【人間椅子連載】ナザレス通信Vol.38「歯医者」
最近また歯の調子が悪いのでまたいつもの歯医者さんに行ってきました。一年ほど前に診てもらった時はBGMがずっと洋楽のラップで、とても落ち着いているとは言えない状況での治療だったのですが、今回は有線のチャンネルをクラシックロックにしていたようで多少ましです。確かに、待合室で待つ間はCHICAGOの「Saturday In The Park」がかかっていて和やかな雰囲気でした。でもこのチャンネル、時としてそうではない感じの曲もかかるので大丈夫かなと思っていたのですが不安的中です。診察台に座って先生に症状を訴えるやいなや、「この前抜ききれなかった歯を抜いてしまいましょう」と即決、心の準備がないうちに麻酔を打たれ、メスでガリガリ音をたてながら事は進みます。前に抜けなかったのですからすんなりと済むはずもなく、麻酔をしている割に痛くて「ぐぁー」と声が出ているその時にかかった曲は、JOURNEYの「Separate Ways」でした。この世界的な大ヒット曲がこんなにも不安をかき立てるとは思いませんでした。「ダーッダーダダダッダッダダ、ツカツンタンツク」のあのギターリフがバクバクする心臓と共鳴します。キーボードの冷徹な繰り返しが悲壮な結末を予感させます。超絶技巧のギターソロは今まさに抜かれようとしている歯の断末魔のようです。そして何より腹立たしいのはSteve Perryの絶叫するボーカルです。動揺する気持ちを逆撫でし、「そんなに絶叫しなくていいだろう」と言い掛かりをつけたくなるようなハイトーンボーカルです。先生はいろいろと話しかけて気を紛らわしてくれるのですが、自分の耳にはJOURNEYしか入ってきません。本当に歯の治療にはそぐわない曲です。
JOURNEYは「産業ロック」などと変な名前のジャンルに分類をされたりしましたが、ポップで明るいアメリカンハードロックの大好きなバンドです。「産業ロック」という言葉は「売れ線狙い」といった悪い意味を込めて使われますが、ヒットを何曲も飛ばさなければそのように呼ばれない訳ですからそれだけで凄い事なのです。歯医者でかかった「Separate Ways」は「Frontiers」という大ヒットアルバムの代表曲ですが、おすすめはその前作「Escape」です。特に圧巻なのは「Don't Stop Believin'」という曲。ヒットのための十か条を詰め込んだような名曲です。涙が出そうになる程こてこての展開は職人技の域で、特にNeal Schonのギターのビブラート加減はたまりません。Steve Perryの「歌い上げる」という言葉がぴったりのボーカルも愛すべき暑苦しさです。バラードあり、ハードありで、聴き応えのあるアルバムです。