未唯mieがピンク・レディー復活時の
心境やソロ活動を振り返る「私は現実
感がないなとよく思います、UFO的な
のかも」

1976年にピンク・レディーのメンバーとしてデビューし、国民的な人気アーティストとなった未唯mie。ピンク・レディーとして「ペッパー警部」(1976年)、「UFO」(1978年)など独創的な楽曲を次々と発表し、1981年の1度目の解散後はソロミュージシャンとして活動。それからピンク・レディーは数度の再結成を繰り返し、2010年の「解散やめ!」宣言後、未唯mieはソロと並行して活動を継続させている。未唯mieとは切っても切り離せないピンク・レディーの楽曲を、和楽器のアレンジで楽しめるのが毎年恒例の公演『新春“Pink Lady Night”』。1月6日(金)にBillboard Live YOKOHAMA、8日(日)にはBillboard Live OSAKAで同公演がおこなわれるほか、2020年公演のCD+DVD『新春“Pink Lady Night”10th Anniversary Special Live』もリリース。そこで今回は、公演に向けての意気ごみ、そしてピンク・レディーやソロ活動への想いについて語ってもらった。
ビルボードライブ大阪公演(2021年)
「UFO」の振付秘話「本番2時間前にできあがって披露しました」
――毎年恒例『新春“Pink Lady Night”』の開催が近づいてきました。「今回はここがポイント」というところはありますか。
『新春“Pink Lady Night”』は「ライブ作品」なので、変えないことが大事なんです。なので「今回は」ということがありません。初演時からずっと曲順などは同じ形で、ただそれでも「まだ奥があるな」と感じることがあります。いつも来てくださるお客様であっても、何回観ても全部をキャッチできない。何回聴いても「まだ足りない」となる。同じメニューで5年、10年やっていても「作品」が進化しているんです。
――その奥深さの要因はどこにあるのでしょうか。
演奏者それぞれにちょっとした解釈の違いがあるなかで、奇想天外なアレンジがなされている点ではないでしょうか。間合いがちょっと違うだけで、ビッグバンド全体がバーンと揺れるんです。それが、メニューは同じだけど毎回の違いにつながります。もちろん、ピンク・レディーの楽曲が時代を超えても古さを感じさせないところもあります。しかも未唯mieとして、ソロだからこそできるアレンジになっているので、原曲とは異なる解釈ができたり裏の顔が見えたりして。そこに奥深さがあるのだと思います。
――ピンク・レディーとして活動していた当時、アイドル楽曲は王道系のラブソングが多かったはず。そんななか、ピンク・レディーはアイドル的ではありましたがかなり異質な存在でしたよね。
たしかにアイドル的なシンガーのみなさんの多くは、可愛らしくてフレッシュな曲が多かったです。そんななか、阿久悠先生が表現されたピンク・レディーの切り口はまったく違いました。楽しい曲だけど世情を切り取る鋭さが歌詞にありました。たとえば「モンスター」(1978年)をいま聴くと、「こんなに切ない曲だったんだ」と。土居​甫先生による振付も、登場人物になりきったような動き、顔や声の表情が求められました。
ビルボードライブ大阪公演(2020年)
――「UFO」の振付も、動きなどでUFOがあらわれる様子を表現していたり。キャッチーさと意味深さがありますよね。
土居​​先生はリハーサル時、私と近い距離に対峙して目の奥をジーッと見てくるんです。「私の目のなかに振付が出ているんですか?」ってくらい。そして「これをやってみて」とその場で振付を作っていく。きっと、土居​先生がイメージしていることを私たちができるかどうか、見ていらっしゃったんだと思います。ただ「UFO」に関してはピンク・レディーが当時、あまりに忙しくて本番2時間前にできた振付を私たちに教えるかたちでした。必死に覚えたけど「できるのかな」と不安でした。
――本番直前にできた振付が何十年も残る名作になるなんて、すごいですね。
時間をかけて熟成していったのだと思います。だからこそ『新春“Pink Lady Night”』では、当時「ピンク・レディーの曲をあまり聴いてなかった」という方にこそ聴きに来てもらいたいんです。同じように楽曲も時間とともに熟成され、いま聴くときっと違った印象を受けるはずだから。
