若葉町ウォーフ開場5周年記念企画『
風のセールスマン』──演出家・佐藤
信と俳優・龍昇に聞く

若葉町ウォーフが開場5周年記念企画第1弾として、ひとり芝居を連続上演する。その最初に選ばれたのが、別役実作『風のセールスマン』だ。緊急事態宣言下では、閉鎖を余儀なくされた若葉町ウォーフが、シャッター、扉、窓を開け放って、活動を開始する。演出・美術を手がける佐藤信と俳優の龍昇に話を聞いた。

■若葉町ウォーフ開場5周年企画
──開場5周年記念企画の第1弾として、別役実のひとり芝居『風のセールスマン』を選んだ理由を聞かせてください。
佐藤 いっしょに若葉町ウォーフをやっている龍さんと、オープニングから2年目に、フランスの劇作家エマニュエル・ダルレのひとり芝居『火曜日はスーパーへ』を作ったんです。一昨年からコロナが始まって、龍さんもあまり家から出られなくなったとき、「じゃあ、もう一度ひとり芝居でもやろうか」って。『風のセールスマン』は別役さんが柄本明さんに書き下ろしたんですよね。
──2009年5月、トム・プロジェクトにより紀伊國屋ホールで上演されました。
佐藤 台本を読んで、龍さんに「ちょっとやってみない?」と言ったら、龍さんから「面白いや」と返ってきたので、やることにしたのが最初のきっかけです。しばらく中断してたんですよ、龍さんの舞台があって。
──新国立劇場が1年かけてひとつの作品を作る「こつこつプロジェクト」にも、龍さんは参加していらっしゃいました。こちらも別役作品でしたね。
佐藤 ええ。それで若葉町ウォーフが5周年を迎えることになり、もう一回やり直すさいに、「初心に返る」というテーマでやってみたいと思いました。自分たちが芝居を始めたころの感覚で、もう一回芝居が作れないかなと思って。ひとり芝居は一対一で向きあう時間があるので、その時間を龍さんと過したいと思って選んだのが、いちばん大きいですね。
 別役さんの芝居は、うまい俳優さんによって演じられてきた歴史があると思う。今度はあえて、ぼくたちの演技法とか、芝居を始めたばかりの龍さんたちが無手勝流でやってたみたいな、怖いもの知らずだったころのやりかたで挑みたいという気持ちは持っているんです。初演の柄本さんとはちがって、龍さんとぼくのやりかたというか、まあ、無理をしないでね。
──柄本さんは、ご自身で演出なさったみたいですね。そして、2014年7月には再演されています。
佐藤 ぼくも一時期、集中的にいっしょに仕事をしましたけど、柄本さんはすごく演出的な視線が強い俳優さんだから。

■唐突に歌が挿入されている『風のセールスマン』
──『風のセールスマン』は、アーサー・ミラーの名作『セールスマンの死』を別役流に解体して、ひとり芝居に仕上げたものですが、いくつか歌が挿入されています。自作の歌から、クリスティーナ・ロセッティの『風』など、さまざまな引用が鏤(ちりば)められていて……
佐藤 いま、龍さんがすごく工夫しながら、大変な稽古をやってるんですが、なぜか歌だけは楽しそうに歌っているのが印象的で。しかも、それが龍さんの作曲みたいな……
龍 鼻歌で歌ってるから……
佐藤 歌だけは、すごく楽しそうだよね。
龍 「ダレガ、カゼヲ、ミタデショー!」という『風』は有名な詩なんですよね。最初のうちは適当に歌っていた。そしたら、信(まこと)さんからこの歌はちがうよって言われて。
佐藤 はじめは龍さん作曲の「ダレガ、カゼヲ、ミタデショー!」だったんだけどね。それで、YouTubeで聞いて、この歌は覚え直してもらっています。
──ジブリアニメの『風立ちぬ』にも出てきます。ロセッティの詩は岩波文庫に入っているんですが、これは西條八十訳ですね。
■セールスマンと小市民
