INTERVIEW / the engy メジャー1stア
ルバム、そして初の映画主題歌を経た
the engyがいま見据えるものとは

the engyが新曲「Sugar & Cigarettes」を5月25日(水)にリリースした。
映画『わたし達はおとな』の主題歌として書き下ろされた今作は、音の差し引きが光るミニマルな構成、フックの効いたメロディ、そして生々しいリアリティを宿したリリックなど、これまで以上に洗練されたソングライティング、サウンド・プロダクションが印象的な1曲だ。
また、リリックでは昨年リリースのメジャー1stアルバム『On weekdays』から見られる日本語でのアプローチをより自然に、自身の表現として体得しているようだ。映画というある種のお題を与えられたことにより、ソングライター・山路洸至(Vo. / Gt. / Prog.)の描く世界観はグッとクリアに、解像度の高い情景が聴き手を包み込む。
今回はバンドの中心人物である山路にリモート・インタビューを敢行。アルバム『On weekdays』からの動き、そしてバンドの今のムードを訊いた。
Interview & Text by Takazumi Hosaka
Photo by Toru Kitahara
噛み合わない相反する感情を表現した「Higher」
――まずはメジャー1stアルバム『On weekdays』リリース以降の活動についてお聞きしたいのですが、アルバム発表後、わずか4ヶ月ほどでシングル「息ができない」をリリースしていますよね。バンドとしては創作意欲に溢れている状態だったのでしょうか。
山路:アルバム制作と並行して、それ以外の新曲も作り続けていて。コロナ禍でライブだったり他の活動が中々できなかったから、そこに熱が向かったというのはあるかもしれません。
――『On weekdays』の最後の曲「朝になれば」と、「息ができない」は共に全編日本語詞の曲だったので、どこか繋がりのある楽曲なのかなと感じました。
山路:実は「朝になれば」は2年前くらいに作っていた曲なんです。日本語詞に挑戦しようと思って作り始めたものの、完成までには至らなかったんですけど、『On weekdays』のテーマに合うなと思って引っ張り出してきて、仕上げました。過去の作品と比べて、『On weekdays』は他の曲でも歌詞における日本語の割合が増えたので、次のシングルも全編日本語詞でいこうと決めて、それで作ったのが「息ができない」ですね。
――日本語詞で作り上げてみて、いかがでしたか?
山路:当時は全て日本語詞で書くことに対して、「上手くできるかな」という不安もあったんですけど、今振り返ってみるとそんなビビらなくてよかったなと感じます。自分たちのサウンドに自然に溶けませることができたと思いますし、あとは単純に「歌詞が聴き取れる」って言ってもらえるのが嬉しいですね(笑)。
――「息ができない」はどのようにして生まれた曲なのでしょうか。
山路:自分はひとつのことに集中すると他のことが目に入らなくなるタイプで、集中して音楽制作をしているときに、呼吸もできなくなっていることに気付いたんです。自分で無意識に息を止めてしまっていて、一段落する度にドッと疲れが出るんですよ。それ以降、“息をすること”についてぼんやり考える機会が増えて、曲を作っているときに鼻歌で自然と《息ができないよ》っていうフレーズが出てきたんです。「あ、やっぱり息できてなかったんや」って自分でも思って(笑)、そこから「何で息ができないんやろ」って考えながら歌詞を膨らませていきました。
――なるほど。
山路:それこそ「朝になれば」もそうなんですけど、《息ができない》や《朝になれば》というフレーズが浮かぶと、それをお題のように捉えて、その背景にあるストーリーを考えていくうちに歌詞が浮かび上がってくる、そんな感じなんですよね。
――「息ができない」は壮大なサウンドスケープが印象的ですが、サウンド面はいかがでしょうか?
山路:一番意識したのはColdplayですね。彼らみたいな壮大な曲を日本語詞でやってみたいなと。あとは開放感のあるサウンドを意識しました。野外とかで演奏したら気持ちよさそうだなとイメージしつつ。
――「息ができない」リリース以降の動きはいかがですか? 何でも、奈良にプライベート・スタジオを作られたそうですね。
山路:そうなんです。僕の祖母の家なんですけど、そこにスタジオを作って、去年の冬から今年の頭にかけてはずっとレコーディングしてましたね。今年3月にリリースした「Higher」や「Sugar & Cigarettes」などを制作していました。
――「Higher」は初めて生の管楽器も取り入れた華やかな1曲ですよね。
山路:まさしくこの曲は春にリリースすることを意識して書いた曲です。自分なりに春をイメージして何曲かデモを作って、それをメンバーやチームのみんなに聞いてもらって、選ばれたのがこの曲のデモで。
――山路さんが考える“春っぽさ”とはどういう点になりますか?
