東京二期会 ~グラインドボーン音楽
祭との提携公演~R・シュトラウス『
ばらの騎士』ゲネプロレポート

東京二期会を始めとする国内6団体(東京二期会、愛知県芸術劇場、東京文化会館、iichiko総合文化センター、読売日本交響楽団、名古屋フィルハーモニー交響楽団)の共同制作によるR・シュトラウス『ばらの騎士』が、いよいよ7月26日に幕を開ける。今回は、英国・グラインドボーン音楽祭との提携公演。開幕に先立ち、24日、ゲネプロ(最終総稽古)が行われた(7月26、29日組)。
二期会『ばらの騎士』ゲネプロより
全ては夢だったのだろうか
今回の演出は、英国を代表するリチャード・ジョーンズが手がけた。伝統的な解釈から自由な彼の演出は、スリリングで常識破り。期待通りの刺激的な公演であった。『ばらの騎士』は、18世紀末のウィーンを舞台に繰り広げられる切なくも美しい、恋と官能の物語が原作。パニエのドレスやウィッグ、保守的なフランス絵画など、シュトラウスが綴った壮麗なロココ趣味を一部では維持しながらも、舞台セットや衣装には随所に19世紀末のウィーンや、それ以降の時代を感じさせる要素が散りばめられていた。例えば、第二幕の舞台は、アール・デコを基調としたファーニナル家のレセプションホールのような場所。第三幕は、1960年代風のビビッドな色使いで埋められた逢引き部屋といった具合だ。
二期会『ばらの騎士』ゲネプロより
二期会『ばらの騎士』ゲネプロより
二期会『ばらの騎士』ゲネプロより
先の記者会見で、ジョーンズ氏は各幕に施した違いを強調した。『ばらの騎士』には、18世紀当時にはなかったワルツが使われるといった時代錯誤的な音楽様式の共存がある。ジョーンズ氏の演出は、様式の共存を全般にわたって大胆に押し進めたものといえよう。こうした演出が、不思議と現実と夢が交差したかような独特の世界感を醸し出してくる。一方で、過ぎ去った時代が個々の場面として目の前を通り過ぎていくさまは、『ばらの騎士』の根底にある「どんな素晴らしいものでも、いずれは終わる」というメッセージを、現代に生きる私たちに投げかけてくるようであった。
意表を突く演出の数々
今回のプロダクションには、『ばらの騎士』の定番が覆されているなどのサプライズが散りばめられていた。序奏に続く幕開け。元帥夫人マリー・テレーズと愛人オクタヴィアン伯爵が朝にベッドで語りあう「お決まり」の場面はない。第二幕のオクタヴィアンとゾフィーが出逢うシーンも必見だ。オックスから結納の印「銀のバラ」を託され、ばらの騎士としてゾフィーの下を訪ねたオクタヴィアンが、バラを彼女に差し出す。「ペルシャの香り油」を纏ったバラを、この世のものとは思えないと高らかに称えあう二人。そして、互いの顔を初めて見合って、その刹那、二人は恋に落ちる。「一目惚れ」の内にある戸惑いと高揚が風にたなびくような二人の動きで表され、その動きは次第に周りを囲む人々にもさざ波のように伝播していく。舞台上の全員がゆっくりと共鳴して動くさまは、歌詞通り、恋に落ちた一瞬を永遠のものにするかのようで、崇高な美しさを感じた。続く献呈の二重唱にも、一層のまばゆさと説得力を与えていた。
サプライズという点では、第二幕のオクタヴィアンとオックスの決闘も面白い。剣が登場しないのである。オックスは、どのようにオクタヴィアンに「退治」されるのだろう。是非、公演に足を運び、確かめていただきたい。
二期会『ばらの騎士』ゲネプロより
深遠な魅力に満ち溢れる最上の喜劇
『ばらの騎士』はR・シュトラウスによって「音楽のための喜劇」と銘打たれた作品であり、この点をジョーンズ氏も、「初心者でも楽しめる喜劇」として強調している。第三幕の「マリアンデル」に女装したオクタヴィアンが、恋敵オックスをこらしめ、ゾフィーとの婚約を破談にさせるシーンは、まさにその好例。ジョーンズ氏が込めた「仕掛け」が、このシーンを密度濃くも、歯切れのよいドタバタ喜劇として楽しませてくれる。同時に、カフカの物語のような幻惑的な雰囲気すらも漂っており、思わず舞台に惹き込まれる。
二期会『ばらの騎士』ゲネプロより
この喜劇に豊かな陰影を与えているのが、ジョーンズ氏ならではの丁寧な人物・心理描写であろう。舞台の端にいる一人ひとりにすら、血の通った人物像がある。中でも元帥夫人は最も魅力的な役柄。第一幕終盤のモノローグは、彼女の「老い」や「時間の流れ」に対する動揺と恐れ、そして諦めが交錯する内省的なシーンだが、今回はここにR・シュトラウスやホフマンスタールと同時代を生きた精神分析学者フロイトを登場させた。あたかも診療を受けているかのようなシーンから、世紀末ウィーンに漂う憂いと、高貴に振る舞う元帥夫人の姿に秘められた孤独感を感じさせた。
二期会『ばらの騎士』ゲネプロより
今回の歌手陣は、集中度の高い歌唱と緻密な演技で魅せてくれた。元帥夫人役の林 正子(はやし まさこ)は色気を漂わせつつも、時に抑制を効かせ、貴婦人としての気品と深々とした哀愁、耽溺まで歌に滲ませた。オクタヴィアン役の小林 由佳(こばやし ゆか)は、純情な美青年を、伸びの良い声で生き生きと熱演。オックス役の妻屋 秀和(つまや ひでかず)は、ウィーン訛りのあるドイツ語を織り交ぜた朗たる歌声で、どこか憎めない役柄を演じた。ゾフィー役は幸田 浩子(こうだ ひろこ)。初々しさを感じさせる清冽な歌声から、次第にひたむきさを得て、確固たる女性へと変容していく様が印象的だった。そして、指揮のヴァイグレは、読売日本交響楽団の精彩豊かな演奏を得て、重層的で起伏のあるシュトラウス作品がもつ醍醐味を、メリハリある演奏で聴かせた。ウィーンの香り立つワルツでは優雅さを、元帥夫人の独白では哲学的なタッチさえ感じさせる好演であった。
見どころ・聴きどころの全てを限られた紙面で紹介することはできない。是非、劇場に足を運び、お確かめいただきたい。
取材・文・撮影=大野はな恵
公演情報
グラインドボーン音楽祭との提携公演
リヒャルト・シュトラウス『ばらの騎士』
全3幕 字幕付ドイツ語上演
東京二期会、愛知県芸術劇場、東京文化会館、iichiko総合文化センター
読売日本交響楽団、名古屋フィルハーモニー交響楽団 共同制作
台本: フーゴー・フォン・ホフマンスタール
作曲: リヒャルト・シュトラウス
■会場 東京文化会館 大ホール
■公演日
2017年7月26日(水) 18:00
27日(木) 14:00
29日(土) 14:00
30日(日) 14:00
■指揮 セバスティアン・ヴァイグレ
■演出 リチャード・ジョーンズ

