坂東巳之助が父・三津五郎七回忌追善
狂言で曽我五郎に挑む~歌舞伎座『吉
例顔見世大歌舞伎』取材会レポート

2021年11月1日(月)開幕の歌舞伎座『吉例顔見世大歌舞伎』の第二部で、『寿曽我対面』(以下、『対面』)が上演される。坂東三津五郎の七回忌追善狂言として、長男の坂東巳之助が、曽我五郎を勤める。工藤祐経に尾上菊五郎、曽我十郎に中村時蔵、小林朝比奈に尾上松緑、大磯の虎に中村雀右衛門、鬼王新左衛門に市川左團次という贅沢な配役だ。
「菊五郎のおじさまが先頭に立ち、父の追善をやろうと言ってくださり、おじさまをはじめ先輩方が、それをお許しくださいました。本当にありがたいことです。父がのこしてくれた機会だと受け止めています。ただただ、有難いの一言に尽きます」
このたび取材会が行われ、巳之助が意気込みを語った。
■曽我五郎の拵えでスチール撮影も
開幕に先駆けて、巳之助は五郎の拵えで撮影をした。
「初役ですので、舞台稽古前に一度、拵えをさせていただけたのは良かったです。たとえば長袴は初めてではありませんが、生地が変わることで動くときの感覚が違ってきます。それをたしかめることができました」
『寿曽我対面』曽我五郎=坂東巳之助 /(c)松竹
役は、尾上松緑に習う。松緑は撮影にも立ち会ったのだそう。
「撮影では、松緑のおにいさんに見ていただきながら、五郎の色々な形を一通りやらせていただくことができました。少し見えてくるものがありました」
五郎は、舞台上で裃を脱ぎ、もろ肌を脱ぐ。
『寿曽我対面』曽我五郎=坂東巳之助 /(c)松竹
「松緑のおにいさんは、舞台上で脱ぐ時のコツを教えてくださったり、また『本番では脱いだままだけれど、今日は写真用だから(腰のあたりは)きれいに整えた方がいいね』など、アドバイスをくださいまして大変にありがたかったです」
稽古を通し、「約束事、決まり事が、こんなにも散りばめられているのだと、あらためて感じた」と巳之助。作品の魅力を問われると、次のようにコメントした。
「決まり事はたくさんありますが、それをご存じでもご存じなくても、面白く観ていただけるのは、長く続く演目の凄さではないでしょうか。古い本を開けば、決まり事を細かに知っていただくことができます。知ってからご覧いただくことで、見えてくる面白さもあると思います。一方では、朝比奈のような突拍子もないキャラクターや衣裳、それぞれの人物像、音楽的に作られている台詞回しなどを、感覚的に楽しんでいただくこともできると思います」
■基本を大切に。それがひいては追善に
三津五郎の七回忌追善狂言であることに、特別な思いもあるのではないだろうか。
「父は役の基本な部分を大切にする、ということが芸風でした。その意味で、追善だから特別何かを、ということはなく、歌舞伎役者として大切にしなくてはいけないことを大切にする。それが、ひいては父の追善になると思います」
『寿曽我対面』での父との思い出を問われると、2011年1月の新橋演舞場の公演をふり返った。三津五郎が最後に五郎を勤めた公演だ。巳之助は化粧坂少将を勤めていた。
『寿曽我対面』(H23.1新橋演舞場)(左から)化粧坂少将=坂東巳之助、大磯の虎=中村雀右衛門、曽我五郎=十世坂東三津五郎 /(c)松竹
「工藤祐経に播磨屋のおじさま(中村吉右衛門)、曽我十郎に中村梅玉のおじさまといった、先輩方との舞台でした。舞台稽古は『(寿式)三番叟』のすぐあとに『対面』という順番だったため、父は、先輩方をお待たせしてはいけないからと、『三番叟』の顔のまま五郎の衣裳で稽古に来たんです。それを見た時は、迫力ないなあ……と(一同笑)」
五郎を勤める上で、大切にしているのは「難しいことを考えずにやる」こと。
「荒事は、難しいことを考えてはいけないと教わっています。松緑のおにいさんもおっしゃっていました。父親の敵である工藤に対し、怒りがまっすぐ向いていることが大事。小難しいことを考えながら勤める役ではない、と。もちろん演じる中で決まり事や工夫はありますが、それを考えることなくできるくらい稽古しなくてはいけない、ということでもあると思います」