山路:今回、「Higher」を作るにあたって、僕が考える春のイメージっていうものがメンバーやチームのみんなのそれとは結構違うなって思ったんですよね。僕は春っていう季節や、春をテーマにして作られた曲にはどちらかというと切ないイメージを抱いていたんですけど、みんなからは華やかな曲が求められて、正直に言うと最初は少し戸惑いました。でも、その噛み合わなさというか、相反する感情や要素が同居する感じ、それこそが春らしさなのかなって考えていくようになりました。新生活が始まるウキウキ感やお花見といった楽しい行事、それと同時に新たな環境への不安や別れの悲しさも伴う季節なのかなって。
ただ、聴いてもらう人たちには楽しくなってほしいので、そういったポジティブな雰囲気を前面に出しつつも、どこか憂いも感じさせるというか、そういう感情にも寄り添える作品を目指して作りました。
――特にリリック面ではそういった要素が感じられます。では、サウンド・プロダクションの方はいかがでしょうか?
山路:最初に5〜6曲くらいデモを作ったときに、もう“春っぽい曲”っていうのがわからなくなってしまって(笑)。1回とにかく華やかな曲、アガる曲を作ろうと思って書いたのが「Higher」なんです。華やかといったらホーンだよな、という単純な思考だったんですけど、それが選ばれたので、じゃあ生で管楽器を入れてみようかと。
――過去の作品でも打ち込みで管楽器の音を入れていたことはありますよね。今回、生楽器の音にこだわった理由というのは?
山路:これまでの作品でホーンを取り入れたときは、純粋にサンプル素材として使っている感覚で、生楽器の代替品としてソフト音源を使用するっていう考えは自分にはないんです。生楽器が使えないんだったら曲自体を変えればいいやんっていう考え方をするので。最初のデモはほとんどブラスとリズムだけみたいな感じだったので、そこからどうやってバンド感を出そうかと考えたんですけど、そこで「春とファンクは相性がよさそうだな」って思って。例えばBruno Marsとか、存在自体が華やかじゃないですか。なので、バンドはファンクを意識して、ビートはBruno Marsっぽい、爽やかで踊れる感じを意識して制作していきました。
――ホーン・セクションはどのように?
山路:いつもレコーディングをお願いしているエンジニアのIkomanさんに繋いで頂いて、真砂(陽地)さんという方にお願いしました。やり取り自体は遠隔だったんですけど、僕たちが求めるサウンドをとても高い解像度で理解してくれて。返ってきたデータを聴いたら、「これこれ!」っていう感じで、制作はすごくスムーズに進みましたね。
――「Higher」ではクラップ音も印象的に取り入れてますよね。これも華やかなファンクという部分にも繋がるとは思うのですが。
山路:そもそも僕はハンドクラップが大好きで、基本全曲に入れたいくらいなんです(笑)。
――(笑)。
山路:ハンドクラップって赤ちゃんでもできるじゃないですか、そういったプリミティブな感情が出ているというか、何か無性に好きなんですよね(笑)。あと、これはたまたまなんですけど、今はコロナ禍でライブでも歓声は出せないので、こういうハンドクラップを取り入れた楽曲はお客さんが反応しやすいって言われたことがあって。結果的にすごくよかったなと。
初の映画主題歌で描いた成長に伴う痛みや葛藤
――「Higher」から一転、「Sugar & Cigarettes」は映画『わたし達はおとな』の主題歌として書き下ろした1曲で、メロウで切ないサウンドになっています。まずはこの映画に対する感想から教えてもらえますか?
山路:主題歌のお話を頂いて、まずは製作途中のデモ版を観せてもらったんですけど、とにかく生々しいリアリティが印象的でした。食パンを冷凍庫から出したり、そういった何気ないシーンにも生活感が演出されていて。個人的には普段からあまりよく観るタイプの映画ではなくて、最初はどういう風に受け止めればいいのか、ちょっとわからなかったんです。でも、映画を観たあと、普通に生活していく中で、映画の登場人物たちに対して「あの人、元気かな」っていう感情を抱くようになって。創作物なのに、もはや自分にとっては他人とは思えない存在になっていた。そこから色々と考えさせられることもありました。
――ちなみに、普段はどのような映画を観ているんですか?
