「ザ・ブロードウェイ・ストーリー」
VOL.17『フィニアンの虹』で楽しむ
、アステアの至芸とコッポラの反省

ザ・ブロードウェイ・ストーリー The Broadway Story

VOL.17 『フィニアンの虹』で楽しむ、アステアの至芸とコッポラの反省
文=中島薫(音楽評論家) text by Kaoru Nakajima

 今回紹介する『フィニアンの虹』は、これまでに翻訳上演もなく、日本では知られていないミュージカルだろう。しかし1947年のブロードウェイ初演は、続演725回を記録。楽曲の魅力も相まって、人気を博したヒット作だった。1968年には映画版が公開。ところが様々な要素が重なり、惜しくも凡打に終わってしまう。その原因を紐解きつつ、作品を解説しよう。
初演のオリジナル・キャストCD(輸入盤)

■妖精伝説と差別問題を融合
 まずは粗筋を。主役は、アイルランド出身のフィニアンと娘のシャロン。フィニアンは、金の壺を地下に埋めると富を得ると信じて、妖精のオグから壺を盗み、アメリカ南部は虹の谷に辿り着いた。黒人を中心に、貧しい労働者たちが暮らす虹の谷。そこの指導者ウディとシャロンは恋に落ちる。やがて、土地の買収を目論む差別主義者の上院議員や、壺を取り戻すためフィニアンを追うオグが入り乱れ大騒ぎ。しかし最後は皆が信頼し合い、めでたしめでたしの物語だ。初演は、ファンタジーと社会風刺を巧みに取り入れた脚本が評価された。
 映画化は、それから21年を経た1968年。フィニアン役は、「絹の靴下」(1957年)以来、11年振りのミュージカル映画となった大御所フレッド・アステアが演じ、大きな話題を呼んだ。娘のシャロンは、〈恋のダウンタウン〉の大ヒットでおなじみの歌手ペトゥラ・クラーク、妖精オグが同じく歌手出身で、『心を繋ぐ6ペンス』(1963年)などミュージカル出演も多いトミー・スティールと、共演陣は英国のスターが起用される。そして監督は、意外やフランシス・フォード・コッポラ。後に、「ゴッドファーザー」(1972年)や「地獄の黙示録」(1979年)など骨太の意欲作で巨匠となった彼が、29歳の時に放った作品が『フィニアン』だった。
DVDはワーナー・ホーム・ビデオより発売。Amazonのprime videoなどでも視聴可だ。

■老いても粋なアステアのダンス

 映画会社の製作陣としては、コケの生えたような1940年代のブロードウェイ作品を映画化するには、若手監督の斬新な感覚が必要と考えたのだろう。新進気鋭のコッポラを抜擢したのは理解出来るが、折悪しく当時のハリウッドは、「キャメロット」や「ドリトル先生不思議な旅」(共に1967年公開)など、巨費を投じて作られた大作ミュージカル映画がコケ始めた時期。『フィニアン』も興行成績は不振だった(日本でも記録的不入り)。

アメリカ公開時のプログラム表紙

 だが改めてDVDを観ると、さすがにアステアが凄い。映画公開時69歳。往年の軽妙洒脱な個性には枯淡の味わいが加わり、柔らかな物腰に気品が漂う。ミュージカル・ナンバーでは、序盤で彼が歌い、クラークと和すバラード〈虹に瞳を〉が圧巻。やがて、虹の谷の若者たちと踊り始めるが、曲のフィニッシュでは、手にした大きなバッグを力強く振り回しながら、「アステア健在」を証明する感動的な一曲となった。長年彼の振付を手掛け、その優雅なダンス・スタイルを創作するのに貢献した、名手ハーミズ・パンの溌剌とした振付も申し分なし。
 しかし、この後がいけません。舞台では威力を発揮したファンタジーがスクリーンでは映えず、妙に生々しい印象を与えるのだ。一方妖精役のスティールは、舞台で見せるような大仰でクドいコメディー演技に終始。アステアとの共演シーンでは、熱演を好まない彼までが、つられて臭い芝居を披露しているのが気の毒だった。全体的に演出のバランスが悪く、上映時間2時間25分の長いこと長いこと。「失敗作」の烙印を押されたのも納得だ。
プログラム中面より、踊るアステア

