©2017 “RADIANCE” FILM PARTNERS/KINOSHITA、COMME DES CINEMAS、KUMIE
1.『光』
—「ある意味、観終わった瞬間、自分で“遺作”を観た様な感覚になったんです。ネガティヴな意味には捉えて欲しくないんだけど。それだけ、とてつもなく強い思いがあった」(主演・永瀬正敏
南の島に降り注ぐ西日の中、命を終えようとする母の姿。
人によって照らされる人の心と、その心で生きる意味。
『2つ目の窓』『あん』河瀬直美監督作品から聞こえる命の息づかいが、見える"光"が好きだった。
そして、『光』。
エンドロールが終わっても、目を閉じても、そこにある光の粒を心で感じていた。
弱視のカメラマン雅哉と父の幻影を追う美佐子。
「心臓なんだよ、動かせなくなっても、俺の心臓なんだ」
カメラマンとして命である視力を失いつつある男にとって、
視界が世界でなくなる時のその怖さ。
彼の痛く辛い厳しさに呼応するように、見える世界を表現する彼女。
そして、彼もまた、彼女のどうしようもない心の軋みを静かに見つめていた。2人は出会い、ぶつかり、寄り添い、向き合い、歩む。
追いかけて、探して、喪い、手放し、再び生きること。
スクリーンから雅哉の魂が震えているのが伝わって、泣いてしまった。
部屋に差し込む、ゆるく淡い光。
稜線と2人を縁取るオレンジの光。
そして、視界にはなくて世界にはある、人が人を照らす光。
目を閉じて、耳を澄まして、そのタイトルに立ち戻った時、
またひとつ、この映画を抱きしめたくなる。
▼あらすじ
視覚障がい者のための「映画の音声ガイド」の制作に従事している美佐子は、弱視のカメラマン・雅哉と出会う。雅哉の無愛想な態度に反感を覚える美佐子だったが、彼が撮影した夕日の写真に感動し、いつかその場所に連れて行って欲しいと思うようになる。そして、視力を失っていく雅哉の葛藤を間近で見つめるうちに、美佐子の中の何かが変わりはじめる。
▼Information
『光』
新宿バルト9、梅田ブルク7ほか、絶賛公開中
監督:河瀬直美
出演;永瀬正敏、水崎綾女 他
配給:キノフィルムズ
 
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2.『20センチュリー・ウーマン』
『人生はビギナーズ』で、自身の父について描いた監督マイク・ミルズが、母をテーマに再び自伝的映画を撮った。
20世紀の女、『20センチュリー・ウーマン』だ。
セーラムを吸って、ビルケンを履いたドロシア。
パイロットになりたかった母、女性で初めて製図室に入った母、父と別れて、僕を1人で育てた母。
自由で強い、全力の母。不安定なエネルギーを持て余す息子。
2人を取り囲むもう一つの20世紀の女たち。
彼と彼女たちが来た道と、俯瞰でカットインする70年代アメリカカルチャーのポートレイト。どのシーンを切り取っても、優しくて眩しい。
カーター大統領最後の年、1979年のことだ。
ドロシアの息子ジェイミーは、思春期真っ只中の15歳。
「彼の心の成長を助けてほしい」と、ドロシアは二人の女に相談をする。
もうセックスを知っている2歳年上の幼馴染ジュリーと、赤い髪をしたパンク好きの間借り人のアビー。
ジュリーは初恋と性の目覚めを、アビーはトーキング・ヘッズとフェミニズムを彼に教える。
そして母が1度きり伝えた、本当の気持ち。
見てきたものや聞いたことが、本当に自分を作るということ。
葛藤しながら生きて行くことの素晴らしさ、人が人と人の間で成長することの愛おしさ。
端々に愛情の溢れる、優しく強い映画だった。
今ある時間をエネルギッシュに自分色に染め上げて、20世紀を生きる女たちが見せてくれたのは、紛れもない人生賛歌だ。
▼あらすじ
1979年、サンタバーバラ。反抗期の息子ジェイミーの教育に悩むシングルマザーのドロシアは、ルームシェアで暮らす写真家アビーと、近所に暮らすジェイミーの幼なじみのジュリーに、ジェイミーを助けてやってほしいと頼む。15歳の少年ジェイミーとシングルマザーのドロシア、そして彼らを取り巻く人々の特別な一夏の物語。
▼Information
『20センチュリー・ウーマン』
絶賛公開中
監督:マイク・ミルズ
出演:アネット・ベニング、エル・ファニング、グレタ・ガーウィグ、ルーカス・ジェイド・ズマン、ビリー・クラダップ
配給:ロングライド
 
