KEIKO、3rdアルバム『CUTLERY』私は
どこにいるのか、もっと探そうと思っ
たアルバム制作

KEIKOの3rdアルバム『CUTLERY』が2023年2月8日にリリースされる。当たり前の「日常」を切り取った音楽を表現したというこの一枚は、今のKEIKOだからこそ歌える大人の女性が奏でる上質のポップスが詰まっている。Kalafinaの活動を超え、ソロシンガーとして活動するKEIKOの感じる日常、そして音楽に関してたっぷりと話を聞いたインタビューをお届けする
■曲それぞれ、ひとりひとりの恋愛模様が違っている
――今回3rdアルバム『CUTLERY』が発売になりますが、前作から約1年、アルバム制作としては結構ハイペースだと思うんですが、制作スケジュールってどんな感じだったんでしょうか。
梶浦(由記)さんのツアーが夏からスタートするんですが、それが終わったら本格的にスタートみたいな感じですね。今回は梶浦さんのツアー中にデジタルリリースしていくっていう方向性だったので、アルバム制作というよりは夏ぐらいから毎月配信リリースです! っていう制作のスタートでしたね。
――それの集大成としてこのアルバムということですね。
そうですね、半年リリースが連続で続きましたから。
――休み無しというか本当に音楽漬けという感じですよね。
何かしらアンテナ張っている状態ではいれたかなって思っていますね。
――今回のアルバムの説明文で「当たり前の日常を切り取った音楽が『CUTLERY』で表現されています」っていう事なんですけど、総括的にどういう1枚なっているのでしょう?
予想外の音楽たちというか、ソロになって3年目ですけど、凄くスピード感があって、こんなに新しい自分に出会えると思わなかったっていう感じかな。
――なるほど、では1曲目「私アップデート」からお話聞かせてください。
いや、本当に私アップデート! ですよ、この曲(笑)。
――1音目からちょっとドキっとしましたね。
ドキっとするよね(笑)。ちょっと投げやりな少女みたいな感じが印象としてあるんです。凄く大きな独り言をつぶやいている感じ。最初「この子なんでこんなに大胆なんだろう」って思って。そういうドキドキ感はありましたね。
――確かにソロデビュー1枚目の『Lantana』では出てこないニュアンスだと思いました。
これはデジタルリリースした「天邪鬼」があったからこそ抽出できたのかなって思います。アルバムのバランスは凄い大事にしたいから、「天邪鬼」を出せた事でこの子が入れられたっていうのはありますね。
――今アルバムとしてのバランスって言葉がありましたけど、まさにそれを凄く感じました。「私アップデート」から「Alcohol」「夜の嘘と」「キライ。」って流れが凄く良くて。どんどん夜が深くなって、朝を迎えるっていう流れを感じたんです。感情の揺れ幅だったり伝える相手とかも、僕らが高校生ぐらいの時に憧れた大人の女の人の恋愛模様を描いているような。
わかりますねそれ、私も今回いろんな作家さんの世界に入りましたけど、「私アップデート」は本当に景気付けというか、ちょっと若い感じの独り言を歌っているような。
――たおやかにクラシカルに行くわけではなくパッと弾ける感じがアルバム1曲目としては良かったと思うし、楽しかったですね。2曲目の「Alcohol」もちょっと面白い感じの曲で。刹那的な一夜の関係を描いているというか。あんまりこういう事柄も歌って来なかったと思うんです。
無いですよ! でもこの曲に関してはふわっとしている感じは残したくて。これとかはどちらかと言うと台詞めいているから、言葉に音符がくっついているというか。
――確かにその印象はありますね。
喋っていても言葉がリズミカルで聞きやすい人とかいるじゃないですか。その方向性が欲しくて。どちらかというと後から音符がくっついてくるみたいなのがいいなと思って、そういう歌唱法で作りました。
――それは全体を通して感じました。語るように歌うというか。『Lantana』の時って、音と言葉のマッチングみたいなものを凄く意識して、1曲1曲突き詰めて作っていられたという印象があったんですけど、もっと凄いいい意味でラフになっているし、耳に入ってきて残る言葉がある曲が増えてきたなという印象があります。
今回は今の時代に近付いた曲達が多いから、言葉数も多いと思っています。音符を掴むという感じが一瞬だから、凄い難しかったのはあるんですけど、この「Alcohol」が私に掴むきっかけをくれたという感じですね。
