本番でも稽古場でも常に全力投球! 
一際存在感を放つ俳優 伊藤広祥のパ
ワーの源とは/『ミュージカル・リレ
イヤーズ』file.14

「人」にフォーカスし、ミュージカル界の名バイプレイヤーや未来のスター(Star-To-Be)たち、一人ひとりの素顔の魅力に迫るSPICEの連載企画『ミュージカル・リレイヤーズ』(Musical Relayers)。「ミュージカルを継ぎ、繋ぐ者たち」という意を冠する本シリーズでは、各回、最後に「注目の人」を紹介いただきバトンを繋いでいきます。連載第十四回は、前回塚本直さんが、「高くてロックでかっこいい声の持ち主」と紹介してくれた伊藤広祥(いとう・ひろあき)さんにご登場いただきます。(編集部)

「常に全力で出し惜しみなくやりたいんです」
舞台上や稽古場のみならずインタビューさえも全力で臨んでくれるのは、俳優の伊藤広祥だ。大学卒業後から商業ミュージカルの舞台に立ち、2023年にも『ドリームガールズ』日本初演など話題作への出演が続いている。
幼い頃の音楽との出会いから、今、そしてこれからに至るまで、終始真っ直ぐに情熱的に語ってくれた。その語り口はきっと彼自身の生き方を表しているのだろう。伊藤広祥の持つ底しれぬパワーの源を探った。
音楽を始めたきっかけは「勝ちたい!」
――連載当初から伊藤さんのお名前が挙がっていたので、やっとお会いできて嬉しいです! まずは伊藤さんが音楽に興味を持った出来事を教えてください。
きっかけはですね、小学1年生のピアニカの授業で、隣に座っていたユキムラさんという女の子がとてもピアニカが上手だったんです。僕は初めてだったこともあって上手く弾けなかったんですけど、ユキムラさんから「私、すごく弾けるんだよ」的なアピールをされまして(笑)。当時、小学生ながら悔しかった僕は家に帰ってすぐ「ピアニカを習いたい」と母に言ったんです。でもピアニカを習えるところはあまりないので、ピアノを習おうとなって、知り合いから近所の先生を紹介してもらったんです。これが音楽を始めたきっかけですね。とにかくユキムラさんにピアニカで勝ちたいという動機でした(笑)。だからユキムラさんには感謝しています。
――その後ピアノはどれくらい習ったんですか?
小1から中3までですね。すごくいい先生で、本当にお世話になりました。今人生で一番会いたい人は誰かと言われたら。その先生というくらい僕に影響を与えてくれた方です。
――どんな先生だったのでしょうか?
元々は(音楽の)学校教師だったらしいんです。出会ったときには既に70歳近かったと思います。いつも優しくて、僕が何をしても決して怒らずにいてくださったんです。例えば、レッスンの部屋には先生が弾くピアノと生徒が弾くピアノの2台があって、生徒はアップライトピアノ、先生はグランドピアノでした。あるとき僕が生意気にも「先生のピアノで弾いた方が絶対に上手く弾ける」と言い張ったことがあったみたいで(笑)。それでも先生はピアノを交代してニコニコ教えてくださっていました。
僕、今もなんですけど、昔からすごく落ち着きがないタイプなんです(笑)。1時間のレッスンのうち、15分ピアノの前に座っていられればマシっていうくらいで。そんな僕を見た先生が「いい機会だから童謡を歌ってみないか」と提案してくださって、レッスン時間の半分を歌の時間にしてくれました。そうすると、落ち着きのなかった僕が不思議と楽しく歌を歌っていたそうなんですよ。
もちろん成長するにつれてピアノに集中できるようにはなったんですが、それでも必ず1曲は歌う時間を取っていました。特に「赤とんぼ」が大好きで、よく歌っていたのを今でも覚えています。発声がどうこうではなく、こういう風に歌えという押しつけも一切ありませんでした。本当に自由な音楽性だったんですよね。歌心や音楽を楽しむという大事なことを教えていただいたなと思います。
文化祭で「ミュージカルって楽しいかも」
――音楽の楽しさを知った伊藤さんが、ミュージカルと出会ったきっかけは?
高校の文化祭の合唱コンクールで、3年生はミュージカルメドレーを歌うという伝統がありました。『ライオンキング』や『アラジン』など、劇団四季で上演されるような作品が多く歌われていて、僕が合唱コンクールで歌うことになったのが『ウィキッド』なんです。そこでミュージカル作品というものに初めて触れました。
うちの学校、合唱コンクールで歌った作品の演劇を上演するという文化もありまして。文化祭で上演することになったのですが、なんと僕、二枚目のフィエロをやらせてもらうことになったんです。学校の文化祭なので、上手い下手とかキャラが合う合わないではなく、自分で言うのもなんですけど(笑)クラスの人気者が役を演じるような風潮があるじゃないですか。初めて台詞を言ったり曲を歌ったり、芝居というものを経験しました。劇団四季の『ウィキッド』のサウンドトラックでひたすら李涛さん(フィエロ役オリジナルキャスト)の歌を聴いていましたねえ。この経験を通して「ミュージカルって楽しいかも」って思うようになったんですよね。
――その想いがミュージカルを仕事にしたいというものに変わっていったのでしょうか?