■キャスト *7/26(水)・29(土) | 7/27(木)・30(日)
【元帥夫人】林 正子 | 森谷真理
【オックス男爵】妻屋秀和 | 大塚博章
【オクタヴィアン】小林由佳 | 澤村翔子
【ファーニナル】加賀清孝 | 清水勇磨
【ゾフィー】幸田浩子 | 山口清子
【マリアンネ】栄 千賀 | 岩下晶子
【ヴァルツァッキ】大野光彦 | 升島唯博
【アンニーナ】石井 藍 | 増田弥生
【警部】斉木健詞 | 清水那由太
【元帥夫人家執事】吉田 連 | 土師雅人
【公証人】畠山 茂 | 松井永太郎
【料理屋の主人】竹内公一 | 加茂下 稔
【テノール歌手】菅野 敦 | 前川健生
【3人の孤児】大網かおり、松本真代、和田朝妃 | 田崎美香、舟橋千尋、金澤桃子
【帽子屋】藤井玲南 | 斉藤園子
【動物売り】芹澤佳通 | 加藤太朗
【ファーニナル家執事】大川信之 | 新津耕平
合唱:二期会合唱団
管弦楽:読売日本交響楽団
〔愛知公演〕2017年10月28日(土)/29日(日) 両日14:00
愛知県芸術劇場 大ホール
〔大分公演〕2017年11月5日(日) 14:00
iichiko総合文化センター iichikoグランシアタ
指揮:ラルフ・ワイケルト 管弦楽:名古屋フィルハーモニー交響楽団

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