「ザ・ブロードウェイ・ストーリー」
VOL.23 作曲家ジューリィ・スタイン
と、彼の最高傑作『ジプシー』

ザ・ブロードウェイ・ストーリー The Broadway Story

VOL.23 作曲家ジューリィ・スタインと、彼の最高傑作『ジプシー』
文=中島薫(音楽評論家) text by Kaoru Nakajima
 本連載VOL.19の『紳士は金髪がお好き』(1949年)でも取り上げた、作曲家ジューリィ・スタイン(1905~94年)。1940年代から90年代まで、半世紀の長きにわたり第一線で活躍したソングライターだ。ブロードウェイでは実に58年振りに、代表作のひとつ『ファニー・ガール』(1964年)が再演される(2022年4月24日オープン)。そしてもう一本、彼のキャリアを語る時に欠く事の出来ない作品が、1959年の初演以来リバイバルを繰り返す『ジプシー』だ。ブロードウェイ史に燦然と輝くこの傑作を紹介しつつ、スタイン楽曲の魅力に迫ろう。

■流行歌の作曲家からブロードウェイへ

 スタインは、幼少時から音楽において神童振りを発揮。9歳の時に、ソロ・ピアニストとして交響楽団との共演を果たすほどだった。やがて映画会社のボーカル・コーチを務めた後、作曲家に転向。作詞家サミー・カーンとのコンビで、フランク・シナトラの主演映画「下町天国」(1947年)の〈タイム・アフター・タイム〉を始め、〈いつか聴いた歌〉、〈久し振りね〉、〈もう5分だけ〉、〈イッツ・マジック〉など、今なお親しまれる珠玉の名曲を数多く放つ。
作曲家ジューリィ・スタイン
 ただ、ヒット曲の量産に飽き足らなかったスタインは、子供の頃からの夢だったブロードウェイを目指し、1947年に『ハイ・ボタン・シューズ』でデビュー。それ以降も、前述の『紳士は~』や『ベルズ・アー・リンギング』(1956年/翻訳上演のタイトルは『ラブコール』)などを発表し、その明朗でキャッチーな楽曲が好評を博す。スタインが、ブロードウェイで作曲を手掛けたミュージカルは19作。後年は、賑々しくジャジーな曲調がマンネリ化した感は否めないが、『ジプシー』はキャリアの頂点を極めたスタインの、自他共に認めるベストとなった。
スタイン作品から序曲のみを集めた、「ジ・オーヴァチュアズ・オブ・ジューリィ・スタイン」。演奏はRCAビクター交響楽団(1992年録音/輸入盤CD)

■転んでもただでは起きぬ女傑の物語
 『ジプシー』の原作は、実在のストリッパー、ジプシー・ローズ・リーが1957年に発表した回想記で、彼女の母親ローズとの関係が綴られている。このローズこそが本作の主役。娘をスターにするためなら手段を選ばぬステージ・ママで、辟易するほど厚かましく自己中心的。威圧的な物言いで周囲の人間を振り回すが、どこか憎めない部分もあり、という女性だった。今や、ベテランのミュージカル女優なら誰もが憧れるローズ役を、1959年の初演で演じたのがエセル・マーマン。『エニシング・ゴーズ』(1934年)や『アニーよ銃をとれ』(1946年)に主演し、力強くダイナミックな唱法で鳴らしたミュージカル・コメディーの大スターだ。
主演のエセル・マーマンの顔をアップであしらった、『ジプシー』初演(1959年)のプレイビル表紙
 粗筋を記しておこう。舞台は1920年代。ヴォードヴィル劇場の演目のために一座を組み、娘のジューンとルイーズを出演させるべく東奔西走するローズ。芸達者な妹ジューンに対し、姉のルイーズはシャイで華がない。ところがジューンは、一座の青年と突然駆け落ち。他の座員たちもローズの許を去る。今度はルイーズに目を付けたローズは、嫌がる彼女をストリップに挑戦させると大成功。ジプシー・ローズ・リーの芸名でスターの座を掴んだ。するとルイーズは、徐々にローズの存在が疎ましくなり、母娘の関係に大きな溝が生まれる……。
 振付・演出がジェローム・ロビンス、脚本はアーサー・ローレンツ、作詞にスティーヴン・ソンドハイムと、人種問題を活写した傑作『ウエスト・サイド・ストーリー』(1957年)を放ったチームが再集結。ドラマティックな演技を求められたマーマンにとっては大きな挑戦だったが、見事に応え生涯最大の当たり役となった。

