「あぁ、ミュージカルってすごい」 
原作者・坪倉優介とプロデューサーが
語る、新作オリジナルミュージカル『
COLOR』

草木染作家の坪倉優介氏が自身の体験を綴ったノンフィクション『記憶喪失になったぼくが見た世界』(朝日文庫)がホリプロ製作によりミュージカル化される。タイトルは『COLOR』。音楽・歌詞を植村花菜、歌詞・脚本を高橋知伽江、演出を小山ゆうなが手掛け、「ぼく」と「大切な人たち」を浦井健治、成河、「母」を濱田めぐみ、柚希礼音が演じる(2チーム制)。
今回、原作者である坪倉氏と、ホリプロのプロデューサー・井川荃芬(かおる)氏の対談が実現。この日、初めて『COLOR』の稽古を見学した坪倉氏に感想を聞きつつ、両者に作品への思いを語ってもらった。
あふれてくる涙を止められなかった
――お稽古を見学なさって、どうでしたか。泣いてらっしゃいましたね。
坪倉:はい。(創作の過程で)いろいろと話をしてきたけれど、きょう初めて、生のお稽古を見ました。音が加わって、すごく現実的な自分の気持ちを直に見た気がします。あのとき、そうだった。そういう風に思っていた。悩んでいた。今よりもずっと思い通りにいかず、たまらなく悩んでいたことを思い出してしまって、もう勝手に涙が出てしまいました。(取材中の)今も思い返したら、涙があふれてしまいそうなぐらい。まだ気が落ち着かない感じです。
――きょうのお稽古は作品の冒頭部分でしたが、それだけでも心動かされたのですね。
坪倉:はい。何だこれ、目がすごく熱くなってきたぞという感じでした。あのときの僕は言葉がなかった。僕が思っていた気持ちが、今回、音として表された。ズンと胸を打たれた瞬間からもうどんどん目頭が熱くなって。本当に泣くことがなかった僕なのですが、勝手にあふれてくる涙は止めれませんでした。
――ご自身の体験が舞台化される、ミュージカル化されると最初に聞いたときはどんなお気持ちだったのですか?
坪倉:えっ!と、びっくりしました。僕もものをつくるのは好きですが、それとは全く違った世界でものがつくられていく、しかも自分を題材として作っていただける。もう「やってもらえるのなら!ぜひ!」というワクワク感がどんどん膨らみました。いろいろな方と接触していくと、自分が知り得なかった情報や、自分が気にしていなかったことに着目されて、改めて自分を見返すことが増える。もうワクワクする気持ちが止めれなくなって! だからきょう、みなさんと会える。それまでずっと画面越しで打合せなどを行い、想像するしかないなかったから、いろいろなものを、実際に見ることができて、感動山盛りです。
――言葉にならないお気持ちを感じます。今回、出演するキャストそれぞれをイメージしたお着物を染めてらっしゃるということでした。そのインスピレーションも更に湧いてきたのでは?
坪倉:会ったときの表情とか雰囲気で、どんどん頭の中に色がふわんふわんと浮かぶんですね。感じるんですね。そのとき感じた気持ちを冷めないうちに、どんどん描き表していきたい。今後の製作意欲が浮かんできている状態です。
>(NEXT)「もしかして」と思わせた『スリル・ミー』の経験
「もしかして」と思わせた『スリル・ミー』の経験
――井川プロデューサーは、改めて、なぜ本作をミュージカル化しようと思われたのですか?
