【対談】指揮者・野村英利×プロデュ
ーサー・西耕一 ~ オーケストラ・ト
リプティーク結成10周年公演「幻の交
響作品と新たな創造」をめぐって

<音楽プロデューサー西耕一によるイントロダクション>
音楽プロデューサーの西耕一が2012年、当時35歳以下の若手奏者を結集して作ったのが「オーケストラ・トリプティーク」だ。今年(2022年)10周年を迎えることを記念し、これまでに様々な作曲家を取り上げてきた同楽団が集大成の一つとして、「幻の交響作品と新たな創造」と題したコンサートを、2022年12月3日、なかのZERO大ホールで開催する。西が、誰にも真似できないようなコンサートをと選曲した公演である。
今回、指揮には、西が2003年に東京音楽大学でその指揮姿を見てから、一目置いていた指揮者・野村英利を迎える。日本ではまだ幅広く知られていないかもしれないが、西が多大な期待を寄せている指揮者だ。その指揮者・野村英利にコンサート直前のインタビューのような形で、西の企画意図を語りつつ、対話を行った。(2022年11月14日 文=西耕一)
音楽プロデューサー 西耕一

■なぜ演奏機会に恵まれない作品なのか理解できないほど完成度の高い作品
西 私が野村さんの指揮を初めて観たのは、2003年の雑司ヶ谷管弦楽団の公演でした。東京音楽大学の学生さんの有志によるオーケストラでしたが、これがとてつもなく良かった。7人の作曲家が新曲のオーケストラ曲を書いて、そのすべてを野村さんが指揮していた。鹿野草平、渡辺愛、野崎豊、岡山かおり…。学生とは思えない個性で、ハッキリ言って、プロが有料でやっていたコンサートとくらべても面白かった。そして、当時の東京音楽大学では、そういった活動がかなり頻繁に行われていて、音楽大学内でのコンサートの方が、面白いのでは?とすら思わせるものも多かった。あれから19年経って、やっと共演がいましたね。
野村 2003年の公演を聴いていただけたこと、大変うれしいです。自分にとってもあれほど一度に多彩な個性の集まった演奏会をしたのは、ほかに記憶がないくらいです。とても懐かしく思うと同時に、今回またこのように全く違った個性の作品を一つの演奏会で取り上げられることが大変楽しみです。
西 今回は、日本の作曲家でも、私が特に注目している作曲家による初演と、復活演奏を、選曲しました。いずれも、編成が特殊だったり、作品の素晴らしさに対して、演奏機会が少ないものばかりです。
野村 黛敏郎、芥川也寸志、三木稔、水野修孝、鹿野草平、5人の作曲家を取り上げるのですが、どの作曲家もやりがいがある作品です。なぜ演奏機会に恵まれない作品なのか理解できないほど完成度の高い作品が並んでいます。演奏会後半では新しい創造のまさに最前線に立ち合えている実感を味わっていただけると思います。
10周年を迎えたオーケストラ・トリプティーク(2021年の公演より)

■前向きな気持ちになれる鹿野草平作品
西 今回のコンサートでは最後に取り上げる鹿野草平の《よみがえる大地への前奏曲》。この作品は、2011年の東日本大震災からの復興していく人々の活気ある姿を描いていますが、最後に配置しているのは、「前奏曲」がオードブルや前菜のように、最初に演奏されることを想定して作曲されているのではなく、人々の復興への前奏である、という意味を受けて最後に配置しています。コロナ禍を抜けて、しかし、亡くなった命もあり、それらから明るい未来へ向かいたい、とこの曲を選びました。そういえば、野村さんの指揮で2003年に聴いたのは、鹿野草平作品が最初だったと思います。だから、19年を経て、新たな明るい未来への前奏になると良いな、という思いも込めています。
野村 よみがえる大地への前奏曲もそうですが、彼の作品に触れると非常に前向きな気分になれます。音楽に対する喜び、音を作ることへのこだわりと楽しさなどが溢れ出てそれがこちらに伝わってくるのだと思います。大学でともに勉強した時から、何事にもこだわりを持って一つ一つの作品を書いていました。作品のわかりやすさ、親しみやすさは当時から今に至るまで全く変わっていなくて、一貫した姿勢が素晴らしいと思います。実は今同じ建物に住んでいるのでよく顔を合わせます。大学時代の仲間と音楽の話ができること自体が幸せですが、今回このように作曲者と指揮者という立場で共演できることが非常にうれしいです。今回は再演ということで、既に録音もされて一度形になっている作品ですが、地の利を生かして本人とよく相談して演奏に臨みたいと思います。
作曲家・鹿野草平

