岩渕貞太に聞く~新作ダンス 2023『
ALIEN MIRROR BALLISM』で挑む、喜び
と混乱に満ちた遭遇の場

岩渕貞太 身体地図 新作ダンス2023『ALIEN MIRROR BALLISM』!!エイリアンのミラーボール主義宣言!!が、2023年3月16日(木)~18日(土)吉祥寺シアターにて行われる。演出・振付を手がけるダンサー、振付家の岩渕貞太は、大学で演劇を専攻し、日本舞踊や舞踏も学び、数々の気鋭振付家の作品に出演。それとともに独自の身体メソッドを開発し、長年意欲的な創作活動を展開している。2012年、横浜ダンスコレクションEX 2012で『Hetero』(共同振付:関かおり)が在日フランス大使館賞受賞。『ALIEN MIRROR BALLISM』は、「ミラーボールが回る呪術の場、古今東西のエイリアンによって謡われるダンス」を掲げ、自身と個性と実力を兼ね合わせた5名のダンサーで挑む。岩渕に、来歴と2年ぶり待望の新作への意気込みを聞いた。

■創作への意欲の芽生え、「実験」を繰り返した若き日
――岩渕さんは玉川大学で演劇を専攻し、並行して日本舞踊と舞踏も学びました。ダンスの道へ進んだきっかけは何ですか?
もともとアニメ声優になりたかったんです。でも、専門学校は親に反対されて大学には行ってほしいと言われ、演劇を学べる大学に進学しました。入学後、2年生だけの公演時、舞台上で動けなくなり、セリフも話せなくなりました。自分の中で「これ以上できない」という感覚がありました。でも、表現する場にいたいと思った時、大学の授業でリトミックとかに触れました。しゃべるよりも、身体を動かす方ができるかもしれない。それでダンスをしてみようと思いました。大学の先輩にコンテンポラリーダンスをやっている楠原竜也さんがいらして情報を教わりました。
『残光』撮影:GO
――ニブロール(主宰・矢内原美邦)、伊藤キムさん、山田うんさんらの作品に出られました。そして、2005年頃から「身体の構造」「空間や音楽と身体の相互作用」に着目した創作作品を発表しています。そこに至るプロセスをお聞かせください。
最初は作品を創る気持ちはありませんでした。2005年、伊藤キム+輝く未来の『階段主義』『劇場遊園』などで出会ったダンサーたちとともに、早稲田大学の学生会館地下アトリウムを借りて「dance door vol.1」という企画をやったんです。その時「貞太も創ってみる?」と言われて、おもしろいかもしれないと思ったのが最初です。畦地亜耶加さん(現在はサシャ・ヴァルツ&ゲスツ)に出てもらい、デュエットを創ったんですね。
それから、乗越たかおさん(作家・舞踊評論家)が「シアターガイド」などで取り上げ応援してくださり、2006年に「ダンスがみたい!」批評家推薦シリーズに出る機会をいただいたんです。そうして、少しずつ創る機会が増えてきました。2008年に急な坂スタジオの「坂あがりスカラシップ」の初年度に採択してもらい、そこから本格的に自分の活動の基盤を作ろうとしました。
それまでは中途半端な気持ちというか、ダンサー気質が抜けていなかった。(パートナーで振付家、PUNCTUMUN主宰の)関かおりには「創りたい人はいっぱいいるんだから、創りたくないなら創る必要はない!」と言われました(笑)。
『斑』撮影:GO
――当初は身体にこだわりつつ、さまざまなチャレンジをやっている印象でした。
漠然と「よろこぶ身体」とか言っていました。イスラエルのバットシェバ舞踊団の肉感的な身体とかアニマルな感じ、野性的な身体に憧れていましたね。2010年くらいから、踊り自体が起こる前の身体を考えていました。それで1個1個課題をもって作品を創っていたんですよ。大谷能生さん(音楽家)とやったのは、舞台上での音と身体の関係をちゃんと考えることでした。
『斑(ふ)』(2014年初演、16年再演)は、私の内面的などうこうとか精神史とは関係なく、舞台にあるものをちゃんと使えるようになるまでの実験の集大成です。蓮沼執太さん(音楽家)とは音だけでなく音楽も含めて体をどうチューニングすることができるかを1個1個楽しみました。

『斑』撮影:GO
>(次は)舞踏のレジェンド・室伏鴻との出会いが人生を変えた!