――そして3曲目の「夜の嘘と」は流れで時間経過を感じるんですよ。ちょっと酔っ払って享楽的な時間の後に「独り」になって……という感じもあるし、凄くストーリー性も感じられる。曲自体もこれでぐっと夜の雰囲気になるじゃないですか。
作家さんによって凄くカラーが違うんですけど、その物語に入り込むのが楽しくて。この主人公は面白いなとか、似ているところもあるな、とか。曲によってそれぞれだけど「夜の嘘と」は静かに一人の時間に、いろんなことを回想している「自分に丁寧に向き合っている人」っていう印象があって。だからキーも少し下げて、張り上げたり訴えかけたりするものじゃない優しさみたいな歌唱にしたかったんです。曲それぞれ、ひとりひとりの恋愛模様が違っているんですけど、この女の子は丁寧な女の子って感じかな。
――オムニバスのドラマ見ている感じで、一つの街の中の恋愛模様をいろんな側面で見ているように見えて面白いですね。
毎月リリースしている中で、「どの楽曲の女性がみなさん好き?」って、提示できた感じがして面白かったんですよね。
――次の「キライ。」も面白いですよね。
これは“ひと聴き惚れ”でした。歌詞も渋谷とか新宿とかそういうリアル感を残したくて、作家さんが変えた部分を戻してもらったんです。本当に言葉選びから全部好き。
――シャレてますよね。「ツライ ツライ ツライ キライ キライ」って歌詞回しもなんか気持ちいいし。
最近は20代でも結婚とか、自分の将来をわりと早めに考え出す女性が増えてきたと思うんです。自立するのが時代背景的に早い気がして。これを歌うときは、大人っぽく自分が背伸びしなくていいし、でもキャピキャピしなくてもいい感じで、私にはなかったフラットな声質で歌っている感じがありましたね。歌詞の印象が強かったから、そのイメージを壊したくないなと思って合う声質を探したかな。初めて歌の中で台詞が入ったんですけど、それは初め凄い抵抗がありましたね。
――僕は凄くいいなと思ったんですけど。
正直1枚のアルバムの中で、3曲も台詞が入ってくるって思ってもなかったから(笑)。最初は抵抗ありましたけど。
――自分の中でハードルはあったんですね。
ちょっと恥ずかしくない? っていう(笑)。「ねぇはじめからわかってて近づいたの?」は恥ずかしかったですね。「こんなはずじゃなかったのに。」とかは普段も言っている感じがするけど、「ねぇはじめからわかってて近づいたの?」なんて言わないもん(笑)。
――凄く台詞的ですもんね。
そういう自分でも慣れている不慣れがあるっていうのが如実に出て、めちゃくちゃ面白かったですね。
――そういうKEIKOさんの一面が見れるのは新鮮ですけどね(笑)。そして5曲目「Close to you」。
「Close to you」は寝かしに寝かした曲です。
――前半のちょっと夜の雰囲気から1回これでリセットかかる気がして、KEIKOさんの歌の良さが凄く出ている1曲な感じがしました。
グルービ―ですからね。私も歌ってみて思ったんですけど、音符が短いものは一瞬で音符と言葉を取りに行かなきゃいけない難しさはあるけど、余白がある曲って多分その人のスキルが出る。ボーカルのポテンシャルが出るんですよ。
――確かに。
「Close to you」は少し大人の女性の像を感じたので、どこか落ち着いた声で、たくましくもなく凛とし過ぎてもなく、とにかく優しくっていう思いがあって。でもそれで歌うと難しいんですよね。こういう隙間がある曲って、優し過ぎるとボーカルが弱過ぎて、簡単に言うと言葉が全く響いてこない、棒歌いになっちゃうから。この曲は前作『dew』の時にいいなと思って候補に入れていたんですけど、自分がこれを歌えるかって不安もあって。
――『dew』から1年、KEIKOさんでも不安になることがあるんですね。
うん、山場が凄く大きくある曲よりも、淡々としている曲の方が難しいんですよ。これは作家のCarlosさんから、そんなに大きなダイナミックな展開があるような曲調じゃないから、難しかったと思うのにボーカル力で彩ってもらって嬉しいっておっしゃって頂いて。難しくて1年寝かしたけど、結果良かったですね。
――KEIKOさんの歌をここで改めてじっくり聴けるのが、アルバムの構成としてすごくいいと思ったんですよね。
わかります、流れとかここゆっくりですよね。ちょっとふわっとなるところ。
――しかもその次に来るのが「天邪鬼」じゃないですか。切り替えとしても凄くいい。
