これが奥井雅美の歩んできた道のり!
 デビュー30周年記念ベストアルバム
『Mas“ami Okui”terpiece』インタ
ビュー

アニメソングの歴史の中に燦然とその名を輝かせるアーティスト・奥井雅美。そのキャリアを一つの形にした、デビュー30周年記念ベストアルバム『Mas“ami Okui”terpiece』が3月8日にリリースされることとなった。まだ“アニメソング”という言葉がない頃から活動をスタートし、数々の名曲で後続のアーティストにも多大なる影響を与えてきた。SPICEでは今回、その30年間の歩みを時間の許す限り訊いた。語られる、その活動の裏にある迷いと葛藤の日々。是非ともアーティスト・奥井雅美の軌跡を確認してほしい。

■バックコーラスのお誘いを受け上京
――デビュー30周年ということで、今回は奥井さんがこれまで辿ってきた足跡について伺えればと思っています。まずはデビューのきっかけからお聞きしたいのですが。
デビューの話をするとなると、上京したところから話した方が良さそうですね。
――差し支えなければお願いしたいです。
まず私が上京するきっかけとなったのはバックコーラスやミュージシャンの事務所があって、そこのオーディションを受けたことなのですが、そのオーディション後に『斉藤由貴さんのコーラスに欠員が出たのでやりませんか?』と電話をもらいまして、そのまま上京しました。そして、しばらくして「とんねるず」さんのコーラスをやるかも?みたいなお話をいただいたんですね。なんというか仮押さえみたいな感じかな?でも、そのまま待てど暮らせどお声がけがなくて……。
――どうしてまたそんなことに……?
私も理由はわからないんですけどね、とにかく「ちょっと待って」と言われるばかり。その状況でもなんとか食い繋がなきゃいけなくて、当時もういろんな人に「仕事くださいよ!」って話をしてたんです。その時に話をした人の一人が「原田知世」さんの現場でお世話になった本間昭光さんで、本間さんが後に私の最初のプロデューサーとなる矢吹俊郎さんを紹介してくださったんです。それでwinkのコーラスに参加することになり、それから矢吹さんや本間さんと一緒あれこれお仕事するようになりました。
――最初はどういった仕事だったのでしょうか?
当時、矢吹さんがアニメの音楽プロデュースチーム·Vinkというユニットなどもやられてて。本間さんも所属してる事務所をされてたんです。そこでちょくちょく(コーラスなど)お声がけしてもらうようになって。おかげでやっと食べていける目処がつきました。あ!ちなみにとんねるずさんのコーラスはwinkのコーラスリハが始まる頃に「とんねるずのコーラスの件なんだけど~」って連絡もらいました(笑)。でも、「(タイミング的に)あ、もう無理です」ってお断りすることになって(オーディション受けたバックコーラス事務所さんに)憤慨されてしまいました。
――食べていくことを考えたら当然の決断ですね。
そうでしょ! 私にも生活があるわけですから、いつまでもは待てませんからね!
私が矢吹さん達とお仕事するようになった頃、林原めぐみさんの勢いがとにかくすごかったんですよ。みなさん、Vinkというユニットや個人で林原さんの楽曲制作やその他キャラソンなどをやられてました。私自身も林原さんの仮歌を歌ったり、コーラスを入れたりってことをしていましたね。色々歌っていくうちに、たまたま、偉い人が「あんたも一曲歌うかい?」と誘ってくださって、それで歌ったのが今回のアルバムの一曲目「誰よりもずっと…」(1993年発売のOVA『ふぁんたじあ』主題歌)なんです。
――そんな一曲歌える、というお話があった時のお気持ちっていかがでしたか?
嬉しかったですね! この時は後のこととか全く考えていない状態で、ただただ歌手デビューできたことが嬉しくて仕方がなかったです。ただ、その後のことが決まっていたわけではないので、単発のアルバイトみたいな感じで受けたのも事実でした。
――この時はまだ、以後アニメ主題歌を多く歌うことになるとは思っていなかった?