■故・室伏鴻との出会いと、変化する距離感
――そこから新たな創作の展開を迎えるわけですね?
直接のきっかけは2015年、カンパニーに参加させてもらっていた舞踏家の室伏鴻さん(1947‐2015)が亡くなったことです。それまでは「身体ってなんだろう?」とか「身体と音ってなんだろう?」とかを統合できない状態で、分割してそれを一緒にのせるみたいな、ある意味でフラットな実験をやっていました。自分の内面がどうこうとかではなくて、身体を考えることに注視していました。それにはある程度ジレンマがあって、踊るのがあまりおもしろくなくなってきていたんですね。で、室伏さんが亡くなった時、これからはちゃんと自分の作品を創ろうと考えました。『斑(ふ)』の再演を観にきてくれた大谷さんから「これだけできるようになったなら、これからはもっと個人的なことをやろう」と言われたのも、ちょうどその頃でした。
『missinglink』撮影:GO
――2007年から15年まで、室伏作品に出演し海外ツアーにも参加されました。室伏さんは土方巽に師事し、大駱駝艦の創立メンバーで、1978年のパリ公演が画期的成功を収めるなど舞踏界のレジェンドでした。岩渕さんは室伏さんがメキシコで客死するほぼ直前まで、中村蓉さんらとともに室伏さんの舞台に出られていましたね。室伏さんからどのような薫陶を受けましたか?
室伏さんの作品ではダンサーとして踊る喜びをたくさん味合わせてもらいました。もともとダンスをしていたわけでなく、土台がないまま運動神経で頑張るみたいな感じでしたが、室伏さんの作品に出た時、身体の底から何かが湧き上がってきて、それとともに踊る感覚が生まれました。ダンサーとしては凄く充実していたけれど、それは自分の作品ではないので、自分の活動ではこういうのをやっちゃいけないと思い距離感を持っていました。
海外ツアーが多く、その時は毎晩のように飲み食いして議論をしました。室伏さんが見てきた世代の世界や芸術のことを話してくれました。アンダーグラウンドや学生運動のエネルギーの渦中にいた人と話して作品に参加できている。もっと知りたい、触れたいという思いでした。
室伏さんには「お前は何を考えてるんだ?」とよく言われ対話しました。「俺はこうだけど、お前は何を考えてるんだ?」「何をやりたいんだ?」「お前らの世代はどういうことをやっているんだ?」と。いま考えると大きなプレゼントのような時間でした。
『曙光』撮影:GO
――室伏さん没後、岩淵貞太 身体地図の公演は2017年『missing link』、19年『残光』『曙光』のダブルビル、20年『Gold Experience』と続きます。その流れを振り返っての気持ちは?
その頃、室伏さんのボキャブラリーを直接使って作品創りをしていました。どうしてもやらざるを得ない感じがありました。当時、室伏さんといた時に分からなかったこと、自分で消化しきれなかったことをやろうと考えていました。一部の方には「痛々しい」と思われていたみたいです。でも、ただ室伏さんに憧れているとか、室伏さんのものを自分のものとして「はい、できた」みたいにやろうとしたわけではないんです。とにかく作品を創ること、踊ることで、まだ未消化の部分を身をもって考えないと先に進めない感じがしました。
『Gold Experience』撮影:前澤秀登
――室伏さんから具体的にどのような影響を受けましたか?
