器楽曲・管弦楽の大作をサクソフォン
四重奏で The Rev Saxophone Quart
etリサイタルをレポート 

上野耕平、宮越悠貴、都築惇、田中奏一朗の4人によるサクソフォン・カルテットThe Rev Saxophone Quartet(ザ・レヴ・サクソフォン・カルテット)」の演奏会が、2022年7月8日(金)の夜、東京の浜離宮朝日ホールで開催された。『サクソフォン四重奏✕ドイツ三大B』と銘打たれたリサイタルは、バッハ、ベートーヴェン、ブラームスというドイツが誇る三人の作曲家の器楽曲・管弦楽の大作がプログラムされた画期的な内容だった。満場の大喝采を博した当夜の模様をお伝えしよう。
個々が光る好企画でスタート
The Revによる久々のリサイタル。今回のテーマは『サクソフォン四重奏✕ドイツ三大B』というものだ。客席はほぼ満員の盛況ぶり。バッハの無伴奏ヴァイオリン パルティータやベートーヴェンのピアノ・ソナタ 第23番「熱情」がサックス・カルテットで演奏されるという意欲的な内容ゆえか、開演前からホワイエも客席も期待感に満ちた熱気のようなものが漂っていた。
最初の演奏曲目は バッハ「無伴奏ヴァイオリン パルティータ 第二番」全曲。当夜は前半四曲 ~アルマンド、クーラント、サラバンド、ジーグ~ までの作品をメンバー一人ずつがアルトサックスを用いてソロ演奏し、最終曲のシャコンヌをそれぞれのパート楽器に持ち替え、全員のアンサンブルで演奏するというスタイルで構成されていた。
プログラム冒頭で、似て非なる古典舞曲作品をメンバー一人ひとりが同一楽器で演奏するという趣向は、各人の個性や音楽性、持ち味、そして専門性がより顕著に感じられ、とても興味深く、実に好企画だった。
第1曲目のアルマンドの演奏は、通常バリトンサックス担当している田中奏一朗。厳かな単旋律が舞台空間の高い天井に響きわたる。やはり、時折現れる低音の深い響きが印象的だ。音域によって絶妙に音色を変化させながらも、しっかりと全体の統一感が保たれており、終始、厳粛な雰囲気の中にもトップバッターの演奏にふさわしい力強さがみなぎっていた。
第2曲クーラントは、通常テナーサックス担当の都築惇による演奏。速度の速い舞曲を終始リズミックに軽やかに弾きこなす。この楽曲特有の付点音符や速いパッセージでは、巧みに小気味よいテクニックを聴かせる。明るい音色と暗い音色のコントラストの用い方も実に効果的で、軽やかな作品によりいっそうの深みを与えていた。
第3曲サラバンドは、アルトサックス担当の宮越悠貴。もともとアルトサックスの名手ゆえに、宮越にとっては通常モードなのだろうが、普段ジャズ演奏なども華麗にこなす宮越が、あえてバッハの王道であるサラバンドという重厚感に満ちた曲を演奏するのは、むしろ新鮮に感じられた。音のない箇所での一瞬の間の置き方の劇的な効果や、限界と思わせるくらいまでの息の長いフレージングを紡ぎ重ねてゆく様など、宮越ならではの音楽的知性がこの曲の重厚感をよりいっそう醸しだしていた。
ソロ演奏最後の第4曲ジーグを奏するのは上野耕平。さすがソプラノサックスの名手だけあって、この速い舞曲を水が流れるかのように流麗に紡いでゆく。粒の揃った細やかな音のきらめきが美しい。自然な流れの中での細やかなダイナミクスの表現も見事で、バッハ独特のスタッカートの様式感なども明確に踏まえ、このヴァイオリン独奏用の作品が、サックスという(ヴァイオリンとは)全く異なるメカニズムを持つ楽器で演奏されているとは思えないほどの臨場感に満ちていた。
そして、全員で演奏された最終曲シャコンヌ。各人が自身の専門パートの楽器に持ち替えてのアンサンブル演奏だ。まるでオルガンの演奏を聴いているかのような垂直の響きが舞台上の空間に響き渡る。
この曲が持つポリフォニックな構造――すなわち低音のモチーフを主題として、変奏的に展開し、より豊かな響きを伴って発展してゆく――、その複雑なプロセスが目に見えるように舞台の上で繰り広げられてゆく。各パートが均等に聴かせどころを披露するなど、旋律展開がバランスよく構成されていることで、普段ヴァイオリンのソロ演奏で聴いていると、かなりの難解な印象を与えるこの作品もアプローチしやすいように感じられた。
長調に変化する中間部の重層的なコラールもまたひときわ美しく、それぞれの楽器が澄んだ明るい音色を聴かせた。再び短調に戻る終結部では、荘重な音の響きの中にもさらなる高揚感と集中力が増し、見事なフィナーレでこの大曲を結んだ。
管弦楽版と二台ピアノ版の “いいとこどり”
休憩を挟んでの後半一曲目はブラームス「ハイドンの主題による変奏曲」。この作品は原曲版として管弦楽版と四手二台用のピアノ版の双方が存在する。事前インタビューでのメンバーの発言によると、管弦楽版と二台ピアノ版の “いいとこどり” を目指しているとのことだったが、その思いが本日の演奏でしっかりと実現されていた。
まずは “主題” の演奏。オーケストラの響きとも、二台ピアノの響きとも一味違う、明るく、温かみのある独特のサクソフォンアンサンブルの響きが会場空間を包み込む。
その後に続く8曲の変奏――あくまでも筆者の主観ではあるが、第1変奏から第4変奏、そして第7変奏では、ソプラノサックスを主体としたフルートを思わせるような響きをはじめ、弦楽四部の重厚感を感じさせる低音部のメロディラインと木管楽器群の響きを思わせる中高音部との響きの掛け合いなど、管弦楽的な音の印象が感じられた。ブラームスの管弦楽作品の妙味を踏襲した重層的な構造を明確にする立体感のある響きも秀逸だ。