そうなんですよ。まだ当時は“アニメソング”という言葉も存在しないような時代だったと思うのですが、私自身、アニメにそんな詳しいわけでもなかったので、「アニメの主題歌って言ったら堀江美都子さんみたいな感じで歌えばいいのかな?」なんてことを思いながら歌いました。なので歌唱スタイルが他の曲と違っていて、どちらかというと丁寧できっちりした歌い方になっているんです(笑)。
――初期はアニメが特別好きというわけではなかった、というのは驚きです。
もちろん子供時代に人並みに見てはいました。世代的にはやはり『キャンディ·キャンディ』や『デビルマン』が好きだったし、主題歌のレコードも持っていました。でもその頃は「アニメ主題歌を歌いたい!」といった情熱があったわけでもなかったんですよ。当時多分“アニメソング”という言葉すらなかったように思いますしね。そういうお仕事があるのも知らなかったです。自分が「アニメ主題歌を歌うアーティストなんだ」という意志を持ち始めたのはもっと後で、ファーストアルバム『Gyuu』を作り始めたぐらいじゃないかな?
――その当時、周囲のアニメソングアーティストを見る目はどういったものだったのでしょう?
まだアニメソングがジャンルとして確立していないわけですから、周囲からは“何をやっているのかよくわからない”そんな扱いをされていたような……。音楽誌の方にインタビューしてもらっても「君はジャンルでいうと何をやっているの?」とか普通に言われていたし、周囲のミュージシャンからは「マンガの歌やっているんだ(笑)」みたいな、ちょっと小バカにしたようなことを当たり前のように言われていたような記憶があります。
――ご本人に向かって直接、ですか!?
もう全然言われてましたよ!有名アーティストばかりに関わってるミュージシャンが多かったので「奥井がやっているのはマンガの歌なんだ(笑)」みたいなことを言ってくる先輩とか普通にいました。今からは想像つかないほどアニメソングって地位の低い音楽だと思われていましたからね。
■自分なりのやり方でアニメソングの作り方を模索していった
――先ほどファーストアルバム『Gyuu』の話もありました。同時期にはアニメ『スレイヤーズ』シリーズの主題歌も担当されますね。
今回のアルバムに収録されている曲で言うと「邪魔はさせない」、「Get along」が『スレイヤーズ』シリーズの主題歌として使っていただいた曲ですね。先ほどお話した通り、当時の林原めぐみさんの人気はとにかくすごくて、そんな人が主役を務めるアニメの主題歌を歌う、加えて「Get along」では林原さんとデュエットすることにもなって。林原さんと「10枚売れたら焼肉行こうね!」って話してましたね。正直なところ「これは売れるな」って思ったし、実際に売れました(笑)。本当にありがたかったです。
――ちょうどこの頃から奥井さんらしい楽曲のあり方も固まってきたように思います。
そうですね。私が歌うならロック色もある16ビートのダンスミュージックがいい、そんなところに行き着いたのがちょうどこの頃でした。デビューから同じチームで楽曲制作やアレンジをしてきて、矢吹さんも歌謡ロックだったり、当時のJ-POPなどすごく好きだったので、もうここは一貫していこうという話になりましたね。
――ほぼ同時期には作詞もご自身で行うようになっていますね。
もともと作詞はデビュー前からやっていたんですが、それに改めて挑戦したのがこの頃で。キングレコードの偉い人が私達のチームに制作を全て任せてくれるようになり、私自身やりたいと思えばすぐに作詞に挑戦できる環境だったんです。それで、やっぱり歌うなら自分が作詞した方がいい、その方が歌詞に気持ちを乗せやすいと思って作詞をスタートしました。
――作詞は以前から経験があったんですね。ではアニメ主題歌独特の作詞の難しさはありましたか?
あんまりなかったように思います。制約もほとんどなく全て任せていただいて、本当に好きにやらせてもらっていました。だからそんなに行き詰まるということもなかったです。アニメのタイトルや必殺技の名前を入れた作詞をしなければいけないとなったら苦戦しただろうと思いますけど…。そういう制約もなかったですから、私なりのやり方で色々と創意工夫できたんだと思います。
――具体的に工夫したポイントとはどのようなところなのでしょう?
