フェニーチェ堺から、オール堺で届け
る 喜歌劇『こうもり』~ 大阪交響楽
団 首席客演指揮者 髙橋直史、オペラ
歌手 並河寿美、桝貴志に聞く

堺を本拠に活動する大阪交響楽団と堺シティオペラが、ヨハン・シュトラウス二世の喜歌劇『こうもり』を、客席数2000席を誇るフェニーチェ堺で上演する。
指揮は今年度から大阪交響楽団の首席客演指揮者を務める髙橋直史。主役のアイゼンシュタイン役の桝貴志、その妻ロザリンデ役の並河寿美と一緒に、あんなコトやこんなコトを聞いた。

会場となるフェニーチェ堺 大ホール  写真提供:フェニーチェ堺
―― 髙橋さんは以前、ドイツの歌劇場で活躍されていました。喜歌劇「こうもり」にまつわる思い出をお聞かせください

髙橋直史 『こうもり』と言えばジルベスターのイメージがあると思いますが、とても人気がある演目で、ドイツでは年中やっています。音楽が素晴らしいですし、話も分かりやすく、適度に深みもある。指揮した回数は数えたことが無いのでわかりませんが、初めて『こうもり』を指揮した時のことはよく覚えています。予定していた指揮者が倒れたから、明日の本番を代わりに指揮して欲しいと言われて、飛び込みでやりました。本番前日のオファーですから、さすがに死ぬかと思いました(笑)。そんな刺激的な形で始まった『こうもり』との付き合いですが、今回は大阪交響楽団でポジションを頂いてから初めてとなるオペラ。大阪交響楽団と堺シティオペラ、フェニーチェ堺が一緒になって取り組む「Teatro Trinitario(テアトロ・トリニタリオ)三位一体劇場の意味」の第3回公演です。コロナの問題もあり、距離感などに注意を払いながら、今回もセミステージ形式での、原語上演です。オーケストラはステージ上で演奏しキャストは衣装を着てちょっとした動きはあります。全編ほぼカットなしで上演する予定ですので、『こうもり』をよくご存じの方でも、意外とご存知ない場面も登場すると思います。

大阪交響楽団首席客演指揮者 髙橋直史   (c)飯島隆
―― 並河さんはこのシリーズ、初回から連続出演です。今回は『こうもり』のロザリンデ役ですが、これまでやられたことはありますか。

並河寿美 これまでに4回か5回、やらせて頂いていますが、原語で歌うのは初めてです。これまでは、自分の年齢より常に大人の役だったのが、今回初めて同じ目線で歌うことになり、新鮮な気持ちで臨んでいます。一番直近のロザリンデとしては、10年くらい前になるでしょうか。その頃と比べてスキル的には上達していますが、体力的には少し心配です。喉のスタミナよりも体のスタミナを意識して、等身大のロザリンデを演じたいと思っています。
オペラ歌手(ソプラノ) 並河寿美   写真提供:堺シティオペラ
―― 桝さんもこのシリーズは初回から3連続の出演ですね。これまでにアイゼンシュタイン役をやられた事はありますか。
桝貴志 アイゼンシュタインを歌わせて頂く機会は多いですよ。ファルケ役もありますが、僕はアイゼンシュタインの方が多いです。オペレッタということもあり、親しみやすく日本語で歌うケースが多いのですが、新国立劇場や小澤塾では、原語での取り組みでした。アイゼンシュタイン役はテナーとしては低く、バリトンとすれば高い声です。僕はハイバリトンなので、ぴったりです。アイゼンシュタインは40代中ごろの設定でしょうか。だんだん実年齢に近づいてきました(笑)。
オペラ歌手(バリトン) 桝貴志   写真提供:堺シティオペラ
―― 現在、空前のミュージカルブームだそうです。長らくスター不在だった所に、井上芳雄さんや山崎育三郎さんといった人気者が登場。チケットも売れているそうです。ミュージカルがウケるなら、オペラはもっと受け入れられてもイイはずなのでは、なんて思うのですが、そのあたり、桝さんはどう思われますか。
桝 僕はニューヨークに留学していたのでミュージカルは、よく観ましたし大好きです。アメリカではメトロポリタン歌劇場に出演している歌手がブロードウェイのミュージカルに出演するケースなんて、沢山ありますよ。プラシド・ドミンゴトーマス・ハンプソンもブロードウェイで歌っています。最近は『オペラ座の怪人』をやるために音楽大学に入学する人も多いと聞きます。井上芳雄さんもミュージカルをやりたいと思って東京藝大に入って、発声法を学んでミュージカルの世界に飛び込んでいったそうです。私が大好きで目標にしている歌手に立川澄人さんがおられます。テレビでも1970年代を中心に大変な人気で、大活躍されていました。立川さんはオペレッタを大衆に普及された方だです。ご自身は『王様と私』にも出演されていました。このようにオペラとミュージカルの距離は決して遠くないと思うので、比較的ミュージカルに近いオペレッタ「こうもり」あたりから聴いてみてほしいです。