いわゆる運動的なテクニックではありません。たとえば痙攣というボキャブラリーだと、それが何なのかをダンサーとしては考えて提示します。室伏さんは「あれは抵抗の踊りなんだ」と。室伏さんは「国家のために、この身体は使わせない」とよく言っていました。「その抵抗で無駄なことを必死にやるんだ」とか「自分ではないもの、私ではないもの、そういうものと私との衝突や摩擦が抵抗として震えを起こすんだ」と。思想とか言葉的にでなくて、実際にそうであるというのを感じるんですね。踊りって、そういうことなんです。思想であることと、踊りがあることが交じり合っている。そういう身体と思考と思想の言葉の回路が、私が踊りを創る芯になっています。当時、自分にはボキャブラリーがなかったので、室伏さんからもらった未消化なものをやって自分で立ち上げ練っていきました。
室伏さんからの影響は少しずつ変わってきている気がしています。たぶん一つのピークは前回の『Gold Experience』でしょう。自分にとって「室伏さんとは何だったのか」「何をもらって、何を消化しないといけなのか」みたいなものを、ある程度やった気がするんです。
室伏さんを引き受けつつ、それと並行して、自分の踊りを考えていました。2019年、ダンスがみたい!21「三道農楽カラク」を踊るで、打楽器の曲「サムルノリ」でソロをやった時に、久しぶりにちゃんと踊ったというか、武術とかに触れてきたことを自分の身体を通して出し、人前で踊ることができました。自分の流れもちょっとずつ出てきた気がしました。いろいろなトライをしてきて、室伏さんとの距離感は少しずつ変わっています。
『Gold Experience』撮影:前澤秀登
――とはいえ、室伏さんの肉体は不在になっても、永遠のメンターでしょうか?
そうかもしれません。室伏さんのことは勝手に引き受けているのですが、私が好きで、いいと思っているダンスが、室伏さんの死とともになくなってしまうのがもったいないと思ったんです。個人的な感情ですが、凄く嫌だったんですね。でも、室伏さんを伝承するわけでもないし、伝統舞踊でもない。むしろ「俺の踊りだ!」という世界です。それは分かっているんだけど、何を受け取れて、何を続けることができるのかと思ったんですね。そこを模索してきました。
『Gold Experience』撮影:前澤秀登
>(次は)2年ぶりの注目の新作について、大いに語る!
■「網状身体」とは何か? そして新作について語る!
――自身の活動も行う中で、基礎トレーニング方法である「網状(あみじょう)身体」を開発されました。「舞踏や武術をベースに日本人の身体と感性を生かし、生物学・脳科学等からインスパイアされた表現方法論」を標榜されていますが、いま少し詳しくお聞かせください。
作ろうと思ったのは『斑(ふ)』の時です。それまでは自分のソロ中心だったので、他のダンサーに自分の身体のことを移す方法がないと困ります。なので方法論を創ったほうがいいと当時の制作チームに言われて考えたのが網状身体です。骨があって、筋肉があってみたいな身体観ではありません。身体を伸ばすと気持ちいいじゃないですか。そうすると、回路としては全体がつながる。それで身体が動いてくるんですね。今までの筋肉=力であるというのとは別のところに行けます。武術の影響もありますし、システマとかも好きなので自分でリサーチしました。網状身体は、身体とかダンスを解析するための下地なんですね。それで室伏さんの踊りを解析したりとか、自分なりにですがバレエを解析できるなとか、そういうメソッドなんですよ。
ビジュアル:尾角典子 Noriko Okaku デザイン:鈴木成一デザイン室
――岩渕貞太 身体地図 新作ダンス2023『ALIEN MIRROR BALLISM』を創ろうと思われた動機を教えてください。
2年ぶりの新作なので、構想期間に余裕があって、タイトルも早く決まりました。影響はいろいろあります。ミュージシャンの菊地成孔さんのことがすごい好きでライブにもよく足を運んでいます。DC/PRGの「MIRROR BALLS」という曲やFINAL SPANK HAPPYの「エイリアンセックスフレンド」という曲から今回のタイトル『ALIEN MIRROR BALLISM』を考えました。それと「エイリアン」は室伏さんともつながっています。室伏さんは「日本人でもあり、アジア人でもあり、地球人でもあるけど、そうじゃなくて、俺はエイリアンの踊りを踊りたいんだ」と言っていたんです。室伏さんの使った言葉を自分がどう引き受けて、自分が何をできるんだろうということも含めて名付けました。