今ではみんな当たり前にやっていることだと思いますけど、まずは作詞する前にもらえる資料はもらって目を通す。その上でそのアニメの内容や登場人物のキャラクター性を歌に込める、という感じです。例えば『スレイヤーズ』の主題歌だったら、主人公のリナ·インバースのパワフルで強い、でも可愛らしさもあるキャラクター性は歌の中に入れる。一方で、アニメから離れても楽しめるように、普段の生活の中でも共感できるような歌詞を書くということにこだわりました。
――奥井さんのアニメソング作詞の方法論って、現在のアニメソングではスタンダードな考え方というか方法論になっていますよね。
そうだったら光栄ですね。とは言え、そうなったのも偶然な気がするんですよ。何せ私の先輩にあたる“女性アニメソングシンガー”と言われる人って多分ですが堀江美都子さんで、間がいないんです。今のようなシンガーソングライター的なアニソンシンガーもいなかったように思いますし、作品を理解してソングライティングや作詞をする、というのは必然的に生まれたもので、たまたま私のやり方がスタンダードになった、みたいな感じなんじゃないでしょうか。
■キングレコードでの絶頂期、その中で感じていたモヤモヤ
――その後、ご自身の代表曲とも言える「輪舞-revolution」(TVアニメ『少女革命ウテナ』主題歌、1997年放送)をリリースされます。複雑な内容のアニメにうまくマッチした楽曲だと感じていたのですが。
この曲がアニメとうまくマッチしたのは、正直なところ偶然です(笑)。何せこの曲、作詞の時点では資料が全然出揃ってなくて……。いくつか入れてほしいワードの指定はいただいていたので、なんとかそういったものを組み合わせてそれを基に作詞した感じです。作詞した時とか二人の女の子を中心に話が進んでいくってことも知らなかったですから。
――そんな状況だったとは……。
なので放送始まってから歌詞とアニメの内容がピッタリで、むしろ私がびっくりしたぐらいです(笑)。
――この頃、1990年代後半にはアニメソングも一つのジャンルとして認知された頃なのではないでしょうか?
そうですね、アニメソングがオリコンの順位の上位に食い込むようになって、世の中が「アニメの主題歌って人気があるらしい」となんとなく気づき出したぐらいの時期でした。声優さんのコンサートもあちこちで開催されるようになったりして、私自身もオリコンさんで特集組んでもらえるようになりました。初めて特集組んでもらった時のオリコンは今でも家に飾ってあります。
――「マンガの歌でしょ(笑)」みたいに言われることも無くなった?
無くなったどころか、「マンガの歌でしょ(笑)」みたいなことを言ってきた人が気づいたらアニメソングの世界に参入とかしてね、その結果一緒に仕事したりするわけですよ。デビュー当時とは随分世の中変わってきたな、なんて思っていました(笑)。
――認識が変わることでレコーディングの環境も変わった?
結構変わりました。それこそレコーディングでアメリカに行かせていただいて、TOTOのスティーヴ·ルカサーさんやMr.BIGのビリー·シーンさんに演奏をお願いしてレコーディングもしてもらっていました。そんな勢いの全盛期制作したのが、「shuffle」(TVアニメ『遊☆戯☆王デュエルモンスターズ』オープニングテーマ)あたりでしたね。
――「shuffle」はキングレコード期の楽曲の中ではサウンド感が他と異なるのを感じたのですが。
これは矢吹さんが、タイアップが当時人気あった『遊☆戯☆王デュエルモンスターズ』の主題歌だから、いつも以上に気合い入れて作った結果できたものって感じですね。それこそ海外の一流スタジオミュージシャンの方にお願いするならこういう曲がいいだろう、なんてことを考えていたんじゃないかな?
――作曲の矢吹さんの中で、特別感がある作品だったということですね。本楽曲を歌うことになったのはどういった経緯だったのでしょう?