第1回「Teatro Trinitario」より 中央で歌唱する舛貴志(2020.9 フェニーチェ堺 大ホール)   写真提供:堺シティオペラ
並河 男性の歌い方と女性の歌い方は違うので、私にはオペラとミュージカルの両方に出演するといった話は理解できません。ミュージカルはマイクを通すことが前提の発声法ですが、私たちはマイクを通す歌い方をやっていません。男性は地声を使って歌うのでマイクを使っても特に問題ないかもしれませんが、女性は地声の音域が狭く、裏声を使うやり方で歌っているので、マイクを使うのは無理ですね。オペラはマイクを使わずに劇場の隅々まで声を届けなければなりません。人間の体の機能を鍛え、発声法を学び、歌唱訓練を重ねると、これだけのことが出来るようになるという事を、オペラの魅力の一つとしてお聞かせしたいと思っています。
オペラ歌手(ソプラノ) 並河寿美    (c)H.isojima

―― 並河さんはお風呂で鼻歌を歌う時でも、体の使い方などを意識されるのでしょうか。
並河 お風呂で鼻歌ですか⁈ 鼻歌はお腹を使ってとかは思わないですが(笑)、カラオケは完全に体を意識してしまいます。私にとってカラオケはリラックスできる類のものではありません。自分の声で扱える範囲の曲しか歌えません。ミュージカルナンバーだと、『レ・ミゼラブル』のファンティーヌの歌う「I Dreamed A Dream」はレパートリーです。オペラとミュージカルは別物だと私は思っています。その中にあって、オペレッタは比較的ミュージカルに近いかもしれませんね。今回の『こうもり』ならミュージカルとそれほど違和感なく、身近に感じて頂けるかもしれません。
トゥーランドット役 並河寿美 歌劇「トゥーランドット」(2021.12 フェニーチェ堺 大ホール)  写真提供:堺シティオペラ
髙橋 ヨーロッパではミュージカルもやりましたよ。劇場として雇える歌手の数が減ってきていることもあって、男性では色々なジャンルを歌える歌手がもてはやされる傾向にあるように思います。しかし、マイクを通してでは、倍音がたくさん入った本当に美しい声や楽器の音は伝わりません。やはりライブで聴いて頂いてこそのオペラやオペレッタです。今回の『こうもり』はミュージカルファンの皆様にも観て頂きたいです。
大阪響コーラス・阪シティオペラ記念合唱団を指導する髙橋直史    (c)H.isojima
―― オペラにとって大切なのは指揮者か演出家か。どちらが大切でしょうか。
髙橋 オペラで一番大切なのは歌手です。指揮者も演出家も黒子にまわるべきです。最近の傾向として、演出家が音楽家ではないケースが多く見受けられます。楽譜はもちろん共通言語として読めるに越したことはありませんが、仮に読めなくても何とかなるとは思います。いちばん大切なのは、音楽を感じられるかどうかです。譜面が読めても、ピアノが弾けても、音楽が何を語っているのかを感じられなかったら、その人はオペラに触れるべきでは無いと思います。
大阪交響楽団   (c)飯島隆
桝 演劇畑出身の演出の方にありがちなのは、音楽に関係なく自分のイメージで動きを付けて歌わせるケース。その動きで歌うのは声も乱れて無理があるだろうと思うのですが、前にミュージカルやった時には出来たという、意味のない根拠。ミュージカルにはマイクがあるけれど、オペラにはないのですよって(笑)。さすがに、そのことに気づいていないような演出家には、はっきりと言った方がよい場合もありますね。