■約20年ぶりの交響曲完成! ジャズやロックの大音量や力強いエネルギーのある水野修孝作品
西 そして、演奏予定の逆順に紹介していきますが、水野修孝《交響曲第5番》。委嘱新作で、できたてホヤホヤです。88歳が3管の交響曲を書き上げたことが脅威ですね。水野修孝のファンなら聴き馴染んだサウンドです。ロック!ジャズ!大フォルテ!大トゥッティ! 楽しい曲ですね。
野村 水野先生の作品にはこれまでの作品同様大きな力強いエネルギーを感じます。この作品は解釈という面において演奏側の力量が問われる作品であると感じます。譜面の上でのさほど細かい指示はないのですが、そこには歴然とフレーズや楽器間のバランスというのが存在しています。約20年ぶりの交響曲ということで大変楽しみにしています。
現役88歳、作曲家・水野修孝、完成した交響曲第五番のスコアとともに

■衝撃の響き、三木稔作品。これを逃したらいつ聴けるか?
西 三木稔先生の《交響曲「除夜」》。僕は三木先生に習っていた時期があり、様々な形でアドバイスを頂き、今のようにコンサートを企画するようになったのも三木先生が「やってみたら」と後押ししてくれたからなのです。先生との対話のなかで、未だに演奏されていない交響曲が2曲あって、《ガムラン交響曲》と《交響曲「除夜」》がそれです。どちらもエリザベス女王作曲コンクールのために作曲したものの、規定の編成を逸脱した編成で作曲をしたので、演奏機会を得られずにいるという話を何度も伺っていて、2011年に最後にお会いした折にも、演奏する機会があれば西くんに楽譜「交響曲・除夜」のコピーを託す。と言われたのです。その時は、まさか11年後にその初演コンサートをできるとは思っていなくて、結構な重みある発言を頂いてしまった、と。「宿題」とかそういうレベルでなく、「責任」と言えるかもしれません。しかし、あれからずっと、その言葉が頭の中に響いていて、今回やっと実現できることになりました。とにかく編成がトンデモナイですよね。
野村 テナートロンボーン4本というのがまず衝撃です。恐らくここにこの曲の響きを作り出す核があるのだと思います。それにピアノが2台、チューバが2本、そしてティンパニ6台という、かなりとんでもない編成。これをきいただけでも、それは演奏機会がないだろうなというのは想像できるわけですが、作曲された経緯を考えてもコンクールに規定に合わない編成で応募するというのはちょっと通常では理解できないことです。しかし譜面を見ると、明確に絶対にこの響きにはこれらの楽器が必要なのだという強い意志がありありと伝わってきます。譜面を読んでいるときも一人で何度もなるほどな、と編成に対しても妙に納得しながら読み進めていました。作曲者にとっては響きの創造に対する欲求を前にして、コンクールのことや演奏のしやすさなど些末な問題だったのではと想像します。構成も非常にしっかりしている作品ですが、何よりこの楽器編成でしか成しえないであろう響きが作り出す世界観を存分に堪能してほしいと思います。
西 しかし、三木稔先生はあのとき、どうして僕に楽譜を、と言ったのだろう。まるで未来が見えていたかのようでした。何しろ作曲してから62年後の初演を11年前に託されたのですから……。
野村:これを逃したら次に聴けるのはいつか。是非聴いて欲しいです。
作曲家・三木稔
作曲家・三木稔、自筆譜より