なんか偶然回ってきたって感じでした(笑)。この作品、オトナ事情だと思うんですが、主題歌を担当するレコード会社が結構変わったりしてて、その流れでキングレコードさんに回ってきたのかな?その時に「奥井チームだったら間違いないもの作るだろう」ぐらいの感じでお願いされたんですよ。
――「shuffle」を経て、次に収録されている「DEPORTATION~but, never too late~」はアニメタイアップのない楽曲となっています。
「shuffle」を歌ったころ、諸事情で一度アニメソングを歌いたくなくなっちゃったんです。なんならもう歌手を引退しようかな、ぐらいの気持ちにもなっていました。それで、これまでプロデュースをしてくれていた矢吹さんの元を離れて出したのがこの曲。もう全面的にイメージチェンジを図りたくて名義も“奥井雅美”ではなく“masami okui”にしてるんですよね。
――かなり悩まれていた時期だったと。
そう、なんというか現状に色々不満が溜まっていたり、話せないことも含めて(苦笑)。制作チームの体制だとか、リリースペースが多すぎることとか、もういろんな理由が相まって……。それで一度クリアにして曲を作りたいと思って出したのがこの曲なんです。
――そうなると制作方法もそれまでの楽曲とは変えられたのですか?
当時私の楽曲は全てPro Tools(音源制作用のソフトウェア)を使って制作していたのですが、それもここでは使っていない。もうバンド全員で一つのスタジオに集まって、みんなで一斉にレコーディングしましたね。
――そんなアニメタイアップのない「DEPORTATION~but, never too late~」ですが、歌詞にはどのようなメッセージを込めたのでしょうか?
この曲のメッセージを一言で表現すると「初心忘れるべからず」といったところです。私自身、この曲を出す直前までかなり勢いに乗っていた時期でしたから、自分にも、一緒に活動してきた仲間にも、一回初心に戻る必要を感じていました。それを、アニメタイアップがないこの曲で、本心として歌詞に込めました。
奥井雅美
■最初は積極的ではなかったJAM Projectへの参加だったが……
――Disc2収録楽曲は、奥井さんがキングレコードから独立し、evolutionというレーベルで活動していた時の楽曲が中心になります。
まず、矢吹さんのところを離れて個人事務所的なのを作って活動をしていました。本当は個人名義のままでもいいと思っていたんですけど、そうすると大きいお金を動かすのに色々と困ることが出てくるんですね。私たちアーティストの場合、作曲やアレンジをお願いするのに大きなお金を動かさなきゃいけないこともあるので、キングさんから事務所を設立するよう言われまして。その後、数年キングさんでお世話になりますが“とある事情”により急にキングさんを離れることになり、その時に当時のドワンゴさんの偉い方に『レーベルやったらどうですか?』と提案していただき、evolutionを立ち上げました。ちょうどDisc2の1曲目に収録されている「Olive」は、evolution立ち上げの記者発表をする時に披露するために作った曲です。
――新しいスタートに向けて作った曲ということですね。歌詞にはどういったメッセージを込めたのでしょう?
この曲で歌ったのは未来への希望。オリーブの果実って収穫した時は食べることができない、そこから加工して初めて私たちが食べられるあの美味しい果実になるんですよ。まだ立ち上げたばかりのevolutionも、これから加工していくことで美味しい果実になるといい、そんな想いを込めて歌っています。
――奥井さん自身、この時期にはevolution立ち上げ以外にも多くのプロジェクトに関わることとなりますね。
そうなんですよ、『Animelo Summer Live』に関わらせていただいたり、JAM Projectにはキングさんを離れる前からの参加なのですが、並行してあれこれ忙しく、初めてのことも多くてすごく楽しかったけど、その分大変な時期でした。「アニメソングはもうやらない」と過去に言いましたが、結局アニメソングにどっぷりっていう(笑)。
――アニメソングの世界に戻ろうと思ったのはどういった理由からだったのでしょう?
しばらくアニメソングから離れて、人間関係など落ち着いてきたのもあるし、アニメソングとそうじゃない楽曲の違いが自分自身の中でなくなったというか、隔たりがなくなってきたような感覚になりまして。これはキングレコード時代なのですが、偉い人の提案で『マサミコブシ』(2003年リリース)というアニメソングのカバーアルバムを出させていただくことになり、JAM Projectからお誘いを受けて加入するにいたり、みたいな。
――JAM Projectからお誘いを受けた時はどんなお気持ちでしたか?
