生霊役&老婆から美女への早替えも!
 美輪明宏が主演舞台、三島由紀夫作
『葵上・卒塔婆小町』の魅力を語る!



【第1章:はじまり】「『黒蜥蜴』の大評判を受けて、三島さんが次は『近代能楽集』もやってくれと言われて……」

江戸川乱歩原作、三島由紀夫脚本の舞台『黒蜥蜴』は私の代表作ですが、初演当時から大変評判を集めました。映画版はヨーロッパやニューヨークでも上映され、現地でコンサートを開くきっかけにもなった作品です。あまりにも大当たりしたものですから、三島さんが「次は近代能楽集でやってくれ」と言われて。『葵上』と『卒塔婆小町』なら、演出次第で何とかなるかもしれませんと、お答えしたのがはじまりです。装置、音楽、振付、照明、大道具、小道具、主演、演出に至るまで、すべてを私に任せてくださるのならとの条件付きで。大劇場のお客様を満足させるには、空間処理の仕方を相当考えないと失敗しますから。

『葵上』の装置は、サルバドール・ダリの真骨頂である時空を超越した作品「記憶の固執(柔らかい時計)」と、尾形光琳「紅白梅図屏風」(国宝)の両方をミックスして使いたいとお話しました。「紅白梅図屏風」は紅梅が<現世>、白梅が<あの世>だと解釈する本を読んだことがありましたので。また、作中に出てくる看護婦はひとりではなく、3人に増やしたいとも。三島さんは歌舞伎がお好きでしたので、お三輪(『妹背山婦女庭訓』ヒロインの一人)をいじめる3人官女のように、割り台詞にしたほうが面白いだろうと考えました。三島さんは満足そうな表情で聞いておられました。

『卒塔婆小町』の演出は、公園からいきなり鹿鳴館に変わるのが良いだろうと。紗幕とライティングを上手く使うことで、もうろうと景色を浮かび上がらせることが出来ますので。そこまで話すと、三島さんは「なんだ全部できてるじゃないか!」と驚かれていましたね(笑)。ただ、すべての準備が整う前に、三島さんはお亡くなりになるのですが。その後、演出家の松浦竹夫さんからのご依頼もあり、一周忌公演として『葵上』を上演させて頂きました。大変評判も良く三島さんの奥様も喜んで下さいました。そこから、何回か上演させて頂くことになりました。

撮影/御堂義乗

【第2章:あらすじ】「昔泉ピン子さんがご覧になられて、楽屋に来るなり『あれ、美輪さんだったの!?』って……」

三島さんの『葵上』はお能が下敷きなので、六条御息所がただの鬼のように描かれますが、じつは元となった『源氏物語』には”前哨戦”があるんです。六条御息所は先の帝の皇太子と結婚しますが、皇太子が早死になさって未亡人になってしまう。宮中もそっぽを向きますから、そこからは生活の手立てもなくボロ屋で細々と暮らしていました。ある日、京都のお祭りで光源氏の行列がお通りになると噂を聞いて、かつての恋人の姿をひと目見たいとボロの牛車で駆け付ける。そこへ、正妻・葵上の牛車がやってきて、六条御息所の牛車をめちゃくちゃに壊してしまう、有名な車争いの場面になるですね。泣いて帰った六条御息所ですが、覚醒している時はそのことを恨みに思わない。やはり育ちの良さが性根に表れるんですね。ですが、その後に葵上が毎夜もののけに襲われていると耳にして、自分の衣から悪霊を祓う護摩木の匂いを嗅ぎとった彼女は、「浅ましくも生き霊となったのは自分だったのか…」としみじみ泣いて、僧籍に入るというお話です。そういう背景がありますので、上品で格式高い心を持つ女性として演じています。

『卒塔婆小町』は絶世の美男美女、小野小町と深草少将の時空を超えた愛の物語です。引く手あまたの小町は100日通った人と結ばれるという条件を出し、最後に残った深草少将でしたが99日目にして病死する。思いを遂げられないんですね。小町も惹かれていたのに、あまりにも美しく生まれついたことによる、この世の呪いとでもいうのでしょうか。その後、深草少将は100年ごとに生まれ変わるのですが、詩人となった彼がふたたび老婆のまま生き続ける小町と出会う。そこで彼女に「美しい!」と発したら、呪いが効いて彼の命がふたたび絶たれるという仕組みになっているんです。