「ピンク・レディーとどこかで線を引かなきゃいけない、と考えていた」
ビルボードライブ大阪公演(2020年)
――「時間」というワードが出てきたところでお伺いしたいのですが、2011年3月31日、ピンク・レディーが「解散やめ!」宣言から再始動し、初めてのイベント『初陣式』を迎えられました。そこでの打ち合わせで、スタッフから「時間の効率を考えて、まずマスコミ用フォトセッションからおこなう」と説明されたとき、未唯mieさん、ケイさん(増田恵子)さんは「最初にマスコミ用フォトセッションだと、再結成の気持ちが作れないのではないか」と意見をおっしゃっていました。ピンク・レディーのときは忙しすぎて、時間をかけてご自身のやりたい表現がなかなかできなかったと思うんです。だからこそ「時間の効率」という言葉が引っかかったんじゃないかなと。
仕事なのでもちろん時間効率は大事です。でもそれ以上に、まずなんのために時間を使うのかということを私はいつも考えています。そこを間違えると、お客様に誤解されてしまう。特に『初陣式』は、東日本大震災が起きたばかりの時期で、実施するか、しないかで揺れていました。それでもおこなったのは、ピンク・レディーはみんなに元気になってもらうためのものだったからです。「こんなときだからこそ、やるべきじゃないか」って。そういう気持ちを大事にしたかったから、スタッフさんにそのようにお伝えしました。
――そういった背景があったんですね。
時間をかけるか、かけないかではない気がします。時間をつかうなかで化学反応が起きるかどうかですよね。「UFO」の振付のように素早くできた名作だってありますし。「いま何が起きていて、それについてどう感じるべきか」が重要ではないでしょうか。
ビルボードライブ大阪公演(2020年)
――2010年9月の「解散やめ!」宣言でピンク・レディーは5度目の復活を遂げました。当時の記者会見で未唯mieさんが発した「解散やめ!」は絶妙にキャッチーなワードですよね。「解散やめます」「解散撤回」でもなく。
私のなかで「ピンク・レディーとどこかで線を引かなきゃいけない」「どういう風にピンク・レディーのことを捉えるべきか」とすごく考えていた時期があったんです。ただ、ふたりでパフォーマンスをする、しないに関わらず「ピンク・レディーって永遠のものだよね」と思えるようになって。「いつでもやれる感じにしておきたい」とケイや関係者と話していて、「だったら『解散やめ!』で良いんじゃないか」となったんです。
――「ピンク・レディーと線を引く」という気持ちはソロ転身後、ずっとあったものなのですか。
ずっとそういう気持ちがありました。ただ、「解散やめ!」の頃から「線引くものじゃないな」と感じるようになって。ケイとふたりで表現することと、私自身が表現することには違いがあるのは当たり前。だったら線を引かなくて良いし、いろいろ混じっても良い。「表現なんだからでどうでも良いじゃないか」と思えるようになりました。あと「元ピンク・レディー」という肩書きをつけられるのってなんだか面倒じゃないですか(笑)。だったら「ピンク・レディーの未唯mie」の方が分かりやすいから。
「地に足が着いていない感じ、自分でもそれは分かります」
ビルボードライブ大阪公演(2020年)
――2011年の全国ツアーのコンサート後のコメントで、未唯mieさんは「最初はケイと、ピンク・レディーに対する想い方に違いがあった」と発言していらっしゃいました。ただ、コンサートをやっていくなかで違いを受け入れられるようになったそうですね。
想い方の違いは今でもあるし、永遠にあると思います。だけど違って当たり前。当時「どうにかして同じにした方が良いんじゃないか」と思ったりもしたけど、「そんな必要はないな」と。別にすべて分かり合えなくたって良い。私は私の表現、ケイはケイの表現があるべきですよね。
――写真集『フューチャー・レディMOTHER SHIP』(2002年)の舞台裏映像で、「どんなことでもストーリー性が大事」とおっしゃっていました。インタビュー序盤でもおっしゃっていましたが、考え方の違う人たちがあつまって、ひとつの大きな目標に向かっていく姿はまさに「ストーリー的」と言えるかもしれません。
