ACIDMANが4年ぶりに放つ12枚目のアル
バム『INNOCENCE』 その全貌を大木
伸夫と語り合う

前作から4年振り、ACIDMANの12枚目のアルバム、『INNOCENCE』が完成した。コロナ禍の世界をタフに生き抜きつつ、時代に左右されない宇宙観と生命観をよりヒューマニスティックに表現した、ストレートなメッセージが心を打つ。エモーションに溢れたロックンロールから壮麗なバラードまで、カラフルで躍動的なサウンドに体が揺れる。それは来年結成25年を迎えるバンドの最高到達点であり、次のステージへの第一歩。リリース前の全曲披露ライブを含む、実験性あふれる『INNOCENCE』プロジェクトの全貌を、大木伸夫が語ってくれる。
――『INNOCENCE』プロジェクトは、配信とライブツアーという形で先に全曲を披露してから最後にアルバムをリリースする、非常に面白い形になってます。プロジェクト全体を総括して、どんな思いがありますか。
アルバムを発表前にライブでやろうというのは、2019年ぐらいに思いついていたアイディアなんですね。CDを発売してからのツアーだと、アルバムの音はその場所では一回しか鳴らせない、それがどうも腑に落ちない気持ちがあって、ツアーを2回まわれないか?とか、いろいろ考えたんですけど、そもそもCDやレコードというものは、ライブで聴いたものを家でも聴きたいというところから、生まれた概念だと思うんですよ。一度そこに戻ってみたいと思ったので、まずは聴いてもらいたい、反応が良ければアルバムにする、反応が良ければ数字が見えて、(所属レーベルの)ユニバーサル的にも売りやすくなる、というところまで考えて、これがベストの方法なんじゃないか?と。コロナでこういう状況になって、僕が思い描いた通りにはできなかったけど、まずは配信だけでやってみたりとか、エラーを恐れずにトライはできたと思います。あとは発売した時に、みんながどういうふうに思ってくれるかという結果待ちですね。
――5月の配信ライブの時点では、まだ2曲、出来上がっていなかったんでしたっけ。
そうです。2曲のうち、「ファンファーレ」という曲はもともとアルバムに入れようと思っていたんですが、もう1曲は「夜のために」という曲に差し替えました。「夜のために」は、配信ライブでほかの楽曲を俯瞰して見ることで作れた曲なんです。今回やってよかったなと思うのは、僕が歌っているシーン、メンバーが叩いている、弾いているシーンをライブとして俯瞰して見れたのが大きかったです。コロナによってリリースが1年延びて、その1年間でより長く考えることができたし、俯瞰することができたおかげで、作品のクオリティが上がったと思います。
――状況をマイナスに考えず、プラスに変換するということですね。
結果的には、ありがたいことだったと思ってます。コロナで大変な目に遭った人たちに対しては、申し訳ない考え方だけど、僕はそうやって変換していかないと前に進めないので。コロナのおかげで物事もいろいろ明確になったし、曖昧だったものがはっきりとわかってきたという、それがなかったらずっと隠れていたかもしれないことが、たとえばライブの重要性とか、今まで以上にちゃんとわかったし、お客さんが目の前にいるということが本当に奇跡だということも、ちゃんと伝わったし。配信でも音楽は成り立つということもわかったし、だけど生配信はもうやりたくないなと思う自分がいることもわかったし(笑)。
――あはは。やりたくないですか。
やっぱり、反応がないままで、でもどこかの誰かに見られているのはつらいですよね。ライブの時は、人間だから少しくらいミスっても良いと思えるけど、配信の時はなぜかダメな気がして、その結果ミスっちゃうみたいな。たぶん、記録として残るのが嫌なんでしょうね。たとえば、今日ここにカメラを置いて回されたら、言うことが変わってくると思うし(笑)。
――わかります。僕も、映像で撮られているインタビューとかやったことありますけど、失敗した記憶しかないです(笑)。
何とも言えない緊張感がありますよね。でもそれに耐えなきゃいけないということで、だんだん慣れてきて、タフになれた自分もいるし。いろいろ経験させてもらえたと思ってます。