正直に言うと「あんな濃いメンバーがいるところには入りたくない!」というのが第一印象でした(笑)。だって私、今までJAM Projectのみなさんが歌ってきたような熱い曲を歌ってきてなかったんですよ。ボーカルスタイルも合わないし、あと当時のJAM Projectってもっとなんというか……テレビにも出てたし、芸能人っぽいイメージで……。
――あまり積極的に加入しようとは思っていなかったんですね……。
そうなんです。その一方で、私が影山ヒロノブさんが所属していたバンド·レイジーの大ファンだったこともあってちょっと興味もありました……それで加入の可否はかなり悩んだんですが詳しく話を聞かせていただくことにしたら、どうやら私と一緒に福山芳樹さんが入ってくるらしいとか、チームの運営体制が変わるとか、色々とJAM Projectも変化を模索しているタイミングだと聞いて。それなら、ただメンバーとして参加するのではなく、これまで私がアニソンシンガーとして培ってきたノウハウも投入してみたら面白いかもしれない、なんて思ったんです。
――実際に奥井さんが投入したノウハウはどういったものだったのでしょうか?
例えばライブにおける衣装やメイクのあり方です。加入した時にびっくりしたのがJAM Projectって、地方公演のライブハウスにもメイクさんが同伴でした。それって流石にコストかかりすぎだと思ったんです。話して良いのかわかりませんが、コーラスでお世話になっていた松任谷由実さんは当時地方公演では自分でメイクされてたので、そういうことをお伝えしました。あとはコーラス出身なのでレコーディング時のコーラスの歌い方とか?ですかね(笑)。
――そんなJAM Projectに参加したことで、やはり奥井さん自身にも変化があったのでしょうか?
まず変わったのは首の太さ(笑)。すごい声量の人たちと一緒に活動していたら自然と筋肉がついちゃって……。あとは友達が増えましたね。これまで自分のチームの周りにしか知り合いがいなかった私に、アニメソング業界の新しい知り合いがたくさんできました。その繋がりでevolutionが中心で始めた『Animelo Summer Live』の第一回目には仲の良いアーティストさんなども出演者としてお声がけさせていただいたり。今にして思えばJAM Projectに参加したのは大正解だったと思います。
■人と人が助け合う世の中であってほしい、そのメッセージを込めた「Flower」
――改めてDisc2収録楽曲についてお聞きするのですが、JAM Projectはじめ、色々なことが同時進行で進んでいる時期だと思うのですが、ソロではどんな音楽をやろうと思っていたのでしょうか?
まず考えたのが、キングレコードや最初のチームではやらなかった楽曲に挑戦しようということです。それで一緒に制作することになったのがmontaさんや鈴木 Daichi 秀行さん、彼らが作る楽曲ってエレクトリックで、かつ音の作りがシンプルなんですよね。そこが矢吹さんとは全然違って、歌ってみてすごく刺激的でした。
――新しいことをやっているからこその刺激があったと。
ありましたね。楽曲の雰囲気も新しかった上に、この頃には海外でのソロ公演もやるようになって、もうとにかく新しい刺激がどんどん入ってくる時期でした。そこに先ほどお話しした『Animelo Summer Live』への参画があり、JAM Projectの活動も本格化して、充実している反面結構大変でしたね……。大変すぎてあんまり細かいことは覚えてないぐらいです。体調も崩し気味でしたしね(苦笑)。
――本当にお疲れ様です……。Disc2について、今回アルバム曲である「Flower」を収録しようと思った理由をお聞きしたかったのですが。
この曲は、ファンの方からもすごく人気があると同時に、私が最も歌いたいメッセージが込められているんですよね。それで収録することにしました。
――最も歌いたかったメッセージというのは?