山路:僕は同じ映画を何度も観るのが好きなんですよ。『フィフス・エレメント』(原題:Le Cinquième élément)と『ダークナイト』(原題:The Dark Knight)と、『オーシャンズ11』(原題:Ocean’s Eleven)〜『オーシャンズ13』(原題:Ocean’s Thirteen)まで、それをずっと観続けています(笑)。自分としてはユニバ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)に行くのと同じような感覚なんですよね。同じアトラクションに毎回乗って、同じように楽しんで、またちょっと間を空けて行く、そんな感じ。
――では、今まであまり触れてこなかったタイプの映画である『わたし達はおとな』を観て、山路さんはどのような主題歌を書こうと考えましたか?
山路:実は映画を観させて頂く直前に、たまたま浮かんできたメロディがあって。なんとなく自分が「こういう曲書きたいな」って思っていたイメージと、映画の雰囲気がぴったりだと感じて。タイトルの「Sugar & Cigarettes」という言葉も、「息ができない」と同じくなんとなく浮かんできた言葉だったんですけど、映画を何度も見返しながら、重なる部分を探していきました。映画は『わたし達はおとな』というタイトルですけど、僕は“子供が大人になる境目”を感じたんです。なので、子供っぽさの象徴として“Sugar(砂糖)”、大人の象徴で“Cigarettes(煙草)”、その両方を持ち合わせている境目の状態から、大人になっていく葛藤などを表現できたらなと考えました。
成長することって絶対的にいいこととして捉えられているような気がするんですけど、実際には痛みも伴うものだと思うんです。「Higher」のときに考えていた別れの痛みや、実際に身体的な成長痛なんてものもありますし。痛みを感じながら、砂糖と煙草の間で揺れ動くところ、そして変えられない部分への思い、葛藤などが詰まった曲になったのかなって思っています。
――山路さんは大人になっていく過程で、今お話したような痛みや葛藤を感じましたか?
山路:それが……未だに大人になった感覚がないのかもしれません(笑)。「大人になりたいな」って言ってたら「あんたもう大人でしょ」ってツッコまれたり。今でも自分の歳は気にしてないですし、そういうことを自覚せずに生きてきたというか。
――(笑)。「Sugar & Cigarettes」は曲調自体はメロウな雰囲気を感じさせつつも、メロディはどこかゴスペルっぽいというか、祝祭感も感じられます。 このメロディはどのようにして浮かんできたのでしょうか。
山路:僕は自分でメロディを作っている自覚がなくて。作ろうと思って作ったメロディはすごく人工物っぽくなってしまうというか、あまりいいものはできない気がしていて。基本的にフッと出てくるんですよね。調子がいいと単語も一緒に出てくる。たぶん、元々どっかにそういうメロディがあって、それがたまたま僕のところに辿り着いただけというか。それをどういう形で曲にするのか、どうやってアウトプットするか、ということしか考えていないんですよね。
――メロディが浮かんでくるのは、どういうタイミングが多いのでしょうか。
山路:それもバラバラなんですよね。ご飯作ってるときとか、車に乗ってドアをバタンと閉めた瞬間だったり、10時間くらい楽曲制作していて煮詰まってきたときにふと出てきたり。自分の生活の中でどこか意識が途切れる瞬間があって、そういったタイミングで出てくることが多いですね。もっと若かった頃は毎日のように12時間とか音楽に打ち込んで、ボロボロに擦り切れた頃に浮かんでくることが多かったですね。でも、ちょっと体を壊してしまいそうだったので、最近は気をつけています(笑)。
――メロディのストックはたくさんありますか?