──はじめのうち、主人公のセールスマンは、自分がセールスマンであることを、いろいろなかたちで確かめていきます。座ること、歩くこと、笑うことと、順番にひとつひとつ自問自答して、そのうえで、さらに主任に見てもらって確認するといった作業を続ける。どうしてこんなことをするんだろうと思う人も少なくないような気がします。
龍 読んでるだけだと、けっこう面白いなあと思うんだけど、実際にやってみると、なんか難しいなって。台本は、基本的にどこか笑うように書かれてるじゃないですか、信(まこと)さんはピンと背筋を伸ばして見てるけど、こっちはもう駄目だと。最初の導入の部分は、芸人のような相当な腕がないと難しいのかなあと。
佐藤 龍さん、役者としてはけっこう欲が深いから。(笑)
龍 で、ここを乗りきるのがけっこう大変。冒頭でお客さんをつかんでおかないと、どうにもならないから、どうしようかなと思って、いまも苦しんでるんですよ。これが前半の特徴ですね。
──途中で、空からブリキの目玉が落ちてきたり、ダンボールが落ちてきたりして、コメディっぽくなるんですが、実際にト書きにあるように上演されるんですか。
佐藤 ウォーフは天井に隠すところがないんで、ちがう表現の仕方をしています。ところで、別役さんは、日本の作家のなかでは若いときから、「小市民」という言葉にこだわって、ふつうの生活者を書いてきた。
 別役さん自身は、はじめ労働組合に勤めていたんだけど、給料をもらって生活をしている人たちと接している。そんなふつうの人たちの暮らしを描くところは、一貫してあるんです。そういったものを描こうとするときに、ブリキの目玉とか、ダンボールなどの異様なものを、そこにぶつけてくるというのかな……
──空から盥(たらい)が落ちてくるみたいな、笑わせるインパクトがあります。
佐藤 壊しにかかってくるみたいな。でも実は、それはふつうの人の世界にこそあるんだということを、成り代わって言っている感じがするんですよ。ふつうだと、そんなことが起きたら芝居が壊れちゃうんじゃないかと思うんだけど、そういうことはない。
──絵本とか、童話とか、お伽噺みたいな感じもありますね。
佐藤 それは怖いところでもあるんですけどね。だから、ブリキの目玉やダンボールが落っこちてくることには、あんまり悩まない。
龍 ああ、たしかに。
■芝居の基調となるトーンを探りつづける
──いま苦労されてるところを聞かせていただけますか。
佐藤 ふつうのところの方が苦労するよね。
龍 そうですね。
──具体的にはどんなところでしょう。歌の部分はいいんですね。
佐藤 歌とか、飛躍もいいんですけどね。要するに、なんとなく雰囲気でやりたくないという気がしているんですよ。いまは芝居のトーンを、龍さん、すごく探っていると思うんです。これはそれこそ龍さんの年輪と、いままでの演技のタイプでなんとなく雰囲気でやってしまえば、それなりにペーソスがある芝居になると思うんですが、そういう上演じゃつまらないという気持ちがある。まずその演じかたを決めることに、いちばん苦労しているのかな。
龍 やっぱり、最初の、ある軽さみたいなものをどういうふうに演じられるかというといころが……いやあ、生真面目なもんだから、丁寧に丁寧に演じてると、スピードがどんどん落ちていって……
──文学座のアトリエだと、卓袱台が舞台中央にあって、そこでやりとりするので日常的な雰囲気が作りやすいんですが、ひとり芝居だと全部自分でやらなくちゃいけないという大変さはありますね。
佐藤 それを単なるぼやきのテンポではなく、結局はなかで対話的に作っていかなきゃならないんで、そのテンポ感が大変なんです。
龍 うーん。相当うまくなきゃあ……でも、あんまりうまくても気持ち悪いから、その塩梅が……
佐藤 龍さんは、この戯曲のどういうところを面白いと思ったの?
