【『LUNATIC FEST.』】LUNA SEA、X
JAPAN、DEAD END、DIR EN GREY、Fea
r, and Loathing in Las Vegas、SIA
M SHADE、LADIES ROOM、coldrain、T
OKYO YANKEES、the telephones、9mm
Parabellum Bullet、LUNACY(Openi
ng Act)2015年6月27日 at 幕張メッ
セ 1~4ホール

取材:清水素子

 結成25周年を迎え、昨年5月の国立代々木競技場を皮切りとする全国ツアーを、今年3月の大阪城ホールで締め括ったLUNA SEA。アニバーサリー・アクトの最終章として行なわれた『LUNATIC FEST.』は、世代やジャンルを超えた“仲間”たちを2日間で20組招き、大きな月のオブジェの下、幕張メッセのホール1~3をブチ抜いて設置した3つのステージで開催。分刻みのスケジュールで多彩かつ最高峰のロックアクトが畳み掛けられるという、まさに“最狂にして最高”のロックフェスとなった。

 その火蓋を切って落としたオープニングアクトはLUNACY。結成直後のわずかな期間だけ名乗っていたバンド名で現れた主催者は、LUNA SEAとは異なる濃いメイクと攻撃的な出で立ちで、「CHESS」を始めとするインディーズ時代の初期曲を衝動のままにブッ放す。しかし、猛り狂うサウンドに挟み込まれる透き通ったアルペジオや、激しさと美しさを行き来する曲展開に、すでに卓越したセンスがくっきり。当時の彼らがシーンに与えたインパクトの大きさを想像させた。

 以降、新旧の世代がホールを灼熱の空間に。“俺たちの武器はリスペクト!”と斬り込み隊長を買って出た9mm Parabellum Bulletは、硬軟併せ持つ独自のスタイルでオーディエンスを飲み込み、なんと中盤にはJ(LUNA SEA/Ba)とともに「Cold Edge」をプレイ。ベースバトルを仕掛けるJに真っ向から挑む後輩の姿には、大きなクラップが沸いた。the telephonesは石毛輝(Vo)の“こういうフェスでディスコ!と叫んでもらうことは、とても意味のあることだと思います”との言葉通り、無条件に身体を揺らすディスコチューンを次々投下。岡本伸明(Key)は客席フロアーに降りて走り回り、石毛は曲中に“I Love LUNA SEA!”と叫んで、この場に立てた喜びを表す。重鎮世代も負けてはいない。インディーズ時代、LUNA SEAが所属していたExtasy Recordsの先輩であるTOKYO YANKEESも、yoshinuma(Vo&Ba)とNORI(Gu)が交互にタフなヴォーカルを放って、音の爆風で場内を席巻。ラストの「HOLLYWOOD HEARTBREAKER」では、なんとX JAPANのPATA(Gu)がゲスト参加して、久々の共演に笑みをこぼした。壮麗なダークネスとエモーショナルな咆哮で場の空気をさらったのはcoldrain。“ラインナップ見たら分かるだろ? 今日の『LUNATIC FEST.』が日本で一番ヘドバンできるフェスだと思うよ!”とMasato(Vo)が煽れば、客席にヘッドバンギングと合唱の嵐が吹き荒れる。歴史を築いてきたLUNA SEAへの熱きリスペクトを表した彼らに、Extasy Recordsの先輩・LADIES ROOMが続く流れも『LUNATIC FEST.』ならでは。グラマラスなビジュアルでSEX PISTOLSの「Anarchy in the U.K.」から古き良き香りを漂わせたステージにRYUICHI(LUNA SEA/Vo)も登場して、“HIDEさんと初めて会った時にHIDEさんが歌っていた曲”という河島英五の「酒と泪と男と女」を披露。ロックフェスを一瞬にして酒場へと変えるRYUICI節や、さすがである。

