「誰もがナウシカになれる」~尾上菊
之助と中村米吉の歌舞伎座『風の谷の
ナウシカ』ビジュアル撮影レポート

尾上菊之助と中村米吉が出演する歌舞伎『風の谷のナウシカ 上の巻―白き魔女の戦記―』が、2022年7月4日(月)から7月29日(金)まで歌舞伎座で上演される。開幕に向けて特別ビジュアルが公開され話題となっている。クシャナ役の菊之助と、ナウシカ役の米吉の撮影現場を取材した。
歌舞伎座『風の谷のナウシカ』特別ポスター
■米吉、風の谷の姫さまナウシカへ
スタジオには歌舞伎の鬘屋さんが地金を打つ音が響いていた。
「この音を聞くと、歌舞伎だなと感じます」
控室のスタッフに、ナウシカ役の米吉が言う。本作のビジュアルは、歌舞伎の衣裳や鬘の職人さんと、ふだんは某テーマパークやミュージカルなどの衣裳・ヘアメイクに携わるスタッフさんが協力して作り上げる。鏡の前には、歌舞伎の楽屋では見かけそうにない化粧品が並べられていた。
米吉は自身のスマートフォンに撮りためたメイクテストの画像をみせながら、スタッフとイメージを共有する。「どなたとは申しませんが、これは某・紫吹淳さんに教えていただいたカラーです」など、おっとりした口調に冗談をまじえながら、最終の打ち合わせを済ませる。
歌舞伎俳優は自分の顔は自分で化粧をするものだが、この日は米吉がベースを整え、スタッフさんがパーツのメイクをし、米吉自身で調整をして仕上げる。開幕後は自分で再現できるように写真を残す。
本作は、2019年12月に新橋演舞場で昼夜にわたり上演された舞台『新作歌舞伎 風の谷のナウシカ』の昼の部の内容にあたる。新たなキャストによる歌舞伎座での上演だ。そこでナウシカ役に抜擢されたのが米吉だった。
手鏡には、播磨屋の紋にちなんだ蝶が舞っている。
まもなく控室を出入りする方々の口から、次々に「かわいい」の声が聞こえてくる。
「皆さん、ぼくを褒めるよう誰かに頼まれてきたんでしょう?」
米吉がわざと怪訝そうな顔をしてみせるが、そのリアクションがまた周囲を笑顔にしていた。そこへまた「どうですか?」「かわいい……」の声。米吉の次に撮影をする菊之助だ。
「とてもいいですね!」
菊之助は初演でナウシカを演じ、今回はクシャナを演じる。意見を求められた菊之助は、「ちょっとだけ分け目をつけておくといいのかな」「風が吹くから」など、具体的なフィードバックをする。和やかなやり取りによって、全体の足並みがそろっていくのを感じた瞬間だった。
米吉が演じるナウシカは、風の谷の族長の娘だ。谷の住人たちからは「姫さま」「姫ねえさま」と呼ばれ、家族のように慕われている。作中では、メーヴェと呼ばれる乗り物で風にのり空を飛ぶ。米吉は、歌舞伎座で宙乗りを予定している。
ナウシカを象徴する“青き衣”をまとい、腰には原作でキツネリスのテトが入りこむポーチも。ブーツは2色。どちらにするか判断を一度保留したところに、ちょうど打ち合わせを終えた菊之助がふたたび登場。ブーツの色も決定してナウシカが完成。いよいよ撮影へ。カメラマンは永石勝氏。
仕度も仕上がりも、すべてが順調に見えた米吉だが、拵えの合間には「やはり緊張しますよね」とも語っていた。
「『風の谷のナウシカ』は大変人気のある作品ですよね。歌舞伎ファンの方だけでなく、原作のファンの方にもご納得いただけるナウシカをつとめなくてはいけません。しかも初演では、菊之助のおにいさんがおつとめになったお役。古典のお役の何倍もプレッシャーを感じます」
カメラの前に立った米吉は、ディレクションに応え、目線や顔の角度、身体の重心を整えていく。モニターに映し出されるナウシカの姿が、皆を笑顔にした。
米吉はテトを抱いたり風にのったり。動きが柔らかくなり、可憐さと芯の強さが馴染み合い、米吉のナウシカができ上っていった。
■菊之助、トルメキアのカリスマ指揮官クシャナ殿下へ
米吉の撮影を、菊之助はマスク越しにも伝わるうれしそうな表情で見届けると、少し名残惜しそうにスタジオを出て、自身の控室へ。クシャナの拵えの準備に入った。
