尾上松緑と尾上左近が親子で挑む『連
獅子』 4月歌舞伎座公演ビジュアル
撮影レポート

歌舞伎座の4月公演「鳳凰祭四月大歌舞伎」で『連獅子』が上演され、尾上松緑が親獅子の精を勤める。仔獅子の精を勤めるのは、長男の尾上左近だ。過去に舞踊公演とTV番組のために、親子で『連獅子』を勤めたことはあるが、歌舞伎座の本興行はこれが初となる。ビジュアル撮影の模様を、松緑と左近のインタビューとともにレポートする。

■尾上左近、17歳。
3月、松緑は歌舞伎座で『身替座禅』に出演している。そのスケジュールの合間をぬって撮影を行うため、歌舞伎座の稽古場に撮影のためのセットが組まれた。稽古場の壁のモニターを覗けば、今まさに松緑が『身替座禅』の舞台に立ち、浮気な大名の役を勤めている。一方、稽古場の一角では左近が、『連獅子』の仕度をはじめていた。左近は一人で鏡台に向かう。手元には、演劇雑誌『演劇界』の古い号が置かれていた。表紙は、獅子の扮装をした祖父の初代尾上辰之助だった。
顔ができあがると、左近は初対面のスタッフにも丁寧に挨拶し、過去の俳優たちの獅子の写真を参考に撮影パターンの打ち合わせをした。2006年生まれの17歳。落ち着いているし、無邪気な笑顔も見せる。スタッフから確認や質問があれば、自分で考え判断し、答える姿が印象的だった。
本作に登場する獅子は、伝説の霊獣だ。親獅子は、厳しい親心で我が子を崖から谷へ蹴り落とし、這い上がってくるのを待つ。前半は狂言師として登場し、後半は獅子の精となり長い毛を振る場面が有名だ。鬘はヤクの毛で作られている。ふわふわなのにハリがあり、ぎっしりとした質量を感じさせる。舞台で自在に扱うには、軽すぎても重すぎてもいけないのだろう。
ほどなくして松緑の舞台を支えていたお弟子さんたちが、左近のサポートに到着。着付けを済ませて鬘をかける。
3人がかりで拵えの準備が進む。

■松緑と左近、清涼山の霊獣になる
左近がカメラの前に立とうとした時、タイミングよく松緑も到着。すでに親獅子の顔になっている。左近の表情が、緊張から気合いに切り替わったように見えた。
「右手下がってる。うん、その方が自然」「はい」
「もっとこう」「はい」
時には松緑がやってみせる。左近の「はい」という声が心地よく響く。左近の形を見届け、松緑は自身の着付けに入った。ストロボがたかれる中、左近の若々しく清新な仔獅子がいくつもの形を見せた。
当初は、次に親子ペアの写真を撮る予定だった。しかし「彼(左近)を休憩させてやって。その間に俺一人のを撮っちゃおう」と松緑が提案。松緑によれば、この拵えは頭が「死ぬほど絞められて」おり、非常に辛い状態なのだそう。左近のコンディションに配慮した判断だ。
松緑がぐっとカメラに向かった瞬間、空気が変わった。体格の差もあるはずだが、それ以上の何かによって空間がめいっぱいになった。紛れもなく親獅子だった。
■二代目松緑、初代辰之助から、松緑、左近へ
かねてより松緑は、左近に対して厳しい父親だと公言している。「息子は4月の1か月公演で胃に穴が開くんじゃないかな」と冗談まじりに言う。松緑が12歳の時に父・辰之助が、14歳の時に祖父・二代目松緑が世を去った。
松緑「4月の公演中に僕がいなくなったとしても、彼は千穐楽まできっちり仔獅子を勤められると確信しています。そのように育ててきたつもりです。まだキャリアは浅いので、テクニック的に至らないところがあるにしても、それを補うやる気があります。肝は据わっている​」
本番に向けたフィット感の確認で、毛を一振り。それだけで景色が変わる瞬間だった。
松緑が「明日本番でも大丈夫だよな?」と聞くと、左近の「はい」が気持ちよく響いた。
左近「父は『連獅子』の親獅子のようなところがあり、言葉では言いませんが、その思いは胃に穴が開くほど分かっているつもりです。いついなくなっても……という気持ちは大事ですが、僕にとって父は大きな存在なので長生きしてほしいと思っています。4月は胃に穴が開いてでも、1か月間父の親獅子で仔獅子をやらせていただけることがうれしいです。父の親獅子に恥じない仔獅子を勤めたいです」
時折、こみ上げる思いに言葉を詰まらせながら、左近は自分の言葉で心境を語った。
松緑はこれまでに、十二世市川團十郎や五世中村富十郎の親獅子で仔獅子を勤めた。父親や祖父との共演はわなかった。いつか左近と親子で、との思いも強かったにちがいない。
松緑「その気持ちがなかったと言えば嘘になります。でもそれは僕の心情の話。お客様に1ヶ月お金をいただきお見せすることへの意識の方が強いです。また僕にとって彼は、二代目松緑さん、初代辰之助さんからの預かり物。もし2人がどこかから彼を見た時に、『一生懸命やっているな』と思ってもらえる役者に育てるのが僕の仕事です。皆様に『さすが初代辰之助の孫だ』と言っていただける子に育てたい。それだけです」
近年、左近は多様な役に挑んでいる。坂東玉三郎の『信濃路紅葉鬼揃』の鬼女、十三代目市川團十郎白猿襲名披露興行『勧進帳』で四天王の駿河次郎。松緑とも『太刀盗人』従者藤内、『祇園祭礼信仰記 金閣寺』松永鬼藤太など共演を重ね、新作歌舞伎『荒川十太夫』の大石主税も記憶に新しい。
松緑「僕は早くに父親と祖父を亡くしたこともあり、多くの先輩方に稽古していただき、たくさんの言葉をかけていただきやってきました。息子にも“〇〇なら〇〇さんに教わってきな”とよく言います。そして彼は今、(尾上)菊五郎のおにいさん、(片岡)仁左衛門のおにいさん、(坂東)玉三郎のおにいさんといった素晴らしい先輩方から、色々な言葉をいただいています。今はまだ分からないこともあるかもしれない。でも本当に大事な言葉は、意識して覚えようとしなくても心に残り、いつか分かったり、ふと思い出したりするもの。先輩方からいただく言葉が彼の中に積み重なって、彼なりの格好いい歌舞伎役者になってほしいです」
左近「僕も祖父の辰之助さん、曾祖父の二代目松緑さんが大好きです。偉大な役者だと思っています。でも僕はやっぱり父の子で、はじめて歌舞伎を格好いいと思ったのも父の歌舞伎を見た時です。父はよく自分を下げた言い方をされるのですが……僕としては、僕が憧れる現松緑さんをあまり悪く言わないほしいです」
松緑はうつむき加減に一度笑ってから、「こんなこと言うわりに、『金閣寺』で(松緑の持ち役の)松永大膳と(松緑が演じたことのない)此下東吉なら、やりたいのは東吉だって言うんです」と不満げに言う。すかさず左近が「はい、東吉です」と明るく返し、一同笑いに包まれた。
撮影終了と同時に頭をとるため床山さんとお弟子さんが駆け寄った。「彼のを先に」と松緑。