山路:ストック自体はあるんですけど、時間が経つとどうしても自分の考えが入ってきちゃうんです。そうするとよくないので、頭空っぽのときに出てきたものを逃さないようにしています。
――では、サウンド・プロダクションについても教えてもらえますか? どういったことを意識して組み立てていったのか。
山路:今回、歌メロを活かすことを一番意識しました。いつもだと、断片的にメロディがあって、バンド・サウンドを組み立てながらメロディも一緒に膨らませていくんですけど、今回は主旋律とコーラスが先にある状態で構築していきました。イントロでノイズのような音が入っていると思うんですけど、それも実際に砂糖を缶に入れて振ったり、実際に角砂糖を食べたりした音を加工して使っていて。
――フューチャー・ベースのようなシンセも印象的です。
山路:実はシンセを新しく買ったのと、フィルターっていうエフェクターをもらったので、どうしても使いたくて(笑)、その2つを組み合わせて作りました。別の機材を買ったりもらったりしていたら、全然違うサウンドになっていたかもしれません。シンセの音色的にはFlumeの作品なども参考にしました。
あと、最近ベースが1本だけだと物足りなさを感じるようになってきて、この曲にはベースが2本入っているんです。濱田が弾いているベース・ラインに加えて、めちゃくちゃ低い音域で鳴っているベースがあて、それはウクレレベースっていう楽器を使っています。ウッドベースにも似た音が出るので、ビートの感じとしてはNasの「Life’s a Bitch」のようなオールドスクールなヒップホップっぽさもあると思います。たぶん、小さいスピーカーとかでは鳴らないくらい低い音域の音なんですけど。
――ウクレレベースを使おうと思ったのはなぜなのでしょうか。
山路:ネットで存在を知って、その音を聴いたとき、「こんな素敵な楽器があるんや」と思ったんです。自分はいつもキックの音をシンセで作るんですけど、キックとシンセベースを上手く同居させるという部分にいつも苦戦するんです。今回取り入れたのは、ベースを2本入れるなら、片方は生楽器で入れた方がバランスがよくなるんじゃないかって考えたからで。それが上手くいったのか、エンジニアのIkomanさんにもミックスがスムーズだったと言われました。通常であればいくつかの音を加工したりして、音域を整理してもらったりするんですけど、今回はそういった工程がほぼ必要なかったと。
――ライブでは同期想定ですか?
山路:そうですね。肝となる部分はバンドでしっかりと作り上げているので、他の音を同期させることについては抵抗はないですね。
――今回、初挑戦となる映画の主題歌を制作してみて、率直にいかがでしたか?
山路:先にお題じゃないですけど、映画としての世界観ができ上がっている状態で曲を書くというのは、僕としてはとてもやりやすかったですね。ゴールが決まっているというか、その映画をよりよく見せるという目的があって、そこに向かっていけばいいので。自分としてはとてもいい作品ができたと思っているので、映画を観てくれた方も気に入ってくれると嬉しいです。ただ、結構な低音を入れているので、映画館で大音量でかかって、びっくりされないかと少し心配しています(笑)。
「その音でしか作れない曲を」
――バンドとしての今後の動き、今のムードはどのように感じていますか?
山路:この前のアルバム(『On weekdays』)は僕の頭の中にあるものを、メンバーと一緒に形にしていくという手法で作ったんですけど、僕のアイディアをだいぶ高い解像度とクオリティで具現化させることができて。結果としてすごくいい作品ができたという手応えも得られた。だからこそ、それ以降のシングルや、これからの作品ではメンバーそれぞれのアイディアを集結させたり、僕が作った音に対してどういうモノを打ち返してくれるのか、っていう部分に重きを置いて制作していくと思います。
――より自由度が高いというか、サウンドの幅も広がりそうですね。
山路:そうですね。メンバーみんなルーツも違うし、予想もしていなかったアイディアを投げてくれたりするので、そういった部分が楽曲の深みに繋がるんじゃないかなって思います。
――コロナ禍以降、メンバーさん同士で顔を合わせる機会も減ったりすると思うのですが、関係性やバランスの変化を感じたりはしますか?
山路:どうなんでしょうか。僕らの場合、結成当時からプライベートで遊ぶことはないので、相変わらず不思議な関係のままって感じですね(笑)。めっちゃ多くの時間を共にしてきているし、何でも話せる間柄だと思うんですけど、結局のところお互いのプライベートはあまり知らないという、変わった感覚なんですよね。だからこそ、常に新鮮な刺激をもらえるのかもしれないです。
――まさにバンド・メンバーとしか言い表せない不思議な関係性というか。では最後に、今後トライしてみたいことなどは見えていますか?
