思っているお父さんなんです。実際に逃げたこともあるとか……。
綿貫 家から逃げたい……でも、家がいちばん大事というのが、両方混在してる。そのアンバランス感覚で作品を書いている。
──だったら、最後の作品になりましたが、『山の声』の加藤文太郎は、大竹野さん、そのままですね。
綿貫 本当にそのままです。
オフィスコットーネプロデュース『夜、ナク、鳥』を演出する瀬戸山美咲。
実際の久留米看護師連続殺人事件をモチーフに
──『夜、ナク、鳥』は、2002年に発覚した久留米看護師連続保険金殺人事件をモチーフに、実際の犯人たちの苗字が、カタカナでそのまま使われています。
瀬戸山 そうなんですよね。
──だけど、舞台は久留米ではなく、大阪に移されている。しかも主犯のヨシダは、実際の事件では、自分の夫は殺してないんですけど、『夜、ナク、鳥』では、夫は亡くなっていて、保険金を受け取ったという設定に変えてますよね。
瀬戸山 でも、わたしはヨシダが殺してる可能性もあるんだと読んで……。
松永 この戯曲に関してはね。
──それについては、戯曲には詳しく書かれていないから、わかりませんが、おそらく、そうではないかと……。
松永 だから、実際の事件をモチーフにはしてるけど、ずいぶん違うところもありますよね。
綿貫 大竹野さんのフィクションが、かなり入っていると思います。
──初演時のことを続けると、『夜、ナク、鳥』は2003年に書かれていて、OMS戯曲賞の佳作を受賞していますし、岸田戯曲賞の最終選考候補にも残っています。で、2003年に書かれたということは、この事件を扱った本で有名なのは、森功さんが発表した『黒い看護婦』(新潮社)というノンフィクションなんですが、これは2004年の刊行なんですね。だから、それ以前に、大竹野さんご自身が関心を持って、こういうテーマに迫られたんだなと。
綿貫 奥様に伺ったのですが、2002年に発覚した初動の新聞記事とかにインスパイアされて書かれたようです。
大竹野さんは『屋上のペーパームーン』でもそうだったんですけど、小さな三面記事をヒントに物語を広げる方なので……。
──その点は別役さんと似ています。
綿貫 だから、今回の話はモチーフとして使っているだけです。
──比較してみると、殺しかたについても、実際の事件をなぞっています。最初の犯行は、看護師のイケガミの夫であるエイジを殺しているんですが、犠牲になられた方の名前もカタカナにして、そのまま使われている。次に、看護師のイシイの夫を殺そうとする。だから、人物名と犯行方法までが実際の事件のまま、あとは大竹野さんの創作でしょうか。
瀬戸山 もちろん完全なフィクションの登場人物もいます。わたしの印象としては、『サヨナフ』くらいまでは、不条理劇のような感じがしたんですが、『海のホタル』と『夜、ナク、鳥』には不条理感がなくなって、実録に近くなっていて……。
綿貫 深川通り魔殺人事件を描いた『密会』までは、かなり別役さんの影響が強いですね。役名も、男1、男2、男3だから、そうかもしれないです。
──舞台を福岡から大阪に置き換え、フィクション性も高まっていますが、上演しようと思った理由はそんなところでしょうか。
瀬戸山 やっぱり、4人の女性と男性のわかりあえなさがはっきり書かれているところが、自分的にはグッとくるポイントだったのでやりたいなと。『サヨナフ』とか『密会』は、自分が演出するにはなかなか難易度が高い。『夜、ナク、鳥』は大竹野さんの思考が見えるというか、泣きながら書いていたらしくって、なんでこんなひどいことすんねんみたいな、その感じが出ているなと思って。
その一方で、大阪のカラッとした感じがあって、どっちも交差しているものが好きなので、これをやりたいなと。
オフィスコットーネプロデュース『夜、ナク、鳥』(大竹野正典作、瀬戸山美咲演出) 撮影/青木司
4人の女による、よくない化学反応
──主犯のヨシダを演じる松永玲子さんに訊きます。ヨシダは看護師の同僚3人を操りつつ、いろんなかたちで自作自演もし、画策する女性の役ですが……。