■楽器の可能性の広大さに圧倒される芥川也寸志作品
西 芥川也寸志の《GX CONCERTO》は、1975年に作られたヤマハのエレクトーンGX-1のために作曲された協奏曲です。キース・エマーソンやスティーヴィー・ワンダーも使っていたそうです。この楽器がエレクトーンの未来を背負っているという思いもあったのでしょう。当時の日本で誰もが知る最高の作曲家だった芥川也寸志にヤマハが作曲を依頼したわけです。芥川也寸志の魅力満載のアレグロ&オスティナートで、限りなくロックで、プログレッシヴでジャジーな要素もある曲ですね。けれども、作曲されてから2度くらいしかフルオーケストラ版が演奏されていない。CDもない、という幻の曲です。ヤマハにも稼働するGX1エレクトーンはないそうで、現在の最新・最高のエレクトーンEL-02Xを使用して演奏します。
写真6 オーケストラ・トリプティークは、作曲家・芥川也寸志の生誕90年コンサートも開催した
野村 今回演奏に使用する楽器は、当時のGX-1より新しい楽器ということになるのですが、この曲の面白さは常に新しい響きに出会える可能性があることだと思います。譜面には音や強弱など基本的な指示しか書かれていません。つまり演奏の方向性を決定づける音色や、この楽器ならではのエフェクトのことなどは全て演奏者側に任されているので、創意工夫次第でいかようにも演奏の幅が広がることになります。この作品こそ今こそ何度も演奏されるべき作品ではないかと思います。先日今回ソロを担当していただく竹蓋さんと打ち合わせをしたのですが、自分にとってかけがえなのない貴重な時間になりました。楽器の可能性の広大さに圧倒されました。一度しか演奏できないのが残念だと思うくらい、この響きも良いがこれはどうだろうかと、どんどん可能性を追求したくなりました。曲の持つ器の大きさが尋常ではないですね。
芥川也寸志の自筆譜より

■曲がどうなっていくのか楽しみが最も膨らんだところで終わる黛敏郎作品
西 黛敏郎の《パッサカリア》は、1997年に黛敏郎が亡くなったときに途中まで作曲していた曲ですね。まるで走馬灯のように、クラシックの様々な名曲のフレーズがあらわれては消えて、もしかすると、おもちゃ箱をひっくり返したような楽しい曲になるのかも?という期待を抱かせつつ、音楽は途中で音がなくなってしまう。そして、《君が代》は編曲ですが、黛敏郎のオーケストレーションによるバージョンを演奏します。《君が代》には様々なバージョンがありますが、この黛敏郎版はなかなか演奏機会が少ない。黛敏郎にまつわる政治的なイメージだけで毛嫌いしてしまうのはやはりおかしい。演奏をしてみて、聴いてみて、どう思うのだろうか、と、純粋に音楽的な目的によっての演奏です。
作曲家・黛敏郎 晩年の写真より
野村 絶筆の作品を上演するというのは、機会としてはそう多くはないと思いますがこのパッサカリアは本当にいよいよ曲がどうなっていくのか一番楽しみが膨らんだところで終わってしまいます。作曲した当人が一番悔しかったと思いますが、ベートーヴェンの7番4楽章が曲中に登場して、もしその先があったとしたらと想像すると、また別の曲が登場するのか、お祭りのようになるのか、冒頭の静かさが戻るのか、どんな想像もできてしまう。どんな完成図が構想にあったのか考えてみるのも面白いかもしれません。
西 野村さんは、海外での指揮修行もながくて、帰国されてから、まだ広く認知されてはいないですが、私が19年前にみた、あの雄姿を今も思い出します。新たな創作に相応しい指揮者の1人でないかと、今回のコンサートをたくさんの方に聴いて頂ければと思います。
野村 この新しい創造の場に立ち合わせていただいたこと本当に感謝の言葉しかありません。改めてこのような機会をいただき本当にありがとうございます。どの作品も強烈な個性を放った名作です。新しい響きが生み出されるその瞬間を演奏会の場でぜひ体感してください。
黛敏郎のパッサカリア 自筆譜より