山路:最近は打ち込みや同期の比重が高い作品を多く作っているので、もうちょっとバンド・サウンドに回帰した作品も作りたいなと考えています。あと、「Sugar & Cigarettes」に砂糖の音を入れたように、常識にとらわれずに様々な音素材を取り入れてみたいですし、その音でしか作れない曲っていうものを目指していきたいです。
【リリース情報】
■ the engy オフィシャル・サイト(https://theengy.com)
【映画情報】
(c)2022「わたし達はおとな」製作委員会
■ 『わたし達はおとな』 オフィシャル・サイト(https://notheroinemovies.com/)
the engyが新曲「Sugar & Cigarettes」を5月25日(水)にリリースした。
映画『わたし達はおとな』の主題歌として書き下ろされた今作は、音の差し引きが光るミニマルな構成、フックの効いたメロディ、そして生々しいリアリティを宿したリリックなど、これまで以上に洗練されたソングライティング、サウンド・プロダクションが印象的な1曲だ。
また、リリックでは昨年リリースのメジャー1stアルバム『On weekdays』から見られる日本語でのアプローチをより自然に、自身の表現として体得しているようだ。映画というある種のお題を与えられたことにより、ソングライター・山路洸至(Vo. / Gt. / Prog.)の描く世界観はグッとクリアに、解像度の高い情景が聴き手を包み込む。
今回はバンドの中心人物である山路にリモート・インタビューを敢行。アルバム『On weekdays』からの動き、そしてバンドの今のムードを訊いた。
Interview & Text by Takazumi Hosaka
Photo by Toru Kitahara
噛み合わない相反する感情を表現した「Higher」
――まずはメジャー1stアルバム『On weekdays』リリース以降の活動についてお聞きしたいのですが、アルバム発表後、わずか4ヶ月ほどでシングル「息ができない」をリリースしていますよね。バンドとしては創作意欲に溢れている状態だったのでしょうか。
山路:アルバム制作と並行して、それ以外の新曲も作り続けていて。コロナ禍でライブだったり他の活動が中々できなかったから、そこに熱が向かったというのはあるかもしれません。
――『On weekdays』の最後の曲「朝になれば」と、「息ができない」は共に全編日本語詞の曲だったので、どこか繋がりのある楽曲なのかなと感じました。
山路:実は「朝になれば」は2年前くらいに作っていた曲なんです。日本語詞に挑戦しようと思って作り始めたものの、完成までには至らなかったんですけど、『On weekdays』のテーマに合うなと思って引っ張り出してきて、仕上げました。過去の作品と比べて、『On weekdays』は他の曲でも歌詞における日本語の割合が増えたので、次のシングルも全編日本語詞でいこうと決めて、それで作ったのが「息ができない」ですね。
――日本語詞で作り上げてみて、いかがでしたか?
山路:当時は全て日本語詞で書くことに対して、「上手くできるかな」という不安もあったんですけど、今振り返ってみるとそんなビビらなくてよかったなと感じます。自分たちのサウンドに自然に溶けませることができたと思いますし、あとは単純に「歌詞が聴き取れる」って言ってもらえるのが嬉しいですね(笑)。
――「息ができない」はどのようにして生まれた曲なのでしょうか。
山路:自分はひとつのことに集中すると他のことが目に入らなくなるタイプで、集中して音楽制作をしているときに、呼吸もできなくなっていることに気付いたんです。自分で無意識に息を止めてしまっていて、一段落する度にドッと疲れが出るんですよ。それ以降、“息をすること”についてぼんやり考える機会が増えて、曲を作っているときに鼻歌で自然と《息ができないよ》っていうフレーズが出てきたんです。「あ、やっぱり息できてなかったんや」って自分でも思って(笑)、そこから「何で息ができないんやろ」って考えながら歌詞を膨らませていきました。
――なるほど。
山路:それこそ「朝になれば」もそうなんですけど、《息ができない》や《朝になれば》というフレーズが浮かぶと、それをお題のように捉えて、その背景にあるストーリーを考えていくうちに歌詞が浮かび上がってくる、そんな感じなんですよね。
――「息ができない」は壮大なサウンドスケープが印象的ですが、サウンド面はいかがでしょうか?
山路:一番意識したのはColdplayですね。彼らみたいな壮大な曲を日本語詞でやってみたいなと。あとは開放感のあるサウンドを意識しました。野外とかで演奏したら気持ちよさそうだなとイメージしつつ。
――「息ができない」リリース以降の動きはいかがですか? 何でも、奈良にプライベート・スタジオを作られたそうですね。
山路:そうなんです。僕の祖母の家なんですけど、そこにスタジオを作って、去年の冬から今年の頭にかけてはずっとレコーディングしてましたね。今年3月にリリースした「Higher」や「Sugar & Cigarettes」などを制作していました。
――「Higher」は初めて生の管楽器も取り入れた華やかな1曲ですよね。
山路:まさしくこの曲は春にリリースすることを意識して書いた曲です。自分なりに春をイメージして何曲かデモを作って、それをメンバーやチームのみんなに聞いてもらって、選ばれたのがこの曲のデモで。
――山路さんが考える“春っぽさ”とはどういう点になりますか?