 ここで現れたのがメジャーデビュー20周年を控えるSIAM SHADE。淳士のドラムヘッドには真矢とのツーショットが輝き、リスペクトを露わにワイルドかつテクニカルに攻め立てると“なんてカッコ良いんだ!”と真矢(LUNA SEA/Dr)がステージに。“あの有名な曲を横で聴いていたいんだよ”とねだり、栄喜(Vo)が真矢の耳元に囁きかけるように「1/3の純情な感情」を歌い始めた途端、真矢が続きを歌い出すという微笑ましいやり取りも見られた。続くFear, and Loathing in Las Vegasは“この2日間を通して、俺らが一番若い”とMC。LUNA SEAと同い年というSo(Vo)とMinami(Vo&Key)の繰り出す高低対照的なツインヴォーカル、そしてヘヴィとポップが目まぐるしく行き来するサウンドで、ヘドバンとダンスの双方を楽しませるのは新世代ならではのミクスチャーセンスであろう。そして、この日最も芸術的なコラボレーションを魅せたのがDIR EN GREY。ショッキングな映像をバックに重厚に研ぎ澄まされたプレイ、美と醜を一瞬で切り替える京(Vo)の卓越した表現力で人間が持つ“業”を抉り出すステージは圧巻のひと言だ。ToshiyaのベースにはJの直筆によるあの文言が書き込まれ、さらに中盤の暗転から照明が上がるとSUGIZO(LUNA SEA/Gu&Violin)の姿が! なめらかに張り詰めた彼のバイオリンソロに、DIE(Gu)のアコギから5人の音が加わって奏でられたのは「空谷の跫音」。無数のキャンドルが映し出されたモニターをバックに広がる、そのシリアスに切迫した音世界はあまりにも痛々しく、そして美しいレクイエムのように心に響いた。続いては、RYUICHIが多大なる影響を受けたことでも知られるDEAD END。1曲目「I Want Your Love」から孤高かつ強烈な存在感とデカダンなムードを振り撒いた。中でも素肌にジャケットを纏ったMORRIE(Vo)の放つ妖艶なオーラは圧倒的! SUGIZOのアコースティックギターをバックに、MORRIEと「SERAFINE」をデュエットしたRYUICHIが“幸せです”と感慨深げに呟いたのも当然だろう。

 初日のクライマックスに現れたのは、Extasy Recordsの主宰であるYOSHIKI率いるX JAPAN。待ち切れない人々の“We Are X!”コールを受けて、白いコートを羽織ったYOSHIKI(Dr&Piano)がドラム台に立って腕で“X”の文字を作るとフロアは沸騰。幕開けの「JADE」からスモーク柱と炎があがり、TOSHI(Vo)の心震わすハイトーンヴォーカルと激烈なサウンドが天上へと駆け上っていく。ド派手な演出は彼らの十八番で、切ないピアノ旋律と爆裂ドラムが数珠つなぎされるドラマチックな展開に、ダメ押しとばかり「紅」では銀テープが。さらに、現在制作中のアルバム収録曲のために“この場でレコーディングを再開します”と、YOSHIKIの弾くピアノを伴奏にオーディエンスの合唱を公開レコーディングして、忘れられない思い出をプレゼントしてくれる。また、ピアノでLUNA SEAの「PRECIOUS…」を一瞬だけ奏でたり、HIDE(Gu)が打ち上げにLUNA SEAの面々を連れてきた時の思い出話をしたりと、YOSHIKI曰く“僕たちの大親友”への心憎い気遣いも。“20数年経って一緒に音が出せるのは素敵なことだなって。ここに集まってるバンドって、みんないろんなことを経験してココに来てるんで…これからもX JAPAN共々みんな見守ってあげてください”と涙ぐむYOSHIKIをSUGIZOが抱き寄せたシーンでは、その場の誰もが目頭を熱くしたことだろう。万感の想いを籠めた珠玉のバラード「ENDLESS RAIN」に、ラストの「X」では3万人のXジャンプが! 中央のモニターでは映像中のHIDEが“飛べ飛べ飛べ飛べ!”と連呼してスモーク柱が噴き上がり、左右のモニターには“In Memory of HIDE/TAIJI”の文字が映し出されて、感動と狂乱のステージを締め括った。