松永 わたしは大阪出身で、たぶん大竹野さんが演劇活動してた時期とダブッてると思うんですが、まったく存知あげませんで、綿貫さんがプロデュースした『山の声』を見に行って、面白かったから、そこで売っていた戯曲集を買って、家に帰って読んで、これがやりたいって(笑)。
──オフィスコットーネプロデュースの『山の声』初演は、2012年でした。とすると、今回、6年経って、ようやく実現した。
松永 大竹野さんって、男の人が主体になる作品が多いなか、これは女の人の話だったということもあるんだけど、悪い女の人の話だし、自分が出身の大阪弁が使えるからやりたいと思ったんです。
ちょっと話はずれますが、わたしは『ハイライフ』(リー・マクドゥーガル作)という作品がとても好きなんです。男4人が銀行強盗をする話なんですけど、この4人があまり賢くないんです。いろいろ計画を練るんだけど、賢くなくて、最後は喧嘩別れみたいなことになっちゃう話なんですけどね。見るたびに女でできないかと思うんですけど、女だと成立しない。なぜなら、男の人の方が世間的にちょっとバカだと言われていて、女の人の方が小狡いから。
──そういえば『夜、ナク、鳥』に出てくる男たちは、全員がダメンズですね。
綿貫 ダメンズです。でも、大竹野さんは、この男たちが大好きで、とても愛している。
松永 ダメンズちゃんたちが、いっぱい計画を練って、破綻していく話は、どこかかわいいんですよね、でも、それが女の人になると、かわいげがない話になっちゃう。陰惨な話になっていくので、やっぱり『ハイライフ』は女の人ではできない戯曲なんだなと思って、
ところが、『夜、ナク、鳥』に出会って、そうそう、女もバカなのよって思ったんです。男の人の方がちょっとおバカちゃんで、女の人は小狡くてというのが世間の定説だけど、ちがう、ちがう、女は女でめっちゃアホやってというのが、この戯曲にあって。だから、頭がよくて、狡猾で、お見事な悪女がやりたいわけではなくって……。
──それは面白い。ずいぶん前ですが、自転車キンクリートが桐野夏生原作の『OUT』を上演しましたが、あれも女たちによる殺人を描いていました。
綿貫 わたしもあれはちょっと思い出しました。でも、行き当たりばったりの犯行だったよね。
──殺しちゃった後、どうしようと途方に暮れて、知り合いを集めて、なんとかする話でしたね。
瀬戸山 女同士が4人つながるときって、なんか目的というよりも、おたがいの力学でそこから抜け出せなくなって、まわりに影響されあって犯行しているようなイメージがあるんですよね。だから、はっきりとした企みではなく、4人が合わさったら、なんか知らないうちにこうなってしまったみたいな……きっかけは、もちろんヨシダみたいな人がいるとしても……。
──司令塔ですね。
瀬戸山 ヨシダが全部計画してはいるんですけど、ヨシダ単体でできたことではなくて、4人がよくない化学反応を起こしてこうなっている。さっき言ったように、大竹野さんが実録に拠ったのは、たぶん、この作品に関しては、そういう人間関係の力学みたいなものを、ちゃんと書きたかったのかなと思いました。
──ちょっと不思議なかたちで操られていて、しかも、ヨシダとツツミは、実際の事件では性的にも関係していることもあり……。
瀬戸山 稽古していると、ヨシダとツツミがつながってるところは、戯曲上にもいっぱいあります。
大阪弁がもたらす独特な空間
──大阪弁での上演になりますが、『夜、ナク、鳥』は、大阪弁だから救われてるところもあるような気がします。
松永 おそらく大阪弁に限らず、方言って、そういうところがあると思うんです。たとえば、この作品を大阪の人が見るのと、東京の人が見るのとでは、ずいぶん印象が違うんじゃないかと思うんですけど。東京の人が見れば、大阪弁でも福島弁でも久留米弁でも、ちょっと方言が入ると少しのんびりした……。
瀬戸山 生活感が出る感じがする。 
綿貫 なんかソフトな感じがする。冷たくないんですよね、「ええねん」って言うのが……。
──ビジネスライクじゃなくなる。
瀬戸山 そうですね。ちょっと柔らかくなりますね。
