みんながいるから、茅原実里がいる。
『Minori Chihara the Last Live 20
21 ~Re:Contact~』ライブレポート

ついにこの日が訪れてしまった。今年4月に歌手活動の休止を発表してから、早いものでもう2021年が終わろうとしている。そして今日、2021年12月26日の『Minori Chihara the Last Live 2021 ~Re:Contact~』をもって、茅原実里は歌手として活動してきた17年間に一度、終止符を打つ。未来のことなんて誰にも分からない。ここ数年は誰もがそんな当たり前のことを痛感したことだろう。だからこそ、笑顔で彼女を未来へ送り出そうと多くのファンや関係者がこの日の神奈川県民ホールに集まった。そんな温かくもあり少し寂しい、それすらも慈しむような愛に満ち溢れた3時間弱のライブレポートをお届けする。

神奈川県民ホールと茅原実里と言えば、2011-2012年のカウントダウンライブ以来だろうか。どうしたって思い出を振り返るようなことばかり考えてしまう。それだけ歌手として茅原実里が僕らに与えてくれた感動や体験が身体に染み付いているのだと思う。”歌手”に憧れ、この世界に飛び込んできた彼女が積み上げてきたこの17年間にピリオドを打つ。どんな想いでその答えにたどり着いたのかなんて全く計り知れない。だからこそ、彼女の決意を見届けるためにもこの日の神奈川県民ホールには多くのファンや関係者が駆けつけた。
場内は一面、青いペンライトで照らし出され、そんな”終わりの始まり”を落ち着かない様子で待ち続けるファンで埋め尽くされている。「みんな行くよー!」とソワソワするファンを一蹴するような元気な一声で茅原実里が登場すると、同名のミニアルバム表題曲の「Re:Contact」からライブはスタート。ステージ前面を覆っていたベールが解かれると、ステージ上には足元が見えないほどのスモークが充満しており、まるで雲の上のような幻想的な雰囲気に。ミニアルバム『Re:Contact』はそのタイトル通り、1stアルバムの『Contact』へ再び繋がるような、そんな想いが込められた1枚だが、続けて「Contact」、そして「詩人の旅」と1stアルバムの曲順通りの2曲を披露。まさにこれからの彼女の新たな船出にピッタリでもあり、足跡を辿るのにもピッタリだ。ここまでメドレー調で1つの繋がった作品のように演奏されていたのもファンとしては感慨深かっただろう。加えて、曲の間奏で何度も何度も「ありがとう」と感謝を口にする姿が印象に強く残っている。
4曲目も『Contact』から「too late? not late...」。メロディアスながらも芯の強さを感じるトランス調の原曲だが、ややキー下げの大人な雰囲気のアレンジで歌い上げていく。またこれまで数々のライブを共にしていたバンドメンバー”CMB”の面々も楽しそうに演奏する様子が映し出される。直後のMCでは「今日のライブはアンコールがありません。本編の中で、1曲1曲自分の思いを歌に込めて伝えたい」と宣言。そして「2007年にランティスさんからデビューさせていただいて、たくさんのアニメソングを担当させて頂きました。私にとって大切な、アニメ作品の主題歌たちを聞いてください。」とここからはタイアップ曲のパートに突入。
TVアニメ「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」エンディング主題歌の「みちしるべ」は彼女の歌声なしには成り立たなかった楽曲だろう。数々のアニメを歌手としても彩ってきた彼女にとって、タイアップ曲はまさにそんな彼女の足跡をたどるマイルストーンだ。自分自身の歌手としての道しるべを1つ1つ確かめるように、慈しむように、そして懐かしむようにその優しい歌声を会場に響かせる。