――思い返すと、アルバムの先行シングル「灰色の街」をライブで初めて聴いたのは、2019年の暮れでした。
あの曲を発売前にライブでやったのが、今回の布石だったんですよ。アルバム発売前にライブをやる、反応が良ければアルバムにする。それは「灰色の街」の時に思い描いたストーリーで、実際「灰色の街」も、反応が良くなかったら出さないと思っていたので。
――言ってましたよね、ライブのMCでも。
それは本当にユニバーサルさんにも話していて、「まだレコーディング日程は決めないでほしい」と。自信がないわけじゃないけど、今はSNSでみんなの反応が早めに知れるから、まずそれを聞いてみたいと。媚びを売るわけじゃないけど、「評価していただけるものを自信満々で出したい」と話しました。まあ、実験ですよね。実験大好きなんですよ、理系なんで(笑)。
――その時点で、『INNOCENCE』というアルバムのテーマは、なんとなく見えていたんですか。
いや、それは、制作が半分ぐらい進んでからですね。郷愁感や、子供の頃の無垢な感情とか、そういうものを意味するワードが今回はやけに多いなと気づいて。タイトル曲である「innocence」という曲自体は前から作ってあっためていたんですけど、なかなか形にできない中、言葉を紡いでメロディを練り直しているうちに、イノセンスというワードを思いついて。それがアルバムタイトルにも当てはまるな、とだんだんクリアになっていった感じですね。
――それは、前作の『Λ』の反動という感じもありますか。『Λ』はアートワークも黒だったし、曲もスローでヘヴィな感じが多くて、かなり色の違うアルバムだと思うんですよね。
そう。別の方にも「『Λ』がなかったら『INNOCENCE』はできなかったでしょう」と言われて、本当にその通りだと思いました。『Λ』にはある種の満足感が僕にはあって。それは何かというと、SFとか宇宙観を表現したかったんですよね。全員に聴いてもらえなくてもいいと思うぐらい、こってりとしたもので、たとえばインストゥルメンタルの「ΛーCDM」という曲のような、あんなに振り切ったものをやれたといううれしさと、演奏してる時の自己陶酔度がかなり高いアルバムでした。そこで一度ガスが抜けて、今回のアルバムにつながったと思うんですね。「次はもうちょっとカラフルにしたい」と。それは、『Λ』が評価されなかったからもっと評価を、ということではまったくなくて、『Λ』もそれなりにちゃんと評価していただけたから、うれしくて、満たされて、武道館もやれて、全て満足というわけではないんだけど、ある程度の達成感と納得感があったからだと思うんです。だから今回はもっとカラフルに、もっと視点を人間に置いて描いていきたいということで、今回の視点は僕個人であり、あるいは人間としての主役がしっかりしているアルバムになったなと思います。
――『Λ』の重さに比べると、『INNOCENCE』は軽やかだと思います。音作りも、歌詞の面でも。
そうですね。軽いわけじゃないけど、カラフルという感じ。そうやっていろんな曲の中で旅をしつつ、全体で長く感じさせないというテーマもあって、あっという間に展開していってあっという間に終わっていく、何回も聴きたくなるようなアルバムにしようと思ってましたね。
――歌詞の面で思うのは、コロナの影があまりないというか、直接言及しているものはないのかなと。
コロナはほとんど関係ないです。「夜のために」という曲だけ、少し考えて言葉を変えたぐらいで、それ以外はほとんど、コロナだからという曲作りはまったくしていない。出てくる言葉は変わらなかったです。ある意味僕の歌詞は、常にコロナ禍の様なイメージの曲なので。
――ああそうか。もともと大木さんの世界観には、生と死のサイクルや、無常観や、終末の状況が想定内にあるから。