山路:今回、「Higher」を作るにあたって、僕が考える春のイメージっていうものがメンバーやチームのみんなのそれとは結構違うなって思ったんですよね。僕は春っていう季節や、春をテーマにして作られた曲にはどちらかというと切ないイメージを抱いていたんですけど、みんなからは華やかな曲が求められて、正直に言うと最初は少し戸惑いました。でも、その噛み合わなさというか、相反する感情や要素が同居する感じ、それこそが春らしさなのかなって考えていくようになりました。新生活が始まるウキウキ感やお花見といった楽しい行事、それと同時に新たな環境への不安や別れの悲しさも伴う季節なのかなって。
ただ、聴いてもらう人たちには楽しくなってほしいので、そういったポジティブな雰囲気を前面に出しつつも、どこか憂いも感じさせるというか、そういう感情にも寄り添える作品を目指して作りました。
――特にリリック面ではそういった要素が感じられます。では、サウンド・プロダクションの方はいかがでしょうか?
山路:最初に5〜6曲くらいデモを作ったときに、もう“春っぽい曲”っていうのがわからなくなってしまって(笑)。1回とにかく華やかな曲、アガる曲を作ろうと思って書いたのが「Higher」なんです。華やかといったらホーンだよな、という単純な思考だったんですけど、それが選ばれたので、じゃあ生で管楽器を入れてみようかと。
――過去の作品でも打ち込みで管楽器の音を入れていたことはありますよね。今回、生楽器の音にこだわった理由というのは?
山路:これまでの作品でホーンを取り入れたときは、純粋にサンプル素材として使っている感覚で、生楽器の代替品としてソフト音源を使用するっていう考えは自分にはないんです。生楽器が使えないんだったら曲自体を変えればいいやんっていう考え方をするので。最初のデモはほとんどブラスとリズムだけみたいな感じだったので、そこからどうやってバンド感を出そうかと考えたんですけど、そこで「春とファンクは相性がよさそうだな」って思って。例えばBruno Marsとか、存在自体が華やかじゃないですか。なので、バンドはファンクを意識して、ビートはBruno Marsっぽい、爽やかで踊れる感じを意識して制作していきました。
――ホーン・セクションはどのように?
山路:いつもレコーディングをお願いしているエンジニアのIkomanさんに繋いで頂いて、真砂(陽地)さんという方にお願いしました。やり取り自体は遠隔だったんですけど、僕たちが求めるサウンドをとても高い解像度で理解してくれて。返ってきたデータを聴いたら、「これこれ!」っていう感じで、制作はすごくスムーズに進みましたね。
――「Higher」ではクラップ音も印象的に取り入れてますよね。これも華やかなファンクという部分にも繋がるとは思うのですが。
山路:そもそも僕はハンドクラップが大好きで、基本全曲に入れたいくらいなんです(笑)。
――(笑)。
山路:ハンドクラップって赤ちゃんでもできるじゃないですか、そういったプリミティブな感情が出ているというか、何か無性に好きなんですよね(笑)。あと、これはたまたまなんですけど、今はコロナ禍でライブでも歓声は出せないので、こういうハンドクラップを取り入れた楽曲はお客さんが反応しやすいって言われたことがあって。結果的にすごくよかったなと。
初の映画主題歌で描いた成長に伴う痛みや葛藤
――「Higher」から一転、「Sugar & Cigarettes」は映画『わたし達はおとな』の主題歌として書き下ろした1曲で、メロウで切ないサウンドになっています。まずはこの映画に対する感想から教えてもらえますか?
山路:主題歌のお話を頂いて、まずは製作途中のデモ版を観せてもらったんですけど、とにかく生々しいリアリティが印象的でした。食パンを冷凍庫から出したり、そういった何気ないシーンにも生活感が演出されていて。個人的には普段からあまりよく観るタイプの映画ではなくて、最初はどういう風に受け止めればいいのか、ちょっとわからなかったんです。でも、映画を観たあと、普通に生活していく中で、映画の登場人物たちに対して「あの人、元気かな」っていう感情を抱くようになって。創作物なのに、もはや自分にとっては他人とは思えない存在になっていた。そこから色々と考えさせられることもありました。
――ちなみに、普段はどのような映画を観ているんですか?
