へんてこりんな世界で見つけた『不思
議の国のアリス』の魅力ーー『アリス
展』レポート&イギリスの博物館 V&
A展示部門責任者インタビュー

アリス -へんてこりん、へんてこりんな世界- 2022.12.10(SAT)~2023.3.5(SUN) あべのハルカス美術館
展覧会『アリス -へんてこりん、へんてこりんな世界-』が、あべのハルカス美術館にて3月5日(日)まで開催中だ。今回、SPICE編集部では開催直前の会場の様子をレポート。さらに、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館(以下、V&A)の展示部門責任者であるダニエル・スレーターにも取材。同展についてはもちろん、これからも世界中で広がっていく『アリス』の魅力についても語ってもらった。
誰もが一度は見聞きしたことがあるだろう『不思議の国のアリス』は原作者ルイス・キャロルが知人の娘アリス・リドゥルとその姉妹のために即興で創作した話がもとになっている。挿絵をジョン・テニエルが手掛け、1865年に1作目『不思議の国のアリス』を、1871年に2作目『鏡の国のアリス』を出版。その幻想的で創造力をかきたてる物語は、児童文学の枠を超え、映画やアート、音楽、ファッションに舞台と、世界中のアーティストに今もなお大きなインスピレーションを与え続けている。
イギリス・ロンドンにあるV&Aが2021年に『アリス』の文化現象をたどる初の大規模展として開催。世界屈指のコレクションを有するV&A発の世界巡回となる同展では、V&A所蔵作品はもちろん、海外所蔵作品を中心に、物語が生まれたヴィクトリア朝の時代背景を紹介する作品やジョン・テニエルの挿絵をはじめとする貴重な作品や資料を展示。さらに、日本展オリジナルの作品を新たに加え、約300点もの作品や映像演出などを5つの章に分類して紹介。『アリス』の原点から映画やアート、ファッションなど、約160年の時を経て今なお色褪せることのない『アリス』の魅力を余すことなく堪能することができる。
「1章 アリスの誕生」では原作者ルイス・キャロルにまつわる写真や挿絵を手掛けたジョン・テニエルの挿絵のためのスケッチ、そして彼らが生きたヴィクトリア朝の時代背景などを通して、『アリス』の誕生とその魅力、原作の背景を浮き彫りにしていく。
ルイス・キャロルの名は作家としてのペンネームで、本名はチャールズ・ラトウィッジ・ドジソンという。作家として活躍する前は数学者、論理学者、そして優れた写真家としても名を馳せていた。展示には彼が撮影した数々の湿板写真が展示され、中にはアリスのモデルとなった少女、アリス・リドゥルの肖像写真も紹介されている。
1作目『不思議の国のアリス』が出版される前には『地下の国のアリス』という作品が手書きの本として、アリス・リドゥルに贈られている。展示では複製本の初稿も展示されていて、ルイス・キャロル自身が手掛けた挿絵を見ることができる。当初は『不思議の国のアリス』でも挿絵を自ら手掛けようとしていたらしいが、思うようにいかず、当時風刺漫画家として人気を集めていたジョン・テニエルに依頼したそう。ルイス・キャロルが手掛けたイラストはちょっと不気味さもあって、もしこのまま挿絵も彼が手掛けていたら、今の『アリス』の人気はあったのか……。想像を膨らませるだけでも楽しくなってくる。
展示の中央にある八角形のショーケースには、ヴィクトリア朝の時代に使われていたカメラなどの資料が展示されている。どうして『アリス』の物語には出てこない、カメラや万華鏡といった資料が展示されているのか。それは『アリス』が刊行される少し前、世界初の万国博覧会がロンドンで開催されていることに繋がる。ルイス・キャロルことドジソンは万国博覧会に足を運び、世界中のエンターテインメントに触れることでインスピレーションを刺激され、物語への創造力を高めていた。物語でアリスが大きくなったり小さくなったり、チェシャー猫が消えてしまうシーンなどは有名だが、その発想の元をたどれば、これらの展示が由来かも? と思うと、ますます興味が湧いてくる。
ほかにも1章では、ジョン・テニエルが手掛けた緻密に描かれた下書きや校正刷りを展示。150年以上前の印刷といっても、当時は版画での出版だ。高度な技術で印刷された挿絵は見応えたっぷりなので、ぜひゆっくりと時間をかけて観てほしい。
ここでは、日本独自の展示として金子國義、酒井駒子、ヒグチユウコ、日本人作家3名による『アリス』作品も紹介。日本人ならではの色彩やデザインなどにも注目してほしい。
ちなみに、今回の展示ではサポーターに女優・上戸彩が、『クレヨンしんちゃん』や『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』など人気アニメで声優を務める細谷佳正がナビゲーターを担当。音声ガイドでは、ふたりが作品や展示についてわかりやすく案内してくれるので、ぜひとも利用してほしい。