 そして、大トリはもちろん主催のLUNA SEA。彼らのライヴSEとしてはお馴染みのベートーベン「月光」が荘重に流れると、突如音が途切れて「LOVELESS」のイントロに替わる衝撃的なオープニングに、フロアからはどよめきと歓喜の声が沸き上がる。SUGIZOのトリプルネックにINORAN(Gu)のアコースティックギターが織りなす幻想的な旋律、床ごと身体を突き上げるようなJのベースラインに真矢のタイトなドラミングが築く分厚いボトムが渾然一体となり、RYUICHIの艶やかな歌声を伴って場内の熱を徐々に高めていくさまに心臓は高鳴るばかりだ。一転、爆発音が鳴って豪快に疾走した果てに大合唱が沸き起こる定番曲「Dejavu」、25年のキャリアが活きた熟練のグルーブに酔う「Rouge」と新旧の曲を織り交ぜて、昨年から続くツアーの、そして25周年の集大成を描き上げていく。「gravity」「Sweetest Coma Again」とダウナーな中盤に到ると、オープニングアクトにゲスト出演と酷使してきたRYUICHIの声は枯れ気味に。それでも彼は“すごく気持ち良いよ”と微笑み、掠れ声のまま絶唱した「I for you」では、楽器隊からも彼を支えようという強烈な“気”がエモーショナルに伝わってくる。そして、奇跡は起きた。“本当は一緒にココに立ちたくて、今日は来れなかった人も…いや、違うな。きっと今夜、この会場に、このステージに来てくれていると思います”とhide with Spread Beaverの「ピンクスパイダー」を歌い出した途端、そのヴォーカルは一気に伸びやかに! “HIDEさんと一緒に歌うという夢が叶えられました。HIDEさんのおかげでYOSHIKIさんに出会って、シーンのひとつの柱を担わせてもらって。すごく幸せだったなぁと感謝してます”との言葉に、3万人の心が温かな愛で満たされる。その後も「STORM」「TIME IS DEAD」「ROSIER」と畳み掛けられる人気曲には、ツアーを経て高まった一体感が明らかに表れて、頭を振り、飛び跳ねるオーディエンスの幸福感も絶頂へ。アンコールでは出演バンドの面々を呼び込んで、TOSHI、MORRIE、栄喜らとともに「PRECIOUS…」を歌うという、ここでしか有り得ない“夢の共演”に場内は沸きかえる。さらにYOSHIKIの手には、なんとHIDEの愛器・イエローハートまで! 最後はLUNA SEAライヴのラストを飾り続けてきた「WISH」を5人のみで届けて、盟友たちの宴は幕を閉じた。
LUNA SEA プロフィール

ルナシー:1989年、町田プレイハウスを拠点にライヴ活動を開始(当時の表記は“LUNACY”)。90年にバンドの表記を“LUNA SEA”に変更し、翌91年に1stアルバム『LUNA SEA』をリリース。そして、92年にアルバム『IMAGE』でメジャーデビューを果たす。00年12月26日&27日の東京ドーム公演を最後に終幕を迎えるが、07年12月24日の満月のクリスマスイヴに東京ドームにて一夜限りの復活公演を経て、10年に“REBOOT(再起動)”を宣言。13年12月には13年5カ月振りとなる8枚目のオリジナルアルバム『A WILL』を発表する。その後、バンド結成25周年を迎え、自身初の主宰フェスとなる『LUNATIC FEST.』も開催し、17年12月には9枚目のオリジナルアルバム『LUV』をリリース。LUNA SEA オフィシャルHP

X JAPAN プロフィール

歴史に“もし”はないというが、このバンドが存在しなかったら、90年代にミュージック・シーンを席捲したヴィジュアル系バンドのほとんどは存在しなかった、といっても過言ではない。——超ド派手なルックスと、見掛け倒しに終わらない音楽性の確かさ、メンバーのキャラクターの立ち方も相まって、空前のウルトラ・スーパー・バンドに成り上がったX JAPAN。

彼らのサウンドはヘヴィ・メタルに裏打ちされたもので、「紅」(89年)に代表されるような叙情性とスピード感が一体となったハード・ナンバー、「ENDLESS RAIN」(89年)を筆頭とする壮大なスケールのバラードが2本柱となっている。メイン・コンポーザーはYOSHIKIだが、他のメンバーそれぞれの嗜好を活かした曲もアクセントとして機能。——YOSHIKIの2バス・ドラムやピアノ演奏を中心に、HIDEのエキセントリックなギターやTOSHIのハイトーン・ヴォイスが融合され、渾然一体となったXワールドは、まさに“無敵”だった。

リリースされたオリジナル・アルバムは4枚(うち1枚は、YOSHIKIによるオーケストラ・アルバム)と少ないが、そのサウンドがミュージック・シーンに与えた影響は絶大である。その後、97年4月にTOSHIが脱退を発表、00年の再結成を告知した上で、97年のNHK紅白歌合戦を最後に解散した。

