ウィーン世紀末シリーズが話題沸騰、
隠れた名曲を、ピアノと解説で聴かせ
る原由莉子とは ⁈

「原由莉子ウィーン世紀末シリーズ」と題したピアノによるレクチャー&コンサートが一部の音楽ファンの間で話題となっている。
ウィーン仕込みの確かな技術に裏打ちされたスケールの大きな音楽と、軽妙な関西弁に人懐っこい笑顔が印象的な原由莉子とは、どんなピアニストなのか?
今年の「富士山河口湖音楽祭2022」に招待され、音楽ファンや関係者が注目する大きな舞台で、ウィーン世紀末音楽を演奏出来る!とハイテンションの原由莉子に、あんなコトやこんなコトを聞いてみた。
ピアニスト 原由莉子に、あんなコトやこんなコトを聞いてみた。  (c)TAKUMI JUN
―― 「原由莉子ウィーン世紀末シリーズ」が話題となっていますが、このコンサートをやろうと思われたきっかけを教えてください。
きっかけは、バロックから古典派、ロマン派の時代にかけて、ドイツ、オーストリアがクラシック音楽の中心となって栄えて来たのが、ピアノ音楽で言うとブラームス辺りを最後に、活動の中心がフランス、ロシアへと移っていくのが、どうにも腑に落ちなかったのです。ブラームスの後継者もウィーンにいるはずなのにどうなっているのか調べていくと、素敵な音楽が有るばかりか、絵画、建築、文学など異なる芸術が密接な関わり合いを持って、ウィーン世紀末芸術が誕生していたことを知り、それを皆さんに紹介しようと思って活動を始めました。
―― 原さんは、音楽ではなく絵画からウィーン世紀末芸術にハマったそうですね。
はい。大学の授業中に偶然、エゴン・シーレの絵を見かけたことが、ウィーン世紀末芸術にハマるきっかけでした。それまで目にしてきた絵画とは違いインパクトが強く、誰の絵だろうと色々調べ、シーレに行き着きました。音楽ではなく、絵画からハマっていったというのが、いかにもウィーン世紀末芸術という感じがして面白いところです。
エゴン・シーレの絵画をきっかけにウィーン世紀末芸術にハマりました。  (c)H.isojima
―― その時代の作品をピアノで演奏するだけでは、その良さが伝わらないということでしょうか。パワーポイントを使ったレクチャーを受けながら演奏を聴くという鑑賞スタイルが、とても新鮮だと評判になっているそうですね。
もちろん音楽ですので、先入観なしで、そのまま聴いて頂いても楽しめますが、異なった芸術が密接に関わり合うことで文化的にも成熟度を増していったウィーン世紀末芸術ですので、関連する絵画や作曲家の人となりのようなものが予め解っていると、作品の聴き方も変わるのではないでしょうか。この活動が知られるようになったのは、YouTubeを使って紹介したからだと思います。関西弁の話口調が斬新だったようで、皆様から ハラユリ! と親しく呼んで頂けるようになりました(笑)。
皆さまから親しく ハラユリ!と呼んで頂けるようになりました。   (c)TAKUMI JUN

