(c) 2017 Twentieth Century Fox Film Corporation
1.『スリー・ビルボード』
アカデミー賞作品賞に最も近い賞として近年注目される、トロント国際映画祭観客賞を受賞。先に開催されたベネチア国際映画祭でも脚本賞に輝き、早くも本年度賞レースの大本命との呼び声も高い超話題作。
舞台の戯曲からそのキャリアをスタートさせた、マーティン・マクドナー監督の最新作は、その触れ込み通り、公開するやいなや、絶賛の嵐が鳴り止まない。
正義ってなんなのか、善悪ってなんなのか、人間ってなんなのか。
それらを真正面から問いながらも、結末は観るものに委ねられている。
映画という表現に圧倒され続けた116分。
この後あらすじに続くが、先に言ってしまうと、これは決して、“愛する娘を殺された母の復讐劇”で止まる作品ではない。
ミズーリ州のさびれた道路の広告看板にメッセージを出したのは、7カ月前に娘を殺されたミルドレッド。犯人は一向に捕まらず、何の進展もない捜査状況に腹を立て、警察署長にケンカを売ったのだ。
署長を敬愛する部下や町の人々に脅されても、一歩も引かないミルドレッド。その日を境に、次々と不穏な事件が起こり始め、やがて思いもかけない、誰もが想像できないドラマが始まる─。
怒りと悲しみとやるせなさ。
みんな弱くて、ダメで、優しくて、ずるい。
その偏りや不完全さゆえの人間味を重ねて重ねて描く、熱く切なく振るわせる。 人生がどう交錯するか、それは人間がどう交錯するのか、なのだろう。
凄まじい脚本、豊潤さを極めた表現。 観るものが構築する人物像をことごとく裏切り、何回転もに転がる展開。
そして、沈むように深い余韻。
正義ってあるのか、善悪ってあるのか、人間って、なんなのだろうか。
 
▼Information
『スリー・ビルボード』
絶賛公開中
監督:マーティン・マクドナー
出演:フランシス・マクドーマンド、ウディ・ハレルソン、サム・ロックウェル、ジョン・ホークス、ピーター・ディンクレイジ
 
(c)2016 Petit Film, Rouge International, FraKas Productions. ALL RIGHTS RESERVED.
2.『RAW〜少女のめざめ〜』
新時代のカニバル映画、世界が震撼、失神者続出…。前情報に入ってきた文言の破壊力に、一瞬怯んだ。凄惨な匂いしかしないではないか!
でも、気になる。怖いもの見たさで、っていうのだろうか。
今思うと、この最初の感覚自体が、この映画のテーマに通じているような気もしてしまう。それは、人間の秘められた恐ろしさであり、真実。
“タブーへの欲望”だ。
厳格なベジタリアンの獣医一家に育った16歳のジュスティーヌは、両親と姉と同じく、獣医学校に進学する。見知らぬ新しい環境での暮らし、生活する不安に駆られる彼女をよそに、早々に行われた上級生による新入生歓迎のハードコアな儀式。新入生通過儀礼として、生肉を食べることを強要されたのである。人生で初めて肉を口にした彼女の体、そして心に異変が…。やがて少女は、次第に自分の内に秘めた恐ろしい本性と秘密に気づく…。
「少女の成長を通して“究極の愛”を描いた、新人女性監督による衝撃のデビュー作」フレンチならではのアンニュイでおしゃれなムードのビジュアルと、その上に並んだこの言葉に背中を押された人も多いんじゃないかと思う。
そして、それはビジュアルだけではなかった。
食人という極めてインモラルなテーマを扱いながらも、物語の核心は、寄せられた邦題通り、少女の覚醒。それを機に発動する性欲を含む“愛”のメタファーとして、新たな形でテーマが描かれている。それも、息を呑むような繊細な映像美で。
自分の予期せぬ本性に目覚める少女の成長、体に心が追いつかないギャップ。そして、母や姉との激しい関係。本性の中身は違えども、この思春期特有の“飼い慣らせなさ”には、自分も心当たりがあった。
胸が膨らみ、生理がきて、性が目覚め、生を痛感する。
そんな大人への通過儀礼をなくして、私たちの成長は遂げられない。
タブーとされるカニバリズムを扱ってる映画だ。さすがにユーモア、はないだろう。そんな予想もあっさり裏切られた。
不思議なバランス、絶妙なラインで成立している、稀有な映画。
でも、2回観るには結構辛い。
そのくらいエネルギーを放ち、要する映画だった。
 