井川:実は書籍のタイトルを見た瞬間に「もしかして」と思ったんです。読み始めたら「これをミュージカルにしたい」という思いがさらに強くなり、読み終えた直後に企画書を書きました。そう思ったきっかけの一つは『スリル・ミー』を担当させてもらったことだと思います。
『スリル・ミー』は出演者が2人だけの“ミュージカル”。ミュージカルなんですが、栗山民也さんの演出によって、ストレートプレイのようにも感じられる。本当に境界のない作品です。多分その経験があったから、坪倉さんの本を読みながら、その紡がれる言葉を感じたときに「これに音を乗せて届けられたら」と思ったんです。
本や映像作品だと、第三者の物語として見る場合が多い。だけれど、演劇の面白さは、同じ空間で、同じ人間の方が演じていることで、エネルギーが直接届いて、もう一段階入り込めることだと思うんです。だから、もしかしたらこの題材を演劇にすることで、この物語から自分が感じた日常の嬉しさや、原点に戻ることが、もっと多くのお客様に届けられるきっかけになるのかもしれないと思って。自分がミュージカルが好きというのもあって、ミュージカルにしようと思いました。
――その見立てが見事にハマったわけですね。とはいえ、ここまで形にするのも大変だったと想像します。
井川:まず(演出の小山)ゆうなさんにお声がけしました。本を読んでいる段階から、ゆうなさんにお願いしたいなと思っていたんです。そうしたら、本当に二つ返事で「やります」と言ってくださいました。(脚本・歌詞の高橋)知伽江さんも「やってみよう」と。そうして、知伽江さんが(脚本の)第1稿を上げてくださったのが1年半ぐらい前です。
2020年に新型コロナウィルスの感染拡大による緊急事態宣言で『デスノート THE MUSICAL』が途中で終わってしまい、その直後に出会った本だったので、新作としては製作期間が短いです。なので、そこから急ピッチでつくりあげていき、本当にいろいろな打ち合わせを重ねて重ねて、第9稿まで来ました。稽古場でさらに変わっていくと思っています。
――音楽は、植村花菜さんが担当されます。
井川:まず、日本語らしさをそのまま紡ぐには日本人の作曲家の方がいいなと思い考えている中で、植村さんのお顔が浮かびました。耳に残るメロディーラインと言葉が絶妙にリンクして紡がれる世界を体験をしていただきたいです。
この作品は、“いい話だったね”とならないようにしよう、と当初からクリエイターの皆さんと話し、どういう視点を入れるべきか。その点の話し合いは本当に何度も何度も繰り返しました。
キャストの皆さんに初めてお渡しした脚本は第6稿。その時点で1年ぐらい私たちは手掛けていたので、キャストのみなさんの意見がとても客観的で、そこからもう1回リニューアルしたような感覚です。今回は「THEミュージカル」ではなく、芝居なのか、ミュージカルなのかという境目の中で紡ぎたいという思いがあって……本当にゴールがない挑戦なんだなぁと思いながら日々を過ごしています。
――成河さんが以前、SPICEのインタビューで「演劇としても『可哀そうな人が頑張って克服した話』にならないようにしないといけない」と語っておられました。キャストのみなさんからの意見も反映されているのですね。
井川:はい。第三者から坪倉さんがどう影響を受けてきたのか、逆に第三者が坪倉さんからどう影響を受けたか。そこが見えたら、この物語が描きたいものがもっと明確になるんじゃないか。「ぼく」の芯となるものは何だろう。など多くの意見をくださいました。稽古中の現在も改稿を重ねています。新作のオリジナルは本当に難しい、と感じながら、でも本作を生み出せたら、もしかしたらまた次につながるのかなという期待もあります。
――坪倉さんは、普段お芝居などはご覧になられるのでしょうか?