―― そういったことを考えて、これまで行われた「ウィーン世紀末シリーズ」4回は、テーマを付けて行われたのですね。

そうです。初回はウィーン世紀末芸術を語る上で欠かせない女性、アルマ・マーラーに特化した「アルマの愛した芸術家たち」と題して、ツェムリンスキーのピアノ作品『アルバムの綴り』やマーラーの『アダージェット』のピアノ編曲版などをお届けしましたし、2回目は、ウィーン分離派のリーダー、クリムトの描いた「ベートーヴェンフリース」をそのままコンサートタイトルにし、ベートーヴェンのピアノソナタ第32番を中心にお届けしました。そして最も盛り上がった3回目は「ピアノで聴くブルックナーの神髄」と題して、ブルックナーだけでプログラミングした世界的にも珍しい攻めた企画でした。ブルックナーの純粋なピアノ作品である舞曲やピアノソナタ、交響曲第7番の第1楽章をピアノソロ版を弾くという事で、日本全国からブルックナーオタク、通称 “ブルオタ” が集結し、大変盛り上がりました。こちらは今後更にパワーアップした企画を考えています。そして4回目「ツェムリンスキーの系譜」は、シェーンベルクやコルンゴルトの師としても知られ、今年2022年が没後80周年となるツェムリンスキーの華麗なる系譜を紹介しつつ、大好きなチェロソナタをお聴き頂きました。
ウィーン世紀末シリーズvol.4「ツェムリンスキーの系譜」(2022.1.25)
―― 第5回は今年(2022年)の7月10日だそうですね。
はい、「Oper! 〜ウィーン国立オペラ座の怪人たち〜」と題して、国立歌劇場に所縁のある作曲家のピアノ曲をお聴き頂きます。モーツァルト、コルンゴルトに加え、リヒャルト・シュトラウス17歳の時の作品『5つのピアノ小品』という珍しい曲を演奏します。この曲、私は実演で聴いたことは有りません。ご期待ください。
―― お話を聞いていると、2018年のシーズンで大阪交響楽団の常任指揮者を離れられた、寺岡清高さんを思い出します。寺岡さんは、2008年以降すべての定期演奏会で「世紀末ウィーンの知られざる管弦楽曲」を取り上げ、全力で紹介されていました。その成果は、フランツ・シュミットの交響曲4曲全曲演奏や、ツェムリンスキーの交響詩『人魚姫』、シェーンベルクの『ペレアスとメリザンド』や、ベートーヴェンの弦楽四重奏の弦楽合奏版などといった珍しい曲の指揮まで、多岐に渡ります。原さんも寺岡さんの活動はご存知ですか。
はい、もちろんです。このシリーズを立ち上げようと思いついた時には相談させて頂きましたし、高校時代から大変お世話になっています。
―― そうなのですね。原さんの幼少期からの音楽経験など伺ってもいいですか。
ピアノを始めたのは3歳ごろから。小学校2年まではヤマハ音楽教室に通い、その後は個人の先生に習っていました。比較的優秀だったと思います(笑)。ピアノを嫌になって辞めるといった発想は、持ったことはありませんでした。
―― 高校は大阪府立夕陽丘高校ですね。音楽が盛んな学校です。
はい、学校生活は楽しかったですよ。同学年に優秀な生徒が多く、刺激的でした。当時の私は、ピアノは優劣を競ったり、自分の成長を確認するためのツールだったように思います。昨年は優良賞だったのに、今年は優秀賞を貰った…。私のいた時代、3年続けて定期演奏会を指揮されたのが寺岡清高さんでした。初めて身近で見た指揮者ということもあってか、もう寺岡さんに夢中で、ファンクラブの会長を自認していました(笑)。寺岡さんの指揮する大阪交響楽団の定期演奏会に通っていたことが、ウィーン世紀末音楽にハマるきっかけの一つだったことは間違いありません。
高校生活は楽しかったですよ!  (c)H.isojima
―― 大学は京都市立芸術大学ですね。
はい。坂井千春先生に師事していましたが、先生が東京藝術大学に移られたので、後任のイリーナ・メジューエワ先生に師事しました。先生には楽譜の読み方を徹底的に教えて頂き、音楽の本質を追求し続けることの大切さを学びました。毎週のレッスンで、音楽家として生きる上で必要な精神を身をもって知ることができました。
―― そこでエゴン・シーレの絵に出会われたのですね。
そうです。ウィーン世紀末芸術の事を知って、その時代の作曲家の曲を弾いたり、演奏会を聴きに行ったりしていくうちに、ウィーンで勉強がしたいと思うようになりました。ウィーン国立音楽大学で教鞭を執っているクリストファー・ヒンターフーバ先生の事を知り、群馬県草津温泉で毎年行っている「草津夏期国際音楽アカデミー&フェスティバル」でお会いし、アドヴァイスを頂き、ウィーンに行く事を決意しました。
―― ウィーンには大学を卒業してから行かれたのですか。
そうです。将来、演奏家としてやって行くならウィーン留学すべきだと思い、ウィーン国立音楽大学の大学院に進みました。ヒンタ―フーバー先生の下で勉強したいと思ったのです。高校の頃から聴いていた大阪交響楽団の定期演奏会でも、ヒンタ―フーバー先生がソリストを務められたブラームスの「ピアノ協奏曲第1番」やドホナーニの「ピアノと管弦楽のための童謡主題による変奏曲」はしっかり記憶に留めていました。
大学院修了試験演奏後、大好きなヒンターフーバー先生と。