自分でいうのもなんですが、私は真面目なんです。今回は踊りたいし、ダンサーたちにも踊ってほしい。自分は自意識が強かったのでクラブにも行かないし、人前で踊れと言われても「嫌です」という感じでした。でも私じゃなくて体とか人間とか動物とかラインを引いていくと、みんな踊るはずなんです。人間も、動物も、生命は踊るはずだし、踊ってると思うんです。そういうことを、重く固くではなくて、ある種のダンスフロアという、どうしようもなくベタなイメージを持ってそういう場所を創ることが、次のステップかなと思ったんです。
重要なのは「深さとか重さを、浅さにどう宿すか」ということ。今までは重く深いことによって表現の強さを担保しようとしたけれど、そうでなくても信じられるようになった気がしています。別にふざけたいわけではなく、浅く軽く深いものもやれるかどうか。ただ軽薄にやりたいとか、軽いのをやりたいというのではなくて。
『ALIEN MIRROR BALLISM』リハーサル
――ダンサーは岩渕さん含め6名です。常連から初出演まで多彩ですね。
今回は6~7人でやりたいと構想しました。入手杏奈さん、北川結さん、涌田悠さんには3、4作品出てもらっているので信頼を置いています。辻田暁さんは、ここ2~3年、ゆる研という身体研究みたいな場によく来てくれています。ある種動物的な躍動感とかエネルギーを持ち、魅力的なキャラクターのダンサーです。あと男性が自分以外にもいたらいいなと考えました。中村理さんは、ワークショップ、ゆる研などで交流があります。私の身体への探求に共感し、モチベーションを持って参加してくれているので、出てもらいたいと思いました。
――スタッフの布陣も強力ですね。
音楽の額田大志さん(東京塩麹・ヌトミック)とは、STスポット横浜30周年公演で出会いました。その時、額田さんはAokidの作品に出ていました。それから吉祥寺シアターの吉祥寺ダンスLAB. vol.2『サーチ』の額田さんの回で、私をコラボレーターに指名してくれました。前回の『Gold Experience』の音楽をお願いしましたが、クリエーションが楽しかった。額田さんは演出家でもあるし、音楽家でもあるので、彼のアプローチが新鮮でした。
毎回スタッフの座組によって勝利を確信するんですけれど、今回も凄く楽しみですね。「浅さに深さを宿す」みたいなことを言っているんですけれど、美術の佐々木文美さん、衣裳の藤谷香子さんたちが、いろいろなものを宿していくのを助けてくれそうです。
『ALIEN MIRROR BALLISM』リハーサル
――ダンサーの皆さんとのクリエーションの印象は?
シーンの基になるものを一緒に考えています。あらためて「エイリアンのミラーボーリズムって何なんだろう?」「どういう身体、どういう踊りがここにあるべきなんだろう?」と。そこで、基になる素材は持ってくるけど、それがすぐにダンスになるわけではありません。トーテムのことだったり、ウィリアム・ブレイクの本を持ってきたり、いろいろなものを突っ込むんです。武術のワークをやってみたりとか、甲骨文字とか昔の漢字の基になったものを持ってきたりとかもしています。そして、それを踊りに立ち上げていく。『ALIEN MIRROR BALLISM』というのは大きな枠組みなので、たまに食み出しながらやっています。
実験をしていると、いわゆる東南アジアみたいな舞踊の動きが出てきたりします。あるシステムを作ると、そういう身体がでてくる。それをちょっと変えていくと、パラパラみたいな体が出てきたりとか、町のお祭りみたいな身体が出てきたりとかします。身体のなかにある地図とか歴史が移っていくような感覚があります。私たちの今の身体ではない身体であったりとか、ここの土地ではない土地の身体につながる回路が見つかる気がする。その回路を開いた時に、私を通して私個人の歴史を超える身体が出てきておもしろいんです。
岩渕貞太 Teita Iwabuchi  撮影:野村佐紀子
――本番への意気込みをお聞かせください。
「私たちがどういうところから始まって、どこにいこうとしているか」ということが見えてくるところがあるかなと思います。私はスタッフワークすべてを指示するのではなく、とにかく『ALIEN MIRROR BALLISM』という場を創りたい。音楽も、美術も、衣裳も、照明も、音響も何を投入していくのか話し合いをしていますが、そのなかで一つの要素に集約していくのではなく、どんどん混乱とともに広がっていくといいなと思います。そこには個人ではなく、超個人が現れるみたいな。自分自身が混乱していくとか、観ている人が混乱していく。この人なんだけど、この人ではないとか。男でもあり女でもある、女でもあり男でもあるとか。人間なんだけど植物であるとか。そういうものが現れる予感に満ちあふれています。観ている方には、楽しんで混乱する、喜びを持って混乱してしまう、そんな何かに遭遇してほしいです。
取材・文=高橋森彦

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