そうです、「表現」でどんなところにも飛んで行けちゃうから。表現したい世界観へ向かうストーリーをイメージすることが大事。言葉にできなくたって良いんです。イメージすることで、同じ物事であっても時代や状況によって変化する。なにもかも違う者同士がひとつのライブや作品に向かっていくまでのストーリーと、そこで起きる化学変化がおもしろいんです。
ビルボードライブ大阪公演(2020年)
――以前から感じていたことなのですが、未唯mieはすごく浮いている存在だと思うんです。芸能界や音楽シーンのなかで、どこか異質と言うか、誰とも混じりあっていないというか。それは「違い」を楽しんでいらっしゃるからだと、ここまでお話をうかがって気づきました。
見方を変えたら、地に足が着いていない感じなんですよね(笑)。だけど、自分でもそれは分かっているんです。「私は現実感がないな」と。だってアニメタルレディーをやっていたときは、周りから「いったいどこへ行こうとしているんだ」と思われていたはず。みなさんの頭上にハテナマークが浮かんでいるのが見えましたから。でも、自分でもどこに着地しようか決めていなかった。着地することをのぞんでもいなかった。ワクワクすることに出会うとすぐ「おもしろそう! それだったら私はこうしたい」といろんなものに飛びつく。UFO的なんです。
――アニメタルレディーでの活動は特に驚かされました。
あれも私のなかにはストーリー的なものがあったんです。ちょうど自分の活動を見つめ直していた時期で、親と子を結びつけるなにかがやりたくて。私は母親のことが大好きで、母も私を愛してくれていたけど、分かりあえないものもありました。それは親子のあいだにある普遍的な感情だと思います。「親子が手をつなぐことができるものってなんだろう」と考えたとき、「アニメソングを歌いたい」と。知り合いのプロデューサーのみなさんにそのことを伝えていたら、「ヘビメタなんだけど、どうかな。アニメソングをやりたいって言っていたよね」と話がきて。そこでヘビーメタルへ行っちゃったんです(笑)。
――そういえば『フューチャー・レディMOTHER SHIP』のとき、「いろんなことに手を出しすぎて迷ったときがあった」とおっしゃっていましたね。
いまは、いろんなことを融合させれば化学反応が起きておもしろいものが生まれるって気づけているけど、あのときは物事をバラバラに考えていました。だから「こんな私って分かりづらいかも」と迷いがありました。以前、恩師の方から「あなたはひとつのマトリックスを使わないから、他人に自分を理解させるのが難しいはず。これに関してはこのマトリックス、これはこのマトリックスと、いくつものマトリックスを持っている」と言われたんです。先ほどの「違いを楽しむ」という話につながるのですが、いろんな表現をやっていくなかで「別にそれでも良いんじゃないか」と感じられるようになりました。
――今後も未唯mieはいろんなチャレンジをしていくと思うのですが、「こういうことをやりたい」というものはあるのでしょうか。
表面上や形としてはないのですが、とにかく自分のなかに埋もれている見たことがない感覚を引き出していきたいです。あ、でも楽器をやったことがなかったからギターを触り始めました。人様にお聴かせるできるものではないのですが。芸能界や音楽業界とは関係がない友だちと「アマチュアバンドを結成して、知り合いのお店で歌ってみるのも楽しいかもね」って話をしていたんです。アマチュアバンドだから、プロのミュージシャンに演奏してもらうわけにはいかないし、「だったら自分でやるしかないわね」って。そこでギタリストの吉川忠英さんにギターを選んでもらって、しかも「良かったらレッスンもしましょうか?」とおっしゃってくださって。ひょっとしたら誰も知らないところで、なんの告知もなくアマチュアバンドとしてどこかのお店で歌っているかもしれません。
ビルボードライブ大阪公演(2020年)
取材・文=田辺ユウキ

SPICE

SPICE(スパイス)は、音楽、クラシック、舞台、アニメ・ゲーム、イベント・レジャー、映画、アートのニュースやレポート、インタビューやコラム、動画などHOTなコンテンツをお届けするエンターテイメント特化型情報メディアです。

新着