■ソンドハイムとの共作で名曲続出
 それにしてもスタインの楽曲が素晴らしい。最も有名なナンバーが、ローズが一幕の最後に歌う〈エヴリシングズ・カミング・アップ・ローゼズ〉だ。往年のブロードウェイ・ミュージカルの華やかさを凝縮したような曲調なのだが、意外や歌われるのは巡業先のさびれた停車場。ジューンと座員たちに逃げられ四面楚歌のローズが、それでも力を振り絞り、ルイーズに向かって「あんたをスターにしてみせる。全てがバラと花開くわ!」と宣言する感動的な一曲だ。
 演技面で開眼したマーマン同様、ソングライターとして登場人物の性格描写を旋律で表現する事に専心したスタイン。この分野で、後に高い評価を得る若き才人ソンドハイムとの仕事は、大きな収穫となったようだ。2人のコラボレーションが結実した歌曲が、終幕近くでローズが歌う〈ローズの出番〉だろう。苦労を重ね育て上げたルイーズから、最後に見放されたローズ。怒りと失望から娘の才能のなさを罵り、「本物の才能を持つのは私。今度は、私だけのためにバラが花開くのよ!」と積年の鬱憤を爆発させる一曲で、起伏に富んだ展開と、マーマンのスコ~ンと突き抜けるような直球型唱法がマッチしたビッグ・ナンバーへと昇華した。他にも、ローズが猪突猛進の処世訓を歌う〈サム・ピープル〉や、美しいバラード〈スモール・ワールド〉など佳曲が多く、オリジナル・キャスト盤はミュージカル・ファン必携の名盤となる。
初演50周年を記念して2009年にリリースされた、マーマン主演版『ジプシー』のオリジナル・キャストCD(輸入盤かダウンロードで購入可)

■さまざまなローズを楽しもう

 マーマンの後も、個性豊かな女優がローズを演じて大きな話題を呼んだ。まず1962年の映画版が、「ヒズ・ガール・フライデー」(1940年)などコメディー映画で人気が高かったロザリンド・ラッセル。アクの強い派手な芸風はローズ役にぴったりだが、演出にメリハリなく凡打に終わったのは惜しい。ルイーズに扮したのは、映画版「ウエスト・サイド~」(1961年)に次ぐミュージカル出演となったナタリー・ウッド。「ウエスト~」では、彼女の歌は吹き替えられてしまったが、こちらでは自ら歌っている。一方ラッセルのボーカルは、歌手のリサ・カークが大部分吹き替えた(国内盤DVDは廃盤だが、TSUTAYAなどでレンタル可)。

映画版でルイーズを演じたナタリー・ウッド

 その後、1973年ロンドン初演と、翌74年のブロードウェイ・リバイバル公演がアンジェラ・ランズベリー。1989年のブロードウェイ再演が、日本でも放映されたTVドラマ「女刑事キャグニー&レイシー」(1982~88年)のタイン・デイリー、手堅い仕上がりだった1993年のTVバージョンがベット・ミドラー、さらに2003年のブロードウェイ再演はバーナデット・ピータース、続く2008年ブロードウェイ再演がパティ・ルポン、そして2015年のロンドン再演がイメルダ・ストウントンと、何とも豪華かつ大充実の顔触れだ。
タイン・デイリー主演版(1989年)
バーナデット・ピータース主演版(2003年)
 歴代ローズのパフォーマンスは現在CDで楽しむ事が出来るが、豪快に歌い上げるランズベリーとルポン、確かな演技力で圧倒するデイリー、愛嬌たっぷりのミドラー、内面に秘めた繊細な部分も演じ切ったピータース、やや演技過剰ながら達者なストウントンと、各人が嬉々として演じており、繰り返し聴いても飽きない(これらCDは輸入盤かダウンロードで購入可)。ちなみに日本では、草笛光子の主演で1982年に初演、1991年に鳳蘭のローズで再演された。ルイーズは、前者がMIE(ピンク・レディーのミー/現・未唯mie)、後者では宮沢りえが演じている。
ベット・ミドラー主演の1993年TVバージョン(輸入盤DVD/PCで再生可)
イメルダ・ストウントンのロンドン再演(2015年)は、劇場収録されてブルーレイでリリース(輸入盤/国内のプレイヤーでも再生可)

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