対して、第5~6変奏、第8曲変奏では、スタッカートの多用など、ピアニスティックな表現をアンサンブルで巧みに聴かせたり、速いパッセージの中にも、よりピアノ的なアゴーギク(テンポやリズムを意図的に変化させることで行う表現)を流麗に表現したりと、二台ピアノ版から着想を得た柔軟性のある伸びやかな演奏効果が感じられた。
そして終曲。クライマックスに向かう途中、冒頭の本主題が再び現れるに連れて、四人がおのずと一体化してゆく様や、一つの点に向かって収斂されてゆく高揚感や集中力もさすがだ。四人が一体となって紡ぎ出す、目に見えない “力学” が、オーケストラにも負けないほどの壮大なフィナーレを紡ぎ出していた。
サックスの魅力を最大限に引き出す“熱情”
“ドイツ三大B” のラインナップを飾る終曲は、ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第23番「熱情」 全楽章。ピアノ演奏においても究極の難易度を誇るこの作品に、あえてサックス四重奏で挑む。間違いなく挑戦的ともいえる試みだ。当日はこの演奏を心待ちにしていた聴衆も多かったことだろう。
冒頭、あの有名な主題のフレーズでは不穏な空気感が会場空間にみなぎる。緊張感に満ちたフレーズがこれからの壮大な試みを予兆するようで、聴いていて実にスリリングだった。続いてピアニスティックな高音の速いパッセージをアンサンブルのユニゾンで聴かせるなど、冒頭から実に挑戦的だ。そして、ピアノ特有のトレモロ的な表現でも、驚くほどに四人の息がぴったりと合い、臨場感あふれる音で聴かせる。
中間部では、サックス・アンサンブル、いやThe Revならではの “ゆらぎ” を伴う情熱的な息づかいで、展開部にふさわしい濃密な世界を創り上げてゆく。再現部では、かの 有名な “運命の動機” をより不気味に、不穏な感情を伴って響かせる。様々な音域や調性において出現する主題を、音色を変化させながら巧みに導いてゆく。一つの長大なピアノ・ソナタとしての音楽的理解や全体的な構成感はもとより、実際にピアノの音と見(聴き)紛うような響きが各所に散りばめられていたのも印象的だ。特に第一楽章コーダ部分での、絶妙な間の取り方や激情のほとばしりは圧巻だった。
第二楽章では、ポリフォニー的な内声部の重厚感がピアノでの演奏よりも明確に紡ぎだされ、この瞑想的な作品をより違う視点から感じることができ、大変興味深かった。楽章の最後部では高音のパッセージを上野がソプラノサックスによる鮮やかなテクニックで聴かせ、深淵なる音の世界に華を添えた。
そして、間髪をあけず第三楽章へ。各パートが安定したテクニックで嵐のような旋律を紡ぐ。第三楽章演奏前には、一体どうなることかと、疑心暗鬼の思いでいたが、この楽章を聴くに連れ、最もサックス・アンサンブルにふさわしい楽曲の一つであるかのようにも感じられたのが、驚きでもあり、新鮮だった。
オスティナートのような低音(バス)に支えられ、超絶的なフガートのように荒れ狂う旋律の激しさを表現する四本のサックスの響きの応酬がホール空間を力強く支配する。メンバーの技術の高さや旭井翔一氏による編曲の妙もあってのことだろうが、サックスという楽器の無限の可能性をメンバー全員が一丸となって最大限にまで引き出すことに成功していたのは間違いない。フィナーレのプレストでさらに激しくどこまでも燃え上がる様は、もはや職人芸の域だ。
客席からは満場の喝采。弾き終えた後の四人の清々しくも満面の笑みを湛えた表情は、客席から見ていても気持ちよい程だった。ここで上野がマイクを持って客席に語りかける。
「この曲をサックス・アンサンブルで演奏するなんて、なんてバカげているんだろうと、自分たちでも思ってはいるのですが、素晴らしい編曲をしてくださった旭井翔一さんに感謝しています」と客席にいた編曲者の旭井氏にエールを贈った。
そして、最後にアンコールのバッハ「G線上のアリア」を演奏して、この濃密な演奏会を締めくくった。バッハに始まりバッハに終わる『サクソフォン四重奏✕ドイツ三大B』。最後まで、渋く、そして、重厚感とあたたかみに満ちていた。

なお、「The Rev Saxophone Quartet」次回のリサイタルはクリスマス・イヴの12月24日(土)、浜離宮朝日ホールにて開催が決定している。ドヴォルザークの弦楽四重奏曲 第12番「アメリカ」を演奏予定、そして、現在進行中のThe REVプロデュース企画Season2(※)より、オーディション合格者によるお披露目演奏も予定している。イープラス先行予約は、8月25日(木)まで実施中。
(※)プロデュース企画とは……高校生以下を対象にメンバーが直々にレッスンをし、一流の音楽家を目指す人材を育成するプロジェクト
取材・文=朝岡久美子 撮影=中田智章

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