『さんだる』/たま

『さんだる』/たま

たまの『さんだる』は国内音楽シーン
のエポックメイキング作だ

メジャーデビューアルバム『さんだる』

メジャーデビューアルバム『さんだる』はチャート初登場2位と好リアクションを示した。収録曲はキャッチーなメロディーを持つものがほとんどな上、《今日人類が初めて木星に着いたよ〜》(M8「さよなら人類」)のフレーズに代表されるように言葉の乗せ方が実に巧みで、大袈裟ではなく、一度聴いたらそのフレーズが頭の中をグルグル回るような、言わば中毒性がある。これはヴォーカリストの声質によるところも大きいが、たまの最大の特徴と言っていいと思う。幼児が喜んで聴いていたというような声は当時もよく聞かれたし、本能を刺激する何かがあったということだろう。

また、コーラスワークを含めてバンドアンサンブルも巧妙である。使用しているのは概ねアコースティック楽器だが、“折り重なる”という表現が相応しいアレンジ術がそこかしこで聴ける。M9「ワルツおぼえて」のコーラスワークや、随所に散りばめられたサイケデリックな音作りからはビートルズオマージュを感じられなくもなく、当時ささやかれた“平成のビートルズ”といったような論評も大きく的を外れていたわけではないと思う。音楽的素養は申し分のないバンドである。

では、この『さんだる』が万人向けのポップアルバムだったかと言うと、必ずしもそうだったとは言いがたく、しかもそうであることがたま本来の姿でもあったというのがポイントだろう。本人たちがそこに自覚的だったかそうでなかったか分からないが、筆者はそれをあえて“毒”と言いたい。

 《ギロチンにかけられた 人魚の首から上だけが 人間だか人魚だかわからなくなっちゃって 知床の海に身を投げた月の夜だよ》(M1「方向音痴」)、《ぼくが死んだ日 おじいさんは 二階の屋根で 古いおるがん 弾いてくれたんだ》(M2「おるがん」)と、冒頭から人魚がギロチンにかけられるわ、主人公が幽体離脱するわ、結構ショッキングな内容だ。しかも、さっきも言った、たま特有のポップさは全開だから、これがまた耳を離れない。続くM3「オゾンのダンス」がまたすごい。《夜空がスカート めくったら見えたよ あのこの曼珠沙華》《かわいた土手に 水をまこうよ そしたら開くよ 曼珠沙華》である。ははは。さらに、M4「日本でよかった」ではサウンド面で不協気味のバンドアンサンブルが表れ、M5「学校にまにあわない」ではハードコアパンクばりの歌唱も登場する。しかも、それらが特有のポップ感、巧妙なバンドアレンジと同居しているから、何とも言えない不思議な楽曲に仕上がっているのだ。M6「どんぶらこ」やM10「らんちう」もそうで、この世界観を理解できないリスナーも少なくなかったのではないだろうか。とりわけ「さよなら人類」で、たまに童謡や『みんなのうた』的な親和性を感じていた人たちは違和感を覚えたに違いない。「さよなら人類」はチャート初登場1位、売上げ58.9万枚を記録したが、『さんだる』は初動こそ良かったものの、その後のセールスは決して良かったとは言えなかったと聞いている。それも致し方ないといったところだろう。

だが、この大衆におもねることなく、自らの表現手段を貫き通したバンドとしての姿勢は圧倒的に支持したい。その存在が社会現象化し、“たま現象”なる言葉も生んでいた当時(そんな言葉があったことを筆者は覚えていないが、『現代用語の基礎知識』に掲載されたという)、アーティストとしての立ち位置がズレなかったことはひたすら立派だと思う。極端な言い方をすれば、作り手が作り手の好き勝手に作品を作り上げてこその芸術である。それゆえに多様性は必要不可欠であろう。大衆に消費されることを意識した作品作りをまるごと否定はしないが、シーンにそればかりがあふれてしまうのは不健全。その点、たまが出現した80年代後期の音楽シーンは健全であったと言えるし、『さんだる』がメジャーで流通されたことはシーンにおけるエポックメイキングだったとも思う。そして、それが現在の礎となったと考えると、バンドブームの意義も大きかったと言わざるを得ない。個性が強すぎて誰も後に続けなかったからなのだろうが、直接的なフォロワーは見当たらないたまであるが、そのアーティストとしての精神は音楽シーン全体に大きな影響を及ぼしたと思う。『さんだる』以降、極端にメディアへの露出は減ったが、これはおそらく彼ら本来のスタンスに戻ったと言った方が正しいのだろう。以後、1995年に柳原幼一郎(現:陽一郎)が脱退したものの、比較的コンスタントに作品を作り続けたが、2003年に解散した。

最後に興味深いコンテンツをひとつご紹介。2010年、たま解散後のメンバーの活動を追ったドキュメンタリー映画『たまの映画』が制作、劇場公開された。この作品のキャッチコピーが振るっていた。“やりたいことだけ。”。言い得て妙ある。現在、DVDで観られるようなのでご興味がある方はどうぞ。

著者:帆苅竜太郎

OKMusic編集部

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