老婆は愛する詩人に対して『美しいと言わないで』と言う。彼の目にだけは老婆が美女に見えるという、アイロニーの面白さなんですね。ところが、観客としてこの作品を観に行ったときに、隣席のおじさんが『なんだ(老婆の)まんまじゃねえか』と言われたのを聞いて、愕然としましてね。なるほど、一般の方はこういう見方をするのか。むしろ、そういう見方のほうが多いのかもしれないと。だったら、私の公演では逆にしてみようと思いました。美女が『醜いと言いなさい、ほらこんなにも垢だらけでしょ』と健気に説得して見せる方が、お客様に感動を伝えることができるんじゃないかと計算したんですね。ですから早替わりを取り入れて、最初は老婆の声と容姿、そこから容姿は老婆なのに声は美女となり、ある瞬間、容姿も声も美女となる。昔泉ピン子さんがご覧になられて、『あの達者な婆さん誰だ?と思って見てたら、あれ、美輪さんだったの!?』と驚いて楽屋に飛び込んで来られましたよ。そういう同業者の皆さんを騙すのが、醍醐味のお芝居でもあるんです(笑)」

撮影/御堂義乗

【第3章:作品のテーマ】「きれいに生まれるばかりが幸せじゃない。三島さんともそんな話を長々と……」

陰と陽、光と影、吉と凶、良いことがあれば必ず悪いことが起こる。ふたつの相反するものの対比が宇宙の法則であり、それに逆らうことは何人たりとも出来ないというのが持論なんですね。私は<正負の法則>と名付けましたが、この作品もまさにそのことが描かれています。現にクレオパトラ、楊貴妃、小野小町まで、あまりにも美しく生まれつくいた人はみんな、非業の死を遂げていますでしょ。また、小さい頃からきれいだと言われて育って来た人も、ある程度の年齢になるとみんと横一列に並んでしまう。それどころか、同窓会では「あれ本当にあいつ?」「あんなに老けちゃったんだ」と言われ、悔しい思いをするかもしれません。逆に、美人に生まれつかなかった人たちは「久しぶり~。お前、若い頃と全然変わってないな!」となりますでしょ。だから、どうにか見られなくないかなという程度の人のほうが、無事に生涯が送れるんです(笑)。

病気、怪我、容姿容貌、財力、才能、知能いろんなものがありますけど、お小さい方もお年を召した方も人間であるかぎり、コンプレックスを持ってない人は一人もいないんですよね。その事に気づけば、まったく他人に対して妬み、そねみ、ひがみを抱く必要はないんです。このお芝居を観れば、「きれいに生まれるばかりが幸せじゃないんだな」とお分かり頂けると思います。三島さんともそんな話を長々としていましたね。

【第4章:私のお役目】「これが一般の方たちにまで広く知れ渡るようになったら、私のお役目も……」

人間は何で出来ているかといえば、<肉体>と<精神>でしょ。肉体を維持するものは食事でも何でも過剰に出回っていますけど、精神を形成するものは文化であり、それが生き甲斐にもなるんです。ところが今はそれを持たない人が増えている。持っていても、粗悪なものばかりでは食事と一緒で病気になるか、命を落とす場合だってあるんです。現代はあらゆるものが犯罪が似合うデザインになっている。犯罪の似合う音楽やファッション、建築、ゲームのソフト、ヘアスタイル、言葉遣い……。整髪料は髪を整えるものですが、今はわざわざ乱髪にするというんですから。犯罪の似合う乱れた日本語を聞いていますと、人間がどんどん動物に近くなっているんじゃないかと思いますね。そういうものが物凄い勢いで日本の文化として流れ込んでいる。

紫式部のように1000年前から読み継がれている女流文学者は、世界中のどこにもいない。日本の色の種類は世界一ですが、鶸色(ひわいろ)、鴇色(ときいろ)、納戸色(なんどいろ)など、風情のある素晴らしい名前がつけられている国はどこにもない。以前プレタポルテのデザイナー、ピエール・カルダンは「フランスが世界一だと思っていたが、日本の美意識には敵わない」と話してくれました。それから、今世界を席巻しています日本のアニメは、鎌倉時代の鳥獣戯画や百鬼夜行絵巻に通じていますし、ファッションもパンクなものは出雲阿国からきゃりーぱみゅぱみゅにまで繋がってくる。そういうことを調べていくと本当に面白い。音楽は本居長世、山田耕筰、滝廉太郎といった人たちが、外国の音楽と日本古来の長唄、端唄、常磐津などをミックスして、世界中のどこにもない音楽を作り出している。今の若い子たちのように、外国の音楽を物真似するだけじゃないんですね。三木露風作詞、本居長世作曲「白月」なんて、瞑想の歌ですから。世界中どこを探しても、瞑想する歌なんてありませんよ。日本はそういうことを学校で教えなさすぎるんですね。