―― ウィーンには何年滞在されたのですか。

4年です。ウィーン国立音楽大学大学院ピアノ演奏科終了、修士号を取得しました。ウィーンには街の建築物などにも、オットー・ワーグナーが作った世紀末美術があちこちにあります。また、音楽の都と言われるだけあって、上質なコンサートやオペラ、バレエなどが街中に溢れ、どれも格安な学生料金で入場できました。やはり現地に行かないとあの空気には触れられません。言葉には苦労しましたが、とても充実した生活を過ごしていました。
ウィーンのレオポルト美術館、分離派メンバーパネルの前で

ウィーン中央墓地にて
―― 大学院を卒業後も、ウィーンに残って活動していくことは考えられなかったのでしょうか。

やはり言葉の問題は大きいです。私は日本で、ウィーン世紀末芸術を紹介しようと決意しました。その証として、ウィーンの老舗楽譜屋さんに行き、ツェムリンスキーやコルンゴルトなど、その時代の作曲家のピアノ譜を手に入る限り買い漁って帰国しました。

卒業試験の課題の一つ、ドホナーニの「ピアノと管弦楽のための童謡主題による変奏曲」のピアノ譜を持って。  (c)H.isojima
―― 帰国されたのが2019年の10月です。

はい。帰国と同時に、「ウィーン世紀末シリーズ」レクチャー&コンサートを企画しました。ただピアノを演奏するだけでなく、私の目で見たウィーンの街の様子を語り、ウィーン世紀末芸術と呼ばれる絵画や建築物などを映像でご覧頂きながら、解説を加えていく新しいスタイルのコンサートです。シリーズとして続けて行くことを前提に、最初に何を語るべきか、色々と考える中で、ウィーン世紀末芸術を語る上で欠かせない女性、アルマ・マーラーの生涯に焦点を当てたものにしようと決めました。プログラムは、彼女の師であるツェムリンスキーやシェーンベルク、ベルク、コルンゴルトなど、アルマの力で音楽家として名を成した作曲家の作品を並べました。シリーズ第1回「アルマの愛した芸術家たち」が、沢山のお客さまにお越し頂いて2020年2月7日に開催出来たことは、今考えると奇跡のようでした。

――「ウィーン世紀末シリーズ」の第1回目は、コロナ前滑り込みのタイミングで実施出来たのですね。
はい、本当にラッキーでした。そして2月末には緊急事態宣言が発出され、自粛モード一色に。しかし、これだけまとまった休みは、これまで経験したことが無かったことも有り、ハイドンとモーツァルト、ベートーヴェンのピアノソナタ全曲を弾こうと決めて、実行しました。もちろん初めて弾く曲も多く、作り込むといったレベルではありませんが、ウィーンの音楽に取り組んでいる者としては、避けては通れないのが3人の存在。彼らのピアノソナタ全曲を弾いてみて、背筋がシャンとするというか、腰を据えてウィーン世紀末音楽に取り組む覚悟のようなものが芽生えたことは、コロナ禍の中に在って、一番の成果だったと思います。

自粛期間中はハイドンとモーツァルト、ベートーヴェンのピアノソナタと向き合いました。  (c)飯島隆
―― 2021年は「のだめカンタービレの音楽会」のピアニストに選ばれました。
漫画の「のだめカンタービレ」は好きでした。指揮者の茂木大輔さんに声をかけて頂いた事は大変光栄で、嬉しかったです。予想以上の反響で、私の名前が一気に広がったお仕事でしたね。

―― そして今年2022年、「富士山河口湖音楽祭2022」から正式にご招待を受けられたそうですね。

はい、驚きました。「ウィーン世紀末シリーズ」レクチャー&コンサートを評価して頂いたそうです。2019年に帰国して、思ったよりも早く結果が現れているようで、狙いは間違っていなかったという思いと、ちゃんとやって来たことを見て頂いていることに対する感謝の思いが入り乱れています。
―― プログラムはもう決まっているのでしょうか?とても大切ですね。
はい。リヒャルト・シュトラウスの「5つのピアノ小品」とアルバン・ベルクのピアノソナタ、それにシューマン、モーツァルトの作品を予定しています。リヒャルト・シュトラウスの珍しいピアノ曲に、ベルクの作品番号1番となるピアノソナタは、共に若書きの曲ですが、とてもいい曲なので、こんな機会でもないと皆様にお聴き頂けないと思い、選びました。シューマンからベルクまで、この時代の曲の変遷のようなものが上手く伝われば良いのですが。
今年2022年、「富士山河口湖音楽祭2022」から正式にご招待を頂きました。  (c)TAKUMI JUN
―― 全国区に名乗りを上げることになりました。
音楽関係者が注目する音楽祭で演奏できるのは刺激的ですし、素直に嬉しいです。10年後、20年後に、ウィーン世紀末の音楽と云えば原由莉子だよね、と言われる音楽家になりたいと思っています。今回のようにSNSなどで活動の場が広がるのはありがたいことです。期待に応えられるように、しっかり準備をして臨もうと思っています。

