[連載企画] ウエストエンド・ミュー
ジカルの名作『オリバー!』 PART
3/オリバー・トリビア

[連載企画] ウエストエンド・ミュージカルの名作『オリバー!』

PART 3/オリバー・トリビア
文=中島薫(音楽評論家) text by Kaoru Nakajima

 いよいよ2021年9月30日(木)にプレビュー公演を開始し、その後10月7日(木)に本公演の初日を迎える『オリバー!』。最終回のPART 3では、お薦めDVDやCDの紹介を始め、トリビア・ネタを絡めつつ、作品を楽しむための鑑賞ガイドをお贈りしよう。
■映画版「オリバー・ツイスト」が繋いだ奇縁
 本作の脚本と作詞作曲を手掛けたのが、PART 2で特集したライオネル・バート(1930~99年)。ディケンズ原作『オリバー・ツイスト』の映画版(1948年)を観て感動し、ミュージカル化を思い付いた。監督は、「アラビアのロレンス」(1962年)の巨匠デイヴィッド・リーン。オリバー君がお世話になる窃盗団の親玉フェイギンに扮したのが、シェイクスピアから「スター・ウォーズ」シリーズ(1977~83年)のジェダイの騎士まで芸域の広い、アレック・ギネスだった。さすがは英国きっての名優。巧まざるユーモアが息づく好演を見せる。
「オリバー・ツイスト」(1948年)、イギリス初公開時のポスター
 この映画は、現在ワンコインDVDで入手出来るが、なぜかジャケットの少年はオリバー役の子役ではなく、窃盗団のリーダー格アートフル・ドジャーを演じたアンソニー・ニューリー。奇しくも彼こそは、10年ほど後に歌手&ソングライターとして大成し、レスリー・ブリッカス(後年『ジキル&ハイド』を作詞)とのコンビで、『地球を止めろ-俺は降りたい』(1961年)などの意欲作を発表した異才だった。バートとも親交を深め楽曲をレコーディングしたばかりか、彼と共に、1960年代のウエストエンドにおけるミュージカル・シーンを牽引した。
アートフル・ドジャーがメインの「オリバー・ツイスト」DVDジャケット

■ライブの醍醐味溢れる必聴アルバム

 数ある『オリバー!』のキャスト・アルバム。これまでに、ウエストエンド初演盤(1960年)、スタジオ・キャスト盤(1962年)、ブロードウェイ初演盤(1963年)、映画サントラ盤(1968年)、そして1994年ウエストエンド再演盤のジャケットを掲載してきた。それぞれ聴きどころ満載だが、ここで是非取り上げたいのが、2009年にシアター・ロイヤル・ドゥルーリィ・レインで開幕した、ウエストエンド再演の録音(上記写真)。フェイギンは、日本でもおなじみのコメディー・シリーズ「Mr.ビーン」(1990~95年)のローワン・アトキンソンが演じた。その大仰でクドい芸風は好みが分かれるが、狡猾ながらどこか愛嬌があるフェイギンは正に適役。歌も無難にこなしており、「Mr.ビーン」以前に数々の舞台で鍛え上げた実力を見せつける。

1980年に北アイルランドはベルファストで開催された、アトキンソンのコントと歌で綴るショウを収録したLP

 窃盗団の悪漢ビル・サイクスの恋人で、オリバーのために心を砕くナンシーを演じたのがジョディ・プレンジャー。再演版のキャストを選抜するオーディション番組を勝ち抜いたパフォーマーで、大らかな個性とハスキーな歌声に魅せられる。さらに嬉しいのは、このアルバム、ジャケットに記されているようにライブ録音なのだ。オープニングで、御馳走に憧れる救貧院の子供たちが歌う〈輝かしき食べ物〉では、彼らが行進する靴音まで捉えられており臨場感満点。アトキンソンやプレンジャー、子役のパフォーマンスに対する観客の反応も温かく、いかにこの作品がイギリスで愛されてきたかが分かると同時に、改めて楽曲の素晴らしさに唸る。

■厳選カバー盤6種
 本作の2大ヒット・ナンバーと言えば、PART 1 & 2でも触れた〈愛はどこにあるの?〉と〈あの人が私を必要とする限り〉。1960年代のウエストエンドとブロードウェイでの初演後も、多くの歌手やプレイヤーがレコーディングした名曲で、それぞれ数多くのカバー盤がリリースされた。独断と偏見で、現在輸入盤CDやダウンロードで購入出来る名唱を紹介しよう。
 まず〈愛はどこにあるの?〉は、不世出の黒人エンタテイナー、サミー・デイヴィス・ジュニアが抜群。名手ローリンド・アルメイダのギター伴奏のみでしっとりと歌っており、卓越したバラード唱法に引き込まれる。1978年に46歳で早逝した、女性ジャズ歌手アイリーン・クラールのバージョンも捨て難い。淡々とした表現が、逆に楽曲の美しさを引き立てているのだ。2016年を皮切りに、来日コンサートも好評を博したノーム・ルイス(『ポーギーとベス』再演)は、クリスマス・アルバム用に録音。その好もしい人柄が滲む演唱に胸打たれる。
サミー・デイヴィス・ジュニア「Sammy Davis, Jr. Sings Laurindo Almeida Plays」(1966年)
アイリーン・クラール「Irene Kral / Where Is Love?」(1975年)
ノーム・ルイス「The Norm Lewis Christmas Album」(2018年)