©2017「武曲 MUKOKU」製作委員会
3.『武曲 MUKOKU』
観終わってすぐには、あまり言葉が浮かばない映画だった。
言葉以前のものが胸の中で蠢くような、そんな気持ちだった。
幼い頃からの父の厳しい教えに則り、剣の道を進んでいた男が、
父との致命的な衝突から剣を棄ててしまう。
その一方で、死の瀬戸際を経験した少年が、
ひょんなことから剣の道の“言葉”に心を奪われ、その道に足を踏み入れる。
出会うはずのなかった二人が、それぞれを変える。
互いに死を覗きながら対峙する、台風の夜。
誰かを奪い合うでも、何か代物を賭けたわけでもない。
ただ終わらせるための、己のための決闘。
「殺す気で突いてみろ」
憎んでいたはずの父の厳しい声が雨のように降っている。
「まだ生きている」
死に際に見た美しい光を求め、暴風のような焦燥感が破裂する。
剣が重なる格子越しに、2つの鋭い瞳が濡れているのを見たとき、
人が生きるということは、相手がいないと成り立たないのだとつくづく思い知らされた。破滅も、救いも、1人では迎えようがない。
それがたとえ己のためであろうと。
憎しみも恋しさも悲しみも、そのどれかもわからない気持ちすら、ぶつけて、ぶつけて、ぶつかり合う。 剣の触れ合う尖った音と雨風の吹きすさぶ鈍い音の狭間で、
“理屈ではなく、まっすぐに人の心を刺す”瞬間を目の当たりにしていた。
▼あらすじ
海と緑の街、鎌倉。矢田部研吾は、幼い頃から剣の達人だった父に鍛えられ、その世界で一目置かれる存在となった。ところが、父にまつわるある事件から、研吾は生きる気力を失い、どん底の日々を送っている。そんな中、研吾のもう一人の師匠である光邑師範が彼を立ち直らせようと、ラップのリリック作りに夢中な少年、羽田融を送り込む。彼こそが、本人も知らない恐るべき剣の才能の持ち主だった──。
▼Information
『武曲 MUKOKU』 
絶賛公開中
原作:藤沢周『武曲』(文春文庫)
監督:熊切和嘉
出演:綾野剛、村上虹郎、前田敦子、風吹ジュン、小林薫、柄本明
 