松永 ちょっとのんびりというか、のどかな感じがすると同時に、方言で本気で怒られると、標準語で怒られているよりもっと恐怖を感じることが、方言の力かな。
瀬戸山 なんか感情がヴィヴィッドに出る感じがする。あと、やっていてすごく思うのが、大阪の人はよくしゃべる。これはたぶん地域によってちがって、もっと北の方の地域だと、黙ってたりして……。
綿貫 青森とかだと無口だから、ちがうかもしれないし。
──大阪はおしゃべりすることでつながっているみたいな、おたがいの関係を常に確かめているのかもしれない。
綿貫 オフィスコットーネでも、大竹野作品で、標準語に変えて上演した作品もあるんですよ。
──『山の声』も、もともとは関西弁で書かれていますし。
綿貫 そうです。でも、やっぱり、ニュアンスがぜんぜんちがうんですよ。標準語の方が怖くなりますね。きつくなるし、陰惨になります。
瀬戸山 あと、本当に標準語にしたら、台詞が半分ぐらいになっちゃうような気がして。どうでもいい台詞はひとつもなく、全部必要な台詞なんですけど、過剰にしゃべるというのが、やっぱり……。
綿貫 『屋上のペーパームーン』も全部関西弁だし、ひとりが何かを言うと、隙があったらツッコミを入れる戯曲の書きかたになっていて、関東の人が読むといったい何が面白いんだろうと思うんだけど、実際に大阪でくじら企画が上演した舞台を見たら、ものすごく面白かったんです。だから、やっぱりぜんぜん流れている血がちがうんだって。
──実際の舞台として立ちあげてみると、まるでちがって見えるのかもしれないですね。
綿貫 だから、今回もあえて関西弁で上演したかった。ただ、あまりにも関西弁は早口で、わぁーっとしゃべると、関東の人にはわからないので、関西弁が達者な人と混ぜてるんですよ。
瀬戸山 関西じゃない人も多いんですけど、今回はみんなうまい気がします。でも、松永さんが聞いてると、いろいろ気になるところもあるんだろうなと思って。
松永 その地方に生まれ育ってない人が、ネイティヴに話せるわけがないよね。
瀬戸山 もちろん私自身が正解をわからない状態で演出するのもあれなんですけど、ただ、言葉だけに引きずられないで、自分の感情で演じる俳優さんが揃っているので、正しさよりもそっちを大事にする方向でいきたいなと。
オフィスコットーネプロデュース『夜、ナク、鳥』で、ヨシダを演じる松永玲子。
看護師が持つ職業倫理
──看護師さんという仕事ですが、「白衣の天使」と呼ばれて、命を救う立場の人が、今回はまったく逆のことをやってしまう。その二面性をどんなふうに演じようと考えていますか。
松永 演じるにあたって、わたしは看護師的なところがあまりないので(笑)。
──そうですか。どんな場面でも、きっちり演じきる印象がありますが……。
瀬戸山 今回は看護師らしいことをやってるシーンは、たしかに、あんまりない。
──病院内でも、待合室を通りかかるとか、そういう場面が多いですね。
松永 看護技術も舞台上で必要なので、本物の看護師さんに技術指導に来ていただいたんです。そのときに、この事件を知っていらっしゃる方に「この事件のこと、どう思いましたか?」と訊いたら、「恥ずかしい」とおっしゃったんですね。「腹が立つ」じゃなくて「恥ずかしい」。だから、看護師さんは自分が持っている特殊技能とか、看護師の精神や倫理観をすごく大切にしていらっしゃる。
瀬戸山 そうですね。絶対にやってはいけないことだっていう。
松永 だから、本当にありえない事件だったんだなと思って。技術を持っていれば、中にはワルも出てくるだろうって思っていたのだけれど……。
瀬戸山 一方で、お話を伺っていると、ずいぶんストレスもあるみたいで、うまく気持を切り替えていかないと、日々、何人も患者さんが亡くなるなかで、無意識に蓄積しているものはすごく多いんだろうなって。そういうときに、自分が持っている技術とか倫理観みたいなものが逆流する瞬間が来るのも、嘘じゃないなという感じはして……。
――ツツミも患者さんにはすごく献身的に接していますよね。でも、一方で、友達のためにということで、突然、ちがう方向に走りだしてしまうところもある。
