FUJI ROCK登場で際限なく広がるフィ
ールドを感じさせた角野隼斗!

角野隼斗がFUJI ROCKのステージに現れたのは10日ほど前のことだ。
通常コンサートレポートは、そのアーティストをよく知るジャンルに精通したライターに観ていただき書いていただくのが常である。しかしながら今回のFUJI ROCKについてはどなたにもレポートの依頼をしていなかった。
会場に角野ファン、Cateenファンがほぼいない状態のこの公演に関しては、公式からの発信ではない声をまず聞きたい。そしてそれが起きると言う漠然とした予感があったからかもしれない。
そしてとても喜ばしいことに湧き上がるように声が上がった。
クラシックの情報をナチュラルに端的な理解の補助としてくださるSNS。ある種ジャーナリスティックに追ってくださるファンの方のページ。フレッシュな体験として捉えた発信のFUJI ROCK公式。そして予備知識なく“初角野体験“をはからずもされた方のnoteはまさに予感そのものだった。
おもねる言葉なく発信された生のレポート。それらを拝見させていただき、スタッフからの舞台裏も含めた一つとして届けさせていただきたい。
この日角野が登場したのは、いくつかあるFUJI ROCKステージのうち、周りを林に囲まれた、会場内でもっとも自由な空気に包まれた〈FIELD OF HEAVEN〉(フィールド・オブ・ヘブン)。
名前聞いたことあるけど、、、
テレビで見た事あるかも、Mステかな、、、
あ、CateenってYouTuber?
綾瀬はるかとコマーシャルの人か、、、
The First Takeでmiletとやってたよ、、、
あるいは、ちょうど一年ほど前のショパンコンクールに出てた人?(という人は果たしていたか???)
つまるところ「この角野というピアニストは何をやってくれるのか、この時間の〈ヘブン〉を選んだ自分は何を観られるのか」“音楽を楽しむ!“というとてもシンプルな目的を持つ聴衆は皆同じような心持ちであったのではないだろうかと。

角野はロックフェスとしては不思議なくらい静かなステージに現れた。
やや緊張の面持ちでステージ中央へ向かい、見守るような視線の中シンセの低音を山間に響かせ浸透させると、観客の集中度は自ずと高まる。ピアノが叩くイントロは「死の舞踏」。

「天国〈フィールド・オブ・ヘブン〉で死の舞踏とはね(笑)」
わかっていても目の当たりにするとニヤッとしてしまう。
セットリストを構築する中で1曲目をどうするかはどのアーティストも大変だ。おそらく今日は自身の音楽に対して予備知識のない聴衆に向けて掴む曲だ。事前打ち合わせの時には、「ロックのカバーをしても良いのでは?」との話もあった。クラシックのみならず、JAZZ、本拠地Youtubeでは多くのPOPSカバーをしている角野だ。ロックのスタンダードをやっても媚びを売るようなことではないしある種FESに対し真摯な姿勢じゃないかとも。
しかし角野は1曲目にクラシックを選んだ。それを自らの体内を通した形で表現する方法で。
いつからか“鍵盤ランド“とSNS上で呼ばれるようになった、グランドピアノ、アップライトピアノ、キーボード、moogシンセサイザー、他種々の鍵盤楽器で周囲を囲むスタイル。様々な出会い、数々の影響から創作の具現化のために導入されたそれら“鍵盤”たちを駆使する。FUJI ROCKでの一つの表現目的として当然のアイディアだ。
6月に参加した“日比谷音楽祭“出演後に、ある感触を掴んでいたようだった。色々と考えをめぐらしたがFESでは自身の発する最も強いもので勝負するしかないだろうと。
シンセによるイントロダクションが幽谷に響く中意を結したように挨拶。
「角野隼斗と申します、今日は楽しんで行ってください」
申します、、って、場違いな言い方だな(笑)。いつもの通りの誠実な挨拶をしてピアノに向かう。シンセのカットアウトと共にピアノが不穏で不気味、しかしリズミカルなメロディを奏でた。
“キャッチー“だ。
自身の最大の武器であるピアノの音をこの野外で最大限に響かせる、打鍵は強い。この曲を初めて聴く人々に“なんだか凄いぞ“思わせる強さをもった曲。角野のレパートリーの中でBESTな1曲目が選ばれたと感じる。