高校卒業後、早稲田大学に進学して、どのサークルに入るか迷っていたときに、高校の文化祭でエルファバを演じていた女の子が「一人で行くのは恥ずかしいから」と、あるミュージカルサークルの新歓公演に誘ってくれたんです。軽い気持ちで一緒に観に行ったのですが、そこで「自分がやりたいことはこれかもしれない」と思えたんです。特に男子学生がピルエットをしていたことが僕にとっては衝撃的で。学生だけど決して遊びではなく、真剣に取り組んでいることが伝わってきたんですよね。それから懇親会に参加して、男子不足だからすぐに来てほしいということで、思いもよらずミュージカルサークルに入ることになったんです。このSEIRENでの経験が今の仕事に繋がっていきます。
――SEIRENではどんな経験をされたのでしょうか?
4年間演劇にどっぷりの生活でした。年に3回公演があるのですが、僕は基本的に全公演に出演していました。公演に関わっていると週4日稽古があって、長期休暇中は毎日稽古になるんです。その稽古をし続けていたら、いつの間にか4年間が過ぎていたという感じ。プロ志向の方にもたくさん出会いました。実際に劇団四季に入る先輩や東宝の舞台で活躍する先輩もいたので、このサークルで本気で頑張っていれば自分もいずれプロの舞台に立てるんじゃないかと思うようになっていきました。ふと周りを見渡すとみんなスーツ姿で就活に励んでいて、一方の僕は就活の情報すら入らないぐらい演劇漬けの日々。気付いたらこの道しかなくなっていたんです。
――卒業が近付き、進路のことを考えることもあったのではないでしょうか?
大学3年のとき、親に「役者になりたい」と伝えたのですが……まあ大反対ですよね。実はうちの両親は二人とも高校教師で、子どもの頃から僕も教師が向いていると言われていたんです。自分自身、ミュージカルに出会うまでは「先生になりたい」と言っていたくらい。ところが大学でミュージカルにのめり込んでいくうちに、その想いは変わってしまいました。親からしてみれば、早稲田に行かせたのに就職活動もせず役者になりたいなんて賛成できませんよね。しかも二人は教師だからこそ、夢を追ってきた多くの生徒たちを見ているんです。役者になりたい、歌手になりたい、アイドルになりたい、そんな夢を持つ生徒はたくさんいたけれど、自分たちが知る限り誰一人としてその夢をえた人はいないと。「応援したい気持ちもあるけれど、厳しい現実を知っているからこそ勧めることはできない」と言われました。
――ご両親のお気持ちもわかります。反対を受けた伊藤さんはどうされましたか?
それでも僕が役者をやりたいと言ったら、大学で教員免許を取ることを条件として出されました。だから、役者の夢を目指すために大学3年の後期から教員免許を取るための授業を受け始めたんです。普通、大学の後半は授業数が減って楽になるはずなのに、下手したら僕は1年生より忙しい時間割りに(笑)。結局卒業までに単位を取り切れなかったので、半年だけ留年して教員免許の資格を取得してから9月に卒業したんです。今思うと、留年していたその半年間が一番大学生らしい日々でしたね。その期間に改めて自分の将来のことを本気で考えることができたので、そういう意味でもいい機会になりました。
「人生が変わる人がいる」 だから常にプロフェッショナルでありたい
――卒業されてからはどんな活動を?
その半年の間に今の事務所とご縁があり、僕の大学時代のデモ音源を聴いていただけたんです。そうしたら事務所の社長がその場でオーディション情報を紹介してくださって、『ビューティフル』のオーディションに参加することができました。僕にとってはこれが人生初オーディション。その後、宮本亞門​さん演出の『コメディ・トゥナイト!』のオーディションも受けてありがたいことにどちらも合格をいただき、本格的にキャリアスタートすることができました。
――プロとしての初舞台はどうでしたか?
もう何がなんだかわからなくて、無我夢中で取り組みました。一番怖かったのは公演期間が長いということ。学生時代は多くても1作品8公演くらいだったので、たとえ声を潰そうが勢いでどうにかなったんです。でもプロとしてやるならそういうわけにはいきません。『コメディ・トゥナイト!』は2ヶ月で69公演という未知の公演数だったので、最初はとにかくそれが怖かったですね。
――学生時代の経験が活かせたこともあるのではないでしょうか?