菊五郎とも何か話をしたか問われると、「おぅ、11月対面な! よろしくな! とお声がけいただきました。ありがとうございます! とお答えしました!」と笑顔で明かし、菊五郎の気持ちの良い人柄をうかがわせた。
■子供との時間「楽しく過ごせました」
コロナ禍の影響により、多くの公演が中止となった。
「未知のウイルスですから仕方のないことだと思いました。自粛期間中は、このような状況でなければありえなかったくらい、子どもたちと一緒に過ごすことができました。長男とは公園に行くなどして一緒に遊び、僕自身とても楽しかったです」
プライベートでは、3歳の長男と3か月の次男、2人の子供の父親だ。しかし初お目見得を期待する声に対しては、「気にかけていただけるのは、大変にありがたいこと」と感謝を述べつつ、少し悩ましげな表情をみせる。
「出演者以外は、楽屋に入れない状況が続いています。僕らが子どもの頃は、ふだんから楽屋で過ごし、そばには衣裳を着たりお化粧をした人がいて、モニターから舞台の音が聞こえたりする中で、その環境に慣れていきました。決して、知らない大人に囲まれて初舞台に立つわけではありませんでした。しかし今、子供たちが吸収の早い時期に、それをできない状況です。何歳になったから初舞台に……と単純には語れない話に思えます」
現在、全国的に新規感染者数はおさえられている。「でも、これがずっと続くかどうかは、まだ分かりません。お客様一人ひとりに感染症対策との向き合い方があります。ぜひとも皆様劇場へお越しください、とは、まだ言いにくい時期ですね」ともコメントしていた。
■今でも救いとなる三津五郎の言葉
踊りの名手として知られ、正統派の芸でファンを魅了した三津五郎。稽古への厳しさが語られる機会も多い。当時の印象を問われると「どうなんだろう」と巳之助。
「たしかに父には、厳しく稽古をしてもらいました。中村獅童のおにいさんや、中村勘九郎のおにいさんなど、父が稽古をみた先輩方も『厳しい』とおっしゃるので、そうなのだと思いますし、僕に対しては一際、遠慮がなかったはず。その意味では、厳しかったと思います」
十世坂東三津五郎 /(c)松竹
「ですが今となっては、特別にずば抜けて厳しかったかというと、どうかな? という気もします。父が亡くなり、色々な先輩方に稽古をみていただいています。父に限らず皆さん、代々大切に受け継いでこられたものを、後輩に分け与えようとしてくださる。そのための稽古で、適当に教える方なんていらっしゃいません。根っこにある気持ちは、皆さん同じだと感じます」
印象に残っている、三津五郎からの言葉がある。
「踊りの稽古をしていた時に、『基本的なことは教えてあげられるけれど、自分の身長や手足の長さにあう形、良い身体の使い方は、自分で見つけなさい』と言われました。僕の背が特別に高かったり、手足が長いわけではありません。ただ父の舞台をご覧になられていた皆さんはご存知かと思いますが、何しろ父は、寸法がちょうど良いんですよね(一同頷く)。歌舞伎や歌舞伎舞踊をやるための身体であり、手足の長さであり、顔の大きさ、バランスでした。そのような身体をもつ父から、『自分で見つけなさい』と言ってもらえたことは、今もひとつの救いとなっています」
今も三津五郎に、五郎の演じ方について話を聞けたら……と思うことが、あるのではないだろうか。
「もちろん、ないわけではありません。父に教わったことを思い出して、稽古もしますので。けれども見かたを変えれば、父がいなくなったために追善があり、五郎をやらせていただくことになりました。生きていたら追善狂言の必要がありませんから、タイムパラドックス的に……。だから、その仮定で話をすることに難しさを感じます。父が亡くなり、そのことにより僕に起きたことはたくさんあります。それも含めて、自分の人生の責任かなと思っています」
坂東三津五郎の七回忌追善狂言『寿曽我対面』は、11月1日(月)初日の『吉例顔見世大歌舞伎』で上演される。
取材・文・撮影=塚田史香

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