『2000年再結成』までの間、各メンバーはソロ活動を展開する。中でもHIDEは、“hide with Spread Beaver”名義で精力的に活動をスタート。が、そんな矢先、98年5月2日にHIDEが急逝、これによりX JAPANの再結成は叶えない幻となった。HIDEの死は、X JAPANというバンドを解散早々伝説化させる要因になったのだ。

YOSHIKIはHIDEの死を中々受け入れることが出来ず、再結成は無いと誰もが思っていたが、X JAPANが解散し10年、結成から25年、メジャー・デビューから18年が経過した07年10月、公式サイトにて『緊急告知』という形で活動再開が正式に発表され、新曲「I.V.(アイヴイ)」がハリウッド映画『SAW4』の全世界メイン・テーマ・ソングに抜擢、この楽曲でX JAPANは念願の全世界デビューを果たすこととなる。この曲には、亡きHIDEのギター音をデジタル加工して使用するなど、紛れもないX JAPANの楽曲として制作された。

08年3月、東京ドームにて2Daysの復活ライヴ『X JAPAN 攻撃再開 2008 I.V.〜破滅に向かって〜』を開催。28日は「破壊の夜」、30日は「創造の夜」と命名され、「HIDEがいたときと同じ配置で行く」と改めて『5人のX JAPAN』によるコンサートであることが強調された。復活公演以来サポート・メンバーとしてともに活動していたSUGIZOが6人目のメンバーとして正式に加入。こうして、HIDEの命日でもある09年5月2日・翌日3日に、『6人のX JAPAN』による初公演となる『X JAPAN WORLD TOUR Live in TOKYO 〜攻撃続行中〜』を敢行。新たに加わったSUGIZOのヴァイオリンとYOSHIKIのピアノによるコラボレーションなど、6人編成になったことによる新しい要素も見られた。X Japan オフィシャルHP
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DIR EN GREY プロフィール

ディル・アン・グレイ:カテゴライズ不能かつ不要なロックバンド。1997年の結成当時から全米デビューを果たした現在に至るまでの間、音楽的にも視覚的にも変化を重ねてきた一方で、徹底的に自分たちのロックを追求しようとする姿勢は変わっていない。いくつものトレンドが生まれては消え、消費されるだけの音楽が存在理由を失っていく中、彼らの創造するものがジャンルや国境の壁を超えながら共鳴を集めている理由は、まさにそこにある。DIR EN GREY オフィシャルHP
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Fear, and Loathing in Las Vegas プロフィール

フィアー・アンド・ロージング・イン・ラスベガス:2008年に神戸で結成。エモ、スクリーモ、メタル、ダンスミュージックなどさまざまなジャンルの音楽を昇華した彼らの音楽はまさにカオス! オートチューンを取り入れた美メロと破壊的なシャウトが交錯するツインヴォーカルスタイルも相まってライヴハウスで唯一無二の存在感を放ち、開催する全国ツアーは軒並みソールドアウトに。14年3月23日には神戸ワールド記念ホールでのワンマンライヴも成功させた。Fear, and Loathing in Las Vegas オフィシャルHP
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SIAM SHADE プロフィール

シャム・シェイドは、幾多のメンバー・チェンジを経て、94年に栄喜(vo)/KAZUMA(vo&g)/DAITA(g)/NATIN(b)/淳士(dr)という現在のラインナップとなる。インディーズから1stアルバム『SIAM SHADE』をリリースして、翌年メジャー・デビュー前に渋谷公会堂でのワンマン・ライヴを成功させる。96年の『SIAM SHADE III』では、オジー・オズボーンなどを手がけたDAVID BIANCOをミックス・エンジニアに迎え、攻撃的なギター・リフを前面に押し出した。またこの作品で、「80年代L.A.メタル風サウンド」と「歌謡曲テイストな歌メロ」の融合に成功。そして翌年には、いきなりキャッチーなサビからスタートする、「1/3の純情な感情」で大ブレイクし、人気を不動のものとした。
彼らを単なるポップ・バンドやヴィジュアル系バンドと捉える向きも多い。しかしそのサウンドによく耳を傾けてみれば、ツイン・ギターによる華やかなリフを軸にした、普遍的なメロディアス・ハード・ロックであることは明白だ。卓越した演奏能力もそうだが、甘い歌声とカラフルなメタル・サウンドの不思議な交錯——これが彼ら最大の魅力ではないだろうか。
01年12月28日には、かねてからの夢であった日本武道館ライヴを成功に収めたシャム・シェイドだが、直後の02年1月に解散を表明。3月に再び武道館のステージに立ち、その歴史に幕を閉じる……。SIAM SHADE オフィシャルHP
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coldrain プロフィール