「天邪鬼」は面白かったんですよ。音のチグハグ感と「天邪鬼」っていうタイトルでぴったりじゃん! みたいな。めちゃくちゃで、はちゃめちゃだ! と思って。これは歌ってみたいって本能が騒いだ曲です。「天邪鬼」って普段使わない言葉だから、ちょっとそれも嬉しかったですね。
――たしかに天邪鬼、ってもう普段使わない言葉かもしれません。
少し昔には「天邪鬼さんだね」とか言っていた時代が昭和のどこかに転がっていたはずで、その天邪鬼感をこの今っぽいギターの遊び方とかのサウンドで出しているのがいいんですよ。今と昔の言葉がガッチャンコしている感じが凄く面白い。
――スリリングな感じで作っているんですけど、結構仕掛けが多いなっていう印象があります。
そうなんですよね。だから音的には楽しいし、結構聴いていてあっと言う間に終わる。割りとクドくなくていいなと思います。
■自分と丁寧に向き合う時間が絶対に必要だと思う
――次は「Fly, Black Swan」。これも意欲作な気がしています。
これはデモから仕上がりまで変化が凄かった曲です。もうちょっとデジタルな音とか色々入っていたんですけど、最終的に上がってきた時に私が好きなミュージシャン達の音遊びの曲になっていて、あぁかっこいい! と思って。
――音遊び、それはすごく感じました。
この曲はアルバムで唯一メロディー先行の曲なんです。歌詞の内容とかをそこまで考えずに、メロディーでこう歌いたいっていう響きを追求した、歌唱で音遊びをした歌です。凄いすごい抽象的な言葉もいっぱいあるんですけど、歌詞の意味を読み解くより、心地良い声を探そうと思って歌いました。
――それはサビで感じましたね。この「Fly, black swan」っていう言葉を聴いた時に、今凄く気持ち良い音が来たけど、何て言ったんだろうって歌詞を見直しました。
そういう感じが欲しかったんです。歌詞を読んでもらって……とかじゃなくて、聴いて気持ちいいものを探したかったんです。
――ジャジーな感じも気持ちよかったですね。その後に「ゆらゆら」が来ます。温かさを感じる1曲ですね。
この曲は「キライ。」と一緒でひと聴き惚れでどうしても入れたいって言った曲の一つなんです。
――8曲目に入っているのが絶妙な曲順だと思いました。ここに入ることで喜怒哀楽がちゃんとアルバムにあると思わせてくれるというか。
一枚通して飽きさせない作りになっているならよかった! 7、8曲目はガラリと印象を変えた曲を並べたかったんです。
――そうですね。全体で言うと後半に向けてスピード感はグッと抑えていく感覚はあります。
そういう風に全体のリズムを作りたくて。
――9曲目の「ユア」に関して言うと、アルバムの最後に入っているようなスケール感の大きな曲ですよね。ここで一回終わらせているというか。
そうそう、そうなんです。「ユア」はその立ち位置で、本来は「ユア」で終わるべきなんだけど。
――最後に「ひとりじゃないから」が入るのがいいな、と思いました。
あえてそういう構成にしました。アルバムとしては「ユア」で終わる方が王道かなって思ったんですよね。ちょうど曲順を決めなきゃって時に、デジタルで出している流れも心地よくリリースできていると思っていたので、あえてグチャっと変えてみるか、それともそのままの流れにするかっていうのでまず悩んだんです。
――ガラッと崩す案もあったんですね。
そうですね。今回はみんなの日常の中で流れて欲しい曲達が多いから、1日ありとあらゆる所を散歩してみたんです。電車に乗ったり、車に乗ったり、歩いたり、オフィス街に行ったり。曲順を決めるために、心地良い人のバロメーターを探ろうと思って。
――その中で「ユア」がラストじゃないと思えたんですか。
「ユア」で終わりたくないなって思ったのは、アルバムの主人公達が少し大人で、色んなものを経験してきた人達が多いから、最後はやっぱり「ひとりじゃないから」なんじゃないかなって。一日を終えて、ふと一人の時間になったときに、少しゆっくりなテンポ感で日常に戻してあげたいなって思ったんです。「ユア」のちょっと青々しい感じで終わらないようにしようかなって。
――「ひとりじゃないから」は、アルバムの中で唯一こちらに語りかけているような感じを受けられる曲なんですよね。ここまでの曲は結構キャラの造形やシチュエーションを歌っていますが、最後に聴いている人にメッセージがあるっていうのはよかったですね。
よかった。最後に入れるのはちょっと冒険だったけどね。
――KEIKOさんがおっしゃってた、キャラクターを日常に戻してあげるっていう意味でも凄く成功していると思います。