そう。だからこのご時世が、僕に何か精神的な影響を与えたということはないです。あ、でも唯一、「人間がちゃんとわかった」ということはあるかもしれない。さっき言った「より明確になった」というのは、人間ってもっと考えて動くものだと思っていたけれど、僕自身も含めて、意外と簡単に扇動されてしまうものだし、たった一つのネットの記事に右往左往したり、心が弱ったり。そういうことがよりリアルにわかったということもあって、人間に目を向けているというのは、もしかしたら無意識的にあるのかもしれない。
――そこを含めて、大きく肯定している気がしますね。人間ってそういうものだよねと。
そうそう。だから最終的には、それを「ファンファーレ」として鳴らそうということなんですね。アルバムの裏テーマとして、まず、地球外知的生命体が上から覗いているんですよ。「Visitor」では、彼らがやってきて僕らのDNAをちょこっといじってしまう。いわゆるオカルト的な、精神的に病んでいる感じからストーリーが始まる。目覚めた時にはもう操られていて、もしかしたらこの世界は仮想現実かもしれない、パソコンの中かもしれない、夢なのかもしれない、とにかくわからないことだらけ。どうやら裏にいろんな人たちがいるらしい、歪んだ世界がそこにあるかもしれない、という「歪んだ光」、それでもだんだん生命の喜びを知り、「素晴らしき世界」で肯定して、受け入れて、最後は達観して、誰にどんなに操られようが何をされようが、僕らはこの瞬間に生きている実感を得ていることには変わりがないので、「それをファンファーレとして高らかに鳴らそうぜ」ということになる。
たぶん最後のシーンでは、望遠鏡で地球を覗いている宇宙人と目が合うんですよ。そして宇宙人も、ふっと上を向いて終わる。「あれ? 僕も誰かに見られているかも?」って。そう考えると、永遠に誰かが誰かを覗いているわけで、だったらそんなこと気にする必要はないし、この瞬間を生きるしかないという、喜びに満ち溢れたアルバムだと思います。
――完璧じゃないですか。めちゃめちゃよくできてる。
そういう映画みたいな感じです。
――すごい。ここまで完結した世界観のアルバムって、今までなかったかも。
ここまでポップにわかりやすい形では、ないかもしれないですね。
――そのストーリーは、曲を作りながら組み立てていったんですか。
そこはちょっと狙いました。まず最初に「Visitor」という、不思議な世界に迷い込んだような、実験室のような、蛍光色に溢れた色のイメージがあって、それは『ブレードランナー』にも近いような、湿ったカラフルな感じですね。そこから始まって、どう終わって行こうか?と思った時に、いつもみたいに感動だけで終わるのもいいけど、感動の一歩先を目指そうと思って、「ファンファーレ」を鳴らそうという、開き直りなのか達観なのかわからないけど、高らかに生命を歌い上げるというゴールに向かって行きました。
――もはや映画ですね。昔から、大木さんの発想の源はやっぱりそこなんだなぁと思います。
そう(笑)。相変わらず映画とか小説とかに憧れが強いので、「いい映画見たな」と思ってもらえるような感動を、アルバムで表現したいんですよ。もちろん1曲1曲は大事なんだけど、ぜひアルバムを通して聴いてもらえたらなと思います。
――今どき、アルバムをちゃんと作ってくれるアーティストは、貴重なんです。
最近よく言うんですけど、1曲の時代でも全然いいんです。今の音楽は5秒、10秒の時代になってるけど、それが逆にうれしいんです。住み分けができるから。僕らみたいな音楽は、しっかりたっぷり聴きたい人のためにあって、ただ楽しみたいとか、流行りを知りたいとか、そういう人のためには短くてわかりやすいほうがいいし、クオリティはどっちも一緒だと思うんですね。やり方の違いだけであって。音楽を完璧にエンタテインメントとしてとらえているアーティストたちが、アルバムを作る必要はまったくないと思うんですよ。彼ら彼女らには、歌いたいという純粋な喜びがあるし、それを表現するには1曲単位で全然いいと思っていて、そっちのほうが響くと思うので。
でも僕はそれとは違って、「映画を作りたいんだ」みたいな感覚で、どんどんそっちの色がより濃くなってきて、むしろわかりやすくなったと思うし。あとは聴いてる人が選んでくれればいいんだと思います。コロナのおかげで明確になったのは、そういうことでもあって、たとえば「ACIDMANのライブは暴れられなかったらつまらない」と思わせないということも、今回証明できたと思うし、僕らは別に暴れられなくても大丈夫だし、暴れたいなら僕らとは違う音楽を聴いたほうがいいですよという、そういうことも明確になったと思うんですね。
