ジュディ・ガーランド生誕100年記念
(Part 5)異色のコンセプト・アルバ
ム「ザ・レター」~「ザ・ブロードウ
ェイ・ストーリー」番外編

ザ・ブロードウェイ・ストーリー The Broadway Story [番外編]

ジュディ・ガーランド生誕100年記念(Part 5) 異色のコンセプト・アルバム「ザ・レター」
文=中島薫(音楽評論家) text by Kaoru Nakajima

 今年2022年に生誕100年を迎えた、不世出のエンタテイナー、ジュディ・ガーランド(1922~69年)。輝かしき偉業を称えるこの番外編では、これまでに彼女が実力を最大限に発揮したライヴ・レコーディングを紹介してきた(下記一覧参照)。Part 5では趣きを変え、ユニバーサル ミュージックから6月8日に発売される10タイトルのCDから、スタジオ録音の必聴盤を取り上げよう。まずは、1959年リリースの「ザ・レター」(日本初CD化)。ガーランドのキャリアの中でもユニークな、コンセプト・アルバムと呼ばれる意欲作だ。
レコーディング・スタジオでのガーランド Photo Courtesy of Scott Brogan
■独自のテーマを打ち出した企画盤

 本題に入る前に、レコーディングの歴史から。本連載VOL.11のオリジナル・キャスト盤特集でも触れたように、片面に一曲のみを収めた旧スタイルのレコードの後、1948年にLPレコードが出現する(LPはロング・プレイングの略)。A面とB面を併せ、約40~50分の収録が可能となった。これは歌手にとっても僥倖で、多くの曲数を歌えるばかりか、LPごとにテーマを決め、時にはストーリー性を持たせるコンセプト・アルバムが実現した。この革新的なジャンルの第一人者が、ガーランドと公私共に親しかったフランク・シナトラだ。

フランク・シナトラ「ホエア・アー・ユー?」のLP(1957年)

 彼は、1957年にリリースされた「ホエア・アー・ユー?」で、全編をわぬ恋や失恋を歌ったブルー・バラードで構成。通常スローな曲ばかりだとダレてしまうのを、卓越した歌唱力でリスナーの心を掴む。加えて特筆すべきが編曲だ。ストリングス主体の重厚なアレンジは賞賛を浴び、アルバムの評価を決定付けた。アレンジャーの名はゴードン・ジェンキンス。彼こそが、今回紹介する「ザ・レター」を創造した才人だ。ジェンキンスは、シナトラやガーランドだけでなく、ナット・キング・コールとの仕事でも名を馳せた。優美なストリングスの音色に魅了される、彼の名唱〈スターダスト〉や〈ラヴ・レターズ〉を、お聴きになった方も多いだろう。
編曲&作詞作曲家ゴードン・ジェンキンス(1910~84年)
■初リリースは手紙入り封筒付き

 「ザ・レター」は、レコードで楽しむミュージカル・ドラマ的一篇だ。舞台はNY。別れたカップルの男性側が、恋愛時代を振り返りつつ恋人へ宛てた手紙を朗読し、女性(ガーランド)がそれに応え、歌で想い出を綴る形式を取っている。ジェンキンスが原案と構成を担当。さらにシチュエーションに合わせオリジナル楽曲を書き下ろし、もちろん編曲も兼ねた。作詞作曲家としても才能を発揮した彼は、〈ディス・イズ・オール・アイ・アスク〉など、通好みの渋い佳曲で知られる。男性役で、ナレーションを担当したのがジョン・アイアランド。映画「オール・ザ・キングスメン」(1949年)で、アカデミー賞助演男優賞にノミネートされた俳優だ。
ジョン・アイアランド(1914~92年)
 録音は1959年1月。同年5月に発売された初版盤LPは、ジャケットに実際の封筒を貼り付け、印刷された手描きの手紙を同封するという凝り様で、今やガーランド・ファンのコレクターズ・アイテムだ(下記写真参照)。ガーランドとジェンキンスにとって会心の作となるも、意外や批評は賛否両論。これは、今回久々に本作を聴いて納得する部分でもあった。ストーリー展開が、あまりにも類型的な上に、アイアランドの語りがロマンティックな情感に乏しく、平板な印象を与えるのだ。しかし、それを補っても余りあるのが、ガーランドの見事な歌唱。録音時36歳の彼女は心身ともに充実しており、豊かな声量と張りのある歌声に圧倒される。
初版盤LPは本物の手紙付き Photo Courtesy of Scott Brogan
■ありきたりの恋愛ドラマに息づく演唱