世の中って困っている人がいても見て見ぬ振りをする人が多い。手を差し伸べる人ってすごく少ないと思うんです。そういう風潮に流されず、自分は困っている人になるべく寄り添うようにしているけれど、時々余裕がなくそうできなかったりもします。でも、人と人が助け合える世界を作るためには、誰もが寄り添える努力をすることが大切で、まずは誰もが自分から進んで困っている人に手を差し伸べられるようになって欲しい……そんな想いを歌詞に込めています。
――世界で困っている人が多い今だから聴いてほしい曲ですね。
そうなんですよ。自粛期間にはYouTubeで弾き語り動画をあげているので、よければそっちも聴いてもらえればと思います。
奥井雅美「Flower」弾き語り
■私の楽曲を聴いて育った人から歌をお願いされるようになった
――ここから2010年以降リリースされた楽曲についてお聞きできればと思います。
もうこの時期になるとアニメソングシンガーさんも増えてきているし、私もお姉さんになってきている。もう頼まれればなんでも歌いますよってスタンスになっていましたよね。私の楽曲を聴いて育った人が制作サイドになって、それで依頼していただいたり、クリエイターとして共に作品を作ったり、ということも起こるようになりました。
――収録曲順的に言うと、最初にくるのがDisc2のラスト「宝箱 -TREASURE BOX-」ですね。
これこそまさに、私の曲を聴いてくれていた草野華余子さんが作曲を担当してくれている。草野さんはもともとすごくアニメが好きで、私の曲もずっと聴いてくださってきたらしいんですよね。今や超売れっ子の草野さんが自分の曲を聴いて育ったと思うと、すごく嬉しい反面、ちょっと恐れ多いです……(笑)。
――その後の楽曲を見てもかなり多くの方が名を連ねています。新しい刺激もあったのでは?
本当に刺激的な時期でした。結構、これまで限られた人とばかり楽曲制作をしていることが多かったので、やっぱり新しい方と仕事すると発見もあるな、そう思いながらの制作でした。
――Disc3後半には『牙狼〈GARO〉』シリーズの楽曲も多く収録されていますね。
『牙狼〈GARO〉』シリーズってすごく好きなんですよ。世界観が私の価値観にしっくりくる。それで歌詞もすごく書きやすいんです。『牙狼〈GARO〉』シリーズって“ホラー”という、簡単に言えば悪者が出てきて、彼らは人の邪な心に寄生して悪さを働くんです。その世界観ってすごくわかる、私たちの生きている世界をすごく端的にあらわしている気がしていますから。
――JAM Projectとしても『牙狼〈GARO〉』シリーズの曲の多くを奥井さんが作詞をされています。ソロだと作詞方法に違いはありますか?
JAM Projectで歌うと歌詞の中に「牙狼」って言葉を入れることが多いんですよ。ただ、ソロだとそういう制約もないので、割と好きなように作詞ができる感じはします。女性だし少し色っぽくもできますし。おかげでじっくり世界観を描写するような歌詞も書ける、JAM Projectとは違った面白さが出せているんじゃないかと思います。
――そして、本アルバムに収録の最新曲となるのが、『令和のデ·ジ·キャラット』主題歌「曖昧さ、幸福論」です。
まさか活動30周年のタイミングで、最新曲が『デ·ジ·キャラット』シリーズの曲になるなんて想像もしていませんでした。この曲では久々に矢吹さんに作編曲をお願いして、歌詞も当時っぽさを出しつつ、そこにプラスαも入れて作りました。当時の懐かしさを感じつつ、そこに私が何を足したのかも合わせて楽しんでもらえたら嬉しいです。
■真摯に歌ってきたシンガーのおかげでアニメソングシーンは大きく変わった
――今回のアルバムにはセルフカバーとして「Get along」と「ONENESS」が収録されます。この2曲を改めてカバーしようと思った理由をお教えてください。
「Get along」に関しては、もともとデュエット曲でリリースしていて、まだソロバージョンがどこにも収録されていなかったんです。ライブではソロで披露しているのに音源化はしていなかったので、この機会に音源化しようと思いました。「ONENESS」は「Flower」を収録した理由に近くて、私が歌で伝えたいメッセージがこもっているし、アニサマに関わったことがとても大きな岐路となったので、セルフカバーで歌い直したいと思ったのが大きいです。
――「ONENESS」はもともとどういったメッセージを込めた楽曲なのでしょうか?