――25年目のACIDMANの、最高到達点だと思います。ぜひCDを手に取ってほしいですね。ジャケットもかっこいいし。真っ白で、超シンプル。
『LIFE』というアルバムの時にもやったんですけど、あの時は布だったのが、今回は真っ白な汚れやすい紙にしているので、まさにイノセンスとして、僕らの心のように汚れていくということになってます。いろんな経験をして汚れていく、その汚れたさまを最後にどう思うか。僕はそれを美しいと思うので、そういうデザインにしています。だから、真っ白なTシャツを作りたかったんですよ。
――ああー、この間のツアーグッズの、かなりの物議をかもしたという(笑)。
無地Tはね、ずーっと作りたいと言っていて、でも全員、全人類に否定されて(笑)。「売れるわけないじゃないですか」って、当たり前ですよね。でも、あれが作れたのはコロナのおかげです。コロナで何がどうなるかわかんない時代だから、売れるとか売れないとか関係ない、とにかくやりたいことをやろうと。ちょうど『INNOCENCE』というアルバムもあるし、今しかできないでしょって言ったら、みんなも乗ってくれて。
――それが完売ですからね。ファンにもメッセージが伝わったんじゃないですか。「イノセンス」というのは、真っ白で、汚れていくことが前提で、でもそれが生きることだと。
そう。僕らが生まれた最初の頃はイノセンスであり、最終的に目指していく、戻って行くのもきっとイノセンスだという、そういう旅だと思うんですね。僕はちょうど今、その折り返しだと思うんです。今までは過去の純真無垢を目指していたのが、たぶんこれからは、未来の純真無垢に向かっていく、過渡期だと思うんですね。年齢的にも44歳だし、人生100年時代だけど、90ぐらいまで生きれたら万々歳だと思うので。
――考えます? そういうこと。
考えますよ。超考えます。どうやって死のうか、どこで死のうかって、めちゃくちゃ考えますね。施設は嫌だけど、担当の人がいい人だったらいいかなとか。変に長生きしちゃって、一人で死ぬのも嫌だから、ポックリがいいなぁとか。
――ステージの上とか?
それは最高じゃないですかね。ファンにも悲しんでもらえるし、スタッフにも悲しんでもらえるし、やった!ですよ。でも、なかなかいないですよね、そういう人は。
――何の話だろう(笑)。でもロックも年を重ねるというか、音楽も人生になっていくというか、こちらの年齢によって受け取り方が変わっていくなとは思います。そこで大木さんは、音楽で人を励ましてる感じはありますか。
それはありますね。励まし合いながら、自分も励まされながら、年を重ねていくことも美しさみたいなものって、やっぱり感じるんだなぁと思います。年を取って、みんながそうなっていくんだなみたいな。
――若い頃は、年を取るって、ネガティブなイメージが強かったけれど。
自分がそうなった時には、絶望しかないのかもしれないと思ってましたね。僕は、ミシェル・ウェルベックというフランスの作家が好きで、彼は作品の中で、年を取っていくことの絶望を描くんですよ。それとエロティシズム、性欲に対する渇望と、そういうものをものすごく生々しく描く人で、俺がその年になったらどうなるんだろうと思っていたけど、たぶんこのままだと、きっと老いを楽しむんだろうなと思うようになりましたね。だから僕の周りの年上の人もみんな生き生きしてるのかな、なるほど、わかった!みたいな感じです。なるべく、そうありたいです。堂々と生きて、堂々と老いて、堂々と死んでいきたいです。
――素敵な言葉です。
それが音楽だと、僕は思いますけどね。精神的なものが音楽という形を借りて出てくるのが表現だと思うし、アートだと思うので。

取材・文=宮本英夫 撮影=高田梓

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