【プロフィール】
■野村英利(のむらひでと)指揮
2004年東京音楽大学器楽科卒業。在学中にアメリカコロラドで行われるアスペン国際音楽祭に世界中から選ばれた20人のうちの一人として奨学金を得て参加、ファイナルコンサートに出演。2005年より桐朋音楽大学で黒岩英臣氏に師事。その後ザルツブルクモーツァルテウム大学指揮科でデニス・ラッセル・デイヴィス、ホルヘ・ロッターの各氏に師事。2011年ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団を指揮、ヨーロッパデビューを果たす。2012年同大学を主席で卒業、修士号を取得。これまでにショルティ指揮コンクールに入選。2015年第54回ブザンソン国際指揮者コンクールセミファイナリスト。2016年第8回ルイジ・マンチネッリ国際オペラ指揮コンクールにおいてファイナリストに選ばれた。
ザルツブルクモーツァルテウム管弦楽団との共演のほか、サンレモ交響楽団、ボフスラフ・マルティヌー・フィルハーモニー管弦楽団、バーゼル交響楽団等、各国のオーケストラと共演を重ねる。2010年より、オーストリアを拠点に活躍する現代音楽専門アンサンブルOENMの指揮者として、ヴェルディ音楽祭(パルマ)、ウィーンモデルン現代音楽祭など、各国の音楽祭に出演。特に現代音楽の分野において高い評価を得ている。オペラの分野においては、2012年プッチーニの《ラ・ボエーム》を指揮してデビューしたのを皮切りに、これまでにモーツァルトの《魔笛》ヴェルディの《椿姫》《イル・トロヴァトーレ》など多くのオペラを手掛けいずれも成功させ、活躍の場を広げている。
■三宅政弘(みやけまさひろ)コンサートマスター
兵庫県立西宮高等学校音楽科卒業。東京音楽大学卒業。全日本学生音楽コンクールヴァイオリン部門大阪大会高校の部 第一位。江藤俊哉ヴァイオリンコンクールヤングアーティスト部門第三位。東京音楽大学コンクール第三位。桐朋祭超絶技巧選手権ヴァイオリン部門グランプリ受賞。2009年9月、2011年1月にソロリサイタルを開催し、好評を博す。これまでに、竹本洋、後藤維都江、山本彰、辻井淳、東儀幸、田中千香士、海野義雄、横山俊朗の各氏に師事。
■竹蓋彩花(たけふたあやか)エレクトーン
千葉県船橋市出身。国立音楽大学附属高等学校、同大学演奏学科(電子オルガン)を首席で卒業。同時に作曲コース、作曲応用コース修了。在学中、(財)明治安田クオリティオブライフ文化財団より奨学金授与。卒業時に武岡賞受賞。卒業演奏会、第25回電子オルガン新人演奏会に出演。アコースティック楽器との共演、またオーケストラの一員として数多くの本番に出演し、クラシックを得意としながらも様々なジャンルに対応できる演奏家として活動。作曲、編曲面でも高い評価を得ている。ヤマハエレクトーンコンクール2009(国際大会)第5位。エレクトーン演奏グレード2級取得。ヤマハ音楽院エレクトーン競演特別コース修了。これまでにエレクトーンを平部やよい、岩崎孝昭、足立淳、作曲を北爪道夫、斉木由美の各氏に師事。エレクトーンシティ契約奏者。講師として後進の指導にも力を入れている。
■オーケストラ・トリプティーク
日本の作曲家を専門に演奏するオーケストラとして、プロ奏者により2012年結成。伊福部昭百年紀の公式オーケストラとして8回の公演に出演。NHKや新聞の取材も受け、テレビニュースでも特集され、音楽雑誌ほかで好評を得る。これまでに浜離宮朝日ホール(朝日新聞社内)や旧奏楽堂(上野公園内)、東京国際フォーラムほかでコンサートを行い、リリースしたCDはタワー・レコードやamazonのチャートで幾度も1位を記録。フルオーケストラ、弦楽オーケストラ、アンサンブル、小編成まで様々な形態で日本の作曲家の音楽をアーカイヴすべく活動している。2021年4月の無観客演奏会がニコニコ超会議で放映され約7万人が視聴。その録音は8月の東京パラリンピック開会式で使用され大きな話題となった。トリプティークは三連画。前衛、近現代音楽、映像音楽という三本の柱を持ち活動する意である。https://3s-ca.jimdofree.com/
■西耕一(にしこういち)音楽プロデューサー
昭和の現代音楽、アニメ音楽、映画音楽、3人の会等を専門とする評論家、プロデューサー。 伊福部昭百年紀代表。渡辺宙明、チャージマン研など。日本作曲家専門レーベル・スリーシェルズ代表。黛敏郎、團伊玖磨、芥川也寸志、松村禎三等の企画・演奏・CD化。 NAXOS解説執筆、NHK交響楽団、読売交響楽団、東京交響楽団、東京フィルハーモニー交響楽団、東京シティ・フィル、東京オペラシティほかへ企画提案等。BSテレ東、TBSラジオ、NHKラジオ、DOMMUNE、ニコニコ動画などに出演。https://twitter.com/johakyu_

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