■コッポラ監督の後悔に学ぶ

 ただしこのDVD、特典でコッポラ監督が撮影を振り返る音声解説が収められており、聴きどころ満載。正直、本編より数段面白い(解説は2004年収録)。まずは、父親のカーマイン・コッポラがブロードウェイの音楽監督だった関係で、幼い頃からミュージカル楽曲に慣れ親しみ、『フィニアン』のナンバーは全曲を空で歌えたと思い出をひとくさり。
 続いて、映画が冗長だった事実を認め、ひたすら反省大会だ。曰く、「撮影が完了してからの編集段階で、セリフやダレる場面は割愛出来たはず。それを他人に任せたのは失敗だった」。さらに、「映画は俳句と同じ。無駄を削ぎ落した言葉で感情を表現する事で、作品に命が吹き込まれる」と悟り、未熟だった彼は、「セットの色など些細な事に気を取られていた。登場人物のキャラクターさえ生き生きと描かれていれば、それはどうでもいい事だった」と再び悔いるのだ。コッポラ先生、これから映画監督を目指す人必聴の金言を吐いております。

映画監督フランシス・フォード・コッポラ(1976年撮影)
 最も興味深いのが、ミュージカル・ナンバーの演出についてだ。コッポラは、「アステアの影武者」と謳われたハーミズ・パン(顔と体系共に瓜二つ)の振付が気に入らず、撮影中盤で解雇してしまう。彼は、「アンサンブルのダンサーたちの古臭い振付に不満だった。もっと活気に満ちた、モダンなダンスが欲しかった」と供述する。そこでコッポラは、虹の谷の住民の生活に密着した小道具を駆使しながら、短いシーンを積み重ね、リアルな画面作りを目指した。しかし結果的に、彼が介入したナンバーは、カット割りが雑なため印象が極めて散漫で、狙いが成功したとは言い難い。前述の〈虹に瞳を〉でも分かるように、バックダンサーを絡めたステージングを知り尽くしたパンが続投していたら、より充実したナンバーに仕上がったはずだ。
2012年に出版された、ハーミズ・パンの伝記「フレッド・アステアと踊った男」(洋書)。表紙の右がパン。なるほどそっくりだ。

■珠玉のミュージカル・ナンバー
 そして、コッポラが解説の中で何度も繰り返すのが「楽曲の素晴らしさ」だ。作詞はE・Y・ハーバーグ、作曲がバートン・レインのコンビ。ハーバーグは、〈虹の彼方に〉を生み出した映画「オズの魔法使」(1939年)、片やレインは、アステアとジェーン・パウエル(先日9月16日に逝去)が共演した「恋愛準決勝戦」(1951年)などで知られる。〈虹に瞳を〉以外にも、シャロンが故郷を懐かしむ感傷的なバラード〈グロッカ・モーラの様子はいかが?〉や、虹の谷の指導者ウディとシャロンがデュエットするミステリアスな恋歌〈オールド・デヴィル・ムーン〉など、今もジャズのスタンダードとして親しまれる佳曲が揃っている。
2009年ブロードウェイ再演キャスト・アルバム(輸入盤)

 ブロードウェイでは2009年に再演。惜しくも続演92回の短命に終わったものの、楽曲と踊りの真髄を踏襲した上質な公演だった。特に、ウディ役のシャイアン・ジャクソン(『オール・シュック・アップ』)と、シャロンに扮したケイト・ボールドウィン(『ビッグ・フィッシュ』)の歌唱が見事で、2人が〈オールド~〉を歌い終わると、しばらく拍手が鳴り止まなかったのを思い出す。上記のオリジナル・キャストCDは必聴だ。

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