ラストライブともなれば、ナーバスになる部分も多かっただろう。どこかまだ緊張しているように感じられた彼女も「境界の彼方」あたりで次第にノッてきたのか、いつもの笑顔が戻ってきたように感じる。続く「この世界は僕らを待っていた」では即座に緑のペンライトで埋め尽くされ、場内を彩る。「みんながいる、嬉しいな」そう微笑むとこれまで彼女のライブを支え続けてきたCMBのメンバー紹介へ。ベースの岩切信一郎、ギターの馬場一人、ドラムスの岩田ガンタ康彦、そしてキーボード・バンマスの”ケニー”こと須藤賢一。ガンタさんから「昨日はどんなクリスマスを過ごしましたか?」と聞かれ「トレーニングをして、もう今日のライブのことしか考えてなかったよ~!」というCMBメンバーとの軽妙なトークもしばらく聞けないのか……なんてちょっぴりしんみりしつつ「みんなはどうでしたか~?ケーキ食べた人?チキン食べた人?」そして最後に「穴に落ちた人~?ハーイ!」と自分に返事をして、2013年に両国国技館で行なわれたクリスマスライブでの転落事件で文字通り”オチ”をつける。
「昨日はクリスマスだったということで!」と「キラキラ輝く、世界の時間」を届けると再び『Contact』より「Dears ~ゆるやかな奇跡~」を披露。同曲は6分30秒もある長めのバラードソングだが、ラストライブでたっぷり歌い上げられると胸にこみ上げてくるものがある。改めて、話題はミニアルバム『Re:Contact』の話に移ると「5曲のみのミニアルバムですが、フルアルバムと同じ熱量で制作しましたし、本当に未来に向けた希望に溢れる1枚に仕上がりました」と感謝を述べた。これまでの茅原実里を彩ってきた音楽家に自分が歌いたい曲ではなく「私のファンの皆さんに喜んでもらえるような曲を私にプレゼントしてください!とお願いしました」とアルバム制作を振り返った。
続けて披露した「いつだって青空」では、彼女を送り出すようにバンドメンバーがコーラスする姿に目頭が熱くなった。また今回のライブではそんなCMBによるインストゥルメンタルをメドレーで演奏された。バックバンドとしては異例のCDリリースや単独ライブも開催したことのある実力派メンバーが揃っているCMBだが、フュージョンを基調としたオリジナル曲はどれも本当にカッコいい。改めてCMBも茅原実里ファンに愛されているんだと再認識させられた。
ライブも後半戦に突入し、赤のドレスにお色直しした茅原実里が「みんな行くぜー!」と威勢良く登場すると「Dream Wonder Formation」「TERMINATED」「Paradise Lost」とアップテンポなナンバーを立て続けに披露。「Dream Wonder Formation」は2011年の神奈川県民ホールのカウントダウンで初解禁された縁のある1曲だし、「TERMINATED」では場内を真紅に染め上げ、「Paradise Lost」ではステージに炎が噴き乱れる。真っ赤なライトに照らし出されたシルエットは威風堂々。会場のボルテージも最高潮に達する。
「やっぱりライブは最高だね~!」と、何より彼女が今この瞬間を楽しんでいる笑顔につられてこちらも口角が上がりつつ「ここ、神奈川県民ホールといえばカウントダウンですよね!」と過去2回、いずれもこの場所で行った年末のカウントダウンライブを振り返っていく。「歌手としてデビューした時からの目標で、絶対に野外ライブとカウントダウンライブはやりたかったんですよ!」と当時を振り返り、「(09年は)初めて河口湖ステラシアターでSUMMER CAMPをやって、その年の年末にカウントダウンライブもやって、欲張って2つもやったらめちゃくちゃ大変だったので翌年はカウントダウンはお休みしちゃったんですけど(笑)、2011年にもう一回やらせて頂いて。しかもこの時は年号を間違えちゃって私また2011年にループしそうになっちゃったんだよね(笑)」と、今ではどれもいい思い出だ。
「声優として、歌手として、私にたくさんのチャンスを与えてくれた、私の未来を変えてくれた曲を聞いてください」と紹介したのは「雪、無音、窓辺にて。」。まるで長門有希のように直立不動で歌い上げるが、その表情は柔らかで温かく、彼女の中の長門有希というキャラクターへの感謝の想いが滲み出ているようだった。
17曲目の「FEEL YOUR FLAG」では、「みんな旗の準備はいい~?」と事前にYoutubeでレッスン動画も公開されていたように、息の合った旗振りで会場の一体感が増していく。続く「Voyager train」では、やっぱりというか、まさかのトラブルで演奏が一度中断すると「またか」とCMBメンバーが笑い、会場からも拍手が起こる。真っ白なドレスに着替えた彼女が「本当にごめんなさい!」と登場すると「階段で裾を踏んづけちゃって、直前でスカートが取れちゃったの……せっかく早着替えの練習をあんなにしたのに~!」と事の顛末を語る。やはり茅原実里は何かを”持ってる”。「いや~、焦った。曲のイントロ中に慌てて裏に戻ったらヘアメイクさんとスタイリストさんが今までに見た事ないような顔で驚いてました(苦笑)」と振り返り「でも実に茅原実里らしいなって思いました……ってこんな事自分で思っちゃダメですよね(笑)」とすぐさま笑い話にする。この程度のトラブルでは動じないCMBもファンもある意味、毒されてすぎてしまっているのかもしれないと大いに笑わせてもらった。