 どこか往年の映画音楽を思わせる、コーラスを絡めた壮大なオープニング曲で「ザ・レター」はスタート。最初にアイアランドが、「君なしの人生は堪えられない」と未練たらたらの書簡を読み上げ、恋愛が始まった頃に想いを馳せる。そこでガーランドが、「愛という名の素晴らしいトラブルに巻き込まれた」と回想するナンバーが〈ビューティフル・トラブル〉。彼との出会いと、恋に落ちた高揚感を弾むように歌うガーランドは絶好調だ。その後もグリニッジ・ヴィレッジで逢瀬を重ねる2人。車のクラクションの効果音を交えた〈ラヴ・イン・ザ・ヴィレッジ〉や、ライヴ・スポットで2人が楽しむブルース・シンガーのソロ〈チャーリーズ・ブルース〉など、1950年代のNYと街の喧騒を生き生きと描くナンバーが楽しい。
 ところが女性は心変わり。「もうこれまで。愛は残っていない」と別れを告げる。男はセントラル・パークをさまよえば彼女を想い出し、つまらぬ喧嘩さえ懐かしい。一方女性も彼への想いを断ち難く……と、後半は陳腐なメロドラマ色が強まる物語も、「部屋で独り手紙を読んでいると不意に、これまで以上にあなたを求めている事を確信したの!」と歌い上げるガーランドの力業的熱唱で、半ば強引に説き伏せられてしまう。改めて、稀有な才能に恵まれたパフォーマーだと感じ入った。また、ジェンキンス指揮の大オーケストラが奏でる華麗なサウンドが、ステレオ録音の臨場感溢れる音響も相俟って抜群の効果を上げている。
ジェンキンスは、ガーランドのコンサートで音楽監督・指揮も務めた。 Photo Courtesy of Scott Brogan

■ライヴとは違う表情を見せるガーランド

 今回ユニバーサル ミュージックから発売されるCDには、もう一作ガーランド&ジェンキンスのコラボレーション盤が含まれる。それが、「ザ・レター」より2年前に発表された「アローン」(1957年)。タイトルでお分かりのように、孤独がテーマのコンセプト・アルバムだ。のっけからヘヴィーなバラード系絶唱を容易に想像出来るが、一曲目の〈バイ・マイセルフ〉は、「私は独り行く。未知のものに立ち向かい、自分の世界を築こう」と軽くスウィングして意表を突く。以降、〈リトル・ガール・ブルー〉や〈アマング・マイ・スーヴェニール〉などのバラードは、ジェンキンスの緻密な編曲も手伝って息を吞むほどの美しさ。パワフルなヴォーカル連続のライヴとは違い、あり余る声を抑えて歌うガーランドの、しなやかな歌唱に惹き込まれる。
 そして「アローン」のベストが、アーヴィング・バーリン作詞作曲の名曲〈ハウ・アバウト・ミー?〉だ。「もう全て終わり。すぐに他の誰かが、あなたをちやほやするでしょう。でも私はどうなるの?」という内容の失恋歌で、しみじみとした哀感を滲ませながら、深い悲しみを吐露するパフォーマンスは正に絶品。繊細なストリングスのアレンジが、彼女の歌を巧みにサポートしている。このアルバムも日本初CD化。お聴き逃しなく。

「ジュディ・ガーランド/アローン」(UCCU-45040)¥1,980(税込)

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