4.『きらめく拍手の音』
幼い頃から負けず嫌いで、人一倍自立心の強かった少女。高校を中退して、世界へ旅に出た。そして、ドキュメンタリー映画を撮るようになった。
切り取ったのは、耳の聴こえない両親の世界。
ろう者の両親の元に生まれた、聴こえる「わたし」が見つめる、2人の世界。
韓国の若き女性監督イギル・ボラはこう話す。
「両親がろう者だと言うと、困惑した表情を浮かべたり、同情や憐みの目で見られることもありました。でも、わたしが見た両親の世界は特別で美しかった」
その言葉通り、“きらめく”というタイトルの言葉に深く頷きながら、
2人が語ることばたちの瑞々しさ、見せる表情の抑揚に終始胸をつかまれていた。
若い頃から美人で引く手数多だった母は、クールで現実的。
どこまでも深く強く母を愛する父は、誰よりロマンチスト。
寝込んでしまうほどの恋、愛を誓った結婚、聞こえる世界との間で様々な壁にぶつかった育児、親子離ればなれの生活、娘の旅立ち、そして、日常と未来。
苦労を乗り越え、明るく愛情いっぱいに2人の子どもを育てた2人が、娘に向かって語る、過ごしてきた時と溢れる想い。
手話を使って話す2人は、手だけで思いを伝えていなかった。
めいっぱい笑って、とことん悲しんで、とびきり怒って、心のままに歌って。
静かでありながら賑やかなそれらの表情は、豊かで繊細で美しかった。
知らないのなら、知ってほしい。この家族の軌跡にある愛と絆、そのことばたちと、強くいとおしい世界のきらめきを。
▼Information
『きらめく拍手の音』
6月10日(土)よりポレポレ東中野ほか順次公開
監督:イギル・ボラ
配給:ノンデライコ
 
©Komplizen Film 
5.『ありがとう、トニ・エルドマン』
小さなわたしと、大きなあなた。
わたしは前より裸になって、あなたは少し別人になって、強く強く抱き合う。
いつかと同じように、ふかふかの大きな心に包まれるまでの、
まっさらの裸の心で「ありがとう」と言えるまでの、物語。
ラスト30分、つい口をついて出そうになる、「ありがとう」。
私も多分彼女と同じ、裸になれない“娘”なのだ。
仕事のことに口出すのが嫌。急に会いにくるのも嫌。
わたしのこと、全然分かってない! ふざけないで。
でも、どこかで本当はわかってる、いびつで懸命な愛のこと。
父と娘の関係はいつも、噛み合わなくて、恥ずかしくて、面倒くさくて、本当はとっておきに愛おしい。
小さなわたしが、その愛おしさに気づくには、少し時間がかかるけれど。
『ありがとう、トニ・エルドマン』は、可笑しく、繊細に伝える。
愛と絆と、その強さの計り知れなさを。
いつしか大きな手を離れて、外の世界で外の顔をして生きている全ての娘へ、その知らない張り詰めた横顔にも、在りし日の泣き顔を重ね見る全ての父へ。
ありがとう、トニ・エルドマン。
裸の心を取り戻してくれて。人生を、愛を歌う歓びに誘ってくれて。
忙しなさが優しさを奪っていくこと。
愛はタフだけど、いのちには限りがあること。
1度過ぎたらもう戻らない時間のきらめきを、見逃してしまうことは、悲しい。それに慣れるのは、もっと悲しい。
だから、本当の意味で、“今”を楽しく生きよ。
トニ・エルドマン、大事なことを伝えてくれてありがとう。
▼あらすじ
悪ふざけが大好きな父・ヴィンフリートとコンサルタント会社で働く娘・イネス。性格も正反対なふたりの関係はあまり上手くいっていない。たまに会っても、イネスは仕事の電話ばかりして、ろくに話すこともできない。そんな娘を心配したヴィンフリートは、愛犬の死をきっかけに、彼女が働くブカレストへ。父の突然の訪問に驚くイネス。ぎくしゃくしながらも何とか数日間を一緒に過ごし、父はドイツに帰って行った。ホッとしたのも束の間、彼女のもとに、<トニ・エルドマン>という別人になった父が現れる。職場、レストラン、パーティー会場──神出鬼没のトニ・エルドマンの行動にイネスのイライラもつのる。しかし、ふたりが衝突すればするほど、ふたりの仲は縮まっていく…。
▼Information
『ありがとう、トニ・エルドマン』
6月24日(土)よりシネスイッチ銀座、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー!
監督:マーレン・アデ
出演:ペーター・ジモニシェック、ザンドラ・ヒュラー他
配給:ビターズ・エンド、ハピネット
Text/Miiki Sugita
出典:She magizine

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