山路:僕は同じ映画を何度も観るのが好きなんですよ。『フィフス・エレメント』(原題:Le Cinquième élément)と『ダークナイト』(原題:The Dark Knight)と、『オーシャンズ11』(原題:Ocean’s Eleven)〜『オーシャンズ13』(原題:Ocean’s Thirteen)まで、それをずっと観続けています(笑)。自分としてはユニバ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)に行くのと同じような感覚なんですよね。同じアトラクションに毎回乗って、同じように楽しんで、またちょっと間を空けて行く、そんな感じ。
――では、今まであまり触れてこなかったタイプの映画である『わたし達はおとな』を観て、山路さんはどのような主題歌を書こうと考えましたか?
山路:実は映画を観させて頂く直前に、たまたま浮かんできたメロディがあって。なんとなく自分が「こういう曲書きたいな」って思っていたイメージと、映画の雰囲気がぴったりだと感じて。タイトルの「Sugar & Cigarettes」という言葉も、「息ができない」と同じくなんとなく浮かんできた言葉だったんですけど、映画を何度も見返しながら、重なる部分を探していきました。映画は『わたし達はおとな』というタイトルですけど、僕は“子供が大人になる境目”を感じたんです。なので、子供っぽさの象徴として“Sugar(砂糖)”、大人の象徴で“Cigarettes(煙草)”、その両方を持ち合わせている境目の状態から、大人になっていく葛藤などを表現できたらなと考えました。
成長することって絶対的にいいこととして捉えられているような気がするんですけど、実際には痛みも伴うものだと思うんです。「Higher」のときに考えていた別れの痛みや、実際に身体的な成長痛なんてものもありますし。痛みを感じながら、砂糖と煙草の間で揺れ動くところ、そして変えられない部分への思い、葛藤などが詰まった曲になったのかなって思っています。
――山路さんは大人になっていく過程で、今お話したような痛みや葛藤を感じましたか?
山路:それが……未だに大人になった感覚がないのかもしれません(笑)。「大人になりたいな」って言ってたら「あんたもう大人でしょ」ってツッコまれたり。今でも自分の歳は気にしてないですし、そういうことを自覚せずに生きてきたというか。
――(笑)。「Sugar & Cigarettes」は曲調自体はメロウな雰囲気を感じさせつつも、メロディはどこかゴスペルっぽいというか、祝祭感も感じられます。 このメロディはどのようにして浮かんできたのでしょうか。
山路:僕は自分でメロディを作っている自覚がなくて。作ろうと思って作ったメロディはすごく人工物っぽくなってしまうというか、あまりいいものはできない気がしていて。基本的にフッと出てくるんですよね。調子がいいと単語も一緒に出てくる。たぶん、元々どっかにそういうメロディがあって、それがたまたま僕のところに辿り着いただけというか。それをどういう形で曲にするのか、どうやってアウトプットするか、ということしか考えていないんですよね。
――メロディが浮かんでくるのは、どういうタイミングが多いのでしょうか。
山路:それもバラバラなんですよね。ご飯作ってるときとか、車に乗ってドアをバタンと閉めた瞬間だったり、10時間くらい楽曲制作していて煮詰まってきたときにふと出てきたり。自分の生活の中でどこか意識が途切れる瞬間があって、そういったタイミングで出てくることが多いですね。もっと若かった頃は毎日のように12時間とか音楽に打ち込んで、ボロボロに擦り切れた頃に浮かんでくることが多かったですね。でも、ちょっと体を壊してしまいそうだったので、最近は気をつけています(笑)。
――メロディのストックはたくさんありますか?