■「鳳凰祭四月大歌舞伎」は4月2日から
撮影から写真のセレクトまで無事に完了。その間、松緑は写真が大きく映し出されるモニターに一度も近寄ることがなかった。遠くからパッと見る程度。
松緑「映像のように目の前で見て良い化粧と、舞台のように離れたところから見て良い化粧は違いますよね。離れたところから見て、ある程度自分が納得できる仕上がりになっていれば、あとは自己責任だと思っています。言い出したらキリがありません。僕の場合、その先はその仕事のプロにお任せしています」
オフィシャル写真が公開された!『連獅子』仔獅子の精=尾上左近
衣裳、床山、カメラマン、デザイナー、宣伝スタッフ。その場にいた“プロ”たちに「ということで、あとはヨロシク!」と力強く声をかけて、現場を後にした。思えば左近が一人で仕上げた顔に、松緑が何かを言うことはなかった。写真のセレクトでも、「自分の写真は、まず君が選びな」とプリントの半分を左近に託し採用した。左近もまた、松緑が信頼を寄せるプロの1人なのだろう。
尾上松緑の『連獅子』親獅子の精のオフィシャル写真
松緑と左近の『連獅子』は、歌舞伎座「鳳凰祭四月大歌舞伎」の「夜の部」で4月2日から。共演は僧遍念に河原崎権十郎、僧蓮念に坂東亀蔵。仁左衛門と玉三郎が共演する『与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)』とあわせて上演される。
近日、ポスターとしてデザインされた特別ビジュアルも公開される予定!『連獅子』親獅子の精=尾上松緑、仔獅子の精=尾上左近 ⓒ松竹
取材・文・撮影=塚田史香

SPICE

SPICE(スパイス)は、音楽、クラシック、舞台、アニメ・ゲーム、イベント・レジャー、映画、アートのニュースやレポート、インタビューやコラム、動画などHOTなコンテンツをお届けするエンターテイメント特化型情報メディアです。

連載コラム

  • ランキングには出てこない、マジ聴き必至の5曲!
  • これだけはおさえたい邦楽名盤列伝!
  • これだけはおさえたい洋楽名盤列伝!
  • MUSIC SUPPORTERS
  • Key Person
  • Listener’s Voice 〜Power To The Music〜
  • Editor's Talk Session

ギャラリー

  • 〝美根〟 / 「映画の指輪のつくり方」
  • SUIREN / 『Sui彩の景色』
  • ももすももす / 『きゅうりか、猫か。』
  • Star T Rat RIKI / 「なんでもムキムキ化計画」
  • SUPER★DRAGON / 「Cooking★RAKU」
  • ゆいにしお / 「ゆいにしおのmid-20s的生活」

新着