クシャナは、トルメキア王国のヴ王の娘。軍を率いて遠征した先でナウシカと出会う。敵に対し、冷徹な判断力を発揮するカリスマ的な指揮官だ。映画版ではあまり描かれないが、強く美しいだけでなく、自身の戦隊への愛情をもち、兵士からの信頼は厚い。悲しいことに王位継承権を巡り3人の兄からは裏切られ、父親からは厄介払いとも思える辺境の地での任務を命じられる。母親は、クシャナが幼い頃にクシャナの身代わりとなって不幸な境遇に陥っている。
こちらも菊之助が白粉をしたところに、ヘアメイクさんがアイメイクを施し、さらに菊之助が眉や細部を仕上げ……。伝統的な歌舞伎の顔とは異なるメイクが可能性をぐっと広げ、俳優自身による調整で、俳優と役が高い次元でぴたりとひとつになる。
衣裳と鬘の準備がはじまると、衣裳さんや一門の方々が控室に集まり、一斉に鮮やかに仕事を進めていく。防具、剣、マントなどたくさんのアイテムが揃う。
額のパーツを調整することになり、鬘の一部を外した状態で待機することになった菊之助。剣の具合をたしかめながら待っていたが、ふと鏡に映る自分に目をやりハッとして、「むかしサッカーワールドカップでこんな前髪の人が……ロナウド?」とつぶやいた。一同が笑いに包まれたところにパーツが到着。一気に仕上げにかかる。
スタジオに入った菊之助は、控室で冗談を言っていた時とは別の顔。カメラに向う立ち姿は、すでに“皇女”のオーラだった。背筋を伸ばしたくなる、心地よい緊張感が広がった。
軽く数枚撮影し、モニターでチェックする。皆の視線が集まる中、一瞬の間をおいてモニターに写真が映し出された。歓声とため息がいっしょになった、華やかなどよめきが広がった。菊之助本人はじっとモニターを見て、集中を切らすことなく動きや角度を確認していた。
ギリシア彫刻のような観音様のような聖母のような、それでいて歌舞伎のヒーローでありヒロインのような。古今東西を超えた深みのある美しさだった。武器を構え、マントを広げ、時には「祈り」のポーズのリクエストにも応える。着替えを済ませた米吉も、「わあ……」とこぼし、新しいクシャナの姿に見入っていた。
■誰もがナウシカになれるはず
2019年の初演で、菊之助は歌舞伎におけるナウシカ像をゼロから作った。5月に行われた会見では、ナウシカについて次のようにコメントをしていた。
「ナウシカは、ただ純真無垢なだけの少女ではないところが面白いですね。序幕で風の谷が襲われたとき、クシャナが率いてきた兵をナウシカは思わず殺してしまいます。そこでナウシカは、自分の心の闇に気づき戸惑いつつも、その闇を善で覆い愛で包んでいく。彼女に関わる人間は、ナウシカに心を打たれ、自らの中にある真、善、美の心に気がついていきます。誰もが、人に良い影響を与えることはできる。誰もが心に悪だけでなく善を内包しているし、それを愛で包んで人に与えることができる。決して絵空事ではなく、誰もがナウシカになれるのだと。そんなメッセージを、私は宮崎駿先生の『風の谷のナウシカ』から受け取りました」
この言葉を受けて、米吉は答えた。
「菊之助のおにいさんがおっしゃるとおり、誰もがナウシカになれる。それがメッセージだと感じました。今の世の中もそうですよね。私たちは、誰もが戦争なんてなくなればいいのにな、と思いはしても何もできずにいます。けれどもナウシカは、戦争をなくすために、自分の手が汚れることも厭わず進みます。自分の信じる道を、悩みながらも進んでいく力を持っている。初演を拝見し、またあらためて原作の漫画を読み直し、そのことを強く感じています」
『風の谷のナウシカ上の巻 ―白き魔女の戦記―』は7月4日開幕。
「まだまだ改良するところはありますが、今日までに準備もしてきました。ビジュアル撮影として、良いスタートを切れたと思います。クシャナの魅力は、男性的な強さと内面にある女性性のギャップ。初日に向けて、内に秘めた美しさと強さを追求したいです。そのようなクシャナをおみせできるよう、稽古を重ねていきたいです」
歌舞伎座『七月大歌舞伎』の第三部(18時30分開演)にて上演。

取材・文・撮影=塚田史香

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