いよいよライブも終盤戦。「まだまだみんなに歌で伝えたい想いがありるので歌います」と続く「everlasting...」では何度も涙をこらえながら歌う姿に胸が打たれる。「みんなにちゃんと届けたかったのに、途中で色んな想いが込み上げてしまって……ごめんね」と語ると温かい拍手で包まれる。「ここからはケニーと2人で歌っていくんだけど、このまま行けるかしら私……」と客席に背を向け、気持ちを整える。「どうしよう行ける気がしないんだけど、でもちゃんと歌って想いを伝えたいんですよ……」と語ると「やっぱ、やめよっか?」とケニーさんが笑いを誘う。「今日は絶対に気持ちが途切れさせないように決めてたんですけど、もうありのままで行こうと思います」とティッシュボックスを傍らに携えると、すかさずスタッフさんが彼女のそばにサイドテーブルを持ってくるなど、本当に温かい人々に囲まれていることにこちらも涙を誘われる。
「初めて私が作詞した大切な楽曲です。愛を込めてsing for you」
そして「sing for you」、そのアンサーとして「Sing」をケニーさんの伴奏で披露。2人が互いに語りかけるようなセッションと彼女の透き通る晴れやかな歌声に、拍手が起こる。「Singはケニーと一緒に作った曲なんです」「しっかり歌えたじゃないですか~!」「河口湖のライブを終えた後に書いた曲なんですけど、私の詩にとっても温かいメロディをつけてくれて、あぁケニーの曲だって感じた」と2人の絆を感じさせる会話が続けられていく。
ついにライブも最後の曲へ。再びCMBのメンバーを呼び込むと舞台袖からダッシュで元気にステージを走り回って登場。「どこへ行ってもいつも愉快だし、演奏はカッコいいし、本当にありがとね……」とまるで別れを惜しむかのように、語りかけていく。改めてメンバーひとりひとり、名前を呼びかけ深々とお辞儀をすると「私とみんなの始まりの歌です」と「純白サンクチュアリィ」を披露した。その目に涙を滲ませながらも、最後は堂々と歌い上げた。アウトロで純白の羽が舞い散る中、「どうもありがとうございましたー!」と笑顔でフィナーレを迎えることが出来た。
1人ステージに残り「みんな、これまで私の歌を愛してくれてありがとうございました!みんな大好き!!」と投げキッスでお別れ。最後まで純粋で真っ直ぐな彼女らしいライブだったと思う。彼女が舞台から姿を消しても拍手は鳴り止むことはなく、最後に自然発生的に起こった三本締めでファンもその想いを無事に締めくくったことだと思う。
いつも気弱で「ごめんね」ばかりの彼女だけど、そんな優しい人柄だからこそ、スタッフやバンドメンバー、そして何よりファンも温かい人ばかりに囲まれていたのだと思う。そんな彼女はきっと「みんながいたから、茅原実里でいられた」、そんなことを思っているかもしれない。だからこそ敢えて言わせてほしい。「茅原実里がいたから、みんな集まってきたんだよ」と。この日駆けつけたのはファンだけじゃない、彼女の声優としての仲間や彼女にこれまで音楽を提供してきた音楽家の面々など、本当に数多くの関係者も駆けつけていたと思う。その多くがSNSなどで温かいメッセージを発信していた。また当日は会場最寄りの日本大通り駅に有志のメッセージが掲載されるなど、彼らの想いを突き動かしていたのは、間違いなく茅原実里の歌声だ。
だからこそある意味いつも通りのハプニングあり、笑いありのライブで本当によかった。いつかまた、今日みたいなライブが見られるような気がする。その光景が容易くイメージできる自分がいる。とにかく今は、これまで本当にお疲れ様でした。願わくば、笑顔でいつか、また!
レポート・文=前田勇介

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