瀬戸山 なんかそこが、女性と男性で分けていいのかわからないんですけど、生きることと死ぬことが本当に同居していて、そこにはあまり論理的なつながりがなくて、簡単にひっくり返ってしまう感じが、女性だからというところもあって面白いと思います。みんなで戯曲を解釈してるときも、「ここ、理屈じゃないよね」みたいなところが多かったり……。
――看護師さんは夜勤も多いですから、昼と夜が逆転するときもありますし、深夜でもお年寄りは眼が覚めると、看護師さんを呼ぶし、呼ばれると、すぐに駆けつけなくちゃいけないし……いろんなものが積み重なってしまうこともあるのかもしれないですね。
綿貫 3人の看護師さんにお話を伺ったんですけど、それぞれぜんぜんちがいました。病院によっても、ぜんぜんちがいます。
松永 だから逆に、看護師さんはこういうものだというふうに作らなくていいんだと思いました。
――実際、看護師さんのレクチャーを受けて、役作りされているんですね。
綿貫 大竹野さんのユニット・くじら企画では、川田陽子さんという、初演でツツミ役をやった女優さんが本物の看護師さんなんですよ。いまも看護師を続けておられるんですけど、彼女が出演していたので、医療技術とか精神論については、彼女から教わったと聞きました。
オフィスコットーネプロデュース『夜、ナク、鳥』(大竹野正典作、瀬戸山美咲演出) 撮影/青木司
松永玲子の新たな魅力
綿貫 今回、初めてやってみて、どんな感じですか? 女性の演出家って、けっこうやってるんでしたっけ?
松永 そんなことないです。
──松永さんは技術がすごいですから。演出家としてはどうですか。
瀬戸山 とにかく、この4人のキャスティング決まった時点で、もう緊張しかないみたいな(笑)。すごくうれしいけど、すごく怖ろしいと思いながら……。
──かなりのチームですよね。
綿貫 4人とも個性がバラバラで、パワーバランスがちょうどいいんです、同じ強さだから。ヨシダだけがものすごく強かったりすると、ちょっと面白くならないんだけど、ベストなキャスティングだったんではないかと。
──たぶん、強くもできるんだろうけど、抑えていらっしゃるのかも……。
松永 いやいや、そんなことないですよ。わたしの頭のなかで、ヨシダさんが最強だと思ってないっていう。
――じゃあ、ヨシダも他の3人に助けられながら……。
瀬戸山 他の3人たちも、けっこうどぎつい3人で……。
綿貫 ヨシダもちょっとある意味、可哀相って、見に来たお客さんに思ってもらえたら。ヨシダはサイコパスとか悪女とか言われているけれど、わたしは主体性のない女たちといっしょにいることで、少しずつ変わっていったんじゃないかと……。
──指令してあげなきゃいけないみたいな雰囲気に……。
瀬戸山 組み合わせでヨシダがヨシダになってしまったみたいな……。
松永 たぶん、元の事件は、ヨシダさんが圧倒的な怪物で、その他の人は従ってる人たち。で、たぶん、この戯曲も、ふつうに読んだら、怪物と従わされてる人たちと読めると思うんですが、それって、だれでもできるじゃんと思って。
瀬戸山 この4人で上演するにあたって、それだけだと2時間見ていても面白くないし……。
綿貫 面白くないし、さっきおっしゃったみたいに、技術がすごくあるけど、わたしはそれを打ち崩したいですね。
――逆に。
綿貫 逆に、技術でガシガシやる松永玲子は見たくない。
松永 まあ、そうでしょう。
綿貫 もう、みんなでかかって、7人で動揺させるぐらいな感じになったら、面白い。そこが見たいなって。
松永 わたしがわたしの範疇でやれてるあいだは、面白いものができるわけがないんですよ。引きずりまわしてもらわないと。
綿貫 7人がかりで揺さぶってほしい感じがします。
――この発言を受けて、演出家としてはどうですか。
瀬戸山 それには、わたしが松永さんを揺さぶることがもうちょっとできたらいいだろうなと思います。ヨシダが安全なポジションにいないように、ちゃんと作りたい。
