【NUDGE'EM ALL】いろんな種類の曲が
自分たちから生まれたことを否定しな
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取材:ジャガー
アルバム『SEE』を完成させたNUDGE’EM ALL。まずは、復活からアルバム完成までの心境を訊いた。
「今振り返ってみると、昔より肩の力を抜いてレコーディングに挑んだ気がします。ただ、抜きすぎて最終的にテンパりましたが(笑)」(坂木)
「休止した時は新しいアルバムが出せる状況を想像できなかったので、感慨深いです。レコーディングのテンパりは今までほどではなかったです。今回、ギターとベースのディレクションをマコキ(坂木)に丸投げしたので、その分彼は大変だったと思います」(真田)
ゆったりとした気持ちで一曲一曲噛み締めて楽しむことのできる今作。イメージしていたものとは?
「アルバムとして、曲の振り幅は大きくしたいと思ってました。いろんな曲があったほうが飽きないかなぁと。自分たち含めて」(坂木)
「休止前の曲から最新の曲まであったので、統一感よりも、いろんな種類の曲が自分たちから生まれたことを否定しない方向で考えてました」(真田)
年齢を重ね、酸いも甘いも経験した人間にしか綴ることのできない言葉には、説得力を感じると同時に、歌の世界観に哀愁が感じられる。
「聴き手に意味が伝わりやすい分、具体的にも抽象的にも意味が偏りすぎないように、響き的にも曲を邪魔しないように、というところを考えて作詞をしていたように思います。特に印象深いのは『オレンジ電車』で、昭和の歌謡曲ぽい歌詞を目指して上手くいかず、ニューミュージックを意識した歌詞にして完成した経緯があります。まぁ、結果オーライだった…のかなと。あとは英語で印象に残る場面、例えば『EASY COME EASY GO』のサビとかは母音を先に決めてから、歌詞を当てたりしました」(真田)
「歌詞に関しては、まだまだ不慣れなので作ることで精一杯でした。けど、言葉の響きと自分らしさは大切にしましたね」(坂木)
どの曲も、バンドから出てくるアイデアをそのまま自由に吐き出しているようで、その気楽さが心地良く響いてきた。柔軟に対応することで、バンドの振り幅を押し広げるかたちとなったと言える。
「そこは意識しましたし、逆に昔はそうしたくても、スキルが追いつかなかったというのが正直なところです。中でも、『MAGIC』は2005年の時点ですでにあった曲で、バンドでプリプロも作っていた曲でした。今回陽の目をみて良かったです」(坂木)
94年、坂木誠、野沢信之、真田太洋の3人により結成される。バンド名はメタリカのアルバム『Kill'em all』からきているが、音的にはメタリカとのつながりはなく、ドライヴ感のあるパワー・ポップを展開している。パンク、ガレージ、ギター・ポップといった様々なジャンルのバンドとライヴ活動を精力的に行い、97年に現ノーザン・ブライトのアライヒトシをプロデューサーに迎えK.O.G.A Recordsよりファースト・シングルをリリースした。オムニバスへの参加、HOLIDAYSとのスプリット・シングルのリリースを経て、99年にファースト・アルバム『THE MUSIC IS PLAYING INSIDE MY HEAD』を発表。パンキッシュなパワー・コードのギターにのせて、乙女心をくすぐるかのようなメロディを巧妙に操り、スウィートなグルーヴ感を漂わせている。ファイヴァリット・アーティストにビートルズやエルヴィス・コステロを挙げるあたりからも、メロディを最重視していることがうかがえる。オフィシャルHP