山路:ストック自体はあるんですけど、時間が経つとどうしても自分の考えが入ってきちゃうんです。そうするとよくないので、頭空っぽのときに出てきたものを逃さないようにしています。
――では、サウンド・プロダクションについても教えてもらえますか? どういったことを意識して組み立てていったのか。
山路:今回、歌メロを活かすことを一番意識しました。いつもだと、断片的にメロディがあって、バンド・サウンドを組み立てながらメロディも一緒に膨らませていくんですけど、今回は主旋律とコーラスが先にある状態で構築していきました。イントロでノイズのような音が入っていると思うんですけど、それも実際に砂糖を缶に入れて振ったり、実際に角砂糖を食べたりした音を加工して使っていて。
――フューチャー・ベースのようなシンセも印象的です。
山路:実はシンセを新しく買ったのと、フィルターっていうエフェクターをもらったので、どうしても使いたくて(笑)、その2つを組み合わせて作りました。別の機材を買ったりもらったりしていたら、全然違うサウンドになっていたかもしれません。シンセの音色的にはFlumeの作品なども参考にしました。
あと、最近ベースが1本だけだと物足りなさを感じるようになってきて、この曲にはベースが2本入っているんです。濱田が弾いているベース・ラインに加えて、めちゃくちゃ低い音域で鳴っているベースがあて、それはウクレレベースっていう楽器を使っています。ウッドベースにも似た音が出るので、ビートの感じとしてはNasの「Life’s a Bitch」のようなオールドスクールなヒップホップっぽさもあると思います。たぶん、小さいスピーカーとかでは鳴らないくらい低い音域の音なんですけど。
――ウクレレベースを使おうと思ったのはなぜなのでしょうか。
山路:ネットで存在を知って、その音を聴いたとき、「こんな素敵な楽器があるんや」と思ったんです。自分はいつもキックの音をシンセで作るんですけど、キックとシンセベースを上手く同居させるという部分にいつも苦戦するんです。今回取り入れたのは、ベースを2本入れるなら、片方は生楽器で入れた方がバランスがよくなるんじゃないかって考えたからで。それが上手くいったのか、エンジニアのIkomanさんにもミックスがスムーズだったと言われました。通常であればいくつかの音を加工したりして、音域を整理してもらったりするんですけど、今回はそういった工程がほぼ必要なかったと。
――ライブでは同期想定ですか?
山路:そうですね。肝となる部分はバンドでしっかりと作り上げているので、他の音を同期させることについては抵抗はないですね。
――今回、初挑戦となる映画の主題歌を制作してみて、率直にいかがでしたか?
山路:先にお題じゃないですけど、映画としての世界観ができ上がっている状態で曲を書くというのは、僕としてはとてもやりやすかったですね。ゴールが決まっているというか、その映画をよりよく見せるという目的があって、そこに向かっていけばいいので。自分としてはとてもいい作品ができたと思っているので、映画を観てくれた方も気に入ってくれると嬉しいです。ただ、結構な低音を入れているので、映画館で大音量でかかって、びっくりされないかと少し心配しています(笑)。
「その音でしか作れない曲を」
――バンドとしての今後の動き、今のムードはどのように感じていますか?
山路:この前のアルバム(『On weekdays』)は僕の頭の中にあるものを、メンバーと一緒に形にしていくという手法で作ったんですけど、僕のアイディアをだいぶ高い解像度とクオリティで具現化させることができて。結果としてすごくいい作品ができたという手応えも得られた。だからこそ、それ以降のシングルや、これからの作品ではメンバーそれぞれのアイディアを集結させたり、僕が作った音に対してどういうモノを打ち返してくれるのか、っていう部分に重きを置いて制作していくと思います。
――より自由度が高いというか、サウンドの幅も広がりそうですね。
山路:そうですね。メンバーみんなルーツも違うし、予想もしていなかったアイディアを投げてくれたりするので、そういった部分が楽曲の深みに繋がるんじゃないかなって思います。
――コロナ禍以降、メンバーさん同士で顔を合わせる機会も減ったりすると思うのですが、関係性やバランスの変化を感じたりはしますか?
山路:どうなんでしょうか。僕らの場合、結成当時からプライベートで遊ぶことはないので、相変わらず不思議な関係のままって感じですね(笑)。めっちゃ多くの時間を共にしてきているし、何でも話せる間柄だと思うんですけど、結局のところお互いのプライベートはあまり知らないという、変わった感覚なんですよね。だからこそ、常に新鮮な刺激をもらえるのかもしれないです。
――まさにバンド・メンバーとしか言い表せない不思議な関係性というか。では最後に、今後トライしてみたいことなどは見えていますか?
山路:最近は打ち込みや同期の比重が高い作品を多く作っているので、もうちょっとバンド・サウンドに回帰した作品も作りたいなと考えています。あと、「Sugar & Cigarettes」に砂糖の音を入れたように、常識にとらわれずに様々な音素材を取り入れてみたいですし、その音でしか作れない曲っていうものを目指していきたいです。
【リリース情報】
■ the engy オフィシャル・サイト(https://theengy.com)
【映画情報】
(c)2022「わたし達はおとな」製作委員会
■ 『わたし達はおとな』 オフィシャル・サイト(https://notheroinemovies.com/)

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