オペラ歌手(バリトン) 桝貴志    (c)H.isojima
並河 演出家によって、こういう態勢で歌って欲しいのですが、歌う上で厳しければ別の方法を考えますよ的な言われ方をすると、俄然、「やってやろうじゃない!」と望まれるままにやりたくなってしまう(笑)。私の性格を見透かされているのかしらと思いつつ、自分の首を絞めるケースもありますね。

―― 今回はセミステージなので演出ではなくステージングという事ですが、大活躍中の岩田達宗さんが当たられます。堺シティオペラの坂口理事長、キャストや見どころなどを教えて頂けますか。
坂口茉里 アイゼンシュタインの桝貴志さん、その妻ロザリンデの並河寿美さん以外にも、豪華な歌手が集まってくださいました。ファルケ役に福嶋勲さん、アデーレ役に宮地江奈さん。他にも西村菜月さん、村松稔之さん、川崎慎一郎さん、松原友さん、片桐直樹さん。そして意外なところでは、看守フロッシュ役で狂言の茂山千三郎さんにもご出演頂きます。そして、二幕の仮装パーティの場面では、パーティの客人として福原寿美枝さんと藤田卓也さんにご登場いただき、素敵な歌を披露してもらいます。 
オペラ歌手(バリトン) 福嶋勲   写真提供:堺シティオペラ

オペラ歌手(ソプラノ) 宮地江奈   写真提供:堺シティオペラ

狂言師 茂山千三郎   写真提供:堺シティオペラ

オペラ歌手(メゾソプラノ) 福原寿美枝   写真提供:堺シティオペラ

オペラ歌手(テノール) 藤田卓也   写真提供:堺シティオペラ
―― 素晴らしいキャストが並びました。堺シティオペラとして、今回が3度目となる「Teatro Trinitario」を開催する意義を教えてください。
坂口 私たち堺シティオペラは「堺から世界へ」を合言葉に、皆さまに豊かな心と笑顔をお届けし、文化芸術を通した街づくりを目指しています。貿易の門戸を開くことで始まった自由都市堺に根差した活動をしている文化団体として、同じく堺を本拠として活動している大阪交響楽団と一緒に、堺が世界に誇るフェニーチェ堺からお贈りするこの舞台は、大切な活動なのです。文化団体としては、クラシック音楽やオペラが好きな方達だけを対象として捉えるのではなく、文学ファンにも美術ファンにも、歴史ファンにも楽しんでもらえる素材を選ぶ必要があります。一方で、オペラ団体ではないので、所属の団員だけを使うのではなく、今回のように広く優秀なキャストを集めることが出来、そこは魅力です。定期演奏会では、前回のドニゼッティ『愛の妙薬』もやれば、『卒塔婆小町』や『赤い陣羽織』を能楽堂でやる事もありますし、青島広志さんが作曲した三島由紀夫さんの『黒蜥蜴』を上演することもあります。広い層に支持される魅力的な作品選びも、他のオペラ団体との違いだと思います。
堺シティオペラ第34回定期公演 ヴェルディ「アイーダ」(2020.1 フェニーチェ堺 大ホール)   写真提供:堺シティオペラ

堺シティオペラ特別公演 「赤い陣羽織」(2022.5 大槻能楽堂)   写真提供:堺シティオペラ
髙橋 ヨーロッパでは、街とオーケストラと劇場の関係は切っても切れないものです。23年度シーズンから大阪交響楽団も、フェニーチェ堺を演奏会場とした名曲コンサートが新たに誕生します。堺の人達に「私の街のオーケストラ」と親しみを持ってもらい、誰からも愛されるオーケストラになっていきたいですね。

―― 最後に、皆様からメッセージをお願いします。
桝貴志、並河寿美、坂口茉里 堺シティオペラ理事長、高橋直史、赤穂正秀 大阪響事務局長(左より)    (c)H.isojima
桝 『こうもり』は、初めてオペレッタを観る方にとっては打って付けの作品だと思います。今回は日本語ではなくドイツ語上演ですが、ちゃんと字幕が出るので大丈夫。映画を見るような感じです。私たち歌手にとっては原語の方が歌いやすいので、お楽しみ頂けるはずです。ミュージカルファンが、オペレッタ『こうもり』からオペラの世界に入り込むキッカケになればいいのですが。
並河 素晴らしいメンバーが揃いました。稽古もとても刺激的です。ミュージカルファンの皆様にもオーケストラや歌手による、生の音楽の贅沢感を楽しんで頂きたいです。ショッピングでも行くくらいの軽い気持ちでお越しください。今回は、通常のオペラとは違い、舞台上にオーケストラが在ります。髙橋マエストロを中心に、みんなで音楽を作っている一体感もぜひご覧ください。