ルーパーを駆使し、アップライトピアノはマフラーのフェルトを改造、工夫して貼り付けたエフェクト素材が仕込まれた。「今弾いている楽器は何!?」という音が刹那に耳をくすぐる。たとえクラシックと呼ばれる楽曲を弾いているときも油断は禁物だ。リズムの変化と共にナチュラルに組み込まれたチック・コリアはもはや定番か。曲の端々に自由な「今ここに入れて何か問題ある?」と言わんばかりに現れる咀嚼された音楽の登場は、後からその仕込まれた数々を“あーだこーだ“言う楽しさを与えてくれる。「あれ!今知ってる曲入ってなかった?」という出会いは音楽ファンにはとても嬉しいものなのだ。
この一巡は、戻ってきた時のグランドピアノの演奏の美しさを際立たせる。ドラマティックな展開に比してあっけない終曲。この終わり方も曲選びとしては最高だ。前のめりに固唾を飲んで聴いてきた聴衆がふっと弛緩するのがわかる。割れんばかりの拍手!と思いきや、ややまばら(笑)。
いいのだ!この今何見てるんだろうという動揺こそが角野隼斗の真骨頂なのだ。
間髪入れず始まった2曲目は「英雄ポロネーズ」。
7月30日深夜、セットリストは変更された。名古屋で亀井聖矢との2台ピアノによるリサイタル(そちらも野心的なプログラムでクラシックホールにて開催)を終え、夜半前に越後湯沢入りした角野から連絡があった。“セトリ”を変更して「英雄ポロネーズ」を2曲目に入れたい、と。
「自身の強みはピアノであってシンセではない。ピアノを主とすべき。純クラシックをアレンジなしで弾き切る曲が1曲欲しい」
明確な意思だ。
もちろん1曲目「死の舞踏」をアレンジすることで音楽の幅を広げている表現手段を惜しげもなく見せてくれた。それはまさに聴衆を掴んだし素晴らしい仕上がりだ。しかしその上で角野が魅せたかったのはピアノ一台と自分。最もストイックで精神性が求められる世界。後には引けない潔い姿を早々に出しそこで勝負したっかたのだろう。はたしてその姿は約1年前のショパン国際ピアノコンクール壇上のものと変わらない。そしてその緊張が聴衆に不思議な高揚感をもたらしいつの間にか聴衆を包むものに変わっていったように思える。
他の何者でもない紛れもない自身のみでの勝負、これがロックの精神でなくて何がロックだろうか!
グランドピアノは1953年製のスタインウェイD247モデルだった。真夏のフェスティバル、それもカラッとしたヨーロッパとは異なる日本の高温多湿な環境。さらにここ数年の酷暑を鑑みると苗場の高所とはいえスタインウェイピアノの導入には困難を伴う。最新型はなかなか敬遠される中で御年70歳の出番だ。鍵盤は今ではあり得ないアイボリー製、重い。近年の樹脂で48g程度の鍵盤が62gあるそうだ。しかし重さよりもむしろ湿度による影響の方が大きいと調律師は言う。
角野独特のアタック、リズミックな歯切れが出るかの不安があったが結果は聴いていただいた通りだ。早朝から会場に入り目まぐるしく変わる天候の中、屋外テントの下で直前まで丸1日かけてこの老スタインウェイを仕上げた調律はピアニストの宝と言える。
かくして「英雄ポロネーズ」は十二分にその役割を果たした。
クラシックファンなら野外でストレートにクラシックピアノを聴かされることに新鮮な驚きがあっただろう。ホール、その響きで、スピーカーを借りずに聴き慣れているものだから。そして初めて〈フィールド・オブ・ヘブン〉で出会った聴衆には、この人はピアノ一本で自分の音楽を伝えにきたんだ!ということが徐々に肌身で伝わり始めた瞬間だったのではないだろうか。
2020年12月のサントリーホールでコロナ禍に開催された配信限定コンサートを思い出した人もいたかもしれない。そのプログラムは、冒頭のオリジナルで入口を作った後、「死の舞踏」で始まりアンコールの「英雄ポロネーズ」で終わった。この2曲はクラシックのピアノ曲という世界観の中でも角野の両端のテンションを表現している。革新的な編曲表現と完成された作曲作品の自己表現。リストとショパン、最高のアレンジャーでありコンポーザーだ。FUJI ROCKのステージで、角野隼斗は50分の持ち時間がある中、最初の2曲のみで凝縮された自身の世界のオープンエンドを形作ったように思えた。
MCなしでピアノで語ると決めていた角野は、その後ショパンにインスパイアされたオリジナルを2曲披露。
難曲の「エチュード(練習曲)Op.10−1」の流れるような右手と共に奏でられる左手のメロディ「胎動」。演奏初期に英題を“Movement“としていたものを今回“New Birth“に改めた。ショパンコンクールを終えた時期に創られた楽曲だがこの会場こそこのタイトルにふさわしい。