 
▼Information
『RAW〜少女のめざめ〜』
TOHOシネマズ 六本木ヒルズほか、全国公開中
監督・脚本:    ジュリア・デュクルノー
出演:ギャランス・マリリエ、エラ・ルンプフ、ラバ・ナイト・ウフェラ
配給:パルコ
公式サイト:raw-movie.jp 
 
(c)2018『羊の木』製作委員会 ©山上たつひこ、いがらしみきお/講談社
3.『羊の木』
さびれた港町・魚深に移住してきた互いに見知らぬ6人の男女。 一見普通にみえる彼らは、何かがおかしい。彼らの受け入れを命じられた市役所職員の月末は、やがて驚愕の事実を知る。
彼らは全員、元殺人犯だったのだ。それは、受刑者を仮釈放させ過疎化が進む町で受け入れるという、国家の極秘プロジェクトだった。ある日、港で発生した死亡事故をきっかけに、町の住人たちと6人の運命が交錯するー。
『桐島、部活やめるってよ』の吉田大八監督が錦戸亮を主演に迎え、山上たつひこ原作・いがらしみきお作画の同名コミックを実写映画化したヒューマンミステリー。北村一輝、優香、市川実日子、水澤紳吾、田中泯、松田龍平と個性溢れる実力派キャストが6人の“元殺人犯役”として集結したことも話題を呼んでいる。
「いいところですよ、人もいいし魚も旨いし」 6人を招き入れる月末の言葉と、それを受けてのそれぞれの反応。
導入から、ものすごく自然に、ある種の居心地の悪さを観客に植え付け、その瞬間に私たちは、この不穏な魚深のいち群衆であり、目撃者となる。
佇まいの持つ違和感、意味深な行間。
物語の進行とともに、セリフに頼らず登場人物のキャラクター性や背景がどんどん紐解かれていく。言葉ではなく、空気そのもので観るものに事態を悟らせるような、繊細な人物描写と役者の巧さ。その合わせ技と、短いカットや一瞬の表情などの積み重ねで、観る者の想像力を絶えず刺激する。
そして、一秒も飽きさせることなく、完全オリジナルのラストまで突っ切る。まさに、吉田大八ワールドの新展開だ。
“その種子やがて芽吹き タタールの子羊となる
羊にして植物
その血 蜜のように甘く その肉 魚のように柔らかく
狼のみ それを貪る 「東タタール旅行記」より“
映画の冒頭に浮かび上がる「東タタール旅行記」の引用文がどういう意味を持つのか。羊とは、羊の木とは、この物語において何を指すのか。
善悪、救済、神、人間、信仰…。
随所に散りばめられたあらゆるメタファーが、ラストシーンのカタルシスとなった時、この映画は衝撃的に完成する。
 
 
▼Information
『羊の木』
絶賛公開中
原作:「羊の木」山上たつひこ いがらしみきお(講談社イブニングKC刊)
監督:吉田大八  
脚本:香川まさひと
出演:錦戸亮 木村文乃 北村一輝 優香 市川実日子 水澤紳吾 田中泯/松田龍平
配給・制作:アスミック・エース
公式HP:hitsujinoki-movie.com
 