私のコラム集「明るい明日を」が第18回スポニチ文化芸術大賞でグランプリを頂きましたが、これまで色々と著書を出版してきましたのも、今言ったことを一人でも多くの方に自覚して頂きたいから。手前みそですけど、私のファンの方は、女優さんやタレントさんにしろ、若い方が圧倒的に多いんですよ。普段こちらが悪口を言っているようなロックミュージシャンの人まで、「美輪さんの嫌いなロック歌手が来ました~」と言って楽屋に入ってみえるんです(笑)。そういう若い方々が自覚してくれているのは嬉しいことですね。これが一般の方たちにまで広く知れ渡って咀嚼されるようになったら、私のお役目も終わりだと思っているんですけどね。

撮影/御堂義乗

【第5章:皆様へのメッセージ】「舞台を観て美しいと感動する機会が少なすぎる。うぬぼれているようですけど……」

いま私たちの年齢で生き残っているのは、私と黒柳徹子さんぐらい。よく二人で「私たちは何てしぶといんでしょうね」と話しています(笑)。戦争や原爆を体験していますので、先日も戦争映画のナレーションの依頼を受けました。長く生きていると、何が幸いするか分かりませんね。朝の連続テレビ小説「花子とアン」のナレーションでは「ごきけんよう」が流行語大賞トップ10に入りました。「ごきげんよう」にも言い方があるんですね。一番上に「がぎぐげご」などの濁音が来た場合、二番目の文字は鼻にかかった鼻濁音になる。そうするとエレガントに聞こえるんです。今の人はそんなことを習いませんから、私の話し方がどこか違うと言われるのはそのためです。「ご機嫌麗しきご尊顔を拝し奉り恐悦至極に存じ奉りまする」と、そこに込められた意味まで承知している。

脚本家の中園ミホさんは、「日常的に丁寧語、謙譲語、尊敬語を知っていて、使い分けていらっしゃる方がいないので、お願いに来ました」と仰られていました。半年を通して放送される番組ですので、作品を通して正しい日本語の使い方を広めていきたいのだと。それが一般的に軽んじられている時代ですから、私たちの年代が(正しく使える)最後ではないかと思います。今回『葵上』『卒塔婆小町』の舞台化が決まった途端、三島さんの新しい肉声テープが発見されましたでしょ。彼は日本語のニュアンスの美しさが分からないから、外国の演出家ではダメだと仰っるほど、言葉、言葉の人ですから。やれと言われているような、運命的なものを感じました。

以前、私の代表作のひとつ『愛の讃歌』を観た瀬戸内寂聴さんは、楽屋に飛び込んで来るなり「数え切れないほど芝居を観てきたけど、これが一番最高よ!」と泣き出されたことがありました。また、ある著名な男優さんは『卒塔婆小町』をご覧になって、「自分がこんなに泣ける人間だとは思っていなかった」と、やっぱり楽屋で永遠と泣いておられましたね。私たちの時代には「うわー!きれいだ」と美しい舞台装置に感嘆したり、芝居を観て泣くことも結構ありましたが、今はそういう機会が少のうございますので。うぬぼれているようですけど、私が手掛ける作品で「美しい舞台に感動する」という体験をして頂ければと思います。私も80歳を超しましたので、20歳の乙女と100歳の老婆を早替わりで演じるのは、体力的に限りがあると思います。ひょっとしたら『葵上』『卒塔婆小町』のお芝居は、今回でおしまいになるかもしれません。

公演情報近代能楽集より『葵上・卒塔婆小町』
■作:三島由紀夫
■演出・美術・主演:美輪明宏
■出演:美輪明宏 木村彰吾ほか
<東京公演>
2017年3月26日 (日) ~4月16日 (日)
会場:新国立劇場 中劇場
<宮城公演>
2017年4月23日 (日)
会場:イズミティ21 大ホール
<静岡公演>
2017年4月26日 (水)
会場:アクトシティ浜松 大ホール
<愛知公演>
2017年4月28日 (金)
会場:愛知県芸術劇場 大ホール
<長野公演>
2017年5月4日 (水)
会場:まつもと市民芸術館 主ホール
<福岡公演>
2017年5月11日 (木)
会場:福岡市民会館
<大阪公演>
2017年5月18日 (木)~21日(日)
会場:梅田芸術劇場 シアター・ドラマシティ

<神奈川公演>
2017年5月29日 (月) 、30日 (火)
会場:神奈川県民ホール 大ホール

■公式サイト:http://www.parco-play.com/web/play/sotobakomachi/​

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