坪倉:僕はどちらかというと、こもりきって創作をしているので、決して多くは観ていないです。お仕事の関係で文楽など、和の舞台を観る機会はあるのですが、今回はミュージカルということで、すごく新鮮に感じています。お稽古を間近で見るだけでも、もう楽しくて仕方がないです。
――やはり音楽の力は大きいですよね。
坪倉:うわーっとものすごく入り込んでしまいましたね。どんどん自分が過去に遡る感覚です。本の原稿を書いていたときは、自分としては意識しなかった、自然と流れ過ぎた状況をもう一度思い返すという作業で、絞り出して思い出すことに必死だったんです。でも、今回は、もう形になっていて、自分が逆に思い出させられるような感じがする。本のときと全然違ったので「ああミュージカル、すごい」と思いました。
>(NEXT)きっと事故がなければ、間違いなく今の僕のような気持ちは手に入らなかった
きっと事故がなければ、間違いなく今の僕のような気持ちは手に入らなかった
――出演者のみなさまも、とても信頼できるメンバーです。
井川:浦井さんは『デスノート THE MUSICAL』、成河さんは『スリル・ミー』でご一緒させて頂きました。今回は2チーム制で上演させていただきますが、そういう場合、全く色が違うお二方にお願いしたいなと思うことが多いです。演じる方が変わると、全然違う作品になるというのを『スリル・ミー』で経験し、きっとこのお二人だったら、全く違う「ぼく」を中から作っていただけるだろうなと思いました。
母を演じるお二方は、普段お2人と会話をする機会があったときに感じた、リアルな印象からオファーさせて頂きました。濱田さんは何度かご一緒させて頂いていますが、柚希さんとは本作で初めてご一緒させて頂きます。普段のお話されている感じや役への臨み方などを拝見していて、すごく魅力のある方だなと。そのお人柄が「母」という大きい包容力をつくってくれるのではないかと思いました。
坪倉優介氏(右)と井川荃芬氏
――事故から30年以上経ちます。坪倉さんとしては今、記憶喪失というご経験自体をどう捉えてらっしゃるのでしょうか。
坪倉:起こったこと自体は変えられません。これが僕です。交通事故に遭って、記憶喪失になった。でも生き返って、今、こうして生きることができている。それだけで幸せだし、楽しいこと。そこで落ち込んでる時間が勿体ない。立ち止まってなんかいられない。誰も気づけなかったことや、見られなかったものに、自分で気づけるなんて、素敵じゃないですか。きっと事故がなければ、間違いなく今の僕のような気持ちは手に入らなかったと思います。
僕のことだから、事故に遭わなかったとしても、不幸になったとは思わないです。「いや〜毎日楽しいな!」ときっと笑っていると思うんですが。今の僕と全然違う、自分が会うことのない自分。どっちがいいんだなんて、なり得ないものに比べる必要はなく、もう、今が楽しい。記憶をなくすって、こういうことかと気づけた。それが自分なりの味付けで出た人生の答えかな。
同じように事故に遭った人がいるけども、自分で前に進めなくて悩んでいる人がほとんどです。今回の作品がきっかけで、一歩進む勇気、そして、自分の好きなものを選んでいいんだと思うきっかけを感じてくれる人が増えたらいいなと思っています。
井川:本を読んだ時にも感じたのですが、坪倉さんが仰る言葉は、とてもシンプルなんですよね。だけど、すごくダイレクトに伝わってきます。すごくピュアで、まっすぐに言葉を投げかけてくださるから、伝わってくる。そのストレートに感じていることを、そのまま台本の中に落とし込んで、それがお客さんに伝わるといいなと、お会いすればするほど感じています。
坪倉さんとお話すると、そうだ、本当はもっとワクワクしていいんだ、ということに気づかされます。シンプルな感情をシンプルに表現して、人生が楽しいですとおっしゃる姿、本当に素敵だなと思います。
――最後に坪倉さんのファンの方や、観劇を楽しみにされている方へメッセージをお願いします。
坪倉:ぜひ今回みなさんがつくった「色」を見にきてほしいですし、作品を観に来た人が何かを感じて、また「色」を変えていく。その楽しさも体験していただきたいと思います。ぜひこの『COLOR』、楽しみに来てください!
井川:『COLOR』を観てくださる方に、「●●を感じてください!」という一つの答えはないです。「ぼく」が記憶を失い、どう再生していくか、という過程を描いている物語の中で、お客様がどこかで、何かを感じてもらえる瞬間があればと思っています。そして劇場を後にする時に、そっと背中を押せるような作品にしたいなと思っています。あまり深く考えずにただ劇場に来て、ただ感じるだけでもいい。体感しに来ていただけたらいいなと思います。
取材・文・撮影=五月女菜穂

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