2章へ続く道はアリスが白ウサギをおいかけ、トンネルのようなウサギ穴へと落ちていくシーンを再現。そのまま道を進むと、いくつものドアがずらりと並んでいる。ここも物語をそのまま再現したかのようで、没入感がたまらなく楽しい。
「2章 映画になったアリス」はタイトルのまま、いくつもの映像作品となった『アリス』を紹介。映画にテレビ映画、テレビシリーズ、アニメと作品も多岐に渡るが、どの時代も革新的な編集技術が用いられていて、映画界においても『アリス』の世界がいかに大きな影響力を持っていたかが伝わってくる。初期の映像作品は1903年、モノクロ・無声での短編作品で、同展ではその貴重な映像の一部をハイライトシーンとして紹介している。
ほかにもハリウッド映画や、文化的にも大きな影響力を発揮したディズニー・アニメの『ふしぎの国のアリス』(1951年公開)。ティム・バートン監督が手掛けた『アリス・イン・ワンダーランド』(2010年)、『アリス・イン・ワンダーランド/時間の旅』(2016年)など、貴重なセル画やスケッチを紹介。とくにティム・バートン監督のスケッチ画は単体でも展覧会が開かれるほど人気のあるもので、それらが同展で一堂に観られるのもいい。
広いエリアのなかには「テーブル」「白ウサギの家」「キノコ」「池」など、物語に出てくる大事なパーツたちがオブジェやイラストとなって、あちこちに点在している。青虫のタペストリーの裏側には、首がニョキニョキと伸びるアリスの姿もあって、原作のままに遊び心が散らばっている。写真撮影可能なエリアも多いので、アリスの気分になって写真を撮ろう。
「3章 新たなアリス像」のエリアに入ると、展示の世界観は一転して、さらに「不思議」な世界へと突入していく。20世紀初頭、急進的なアーティストたちは『アリス』に想像力をかきたてられていった。画家サルバドール・ダリをはじめとする、シュルレアリスト(超現実主義者)たちはルイス・キャロルが持つ概念やイメージに着目し、創作活動のヒントにしていく。そして、『アリス』が持つ強い意志や批判精神は、カウンターカルチャーの反権威的精神のシンボルとしても息づいていく。
ここでは、「イギリスポップアートのゴッドファーザー」ことピーター・ブレイクの作品、草間彌生などの作品も展示。1960年代にアメリカ人アーティスト、ジョゼフ・マクヒューによって描かれたチェシャー猫のポスターからは、サイケデリック文化の影響が色濃く反映されて、時代ごとに変化する「アリス」の姿を感じることができる。
このエリアでは、ロンドンのV&Aでの展示演出も手掛けた、舞台デザイナーのトム・パイパーによる「チェシャー猫」「狂ったお茶会」のインスタレーションも展示。サイケデリックに表情を変える「チェシャー猫」はまさに、物語に出てくるキャラそのもの。こちらは写真撮影も可能なので、ぜひともお気に入りの場面を写真におさめてみよう。
「4章 舞台になったアリス」では、バレエやミュージカルとして上演された「アリス」の作品ポスターや、衣装デザイン、セット模型などの資料を展示。原作に忠実なもの、風刺やパロディ、現代版に翻訳されたものまで。「アリス」はその時々のファッションやテクノロジー、文化の影響を反映させながら進化を続けているのが伝わってくる。
イギリスのロイヤル・オペラ・ハウスでの英国ロイヤル・バレエ団公演『不思議の国のアリス』で着用されたという、ハートのクイーンや帽子屋(マッド・ハッター)の衣装は特に目を引くデザインだ。ヒラヒラのチュチュやバレエタイツとは違う、原作の挿絵を手掛けたジョン・テニエルのイメージが伝わってくるようなデザインに、もっともっと『アリス』が観たくなってくる。
最後は「5章 アリスになる」。様々な分野で独創的な解釈を触発し続けてきた『アリス』の世界だが、ここでは世界的に有名なファッションブランド、ヴィヴィアン・ウエストウッドから、日本を代表するロリータファッションまで、様々なファッションアイテムを紹介。
ファッションのほかには、パネルでいくつかの写真を展示。外見からアリスになるのも素敵だけれど、ここではアリスの好奇心や独立心、学ぶ心があれば、誰もがアリスになれることを伝えている。「アリスにできたなら、わたしたちにもできる!」とプラカードを掲げたデモに参加する女性、『アリス』の世界を黒人モデルやミュージシャンがモデルとなって表現したもの。それらは誰であっても、興味を持ったものに突き進み、困難に立ち向かい、成長していけることを表現している。たとえ肌の色が異なっても、誰だってアリスになれるのだ。
児童文学の世界を飛び越え、大人も子どもも魅了する『アリス』の世界。約300点もの膨大な作品や映像演出を観終わると、見慣れたはずの景色が少しだけ変化しているかもしれない。アリスと同じようにちょっとの好奇心と冒険心があれば、いつもとは違う扉が開く、そんな気がしてならない。
