沼の入口へようこそ、映画『スパークス・ブラザーズ』公開記念(5曲じゃ足りない!)コラム

沼の入口へようこそ、映画『スパークス・ブラザーズ』公開記念(5曲じゃ足りない!)コラム

沼の入口へようこそ、
映画『スパークス・ブラザーズ』
公開記念(5曲じゃ足りない!)
コラム

ロン・メイル(Key)とラッセル・メイル(Vo)兄弟からなるSparksの映画『スパークス・ブラザーズ』がいよいよ4月8日から公開される。50年以上のキャリアで340曲を超える楽曲を発表し、時代を先取りした作品でリスナーを驚愕、歓喜させ続けてきた2人の浮き沈みの激しいバンド人生、「音楽という生態系にSparksが組み込まれている」と評される特異性の秘密と魅力に迫るドキュメンタリー。ふたりのインタビュー、ポール・マッカートニー、ベック、フリー(Red Hot Chili Peppers)、ビョーク、トッド・ラングレン、サーストン・ムーアら錚々たる面々の証言と、“熱狂的ファン”ことエドガー・ライト監督のあふれんばかりのユーモアで構成された141分間は、ファンに首が千切れんばかりの共鳴と感動を与え、Sparksを聴いたことがない観客を「なんてラッキーなんだ! これから最高のアルバム25作に初めて触れられるなんて!」と笑顔で受け入れる。“最上級の推しへの愛”を食らい、幸福の沼にどっぷり浸かる準備はよろしいですか?
「This Town Ain’t Big Enough For Both Of Us」収録アルバム『Kimono My House』/SPARKS
「The Number One Song In Heaven」収録アルバム『No.1 In Heaven』/SPARKS
「When Do I Get To Sing ‘My Way」収録アルバム『官能の饗宴』/SPARKS
「I Married Myself」「My Baby’s Taking Me Home」収録アルバム『LIL' BEETHOVEN』/SPARKS

「This Town Ain’t Big Enough
For Both Of Us」(’74)/Sparks

「This Town Ain’t Big Enough For Both Of Us」収録アルバム『Kimono My House』/SPARKS

「This Town Ain’t Big Enough For Both Of Us」収録アルバム『Kimono My House』/SPARKS

無数のパロディーやオマージュを生み出している“芸者風ジャケット”でお馴染み『Kimono My House』の冒頭を飾る、天国とも地獄ともつかないキラーチューン。光の階段を昇るような、どす黒い雨が肌を叩くようなイントロのキーボードの和音で幕を開け、ラッセルのエレガンスで美しいファルセットに切り裂かれ、ダンサブルなグラムミュージックと思いきや一瞬のブレイクから一転して高揚感を地に落とす複雑怪奇な展開と邪悪で戯画的なベースラインに息を吞む。しばしば「イギリスのバンドかと思った」「ロサンゼルス出身なんて信じられない」と驚愕されるふたりだけが分かち合える孤独の綴ったともとれる歌詞の痛切さも、未だに鮮烈な謎を張り巡らせる。

「The Number One Song In Heaven」
(’79)/Sparks

「The Number One Song In Heaven」収録アルバム『No.1 In Heaven』/SPARKS

「The Number One Song In Heaven」収録アルバム『No.1 In Heaven』/SPARKS

1980年代に突入する寸前の1979年、モジュラーシンセを用いた『No.1 In Heaven』をリリースした早すぎるバンドがいる。もちろんSparksである。アルバムの幕引きとして配された「The Number One Song In Heaven」は、ラッセルのハイトーンヴォイスが高らかに歌い上げる《これは天国で一番の歌》のリフレインが雲を割り、万華鏡の如く変化するダイナミックかつリズミカルなサウンドが天国に殴り込みをかけるディスコミュージック。ジョン・レノン曰く「マーク・ボランとヒットラーが共演している」ビジュアルとクールな表情、ショー的なステージングはそのままに、かつてはグラマラスなロックサウンドで曲想を表現したふたりが、本当にスペイシーを通り越して天を貫く音を手にしたのだ。

「When Do I Get To Sing ‘My Way」
(’94)/Sparks

「When Do I Get To Sing ‘My Way」収録アルバム『官能の饗宴』/SPARKS

「When Do I Get To Sing ‘My Way」収録アルバム『官能の饗宴』/SPARKS

劇中で「商業的成功への喜びはあった。だけど型を破りたかった。商業的な自殺も避けたかった」と告白するように、作品性を追求することで目まぐるしく変わり続ける音楽性に困惑するリスナーから見放された不遇の時代もあった。セールス的な意味でも“復活”したふたりが発表したアルバム『官能の饗宴』に収録されているこの曲は、《いつになったら「マイ・ウェイ」を歌えるようになるんだ》《いつになったらシナトラのように》《シド・ヴィシャスのように》という自虐と皮肉を交えたサビ、淡々としたラッセルの歌唱のうら寂しさと相反して、ミラーボールの光芒がよく似合うビートがシンセポップ。シナトラとシドが並列になる歌詞に、ふたりがこの時点でどれほどの上昇と下降を繰り返したか想像させる強度、そして現在も未来への期待を抱かせる奇跡がある。

「I Married Myself」(’03)
/Sparks

「I Married Myself」収録アルバム『LIL' BEETHOVEN』/SPARKS

「I Married Myself」収録アルバム『LIL' BEETHOVEN』/SPARKS

やっと2000年代の楽曲を紹介できるのだが、本当は“虚勢を張った物悲しい失恋ソング”と断定してしまうには余りにも多様な意味を含んだ「I Married Myself」というタイトルへの感動だけでこのパートを埋めてしまいたい。孤独を認め、同時に決して否定しない。やっと新しい価値観が根を張り出した2022年になんと優しく寄り添ってくれる歌だろう。いくつも重ねられたラッセルの穏やかなヴォーカルが反響する中で追走するように奏でられるロンのピアノ、スキャットが刻むリズムと叙情的なオルガンが呼応するあたたかさ。実の兄弟であると同時に音楽家として最強のパートナーであるふたりのしなやかな強さを感じさせる。

「My Baby’s Taking Me Home」
(’03)/Sparks

「My Baby’s Taking Me Home」収録アルバム『LIL' BEETHOVEN』/SPARKS

「My Baby’s Taking Me Home」収録アルバム『LIL' BEETHOVEN』/SPARKS

映画は50年の歴史とレオス・カラックスの最新作『アネット』に携わった“今”に至るまでを網羅しているというのに、このコラムはこの曲で終わりである。「I Married Myself」と同じく『Lil’ Beethoven』に収録されているこの曲は気が遠くなりそうなほどミニマルかつ壮大なサイケデリックナンバー。ループするフレーズに乗せられた柔らかく、甘やかな《My Baby’s Taking Me Home》の反復が次第に微妙なズレを生み出しながらコラージュ的に広がり、「この歌詞をどう訳す?」「今の<My Baby’s Taking Me Home>はどう聴こえた?」と問いかけられ、覚醒を迫られているような気分にさせる。シンプルでありながら多面的で彩り豊かな、“今”にこそ必要な楽曲だ。そしてきっとこれからも。

TEXT:町田ノイズ

町田ノイズ プロフィール:VV magazine、ねとらぼ、M-ON!MUSIC、T-SITE等に寄稿し、東高円寺U.F.O.CLUB、新宿LOFT、下北沢THREE等に通い、末廣亭の桟敷席でおにぎりを頬張り、ホラー漫画と「パタリロ!」を読む。サイケデリックロック、ノーウェーブが好き。

OKMusic編集部

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