龍 後半になって、だあっといく展開が、やっぱり。後半はぐっとお話に引っ張られていくじゃないですか。で、最初の座るだの、歩くだの、笑うだのも面白いなあと思うんだけれども、実際にやると難しいなあと。後半の方がね、ある程度、体も温まってくるし、まあ、行けるんじゃないかなと。
佐藤 返ってそこが落とし穴だったりして。(笑)
■現代にセールスマンは成立するか
佐藤 そういえば、先日『セールスマンの死』の上演があったんですよね。
──パルコ製作で、段田安則さんがウィリー・ローマンを演じました。
佐藤 なんかラストシーンをカットしたとか言ってたけど。
──いま、ああいうセールスマンという存在そのものがなくなってしまった。
佐藤 特に物を売っているセールスマンはいないですよね。
──しかも、『風のセールスマン』は「水虫防止付靴底シート」という渋い商品を売っています。
龍 昔で言うと、押し売りみたいなものだよね。寅さんのゴム紐みたいなね。
──そんな感じですね。しかも、それを靴屋さんに売るという過酷な仕事かと。
佐藤 そうですね。訪問販売員のセールスマンって、もういないだろうね。
龍 いないでしょうね。来たって「なに?」ってだけの話だもの。
佐藤 個人商店が減ってるからね。
龍 マンションなんか、オートロックで、なかに入れないもんね、
佐藤 これはマンションに売りに来てるわけじゃないんだよね。靴屋に行って、少し卸しているわけだから。
──でも、飛び込みでまわってるみたいなので、いまではアポなしで行くことは、あまり考えられないですから。かなり厳しいんじゃないかと。
佐藤 アメリカだと、それこそマクドナルドフランチャイズ店探しとかでも、セールスマンが飛び込みで売ってるんですよ、このあいだ、そんな記録映画を見ました。まあ、アメリカは広いからね。でも、たしかに情報は人が運ぶしかない時代には、やっぱりセールスマンとかが……
──やっぱり、人が運んだんですね、商品とか、情報とか、その他にもさまざまものを。ということは、これは最後のセールスマンかもしれない。
■別役作品を演じる楽しみ
──別役戯曲を演じながら、考えていらっしゃることはありますか。
龍 うーん。(しばらく考えて)ぼくも別役さんの作品を何本も見ていると思うんですけど、いつもなんか別役節というか、独特のリズムがあってしゃべるので、それをもっと簡単な、ふつうの人がしゃべるように持っていけないかなと。そこに向かっていくのが、ちょっと楽しみですよね。
──端正な台詞を、日常でも生きたものにするという感じでしょうか。
龍 まあ、そういうことになるんでしょうかね。もうちょっと壊して、ダラッとしゃべりたいなあと思うんだけど、難しいんだよなあ。
──龍さんのようなベテランでも、そういう別役戯曲の手強さがある。
龍 そうですね。しかも、それは自分だけだと難しいし、できないね。演出の方から突いてもらって、これでいいのかを確認できないと、しばらく先に、また似たようなのが設定や台詞が出てきて……「あれ?」となって、そこからは、どうどうめぐりになってしまう。「終わらんぞ、この芝居」となる可能性もあるなと思って、恐怖です。
──台詞に加えて、けっこう動きもありますよね。座るし、歩くし、笑うし、電信柱に登ってしまうし。
佐藤 文体を持っている劇作家のものは、その文体を活かしつつ、それに血を通わせるようにしたい。こだわりすぎてもいけないんだけれども、やっぱり別役文体のよさみたいなものは活かしたいなとは思いますよ。劇の文体は、しゃべってる文体もそうですけど、劇の構造とか風景とかに、別役さんらしさもあるので。
──では、見に来てくださるお客さんに、ひと言お願いできますか。
龍 ひとり芝居なんで、お客さん、たくさん来てもらいたいと思っているんですけどね、なかなか発信が難しい。なんとか面白い芝居にしたいと思っているので、ぜひとも見に来ていただければありがたいと思っています。
取材・文/野中広樹

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