綿貫 こんな松永さんを見たことないと、帰り際に見た人から言われるのを楽しみにしたいなって。
瀬戸山 だいぶ危うい、ぎりぎりのところにいるような状態になったらいいなと……。
――事件を起こしたヨシダは、2年前の3月に死刑が執行されて、亡くなられています。
綿貫 それから、判決が出るまえに、イケガミが拘置所で病死してるんですよ。ツツミは無期懲役、イシイが懲役17年だったかな。
松永 もう出所してる人もいるかもしれないですね。
綿貫 仮釈放でね、真面目につとめてれば。
――4人がかりで殺したのはふたりだから、死刑は重い判決だった気もするんですが、それには看護師の犯行という、倫理的な問題が大きかったんですかね。
瀬戸山 ただ看護師が包丁で刺して殺したのとはちがって、自分たちの技術で殺したという……。
松永 そうですね。隠蔽もはなはだしい。
――亡くなる時間も、病院に搬送されて、しばらくしてから亡くなるように計算されている。
綿貫 病院で亡くならないと、まずいってわかっているところが、ちょっと違いますよね。
──自宅で亡くなると、不審死として検死されるので、発覚してしまうから。そういう意味でも悪質だった。
女性演出家の視点から
綿貫 男性の演出家は、女性が犯罪を犯した話だと、とかく理由をつけたがるというか、こうだから、やったんだみたいな説明をつけたがるんですけど……。
──原因と結果を結びつけたがりますね。
綿貫 やっぱり、同じ性なので、そうじゃない視点から瀬戸山さんにやってもらいたいとわたしは思います。男の演出家が理由をつけたがるのは、女の人がわからないから。
――理由づけすることで、安心したいのかも。
綿貫 男の人は単純だから、割とわかりやすい行動をとるんだけど、女はやっぱり不気味だっていう……大竹野さんもそうなんですけど、なんかわからないから不気味だっていうところがすごく……。
瀬戸山 たしかに戯曲のなかで、そのわからなさに大竹野さんはちょっとロマンを感じてるなと思っていて、それをわたしたちが上演するとき、どうしたものかと……。
綿貫 そうね。
瀬戸山 大竹野さんの戯曲のままやると、かっこいいみたいなところが出てきちゃうんですけど、かっこいいというのは、たぶん男性から見て、不気味な女たちがかっこよく見えるということだから、その部分をちがった見えかたに持っていけたらいいなと思っています。
綿貫 あとは、食べるとか、生きるとか……生きることとして、鹿を捕まえるとか……。
瀬戸山 そこはたぶん、大竹野さんが意識して、食べるとか生きることと、殺すことについては、常に言っているように戯曲が書かれていると思うんです。
最後の方でツツミが、自分の大事な患者さんが亡くなった直後に、「今晩決行や」って、一瞬にして言えてしまうこととか、すごく生きてくぞという生命力も強い戯曲ですし、特にヨシダが言ってることは「生きろ」ということなんですね。ちょっと言いすぎなくらい、ちゃんと生きろとみんなに言っている。
松永 人を殺しさえしていなければ、ものすごいいい人(笑)。
──面倒見もいいしね。
綿貫 面倒見いいんですよ、ヨシダって。本当に頼りになる。
松永 人を説得する力のある人と、極悪人が同居してるみたいな感じなんです、自分のなかに。
綿貫 黒いヨシダと白いヨシダがいる。
松永 でも、どっちもたぶん、本当のヨシダなんだよね。どっちもが本当だし、ときに、どっちもが嘘だっていう。すごく本当のことを言ってるであろうところと、おそらく全部嘘かもしれないところ……。
綿貫 どちらかわかんないですよ。
瀬戸山 すごく空っぽだなと思う瞬間もあるんです、ヨシダ自身には何もないんだなみたいな。他の3人の方がいろんな感情とかドラマがあって、この人のなかには何もないのかもっていう……。
――だから司令塔になれるのかもしれないですね。
綿貫 実際の事件は、ヨシダはお金に対する執着がものすごくて、なんかそれだとつまらない、短絡的な感じがしてしまうので、そういうことではないように作りたい。
瀬戸山 なんか松永さんがおっしゃっていた、退屈とか……何でしたっけ?
