二宮健監督

二宮健監督

【インタビュー】映画『真夜中乙女戦
争』二宮健監督 「永瀬くんは、物語
を背負う顔をしている」

 永瀬廉(King & Prince)主演のサスペンスフルな青春映画『真夜中乙女戦争』が、1月21日から全国公開される。原作は、10代から20代を中心に支持を集める作家・Fの同名小説。上京して東京で一人暮らしを始めた大学生の退屈な日常が、かくれんぼ同好会の聡明な“先輩”(池田エライザ)、カリスマ性のある謎の男“黒服”(柄本佑)との出会いによって一変。気が付けば、「真夜中乙女戦争」と名付けられた東京破壊計画に巻き込まれていく。監督を務めるのは、『チワワちゃん』(19)『とんかつDJアゲ太郎』(20)の二宮健。スタイリッシュな映像表現で注目を集める若き気鋭の「オリジナリティー」がはじける!
-監督を引き受けた経緯から教えてください。
 『チワワちゃん』公開前の2018年の冬に、KADOKAWAのプロデューサーから原作を渡されて。Fさんという年代が近い方が、現代のムードを捉えた言葉をつなぎながらユーモアとセンスにあふれた文章で書かれていて、よくぞこの気持ちを代弁してくれたと。自分じゃない人間が映画化してつまらない作品ができちゃったら嫌だなと思いました。原作を渡されて面白いと思える作品に出会える機会はなかなかないので。やるからにはFさんが紡いだように、今の若者のテンションみたいなものをちゃんと映画の文体で伝える作品にしないといけない。ただの小説の映画化でなく、二つで一つになるもの、隣り合わせに存在できるものになれば、それが一番美しい実写化じゃないかと思って挑みました。
-『チワワちゃん』以降、原作ものが続いていますが。
 オリジナル映画が美徳とされていますけれども、僕の中で一番美徳としたいのは、映画がオリジナルかどうかではなくて、映画にオリジナリティーがあるかどうかなんです。原作物って言っちゃうなら、広い意味ではデビッド・フィンチャーや(スタンリー・)キューブリックの作品もそう。原作が映画化されるには理由があるわけですから、それをどう映画的に立ち上がらせるか。あとは映画ファンとしての正義感でいうと、つまらない映画ができるぐらいなら自分でやりたいと。期待して見た日本映画がつまらなくて落胆した記憶が根っこにあって、ぶっちゃけちゃうと、ある種の怒りがモチベーションの一つになっているのも事実です。
-主演の永瀬廉さんの魅力は?
 永瀬くんは、物語を背負う顔をしていると思っていて。感情移入がしやすくて、物語にトーンとマナーを与えてくれる。永瀬くんにはそういうスター性があるように思います。立場的にカッコイイとかイケメンという言葉で語られがちだけど、永瀬くんの魅力はそこじゃない。ということを撮ってみて実感しました。
-早いカット割りでイメージをあふれさせる監督の作風は、どこから?
 原点に返るとしたら、僕が映画に求めることって「記憶の再構築」。例えば、旅行に1週間行ったときのことを思い出そうとすると、1週間分の時間がギュッと詰まって印象的な感情とともに思い出される感覚に近い。映画を見るって旅行に近いと思う。そういう場合ってリアリティーラインが落ちていて、思い出される記憶と現実には乖離(かいり)がある。僕がナチュラルに立ち上げる映画には、そのときに大事なリアリティーと、大事じゃないリアリティーがあって、僕にとって大事じゃないリアリティーは、染めたい色に自由に染めてもいいと思っている。だからこそ、絶対に変えちゃいけないリアリティーがある。そこの選別を自分の中でしっかりと持つことが重要で、そういうふうに作られている映画に引かれますし、『真夜中乙女戦争』は一つの夜を象徴するような物語なので、そこはちゅうちょなく、果敢に、自分が持っていきたい道へ突き進んだ映画です。
-そうするとオーソドックスに撮っている部分はリアリティーで、演出で攻めている場合は記憶の再構築?
 それは撮影じゃなくて感情の問題だと思うんです。リアリティーラインを支えるのは感情で、やっぱりリアリティーのない感情を描いたら駄目。感情は常にリアルなので。映画でリアルに撮っているところは、そこがリアリティーとして大事なのではなくて、全体の中で自分の考える適切な方法を取ってのこと。僕が大事にしたいのはあくまでも感情で、感情がつながっていなかったら、それは映画じゃないと思っている。逆に突拍子もない方向に行っても、観客が乗れる場合というのは、感情が伴っているからだと思うんです。そこがうまく組み合わさることを常に願って自分は映画を作っています。
-今回はそれほど多くないですが、監督の作品では必ず時制が行き来します。
 リアルな時間が流れているというよりは、抽象的に流れているということです。それは寝ているときに見る夢がそうですし、映画は時間芸術なので、時間の使い方に関してはこだわりたいと思っている。逆に時間は不可逆というか、絶対に巻き戻せないものだからこそ、映画はそこに自由な翼を持っているような気がしています。
-時計もよく登場するし、冒頭のモノローグ「この映画はあと110分で終わる」など、記憶だけではない時間と映画表現との関係にこだわりがある気がします。
 それでいうと、『真夜中乙女戦争』と『リミット・オブ・スリーピング・ビューティー』『チワワちゃん』は、どれも僕の中で若さを失う映画、青春に別れを告げる三つの映画としてつながっている。より変化が激しい年代の話だからこそ時間の流れに対してもっとリアクションしていく、そういう世界観だと思う。3部作、僕の中の一つのトリロジーになってもいいような、通底するものがあります。
-ラブホテルの部屋のトーンが突然赤から青に切り替わったり、スクリーンが爆発した後にまたスクリーンが立ち現れるといった映画的なビジュアルは、原作を読みながら思い付くのですか。
 場合によりますけど、その二つでいうと、準備して脚本を書いていく中で立ち上がったイメージです。そういったものを思い付く瞬間ってやっぱり楽しいですよね。それが楽しくて映画を撮っているというところもあります。でも、意図が強過ぎても、表現が勝ち過ぎても駄目で、自分の中で、「うわっ、ここだ」っていう道筋を見付けたときの喜びはすごくて、『真夜中乙女戦争』では自分の中のいろんな方法を実現できたと、今までの作品よりもより強く感じています。観客も、この映画を受け止めるための受け皿を作ることになるかもしれません。でも、その行為が、その人のイマジネーションやまなざしの幅を広げるきっかけになってほしい。いつもそう願いながら、映画を作っています。
(取材・文・写真/外山真也)

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