チェリスト宮田大、ピアソラの音楽は
「鏡のようなもの」~こだわりの編成
・編曲で綴るアルバム『PIAZZOLLA』
への想いをきく

チェリスト・宮田大が長年取り組んできたピアソラの集大成的なアルバム『PIAZZOLLA』を2021年11月にリリースした。そして、2022年2月には、東京と大阪で、アルバム発売記念コンサート『宮田大 チェロ・リサイタル2022~ピアソラへのオマージュ~』をひらく。
――まずは、今回、ピアソラのアルバムを作られたことについてお話ししていただけますか?
2021年がピアソラ生誕100周年ということがまずあります。それから、前回のアルバムは『トラヴェローグ』というタイトルで、音楽で旅をするという雰囲気でしたが、今回はピアソラの音楽で人間の内省的なパワーを与えられればと考えて、このアルバムを作りました。
――選曲はどのようにしましたか?
あまり有名でない曲をみなさんに知ってほしいと思い、そういう曲もたくさん入れました。そしてこのアルバムは、チェロと何かをプラスするという、編成にも面白味をもって作りました。
ピアソラとチェロといえば、ヨーヨー・マの「ソウル・オブ・タンゴ」というCDですが、私も小学生の頃からヨーヨー・マでピアソラをずっと聴いてきました。でも、今回のこの編成、この編曲で、みんなにあまり知られていない曲を弾いて、ヨーヨー・マとは違うピアソラの顔を、チェロを通して聴いていただきたいと思ったのです。
――弦楽四重奏を使ったピアソラとは、ユニークな編成ですね。
ウェールズ弦楽四重奏団のメンバーとは、気心がしれていて、第2ヴァイオリンの三原(久遠)くん以外は、桐朋学園での同級生です。彼らとは、シューベルトの弦楽五重奏曲なども演奏しました。ウェールズ弦楽四重奏団は常設の弦楽四重奏団ですので、ウェールズ四重奏団にしか出せない音があり、共演をお願いしました。彼らは音を突き詰めるので、たくさんテイクを録ったところもあります。録音でも、音楽作りでも、彼らとは相性が良かったと思います。
――そのほかの曲も山中惇史さんの編曲にはこだわりが感じられますね。
「タンガータ」と「天使の組曲」は、五重奏(キンケート)などで演奏されてきた曲で、チェロとピアノの版は今までなかったのですが、今回はチェロとピアノに編曲してトライしました。1曲以外はすべて山中くんの編曲で、(編曲とピアノ演奏を担当した)彼はこの録音の影の立役者です。編曲というよりも、ピアソラと彼とのオリジナルな作品になっていると思います。山中くんが、作曲家として、イージーリスニングでは留まらない攻め込んだものを作ってくれました。
――今回の録音にはバンドネオン奏者の三浦一馬さんも参加していますね。
一馬くんは、ピアソラの作品での僕の先生という感じです。彼が入ってくれて、アルバムがきゅっと締まりました。彼と二人だけで演奏したのが「言葉のないミロンガ」です。一馬くんは、あと、「ツィガーヌ・タンゴ」と「スール:愛への帰還」に参加してくれています。彼のピアソラは、彼自身にしかできない音楽になっているのがすごくいい。彼の感じるピアソラと、ウェールズの感じるピアソラと、山中くんの感じるピアソラと、私の感じるピアソラが合わさって、今回のアルバムになっています。
――おすすめの曲、特に聴いてもらいたい曲は何ですか?
「タンガータ」や「天使の組曲」をみんなに聴いていただいて、チェロとピアノのレパートリーとして弾かれるようになればいいと思います。そうして新しいピアソラの魅力を伝えていければいいなぁ。
――宮田さんにとって、ピアソラの音楽とは?
ピアソラを弾くと、自分がどういう音楽をしているのかを鏡のように映し出してくれます。
バッハもそうですが、バッハとピアソラはとても似ていて、バッハの楽譜は強弱もアーティキュレーションも何も書いていないシンプルなものですが、ピアソラも、誰もがピアソラとわかるメロディをシンプルに書いているだけで、あとは編曲者や奏者によって変わっていきます。バッハは今の自分の年齢でしかできない音楽を表現できるし、ピアソラもやっぱりそうだと思うのです。ピアソラは、今の自分が感じたことを投影してくれます。
――ピアソラの作品をいつからコンサートなどで弾いていますか?
20代前半から弾いていますね。昔は、ピアソラはクラシック音楽ではないとか書かれたりしていましたが、最近は、クラシックの一部として(ピアソラを)とらえてくれるようになって、イージーリスニングに留まらない作曲家になったなと思います。生誕100年になって、やっと、みなさんのピアソラへの意識も変わったのかな。そして、ピアソラは、みんなが持ってないといけないレパートリーの一つになりつつあるのかなと思います。
ピアソラは余裕がないと即興ができないですね。その曲を熟知して慣れ親しんでいないと即興を演奏するのは難しいと思います。即興とは、ここはちょっと足りないな、何か入れたいな、お客さんをびっくりさせたいなというようなインスピレーションで、その時、その時に出てきます。心臓の鼓動が高まっているときは速いパッセージを入れたりもするし、そういう自分の状態にも影響されます。
――2月のコンサートはどのようになりますか?
コンサートは、無伴奏の「リベルタンゴ」で始めます。無伴奏版は、昔、『報道ステーション』の番組で竹藪の中で演奏したことがありましたが、それ以降披露する機会がありませんでした。チェリストの小林幸太郎くんの編曲です。お客さんにここでしか聴けないピアソラを聴いてもらいたいというのがあって、無伴奏で始めます。そのあと、山中くんのピアノが入って、だんだん人が増えてくるような、そういうプログラミングにしています。
このコンサートでは、ピアソラ以外の曲が1曲入っていて、それはファジル・サイのチェロ・ソナタなんですけど、この曲をお客さんに知ってもらいたいと思って入れました。サイはピアソラと同じように自分の国(トルコ)の音楽を大切にしています。この曲は、トルコの「4つの都市」という副題がついていますが、それらの街をツアーして回っているような感じで聴いてほしいとサイは言っています。トルコのすごく有名なメロディが入っていたり、トルコの民族的な楽器、ケマンチェとかいろいろあるのですが、それを模倣して演奏しなさいなどと書いてあります。いろんな楽器と風土とトルコらしさをファジル・サイが表現しているので、なかなかベートーヴェンとは並べにくい作品ですが(笑)、自分の国(アルゼンチン)を大切にしたピアソラとならいいかなと思いました。ピアニストの田村響さんや、鳥羽亜矢子さんと演奏しましたね。
――コンサートのメンバーはCDと同じなのですね。宮田さんのこのコンサートでの楽しみは何ですか?
レコーディングではいろんな即興を交えたたくさんテイクを取って、それを一つのCDに収めましたが、今回は、そのときの蓄積をもとに、アグレッシヴに、CDとは違った生の演奏をお届けできればと思います。音楽でそんな会話ができれば良いなと思います。
東京オペラシティ コンサートホールが響きの良いホールなので、オペラシティの響きを楽しんでいただきたいし、天井の三角形のところから光が差し込んでくるような雰囲気でピアソラの音楽を感じてもらいたいと思います。このご時世、たいへんな世の中ですけど、足を運んでいただいて、音楽のシャワーをどっぷり浴びて、ピアソラを堪能していただきたいですね。
取材・文=山田治生 撮影=池上夢貢

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