松永 日常がつまらなくて、すぐに退屈しちゃう……。
瀬戸山 本来はそれくらいのことのような気もするんですね。お金のためとか、誰かを恨んで殺してるというよりは、なんか面白くないと……。
松永 うまく言えないけど、4人の看護師のなかで、わたし以外の3人は人間で、わたし、ちょっと人間じゃないかもしれないくらいに思っていて、あるときに、ものすごくいい人間の皮をかぶり、あるときにはものすごく悪い人間の皮をかぶり、ときに爆弾役になり、ときに妖精役になり……っていう、ひょっとしたら、神様がポンッて置いたひとつの駒かもしれないぐらいな感じがしていて、そのせいで、まわりの人たちが変わっていく物語かもしれないなとも思っています。
――『夜、ナク、鳥』というタイトルは、どんなふうに考えていらっしゃいますか?
松永 わたしは「ナク」がカタカナになってる感じが好きなんです。ふつう、夜なく鳥って、音で聞いたら、涙の「泣く」を思い浮かべるじゃないですか。でも、戯曲に出てくる、小夜啼鳥(別名:ナイチンゲール)のなくは「啼く」なんですよね。だから、これ、どちらでもとれるなって。夜になると、泣いちゃう、泣かずにいられぬでもいいし、夜になると吼えだすということでもあるし……と思って。
綿貫 どっちでもとれるようにカタカナにした、そういう意味も含めてってことね。
──でも、夜なんですよね。鳥は、フクロウとかの例外を除けば、夜行性じゃないから、幻想的なイメージです。
オフィスコットーネプロデュース『夜、ナク、鳥』のプロデューサー・綿貫凜。
没後10年を迎える2019年には、大竹野演劇祭を構想中
綿貫 大竹野さんが亡くなったのが、2009年7月なんですが、2019年が没後10年という節目になります。その年にはいろいろ企画を立てていて、上演したい戯曲もあります。
『埒もなく汚れなく』も、もう一度書き直して、改訂版で再演したいし、大阪でやってる『山の声』のオリジナルバージョンも、東京で紹介したいと思っています。
『山の声』は大竹野さんの遺作で、全国各地で上演されてるんですよ、兵庫にある加藤文太郎記念館でもリーディング公演がやられています。
――『山の声』という登山の話を書いた後、海水浴へ行って、亡くなってしまった。
綿貫 大竹野さんらしい亡くなりかたというか……。
──海へはご家族で行ってらっしゃったんでしょう。
綿貫 そうです。毎年、海の日に有志だけで……。
瀬戸山 琴引浜っていう京都の海水浴場。
綿貫 毎年キャンプに行っていて。大竹野さんが亡くなってからも、毎年行ってますよ。行きたい役者とその家族が、3、4台の車で連なって……今年も行くと聞いてます。
──2019年は大竹野演劇祭みたいな感じでしょうか? 他にはどんな作品が企画されてるんですか。
綿貫 2月に『夜が摑む』をやります。これはすごくアングラで、若いときに書かれた戯曲ですが、わたしは好きです。『大竹野正典劇集成I』では、あと『ブカブカジョーシブカジョーシ』だけ、上演していません、いずれはやりたいんですが……。
瀬戸山 全部やる気だな。
──興行的にはだいじょうぶなんですか。
綿貫 いやあ、なかなか、あれですけど、多くの方に見ていただきたいなと。
もちろん、『夜、ナク、鳥』も。とにかく、4人の女優さんを見にきてもらいたいです。三方囲みのセットなので、本当に巻き込まれていく感じで体感できる演劇となっています。ぜひ多くの方に見にきていただきたいです。
松永 事件自体が暗くて重いものなんで、どうしても事件物とチラシに書いちゃうと、暗くて重くて嫌な気持ちになりたくない人は見にいかないし、なりたい人は、もう暗くて重いのを楽しみにしちゃうみたいなことがあるんですけど、重苦しい悲しい女の話にはしないので……。
綿貫 あと、けっこう笑えるところがあるんですよね。そこはやっぱり大阪なんだなっていう、大阪テイスト。
瀬戸山 あとは人間関係で、こういうことあるあると思えることはいっぱいあると思います。事件物というよりは、人と人が関わるとこうなるよねという部分を見せたい。事件のセンセーショナルさよりも、そっちの方が面白いと思うので、それを期待して見にきてください。
取材・文/野中広樹

SPICE

SPICE(スパイス)は、音楽、クラシック、舞台、アニメ・ゲーム、イベント・レジャー、映画、アートのニュースやレポート、インタビューやコラム、動画などHOTなコンテンツをお届けするエンターテイメント特化型情報メディアです。

新着