グラミー賞3部門を獲得したボニー・
レイットの90年代における秀作『ラッ
ク・オブ・ザ・ドロー』
今、45歳以上の人に「ボニー・レイットの最高傑作は?」と訊けば、返ってくる答えは71年から73年にリリースされた最初期の3枚…その中でも2ndアルバムの『ギブ・イット・アップ』だろう。僕もそう思う。スワンプロックやシンガーソングライターに注目が集まっていた70年代初期は、優れたロックアルバムがたくさんリリースされていたが、その中にあっても彼女の歌は抜きん出ていた。今でも彼女の初期のアルバム群は、聴くたびに心を揺さぶられる。ただ、セールス的には振るわず、86年にリリースした9枚目のアルバムを最後に、在籍したワーナーから放り出されている。しかし89年、キャピトルに移籍後初リリースの『ニック・オブ・タイム』が全米チャート1位となり、翌年のグラミー賞では3部門で受賞、彼女の名前を世界に轟かせることになった。今回は『ニック・オブ・タイム』の次にリリースされ、これまたグラミー賞を3部門受賞した『ラック・オブ・ザ・ドロー』を紹介する。
大学生の頃から変わらないレイットの音
楽
もちろん、キャピトルに移籍後、ドン・ウォズがプロデュースを担当したというのも大きな理由のひとつではあると思う。ドン・ウォズと言えばアメリカを代表するアメリカーナ的スタンスを持った大プロデューサーだ。ただ、ドン・ウォズも『ニック・オブ・タイム』をプロデュースした時は、まだ駆け出しで、ボニー・レイットという素材との相性が良かったから、優れた作品が生み出せたのだと思う。
20年ほど前に、ボニー・レイットのデビュー前のライヴ音源(彼女が19歳の頃)を聴くチャンスがあったのだが、生ギター1本で奏でられたそのサウンドは、今の彼女の音楽とほぼ変わらない、歌もギター(スライドはまだ弾いていないが)も完成されたものであった。やはり僕には、『ニック・オブ・タイム』をリリースした89年、時代がようやく彼女の音楽に追いついたのだと思うのだ。
泥臭さの少ないサウンドプロデュース
実力派のソングライターにスポットを当
てたレイットのやさしさ
本作『ラック・オブ・ドロー』について
今回も前作と同様、ジョン・ハイアットの作品「No Business」を取り上げ、他にもアイルランドの名シンガー、ポール・ブレイディの「Not The Only One」と「Luck Of The Draw」や、カントリーミュージシャンのマイク・リードの名バラード「I Can’t Make You Love Me」、ソウルデュオのウーマック&ウーマックが書いた「Good Man, Good Woman」ではテキサスの大物シンガー、デルバート・マクリントンとのデュエットでグラミーを獲得するなど、いつものことだがカバー作は秀逸なものばかりだ。彼女の初期アルバム群ではブルースやフォークのカバーが多かったことを思えば、年齢を重ねて、より幅広いジャンルからのセレクトになっている。
バックの演奏を務めるのは基本的にはウォズ人脈とレイット人脈が占めているが、前作の成功で予算にも恵まれたようで、タワー・オブ・パワーのホーンセクションをはじめ、クリス・クリストファーソン、ビリー・ヴェラ、ブルース・ホーンズビーなど、ギャラの高そうな一流どころも参加し、花を添えている。「Slow Ride」では、ロベン・フォードのソロと彼女のスライドが絡んでいたり、アイリッシュ・ムードあふれるタイトルトラックでは、リチャード・トンプソンがギター弾いていたりするなど、ゲストの贅沢な起用に驚かされる。
また、サウンド面ではレイットの歌の巧みさはもちろん言うまでもないが、前作以上に炸裂するスライドギターが文句なしに素晴らしい。もとはリトルフィートの故ローウェル・ジョージに学んだスライドであるが、今では本家より本家らしい音だと思う…。
収録曲は12曲。本作が捨て曲なしの傑作であることは言うまでもないが、もし彼女のアルバムを聴いたことがないなら、まずは本作を聴いてみてほしい。「ボニー・レイットの最高作は?」って? やっぱり、おじさんは『Give It Up』(‘72)かな。
著者:河崎直人