坂口 この出演者でこの入場料は、絶対にお得なコンサートだと思って頂けるはずです。客席2000人収容の大きなフェニーチェ堺に鳴り響く音楽をお楽しみください。チケットをお求めの方は、どうぞお急ぎください。
髙橋 今回はオーケストラが舞台上にいるので、歌手との共同作業を見ていただけます。オーケストラが歌手の伴奏ではないことが、一目瞭然で分かっていただけるはず(笑)。歌手がアリアと言われる大切なソロを歌うところなどは、時間が止まったように感じると思います。そういう時間の流れ方も、オペラやオペレッタ特有です。生音でしか感じることが出来ない、倍音の響きをたくさん感じていただきたいです。
赤穂正秀(大阪交響楽団 事務局長) 大阪交響楽団は、歌心溢れたオーケストラです。堺シティオペラと一緒に、オール堺でお届けする喜歌劇『こうもり』にご期待ください! この6月からは、フェニーチェ堺を会場とした「フェニーチェ堺名曲シリーズ」も始まります。指揮は常任指揮者の山下一史さん。初回はヴァイオリニストの南紫音さんを招いて、サン=サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番と、ベルリオーズの幻想交響曲です。チケットの一般発売は3月18日から始まります。そちらの公演も併せまして、フェニーチェ堺で皆様のご来場をお待ちしています。

2021年度大阪文化祭賞を受賞した前回公演、歌劇「トゥーランドット」(2021.12 フェニーチェ堺 大ホール)   写真提供:堺シティオペラ
最後に、ステージングを担当する演出家 岩田達宗からメッセージが届いたのご覧いただこう。
岩田達宗 『こうもり』は今を遡る150年前のウィーンを舞台にしている。その時代背景にあるのはバブル経済の崩壊による市民生活の逼迫、滅亡に向かっていくハプスブルク帝国やロシア帝国といったこれまでの権威の失墜と没落、戦争と軍拡による生存の危機、砕け散った市民革命の夢、といったどん詰まりの社会状況だ。これは今の世界の状況、なによりも日本の状況と瓜二つではないか。かつてはJapan as Nr 1と言われ経済、科学技術、文化において世界をリードする地位を築いた日本。その経済はバブルの崩壊以来、半世紀近く立ち直ることはおろか、下降し続けている。科学技術の分野でも世界をリードしたのは今は昔、あらゆる分野で世界の後塵を拝するに至った。そして、なんの有効な手段も、理念も持たないまま戦争と軍備が拡大していく世界情勢の中で生存の危機に晒されている。奇跡の高度経済成長を成し遂げたJapan as Nr1 は既に砕け散ったのだ。
今の日本と同じ世相を背景に、それをアイロニカルに笑い飛ばしたのが『こうもり』というオペレッタだ。どん詰まりの絶望的な状況にあって、それを笑いと美しい音楽に変えるのが人間。そんな人間の底力を感じさせるのがこのオペレッタだ。このオペレッタの登場人物たちの未来も決して明るくない。破産して投獄されたアイゼンシュタインとロザリンデの明日は真っ暗だし、これだけのスキャンダルを起こしたフランクやフロッシュの首は心配でならない。故郷ロシアにやがて社会主義革命の嵐が吹き荒れることになるオルロフスキー達には悲劇的な運命が待っているし、彼に庇護を受けることになったアデーレは大丈夫だろうか…。しかし彼らは元気に生きていくだろう。彼らにはどん詰まりの絶望的な状況の中で笑い、歌い、踊るバイタリティがある。きっと逞しく、狡賢く、みっともなく生き抜いていくに違いない。このオペレッタはそんな生命力に満ちている。この曲が150年間も絶えることなく世界のあらゆる国で愛されてきたのは、今の日本に限らず世界のあらゆる地域がずっとどん詰まりであり続けたからだろう。どん詰まりの状況の中で暗い顔をして下を向くのではなく、笑いながら素敵な音楽に乗って踊ろうじゃないか。どうぞ皆さんもお楽しみ頂けますように。
演出家 岩田達宗  写真提供:堺シティオペラ
取材・文=磯島浩彰

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