もちろん、経験は無駄じゃありませんでした。在団中によく後輩に言っていたんですけど、「大きな商業ミュージカルであろうと小さな学生のミュージカルであろうと、それを観て人生が変わる人が少なからずいるんだぞ」と。僕自身がSEIRENのミュージカルを観て180度人生が変わったので、実感を持って伝えてきました。
プロ意識を持つこともSEIRENで教えてもらいました。今でも決めていることがあるのですが、たとえ舞台でどんなにすごい方と共演しても「わあ〜すごい」という感覚を持たないようにしているんです。「わあ〜すごい」じゃなくて「僕もああなるんだぞ」って。確かにすごい人たちはいっぱいいます。でも、同じ板の上で共に仕事をするプロフェッショナルでありたいんです。生意気かもしれませんが、その気持ちは若いときから持ち続けています。
「明日に後悔のない生き方を」がモットー
――以前この連載に登場された可知寛子さんや塚本直さんが共通しておっしゃっていたのが、伊藤さんの持つエネルギーやパワーがすごいということでした。伊藤さんのパワーの源を教えていただけますか?
僕がミュージカルをやることを唯一応援してくれていた、大好きなおじいちゃんがいるんです。大学でミュージカルに出演するとき観に来てくれると話していたのですが……その前におじいちゃんが亡くなってしまって、結局観てもらうことは叶いませんでした。しばらくはおじいちゃんのお墓に行くことも、仏壇で手を合わせることもできなくて。でもよく考えてみたら、一度も僕の舞台を観ていないからこそ、きっと毎公演観てくれているんだなって思えるようになったんです。
そんなおじいちゃんが教えてくれたのは「いつ死ぬかわからないのだから、明日死んでも後悔のないような生き方をしろ」ということ。別に言葉でそう言われたわけじゃないんですよ。ただ、おじいちゃんと過ごした日々を振り返ったときに自然とそう思えたんです。それが今の僕の全ての肝ですね。本番でも稽古場でも、常に全力で出し惜しみなくやりたいんです。じゃないと自分が後悔するので。演出家から「ちょっと静かにして」って言われるぐらいでいいと思ってやっています(笑)。今でも開演前には舞台袖で「じいちゃん、行ってくるよ」と心の中で伝えていて、それは欠かさないルーティーンですね。
――ミュージカルを中心に多くの作品にご出演されていますが、カンパニーの中でのご自身のキャラクター的なものはありますか?
どこへ行ってもいじられキャラですね(笑)。最近は後輩もできてきましたが、後輩からもいじられています(笑)。親しみやすいのかもしれないですね。距離感を近く保ってくれる方々が多いなと感じます。いじられキャラというのは、言い換えれば愛されキャラということなんですかね? 自分で言うのはちょっと違うかもしれませんが(笑)。
――周りの方からは何と呼ばれているんですか?
あだ名は“海ちゃん”です! SEIRENにはちょっと不思議な文化があって、先輩が決めたあだ名で4年間を過ごさなきゃいけないんですね。で、僕は自己紹介で「伊藤広祥です」と言ったら、俳優の伊藤英明さんと名前が似ているということで「『海猿』やん」と(笑)。それで海猿という通り名がついて、海ちゃんと呼ばれるようになりました。最近は現場でも本名で呼ぶ人と海ちゃんと呼ぶ人と、半々くらいですね。ちなみに可知さんは海ちゃんって呼んでくれてますよ。YouTubeやインタビューでは“一生下の名前が出てこない伊藤くん”って言ってましたけど(笑)。
――この連載では毎回、注目の役者さんを教えていただきます。伊藤さんの注目の方は?
あんな声になってみたいなあと思える歌声を持つ、杉浦奎介​くん。王子様ボイスはもちろん、それだけじゃない歌声も持っているのが彼の強みだと思います。いわゆるプリンス風の曲も、ちょっとアレンジを入れた遊びの曲も歌える技術を持っている人。自分とは対極で全くタイプが違うのですが、素敵だなあって思います。
ーー最後に、舞台に立つときに大切にされていること、そしてこれからどんな役者を目指していきたいか教えてください。
舞台上では、たとえ僕が役ではなくアンサンブルで出演していたとしても「観に来た人全員の人生を僕の力で変えてやる」くらいの想いで立っています。こういうことを言うとよく笑われるんですけど、ふざけてるわけじゃなく本気です。それくらい自分に影響力があるという責任を持つことを、常に心掛けています。
これからどういう役者になりたいかというと、唯一無二の役者になりたいです。観る人にとっては「この人が出ているなら楽しいんじゃないか」、制作側の人にとっては「この人がいれば作品がまとまるんじゃないか」。どちらの視点からも唯一無二の存在でありたいですね。この作品に出たいというものも正直あまりなくて。逆に、僕を選んでくれる作品なら全部出たいんです。はたしてどんな作品が僕を呼んでくれるのか、楽しみにしています。
取材・文=松村 蘭(らんねえ)

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