なんとなくフラットにしたい感じはあったんです。でもフラットになりたい時って、人って結局自分とちゃんと丁寧に向き合ってあげないと、流されていってしまうと思うんです。だから最後は自分と丁寧に向き合う時間が絶対必要と思って。アルバムの最後にそういう時間を作れたんじゃないかなと思っています。
――KEIKO的な大人の女性論ですよね。
そうかも。ソロで歌っていると、色んな作家さんの世界に入っていっても、やっぱりパーソナルがどこかで垣間見えるものがあるんです。共感があって発信があるから、そこはきちんと作品を出す上で提示しないといけないところだと思うんです。私の中ではそうありたいなっていう希望も込めていますけど。
――いい意味で散歩したり、日常の中で聴くのが気持ちいい一枚になっていると思います。
嬉しいですね、ながらで聴いてもらうのがいいな。
■表現車になるための“日常”
――最後に、今回描きたかった日常の風景って、KEIKOさん的にはどういうものなんだろうっていうのは聞いておきたいです。
私に日常ってあるのかなって思っちゃうぐらい、日常がよくわからないんですよ。こんなにたくさん自分と向き合わせてもらっているからわかんなきゃいけないんだけど(笑)。
――日常がわからないんですか(笑)。
うん、これまでのKalafina時代とかの、自分が作品に没頭していたり、グループに所属している方が自分が見えやすかったですね。私の日常って何だ? って思っても、誰かと会ったり、何かを発信したり、社会と向き合って、それで感じた事とか得た事がそのまま日常でその人になっていくと思うんです。
――そうだと思います。
私の日常はやっぱり音楽とかで色んな世界にみなさんと一緒に行くこと、それが日常の形であって、そのための準備、そのための自分作りみたいなものが全てなんです。結局音楽を発信するKEIKOに繋がっているものが“日常”でしたね。
――やはり音楽こそがKEIKOさんの日常なんですね、なんか嬉しいですね。
一言でいうと。表現者になるための日常、みたいな感じですかね。
――個人的には全然プライベートが見えない人の印象があるので(笑)。
昨日も言われた!(笑)隙を見せてくれって、私的には別に隠しているつもりもないんですけどね。
――そういう人なんだろうなと思っています。そのKEIKOさんが揺れている女の子とか、退廃的にお酒飲んで酔っ払ってもいいや! って言ってる女性を歌うっていうのが魅力的だったんですよ。
結構憧れですよ。今回のいろんな主人公を私は憧れていますね、なんかいいなって。どんななんだろうって興味を持って、この世界に入り込んだ感じはありますね。
――KEIKOさんの曲の世界への入り込み方が、すごく真摯だからそう思った気がしています。
私はシンガーソングライターとして、自分の色んな日常を描いている訳では無いから。どうしたって曲の世界を想像して、イメージして、それをできるだけ知って、自分なりの解釈の人にしなくちゃいけないんですよ。それはKalafina時代から凄く楽しかった事だから、今回改めてやっぱりそういうやり方が自分は好きなんだなって実感しましたね。そして自分と向き合った時に、私はどこにいるのかまだわかんないな、もっと探そうと思ってアルバム制作を終えた感じはあります。
――まだまだ自分を探して、見つけられる余地がある。
まだわかんないの? とも思いましたけどね。そろそろ自分のことわかれよ! って(笑)。
――そんな所も魅力的だと思います。そしてビルボードライブ横浜と大阪でライブも決まっています。
久しぶりにレコ発って形でライブをやれるし、初めて歌う曲達が日常的なものだから、大人な空間で、様々な女性像を色んな切り取り方で曲にできそうで、私も凄い楽しみですね。
――ビルボードの空間でKEIKOさんがつぶやく「ねぇはじめからわかってて近づいたの?」のセリフを聴いたらドキッとしてしまいそうですけど(笑)。
みんなはドキドキするのかな? セリフの部分生で言うのかな? オケで流すのかな? とか想像してくれると面白いかもしれませんね。
――言葉ってメロディーが無くて、急に言葉が来ると凄くハッときますからね。
それは今回思った部分でもありますね。色んな音楽を歌っていけたらいいなと思った作品になりました。是非沢山聴いて、ライブにも足を運んでもらえたら嬉しいですね。
インタビュー・文=加東岳史 撮影=大塚正明

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