コールドレイン: 5人組メロディアス・ラウドロック・バンド。2007年、名古屋を中心に本格的なライヴ活動を開始。日米両国籍を持ち、極上のメロディーと多彩なスキルを操るMasatoの英詞の歌、静と動を操る重厚なリズム隊、 絡み合うテクニカルでエモーショナルなツインギター、それぞれのバンド活動を経て生み出されたハイクオリティーなサウンドと圧倒的ライヴパフォーマンスは日進月歩の進化を続けている。coldrain オフィシャルHP
VAP

the telephones プロフィール

05年に埼玉・北浦和で結成。石毛輝(vo&g&syn)、長島涼平(b&cho)、岡本伸明(syn&cow&cho)、松本誠治(dr)からなる4人組ロック・バンド、the telephones。石毛が創造する様々な音楽の情報量を感じさせる楽曲と、エネルギッシュ且つ個性溢れるステージングで、埼玉・東京を中心に活動し、独自のダンサブルなエレクトロ・サウンドでライヴハウスやクラブ・シーンを問わず動員を増やしている。

07年4月にバンドとして初の正式音源となる1stミニ・アルバム『we are the handclaps E.P.』 を、08年1月には1stフル・アルバム『JAPAN』をリリース。同年4月に開催された『ARABAKI ROCK FEST.08』に出演。フェス初登場にも関わらずステージは瞬く間に入場規制、誰もが予想できないほどの盛り上がりを見せた。それを皮切りに、『ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2008』『SUMMER SONIC 08』『SWEET LOVE SHOWER 2008』に出演。どのフェスも初登場ながら客席を大いに沸かせた。11月には<DAIZAWA RECORDS>よりミニ・アルバム『Love&DISCO E.P.』を発表し、12月にはラフォーレミュージアム原宿で初のワンマン・ライヴを開催。即日ソールドアウトとなり、ライヴ・スペースのみならずラフォーレ原宿全館を地震なみに揺らし、新たな伝説を作った。年末には『COUNTDOWN JAPAN 08/09』を含む3本のイベントに出演。フェスであれライヴハウスであれ、どんな場所でも常に最大級の熱量を発するライヴ・バンドであることを証明した。

そして09年4月、渋谷クラブクアトロにて<EMI MUSIC JAPAN>との電撃契約を発表。同年7月には待望のメジャー1stフル・アルバム『DANCE FLOOR MONSTERS』をリリース。この夏も全国各地のフェスに出演、全国15公演を廻るライヴ・ツアーを敢行、12月にはディファ有明で2部構成となる前代未聞のワンマン・ライヴ『SUPER DISCO Hits 2 !!! the telephones ONE-MAN SHOW!!!』を開催。ここで09年も一区切りかと思いきや、年末には初の埼玉県内ツアーや『COUNTDOWN JAPAN 09/10』に出演。“GALAXY STAGE”にて10年へのカウントダウンを担当。ここまでの快進撃を象徴するかのような圧巻のライヴとなった。
10年3月に、現在iLLとして活躍中のナカコー(ex.スーパーカー)初のプロデュース作品となるテレフォンズ的ニューロマンティック・サウンドの決定盤ミニ・アルバム『A.B.C.D.e.p.』を発表。続いて4月にはテレフォンズ的オルタナティヴ・オーガニック・ロックの決定盤と銘打たれた『Oh My Telephones!!! e.p.』をリリース。本作はテレフォンズ史上初の完全セルフ・プロデュース作品となっている。the telephones オフィシャルHP(レーベル)
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9mm Parabellum Bullet プロフィール

キューミリ パラベラム バレット:2004年3月横浜にて結成。 2枚のミニアルバムをインディーズレーベルからリリースし、07年にDebut Disc「Discommunication e.p.」でメジャーデビュー。09年9月9日に初の日本武道館公演を開催し、結成10周年を迎えた14年には日本武道館2Days公演を成功させた。パンク・メタル・エモ・ハードコア・J-POPなどあらゆるジャンルを飲み込んだ独特な音楽性とライヴパフォーマンスで日本ロックシーンの支持を得る。9mm Parabellum Bullet オフィシャルHP

OKMusic編集部

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