 〈あの人が私を必要とする限り〉は、PART 2で取り上げたジュディ・ガーランドや、英国の大御所シャーリー・バッシーら熱唱系女性シンガーに好まれた。もちろん男性歌手もカバーしており、その中では徹底的にスタンダード楽曲にこだわって歌い継ぐ、マイケル・ファインスタインのストレートかつ真摯なボーカルが絶品。TV「glee/グリー」(2009~15年)やブロードウェイで活躍のマシュー・モリソンも、丁寧な唱法で極上のラブソングへと昇華させている。また最近の録音では、若手女性ジャズ歌手ヴェロニカ・スウィフトの好唱が聴きものだ。中盤で軽くスウィングしながら、リラックスした伸びやかな歌声を聴かせる。
マイケル・ファインスタイン「Michael Feinstein / Romance on Film, Romance on Broadway」(2000年)
マシュー・モリソン「Matthew Morrison / Where It All Began」(2013年)
ヴェロニカ・スウィフト「Veronica Swift / This Bitter Earth」(2021年)

■31年振りの『オリバー!』に期待
 コロナ禍の影響で、ミュージカルの来日公演が困難になり淋しい限りだが、『オリバー!』が日本に初お目見えしたのも、イギリスからの来日カンパニーだった(主役のオリバーを始め、子役はアメリカでのオーディションで選抜)。東宝が1968年(昭和43年)に招聘し、帝国劇場で5月5日から7月20日まで、約2か月半に及ぶ公演を開催。ちなみにチケット料金は、A席=3,500円/B席=2,500円/C席=1,500円/D席=500円の4種だった(参考までに当時は、もり/かけそば70円、喫茶店のコーヒーが80円、映画館入場料450~500円)。
 日本側のプロデューサーは菊田一夫。作・演出を兼ねた『放浪記』(1961年初演)で知られるが、1963年に翻訳ミュージカルの第一号『マイ・フェア・レディ』を成功させただけでなく、海外から一流のミュージカルを招く事にも積極的だった。またアイデアマンだった彼は、観客が字幕を追う煩わしさを解消したかったのだろう。同時通訳のように、日本語版をイヤホンで聴く「キクタフォン」なるシステムを開発。それも、単に録音された翻訳を流すのではなく、役に相応しい俳優をキャスティングして日本語版を製作した。これが充実の配役で、個性派バイプレイヤーの名古屋章(フェイギン)を始め、冨士眞奈美(ナンシー)、大山のぶ代(アートフル・ドジャー)、納谷悟朗(ビル・サイクス)ら実力派揃い。ただし、来日キャストのセリフのテンポは毎日微妙に変化するので、音響スタッフは合わせるのに苦労したという。
1968年の来日公演を記念してリリースされた、LPレコードのジャケット裏。公演でオリバーを演じた、ジョン・マークの写真を大きくあしらっている。

 その後1981年に、劇団四季が初の翻訳上演。1990年には東宝が、津嘉山正種(フェイギン)や前田美波里(ナンシー)らの出演で公演を行った。今回の『オリバー!』は、それ以来31年振りの再演となる。プロデューサーのサー・キャメロン・マッキントッシュを始め、作品の神髄を知り尽くした英国スタッフと、日本人キャスト&スタッフの才能と情熱が結集した、活気溢れる感動的な舞台が期待出来そうだ。

SPICE

SPICE(スパイス)は、音楽、クラシック、舞台、アニメ・ゲーム、イベント・レジャー、映画、アートのニュースやレポート、インタビューやコラム、動画などHOTなコンテンツをお届けするエンターテイメント特化型情報メディアです。

連載コラム

  • ランキングには出てこない、マジ聴き必至の5曲!
  • これだけはおさえたい邦楽名盤列伝!
  • これだけはおさえたい洋楽名盤列伝!
  • MUSIC SUPPORTERS
  • Key Person
  • Listener’s Voice 〜Power To The Music〜
  • Editor's Talk Session

ギャラリー

  • 〝美根〟 / 「映画の指輪のつくり方」
  • SUIREN / 『Sui彩の景色』
  • ももすももす / 『きゅうりか、猫か。』
  • Star T Rat RIKI / 「なんでもムキムキ化計画」
  • SUPER★DRAGON / 「Cooking★RAKU」
  • ゆいにしお / 「ゆいにしおのmid-20s的生活」

新着