(c)2018『犬猿』製作委員会
4.『犬猿』
心の底からムカつくのに、他人に悪く言われるとなんか嫌。
不穏なムードと不器用な絆。これぞ、家族!
紙一重の劣等感と優越感、嫉妬に羨望、隣り合わせの憎悪と絆。
細部にわたって生々しい心理描写に思わず笑い、時折胸がずーんと苦しくなった。
印刷会社で働く営業マンの金山和成は、父親の借金を返済しながら、毎月わずかな貯金をする地味な生活を送っていた。そんなある日、彼のアパートに、服役していた兄の卓司が刑期を終えて転がり込んでくる…。一方で、和成に密かに恋心を抱く女性がいた。勤勉で頭の回転も速いが、見た目は決してよくない幾野由利亜だ。対して、妹の真子は、頭も決してよくないが、顔やスタイルの良さから異性に人気がある。そんな兄弟と姉妹をめぐって、事態は思わぬ方向へ進む。
監督は前作『ヒメアノ~ル』で古谷実の同名コミックを手加減なく、ビター全開で描ききった、鬼才・吉田恵輔。兄弟姉妹ならではの奇妙な感情、不可思議な関係性を、ユーモアとシリアスの両視点からぶった斬り、想像以上に壮絶な愛憎劇へと昇華させた。
ともに個性と実力を兼ね備えた名優、窪田正孝、新井浩文の激しい兄弟ケンカの圧倒的さはさることながら、筧美和子の等身大さがまあリアル。そして、お笑いコンビ「ニッチェ」の江上敬子がクライマックスに見せた体当たりの熱演。その新境地は、圧巻だった。
同じ環境で育ったのに、全然違う2人。
自分とは対照的な気性の激しい兄を静かに憎む弟。
「小さいやつだ」と馬鹿にしながら、弟に執着する兄。
“可愛いだけ”の妹を羨みながら苛立つ姉。
姉を軽蔑しながら、他に取り柄がないことに焦れる妹。
一緒に大人になってゆく中で、互いのコンプレックスは肥大し、絆は歪んで、いつしか、ぶつかり、燃え盛っていく。
だけど、切るにも切れない。
「小さい頃、お前俺のこと好きだったよな」
後ろに続く頼りない足音が、小さな歩幅で追ったその背が、いつまでも、互いを紐付けていく。
兄はいつまでも兄でいたいし、弟は泣き虫のままだ。
姉はどこまでも強がるし、妹ってやっぱり頼りない。
だから、どうしたって、切るに切れない。
 
 
▼Information
『犬猿』
テアトル新宿ほか全国公開中
監督・脚本:吉田恵輔
出演:窪田正孝、新井浩文、江上敬子(ニッチェ)、筧美和子ほか
配給:東京テアトル
公式HP: http://kenen-movie.jp
 
(c)2016 The Last Word, LLC.All Rights Reserved.
 
5.『あなたの旅立ち、綴ります』
嫌味だがどこか愛嬌のある老婦人と情熱を内に秘めた等身大の女性。
人生の幕引きを考える現代の風潮を見事に捉えた一方で、幕が開けたばかりのキャリアに悩みを抱える若者の姿も丁寧に描く。
“人生をどう終えるか”というこの映画の終活的モチーフは、
“この人生、どう生きるか?”という今この瞬間を生きる者へのメッセージとして、瑞々しくエネルギッシュに光を放っていた。
仕事の成功で財を成し、これまで何不自由なく暮らしていた老婦人のハリエット・ローラーは、80 代に入ってから孤独と死への不安を感じていた。
そこで、思いついたのは、自身の訃報記事を生前に執筆すること。
依頼をしたのは、地元の若い新聞記者、アン・シャーマン。しかし、自己中心的なハリエットのことを良く言う人はおらず、理想とかけ離れた原稿を読んだ彼女は、“最高の訃報記事”に欠かせない 4 つの条件を満たすため、自分を変えることを決意するが…。
老婦人のハリエット役には、『アパートの鍵貸します』や『愛と追憶の日々』などの名作でハリウッドを代表する女優となったシャーリー・マクレーン。
溢れんばかりの才能、輝かしいキャリア。役柄とのリンクもさることながら、名女優の風格と魅力は翳る事を知らない。若手新聞記者のアンには『マンマ・ミーア!』、『レ・ミゼラブル』などのヒット作への出演で同世代から絶大な人気を誇るアマンダ・セイフライド。“今”を駆け抜ける迷いと輝きを抱える女性を繊細に熱演した。
何事にも強気なハリエットと一歩を踏み出す勇気のないアン。
ぶつかってばかりいた対照的な2人の間に芽生える、世代を超えた友情。
いくつになっても人は人に影響を受け、与える。
そして、そこには、いつからだって生き方は綴り直すことができる、という勇気と希望が秘められている。
人が人と出会うことは、人生の選択肢そのものが変化し、増えることかもしれない。
人に愛されること、尊敬されること。
誰かの人生に影響を与えること。そして、人の記憶に鮮烈に残ること。
人生は、誰かの存在なくして、彩ることができないもの。
だから、素晴らしい。
 
▼Information
『あなたの旅立ち、綴ります』
2月24日(土)シネスイッチ銀座、新宿ピカデリーほか全国ロードショー
監督:マーク・ぺリントン
脚本:スチュアート・ロス・フィンク
出演:シャーリー・マクレーン、アマンダ・セイフライド、アン・ヘッシュ、トーマス・サドスキー、フィリップ・ベイカ―・ホール、トム・エヴェレット・スコット、アンジュエル・リー
配給:ポニーキャニオン、STAR CHANNEL MOVIES
Text/Miiki Sugita
出典:She magazine

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