一方で「バラード」に基づく「追憶」“Recollection“。タイトル通りノスタルジックのようでその表現手法は音質含めあえてアップライトの性能をを最大限に活かすという点でも非常に新しい。今後の創作の方向を示唆するこのピアノも表現方法も異なる2曲がFUJIROCKという場で披露されこの10日から配信開始された。ある種の決意表明のように。
最後にFESならではのエピソードを一つ添えさせていただきたい。
野外FESというものは“ナマモノ“だ。どんなに準備していてもアクシデントやトラブルに見舞われる可能性がある過酷な環境だ。ヴァンパイア・ウィークエンドのステージを観た方もいるだろう、この日も例外ではなかった。
上記の演奏の後、グランドピアノ“70歳の御大“に不都合が出た。お気づきの方もいたかもしれないがどうやらDのダンパーだったようだ。あの渾身の「英雄ポロネーズ」にやられたか、はたまた湿度の影響か。ストレートなピアノの響きが期待される曲が控える中、角野は和音の工夫などで寄り添い続ける。
ピアニストはなかなか自身の楽器を持ち込めない(アップライトは持ち込んだけど(笑))。そのピアノと対峙しての卓越したテクニックは煌びやかな演奏のみに使われるのではないことをピアニストが教えてくれた。角野には申し訳ないがこれもFESの醍醐味だ。そしてキーボードからの音源再生、さらにはどうやら照明によりシンセサイザーのパイロットランプの視認が困難になるという予想し得ない状況にも見舞われた。シンセの活躍を想定した曲もある後半、バッハ、カプースチンの「トッカティーナ」、「ラプソディ・イン・ブルー」――先の通りピアノも万全ではない中、気持ちを瞬間で切り替えた角野はクライマックスまでピアノ一本で弾き切った。
「自身の強みはピアノであってシンセではない。ピアノを主とすべき。純クラシックをアレンジなしで弾き切る曲が1曲欲しい」
〈フィールド・オブ・ヘブン〉は突然現れたこの風変わりな出演者の思いと言葉を汲み取ったのだろう。“このまま角野隼斗とピアノを見せていけよ、それがロックの精神だろ“と。
それが確かに聴衆に伝わった喝采の中、
「リハと全然違うじゃんかー(笑)」と揶揄する私の言葉に角野は、「いやトラブルで、シンセの出番がちょっと」と快活に語る。
「まあピアノと角野があればなんでもできるじゃないか、それがアコースティックの凄さだよ」
仮にPAが落ちても角野は弾き続けることができるのだ。「いや、そうなんですよ!!」らしくない強い語気が電話口からも感じられた。
そう、実は筆者は会場を訪れていなかった。
リハまで一緒したが別れた後の濃厚接触、現場の訪問はあり得ない。苗場参戦が難しい多くの視聴者の皆さんと一緒にYoutubeを自宅で観ていた。当初はスタッフとしての気落ちもあった状況だったが、演奏を観ての感動と一体感の存在が確実に感じられたのだ(20分遅れだけどね(笑))。
ライヴは素晴らしい、それが大自然の中ならなおさらだ! しかしいつも現場で姿を目前にしているスタッフだからこそ生身で気付き難いことにはからずも気付かされた。
角野隼斗はそのライブ体験すら同じ会場にいることに留まらずフィールドを拡大し、それはYouTube上であっても想像を遥かに超えてライブ体験であるということだった。
だから数あるFUJI ROCKのステージの中で角野隼斗の演奏場所は〈フィールド・オブ・ヘブン〉だったのか!
どこまで拡大するか、みなさんとともに観続けたい。
※しかし現場でしか感じ得ない息吹を写しとる@ogata_photoに御礼申し上げます。
文=N.S 撮影=@ogata_photo
〈NEWS〉
角野隼斗オリジナル、ショパンにインスパイアされた楽曲2作品同時リリース。
今年1月~2月に開催した「角野隼斗 全国ツアー2022“Chopin, Gershwin and…“」で初披露され、7/31(日)に出演した「FUJI ROCK FESTIVAL ’ 22」でも会場と配信のオーディエンスを大いに盛り上げた角野のオリジナル楽曲「胎動 New Birth」「追憶 Recollection」を、それぞれ単独の楽曲として配信リリース。8/10(水)より主要音楽配信サービスにて順次配信スタート。

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