この曲はもともと『Animelo Summer Live』の第一回目「THE BRIDGE」のテーマソングとして作った曲です。当時、すでに日本のアニメやアニメソングが世界で認められつつあった頃で、まさに「アニメ·アニソン」などが架け橋となり、政治や国々の思惑などを超えて世界をひとつにする力があるのではないか?と。その可能性と、歌詞にあるように誰もが幸せになれる世の中になればいいな~という想いを込めました。
――楽曲を作られた際は音楽業界やアニメ業界に政治的なしがらみを感じていたと。
そういうわけではないですが、『Animelo Summer Live』をやることになった当時はメーカーや事務所の枠、壁を超えてひとつとなるフェスがありませんでした。そこは多分“しがらみ”的なモノだったり、色々事情があったんだと思われます。第一回目の『Animelo Summer Live』は、関わった全ての出演者、スタッフさん、関係者さんがそういうしがらみ抜きで、アニメやアニメの音楽に携わる全ての人が自然と一丸になって盛り上げる場所になりました。結果論で、そういうことになるとは思ってもみなかったけれど「ONENESS」の歌詞は、実はそこにも通じているのかもしれませんね。
――ここまで駆け足で奥井さんのキャリアと絡めて今回のアルバムについてお聞きしてきたのですが、改めて奥井さんが感じる、30年間のキャリアからアニメソングシーンの変化をお聞きしたいです。
いや、もう全然状況が違うので何から話していいやら、って感じですよね。それこそ私がデビューしたての頃は「漫画の歌でしょ(笑)」と言われていたのが、水樹奈々ちゃんが声優アーティストとして紅白に出演するに至り、今やアニメソングシンガーが一つのミュージシャンのあり方として定着し、本当に素晴らしいことだと思います。それはひとえに、これまで真摯にアニメを作ってきた人たちと、真摯にアニメソングを歌ってきた人たちの努力の賜物だと思います。
――奥井さんも、そんな変化を起こしたキーマンの一人だと思います。
だといいんですけどね(笑)。もしそうだったら、私が上京して、ここに至るまでやってきた全てに意味があるように感じられるし、それってすごく光栄なことですよね。正直私がアニメソングを歌うようになったのはほんの偶然からなので、なんだか気恥ずかしくもあるんですけど……。
――ではそんな奥井さんの影響を受けている、若手のアニメソングシンガーの人たちを見ていて感じることなどありますか?
いや、なんか私がいうのもおこがましいけど、頑張ってほしいです。もうみんな上手いし、歌っている人の人数も多いので、一人一人すごく大変だとは思うんです。私がたくさん曲を出していた頃なんて、「アニメだったらとりあえず奥井にやらせとけ」みたいな時代でしたが、でも今はそうじゃない。タイアップ楽曲を勝ち取るには打ち出し方も考えなきゃいけないので、みなさん苦労が絶えないだろうなと。あとはメーカーさんも大変だろうな、なんてことは思いますよね。主題歌をお願いする人の采配も気を使うでしょうし。
――そんな中で特に頑張ってほしいアニメソングシンガーの方などはいらっしゃいますか?
自分の境遇と重ねてしまうからというのもありますが、専業でアニメソングを歌っている方には頑張ってほしいです。声優活動している方や、J-POPアーティストとしてアニメソングを歌っている方に比べて、続けていくのが本当に大変だと思いますから。でも今の人達、みんな私が言わなくても頑張ってて本当にかっこいいと思っているので、あまり無理しない範囲で、とも思いますけど。
――ありがとうございます。では最後に、今回のアルバムを楽しみにしている方にメッセージをお願いします。
デビュー当時の奥井さんの曲を聴いていたよ、って人にもJAM Projectから奥井さんを知ったよって人にも、はたまたつい最近何かをきっかけに奥井さんを知ったって人にも、これさえ聴けば私の足跡が一発でわかるようなアルバムができました。いわば私の生きた証がここに凝縮されているので、是非とも聴いていただけると幸いです!
インタビュー・文=一野大悟

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