―― 先日、フェニーチェ堺から、ウィーン世紀末音楽とは別の大きなプロジェクトが発表されました。

「ピアノがもっと好きになる!」と題した全4回のシリーズ企画を担当させて頂きます。ピアノのお稽古で弾く定番の曲を、音響の良いホールで、コンサート仕様のグランドピアノをプロのピアニストが弾けば、全然違って聞こえます。ピアノを習ったことのある人なら、ブルグミュラーという名前に反応する人が多いのでないでしょうか。「アラベスク」に「タランテラ」「貴婦人の乗馬」…。誰もが通る「ブルグミュラー25の練習曲」が、こんなに素敵な曲だったなんて…。そういった気付きや発見をして頂けるコンサートです。私がコンサートで弾く曲を聴いて、次はこれにチャレンジしてみたい!と思ってもらえるような曲を選んでみました。これもまたトークコンサートですが(笑)、曲の解説を中心に話すだけで、技術指導はやりません。
―― 人前で話せるピアニスト、強いですね(笑)。4回の内訳は決まっているのでしょうか。
1回目はドイツロマン派の作曲家を取り上げます。名前だけが先行しているブルグミュラーの事も、ちゃんと紹介します(笑)。もう1曲は「トロイメライ」でお馴染み、シューマンの「子供の情景」を取り上げようと思っています。2回目はドビュッシーやプーランクといったフランス音楽。3回目は自国の民謡や民族音楽の語法や形式を重視した国民楽派と呼ばれる作曲の中から、バルトークなどを紹介しようと思っています。国によって音楽の曲調はこんなにも違うのだといったことを確認した上で、日本人の作曲家によるピアノ曲を4回目に聴いていただきます。演奏するのは湯山昭「お菓子の世界」と小山清茂「かごめ変奏曲」という子供達に人気の曲集からです。
4回のシリーズを通して、作品の持つ魅力を再発見して頂くとともに、次はこの曲を弾いてみたいと思える作品との出会いの場となると嬉しいです。
フェニーチェ堺「ピアノがもっと好きになる!」と題した全4回のシリーズ企画を担当させて頂きます。  (c)H.isojima
―― 将来、どんな音楽家になりたいですか。そしてファンの皆さんに向けたメッセ―をお願いします。
「ウィーン世紀末音楽」のスペシャリストになりたいです。それと私、オーケストラが大好きなのです。色々な楽器の魅力を併せ持ったオーケストラ。あの中に入って弾きたいのに、ピアノだから寂しく思う事もありましたが、大阪交響楽団や「のだめカンタービレの音楽祭」で兵庫芸術文化センター管弦楽団(PAC)と共演したおかげで、ソリストとしてオーケストラと共演する魅力を知り、もっと協奏曲を弾きたいと考え方を軌道修正しました。そして、オーケストラの演奏会をよく聴きに行っているからですが、メンバーとの接点が出来て、弦楽器、管楽器問わず、いろいろな室内楽のピアニストに指名を頂くようになりました。ピアノを演奏することで、作曲家とも、共演者とも、聴衆の皆さまとも、心を通わせ合いかけがえのない時間を共有できる。ピアニストってなんて素敵な仕事なんだろうと、日々実感しています。これからも音楽と真摯に向き合い続け、演奏を通してたくさんの人とコミュニケーションをとれる音楽家でありたいです。応援してくださる皆さまと一緒に夢をえていけるよう、一つ一つの舞台を大切にしていきたいです。
これからも原由莉子をよろしくお願いします。  (c)H.isojima

―― 原さん、長時間ありがとうございました。今後のご活躍を祈っています。

取材・文=磯島浩彰

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