展覧会の最後には、ぜひ公式グッズもチェックを。サルバドール・ダリが手掛けた挿絵をプリントしたトートバッグや、「狂ったお茶会」気分になれるイングリッシュ・ティーなどの公式グッズから、ディズニーアイテムなど、ここでしか手に入らないグッズが多数そろっている。グッズを買いすぎて、お財布の中身が小さくなりすぎるのだけはご注意を。
次のページ:V&A展示部門責任者インタビュー
「『アリス』への関心は、魔法の薬のように大きくなっていく」
ダニエル・スレーター
●「『アリス』への関心は、魔法の薬のように大きくなっていく」
ここからは同展覧会を機に来日した、V&Aの展示部門責任者であるダニエル・スレーターへのインタビューをお届けしよう。
――V&Aで『アリス』に関する大規模展示を企画したキッカケは何だったのでしょうか。
『アリス』の世界そのものが、今回の美術展において完璧なひとつのテーマになると思ったからです。今回の展示を観ていただければわかるように、ルイス・キャロルが作り出した物語や創造性は160年以上を経てもなお、舞台芸術やバレエ、映画や音楽、ファッションと、様々な分野に大きな影響を与えています。V&Aはアートやデザインを主な展示のテーマにしている博物館なので、『アリス』はまさにふさわしいテーマだと考えました。博物館が独りよがりで満足するような展覧会をするのではなく、観る人が心をウキウキとさせながら博物館や美術館に足を運ぶような展示がしたかったのです。今回はV&Aが所蔵するものから、個人所蔵のものまでたくさんの作品が展示されています。どれも展示のテーマやストーリーに重要な役割を果たすものばかりがそろっています。日本のみなさんは文化に大きな関心を持つ人が非常に多いので、今回の展示はみなさんに喜んでいただける自信があります。
――今回の大阪での展示を実際に目にして、いかがでしたか?
日本独自の素晴らしいアートがあることはもちろんですが、過去数年のコロナによるパンデミックで、世界中の各都市での巡回展を直接観ることができませんでした。2022年夏にも東京で開催されましたが、実は当時はまだ海外渡航が難しい時期で。今回、日本では大阪での展示が初めて観ることができたのです。嬉しかったですね。
――展示の中にはインスタレーションなどもあり、写真撮影ができるスポットも多く見応えがありますね。
ロンドンで開催されたV&Aでのオリジナル展示をそのまま日本に持ってくることができ、日本での展示も素晴らしいものになりました。みなさんに気に入っていただいたり、驚き、興奮してもらえたらいいですね。ひとつの作品に感動するのはもちろん、全体の展示がどのように配置され、どんな流れになっているのかにも注目して楽しんでいただきたいです。
――5章で展示されている『アリス』にまつわるファッションには日本のロリータファッションも展示されています。日本での『アリス』人気も、多岐に渡るアートジャンルに広まっていることがよくわかります。
実はV&Aには日本のアートとデザインに特化したギャラリーがあります。そこで「ロリータアンサンブル」と呼ばれるファッションとして、永久展示されている作品のひとつとなっているのです。日本のデザインやパフォーミングアートはV&Aのみならず、世界中で強い関心を集めているものなのですよ。
――「ロリータファッション」が永久展示されているのは驚きです。
今回の展示会にはそういったファッションの作品も組み込まれていますが、いつも我々が展示会を企画するときに考えているのは、作品がどういうインパクトを与えうるのかを考えています。もはや『アリス』の物語はイギリスのものだけではないですし、ヨーロッパやアメリカといった英語圏だけのものではありません。世界中の人が自分のものとしてもっている世界観なのです。『アリス』が国際的なひとつの概念となっている。もとをただせば、ヴィクトリア朝のイギリスの小説がオリジナルではありますが、『アリス』が体現するもの、アイデンティティは世界中の人が共感したり、自分自身の一部に感じているものになってきているように思います。
――今後『アリス』の世界はどんな広がりをみせていくと思いますか?
原作が書かれてから150年近くが経ちました。そして、原作が書かれた国から約6,000マイルも離れた、この大阪の美術館でみなさんに楽しんでもらっていることを考えても、『アリス』に対する関心は今後もなくなることはないでしょう。発端は最も伝統的な芸術のひとつの形である「本」からスタートしたものですが、いまや様々な芸術表現に影響を広げ、様々な解釈が行われ、芸術のプラクティスとして波及しています。今後も『アリス』は私たちのなかに留まり続けると思います。アリスが物語のなかで飲んでいた魔法の薬のように、これからもどんどんと大きくなっていくのではないでしょうか。
取材・文・撮影=黒田奈保子

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